ようこそ、ここは君が主人公の世界です

Fの嘘

④

「先輩、俺今月で仕事辞めようって思うんです。」

俺は正直、コイツの行動力を甘くみていた。
昨日の今日で、シューヤはこの商会を辞めることを決めたらしい。
しかもそれは女将に伝え済みで、婚約解消もしてもらえることになったと。

「そうか、寂しくなるな。」

俺は混乱した頭のまま、取り合えずその言葉だけをひり出す。
その内、あの新人が猛威を奮い出すだろう。
確かに女将にここまで育ててもらった恩はあるが、共倒れしたい程でもない。
俺も逃げるかと、シューヤと別れた後に女将に今月いっぱいで辞める旨を伝えた。
女将にはひどく驚かれたし、もしかしてシューヤと共に行くのかと聞かれたから俺は言った。

「アイツが何処に行くかは知らねぇけど、それも良いかもな。」

本当は田舎に帰るだけだけど。
ひどく落ち込んだ表情を見せる女将に、多分魅力が解けてるか解けかけてるんだろうな。
昨日のアレックスの暴挙とも見れる行動を許してしまった自分を、一番許せないんだろう。
シューヤを誰よりも気にかけ、そして気に入っていたのは女将だ。
だからこそ、シューヤの婚約解消の要請も辞職願も受理するしかなかったんだろう。

「ま、俺は独り立ちってことで、門出を祝ってくださいよ。」
「アンタは崖っぷちで独り立ちしても、そのまま飛び立てるから何の心配もしてないのよ。」

その場の雰囲気を誤魔化そうかと思って言った冗談は、誉め言葉でバッサリと切り捨てられる。
嬉しいけど、酷くね？
俺だってぴよぴよふらふらしてる時期はあると思うんだけどな。

「結局、どうするの？」
「田舎に帰ってのんびりやろうかと思います。継ぐ家も無いんで、一からですが。」

俺の故郷は田舎だし年寄りばかりの限界集落目前な小さな村だが、愛着が無い訳じゃない。
アホみたいな事を言うなら、俺はもうシューヤ以外とは結婚する気も無い。
だからいい年して独身の俺に年寄り連中はあれこれ世話を焼いて鬱陶しいだろうが、そんな日々を過ごしながら余生を過ごすのも悪くないだろう。
そこまで年じゃねぇけど。

そんなことを考えながら女将と別れ、ふと気付く。
シューヤが珍しく、店の入り口で客と話し込んでいることを。
何を話しているのかは、俺が居る位置からは分からない。
ただシューヤが困惑している表情を浮かべているから、多分あまり良い話ではないのだろう。
雰囲気がおかしくなってきたら間に入るかと思っていたが、どうも何事もなく終わったらしい。
しかし途中の様子が気にはなるので、俺は店内に戻って来たシューヤに話しかけることにした。

「さっき随分と話し込んでたが、珍しいな。どうした？」
「ああ、常連さんですしいつも俺指名してくる方だから、一応ご挨拶したんです。」
「律儀だなぁ。」

さっきの客………コットランド家の次男坊は毎回毎回シューヤを担当に指名してくる。
貴族連中が担当を指名してくるのはよくある話だし、社員である以上指名されることは誉れでもある。
でもあの男はどう考えても下心アリアリで指名してやがるから気に食わねぇ。

「そうしたら時間が欲しいとか言われて………」
「は？」

話を聞けば都合上今日が最後になるから、話をする時間をくれと言われたと。
知るかよ、ここは飲み屋じゃねぇんだよ。

「行くのか？」
「まぁ、満足するなら。ここで断ってクレームになられても嫌でしょ？」

他の奴らならその選択肢を取ろうが大変だなと思う程度だが、シューヤの場合は心配でしかない。
ましてやコットランド家の次男坊だぞ。
俺は心配になって、良くないとは思ったが後をつけることにした。
ただ、抜けてるクセに案外勘の鋭いシューヤだから、俺は念には念を入れることにする。
それが悪手になるとも知らずに。