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序章
第弐話 ― 継承者達 ―
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先程、一人息子から電話があった。
話があるから明日の夜にここへ来るという。
このアパートから徒歩で数分の所に息子とその嫁は住んでいるし、週に一度は電話をしてくる息子だったが、その時の私は少し違和感を感じた。
殺風景な部屋の壁にかかった月捲りカレンダーを眺めると、妻を亡くしてから既に三十年が経つ事を改めて実感していた。
それは同時に、一人息子が三十歳になっているということだった。
最愛の妻の命日が息子の誕生日という、理不尽な現実を受けいれられないまま、思えば三十年も私は生きて来たのだ。
三十年前、病弱だった妻は自らの命と引き換えに、息子の出産を選択した。
息子と引き換えに最愛の妻を失った私は、勿論酷く悲しみこの運命を呪ってきた。
あの頃の私は、罪など無いはずの我が子にでさえ、忌々しさに似た感情を抱いてしまっていた。
そして、その感情を何とか息子に悟られぬ様、これまで過ごして来たと思う。
だが同時に、息子を心の底から愛せていないのでは――そんな強い自己嫌悪にも苛まれてきていた。
今から五年程前だったか、息子が二十五歳を過ぎた頃に、年下の女性と結婚すると言って来た。
その時に息子は、その嫁との同居を強く勧めて来たのだが、私は色々な理由をつけて、今まで息子と二人で住んでいたアパートに独り残ったのだ。
その時の私は、ようやく妻がその命と引き換えに残した一種の呪縛の様なものから逃れられると、そんな気がしたのだ。
だが息子の結婚式では、自分の妻との想いを呼び起こしてしまい、ずっと泣き続けてしまっていた。
参列者の方々には、息子の結婚式で感極まって泣いているという、ありがちな場面に見受けられていたであろう。
だが実の所、私は妻と死に別れた事を思い起こしていたのだ。
そして、そんな自分が情けなくも感じ、更に拍車をかけて泣いていた。
♢
会って話したいと連絡があったその翌日、息子は一人で私の住むアパートへ来た。
会って話したい事とは何だろうかの疑問も解消されぬまま、私はこの日、息子から子供が出来たと聞かされた。
この事は、息子から結婚すると言われた、あの時から覚悟はしていた。
何を覚悟とか、わかりたくも無い。
思い起こしたくないのだ。
とにかく色々不安だった。
喜びよりも何よりも、真っ先に頭を過ったのは妻の死であった。
その報告をされてからは毎日、妻の位牌に手を合わせ、母子共に無事である事を私は只々祈っていた。
しかし、直接会って無事を祈る言葉を投げかける事等は、とても出来なかった。
三十年前のあの時――。
初めて妻に妊娠が分かった時。
私は、子供の無事ばかりを祈ってしまっていたのかも知れない。
あの頃に通った神社で頂いた、安産祈願のお守り。
それは、母子ともに無事である事のお守りだった筈なのに、あの頃の私は妻の安全よりも、産まれて来る子供の無事ばかりを祈っていたのかも知れない。
無論、妻の安全を考えなかった訳では無いが、どうしてもっと妻の無事を祈ってあげられなかったのか。
そう思っては、悔やんできていたところもあった。
そして、その日から毎晩のように悪夢と不安に苛まれてきていた。
♢
そして、子供が出来たとの報告から数か月後、遂に産まれたから会わせたいと連絡があった。
私は真っ先にお嫁さんと子供の安否を何度も何度も尋ねてしまった。
その後、妻の位牌の前に座ると手を合わせ、どれだけ感謝した事か――。
息子の嫁がその細い腕に幼子を抱いてここへ来た時、今まで感じた事のない感情が溢れた。
幼子を抱く嫁の横にはベビーカーを押す息子の姿があった。
自分の息子が幼子を連れて来ている。
瞬時に、沸々と色々な感情が込み上げて来た。
そして、これが孫が出来た感情なのか等と感じると、何とも言えない幸福感に包まれる。
そして同時に、今までの不安感を一瞬で消し去ってしまった。
そして私は、自分の死んだ妻が我が子を抱いている姿を想像していた。
勿論、妻が我が子を抱く姿など、一度も見た事は無かった。
妻にとってもそれは叶わぬ事になってしまっていた。
だが、目の前で孫を抱く息子の嫁が、この世に存在してくれている。
ただそれだけで、今まで感じた事も無い、安心した気持ちに包まれた。
妻を亡くしてからはずっと無縁だった、忘れていた幸福感をその時感じていた。
♢
その日、久しぶりに息子夫婦と夕食をとった。
そして、息子の結婚式以来の酒を呑んだ。
思えば、数年ぶりの飲酒でもある。
その夜は、ゆっくりと息子と晩酌をしていた。
六畳ほどの居間にちゃぶ台を置き、二人はあぐらをかいて向かい合っている。
隣の部屋では、嫁の啓子さんが孫を寝かしつけているようだ。
名前は悠斗と名付けたらしい。
息子の圭吾が、亡き母から名前の一文字を貰ったと言っていた。
「それにしても、子供を二人連れて来た時は驚いたぞ」
「ああ、あの子は悠菜さんといって、近所に住む事になっている方の子なんだよ」
「悠菜さんて……まだ幼子だよな?」
「ああ、歳は悠斗と同じ位かな」
嫁である啓子さんは孫の悠斗を抱いており、息子は同じ年頃の女の子が寝かされたベービーカーを押して来ていたのだ。
今は悠斗の隣に寝かされている。
そっと近づいて寝顔を覗き込むと、悠斗は眠ったままだったが、女の子がフッと目を開けてジッと見つめて来た。
綺麗な澄んだ瞳に一瞬ドキッとするが、まだ一歳に満たない様に幼い。
「まだこんなに幼いのに大丈夫なのか?」
「ああ、全く問題ないよ。こう見えても、この子はしっかりしてるんだ」
「しっかりしてるって、まだ赤ん坊じゃないか」
「それよりも、父さん! そろそろ一緒に暮らしてもいいんじゃないかな? 啓子もそれを望んでいるし」
「ああ……。お前、もう三十か」
その提案には答えず、私はお酒の入ったグラスを手に取り眺めた。
琥珀色したウィスキーの水割りが、まるでセピア色した古い写真の様にグラスの中に見えていた。
「そうだよ。来月には三十一だよ。そして、母さんの命日なんだよな」
「ああ、そうだな」
「なあ、父さん。俺、子供出来るのがちょっと怖かったんだよ」
そう言われて、ハッと息子の顔を見る。
笑顔ではあるが、その瞳は潤んでいた。
その瞬間、これまで息子を避けてきてしまった罪悪感や背徳感が、どっしりとのしかかってくる。
「小さい頃は大して感じなかったけどさ、これまで色々感じる事も多かったんだよ……母さんを亡くした父さんの気持ちとか……色々……」
「そっ、そうか……」
私は思わず息子の話を遮るように声を出してしまった。
だが、何を話せばいいのか言葉が見つからない。
「これまでもさ、中々子供の出来ない啓子に、このまま二人だけで暮らそうかとか、そりゃ色々悩んだよ」
「あ、ああ……」
「それに、昔からさ、俺の誕生日には墓参りだろ? 今思うと、結構辛かったんだぜ――」
私の気持ちを察してか、息子は笑顔でそう言った。
「そうだったな……すまない」
「父さんが謝る事じゃないよ。むしろ、俺が母さんを殺しちゃったとかさ。そんな運命を恨んだこともあったよ」
「そ、そんな! お前が殺したとか、そんなはずないじゃないか!」
つい、私は声を上げて否定していた。
妻を亡くした時の私は、この息子が妻を殺してまで産まれて来たと、そう思ってしまった事もあったのだ。
そんな事を思ってしまった自分が、何と酷い奴だと感じていたのだ。
それを分かっているかのように、息子が自分自身が妻を殺してしまったと責めている。
だから、思わず大きな声で否定したのだ。
「――父さん」
「お前は良く頑張った。……凄い奴だよ……」
本心からそう思っていた。
言いたかった事を言えた安堵感からか、酒の入ったグラスをその口へ傾ける。
私はどうしてもっと息子を愛せなかったのだろうか。
今になってその後悔が押し寄せてきていた。
それは全身の力を奪い、力の抜けたその腕は、テーブルの上にあったグラスを倒してしまった。
「えっ⁉」
慌てた息子が、こぼれた飲み物を布巾で拭い始めるが、私はただただその場で項垂れてしまう。
「だ、大丈夫か⁉ 父さんを責めてる訳じゃないんだよ⁉」
慌てて息子が弁解するが、勿論、私は責められているとは感じていない。
ただただ、自分の不甲斐なさに落胆していた。
「圭吾さん? お義父さん、どうしたの⁉」
「いや、グラス落としただけだよ? 俺は、別に……」
異変に気付いて啓子さんが息子に声をかけている。
頭を下げている私の姿を見て、お嫁さんに誤解されたらいけないと思い、ハッと私は啓子さんを見上げた。
「ああ、啓子さん、こいつは悪くないんだ。私がグラスを倒して……」
「えっ⁉ お怪我は⁉ ありませんか?」
そう言って私の両手を見るお嫁さんの表情が、まるで、転んで地面に伏せている子供の様子を伺う、母親の様にも見えてしまっていた。
息子を産んで死んでいったあいつも、生きていたらこんな母親になっただろうな。
ああ、このお嫁さんなら私よりも、ずっとずっと息子を大切にしてくれる。
確信をもってそう思えた。
「啓子さん! こいつを、どうか宜しくお願いします!」
私は自然と彼女に頭を下げていた。
「私は、息子に大した事はしてあげられないで、これまで来てしまいました。先に逝った妻の辛さに潰されて生きて来た、本当にどうしようもない父親です。でも、こいつの母親は、自分の命と引き換えにこいつを産みました。どうか、こいつの母親よりも……いや、そこまでは望みません。ただ、そんな、こいつの母親が居た。自分の命と引き換えに、こいつを産んだ母親がいた。その事だけは、どうか、どうか忘れないで、出来たら大切に想ってやって下さい――」
そう言って、私は下げた頭を更に下げると、そのままおでこをテーブルに押し付けていた。
「お義父さん……はい……はい……」
私からの一方的な申し出に、啓子さんはそっと私の傍《かたわ》らに座ると、その都度頷き、優しく、それでいてしっかりと返事をしてくれていた。
「ちょっと、父さん、大丈夫か? 酔ったのか?」
そう言う息子の言葉に、ようやくその頭をゆっくりと上げると、二人が心配そうな表情で私を見ていた。
二人共、大粒の涙が頬を伝い、それは拭われる事も無く頬をつたっていた。
二人を悲しませる気などこれっぽちも無かった私は、急にこれじゃいけないと我に返ったのだが、そんな自分の上げた顔の顎からも、涙がぽたぽたと零れ落ちている。
「いや、大丈夫だ。圭吾には本当に辛い想いをさせてしまって、すまなかった――」
流れる涙を両手で拭うと、平静を装いながら話し始めたが、目からはだらしなく涙が流れ、声は震えた。
そして、声を詰まらせた私に、息子が語りかける。
「俺、母さんの事は全く知らないけど、それに対しては寂しさとか無かったんだよ。ただ、父さんの気持ちを思うと、どうしようもなく切なくてさ――」
「圭吾……」
「好きな子が出来て結婚して、そいつが死んじまうなんて……。今の俺にはとても耐えられない……」
そこまで言うと息子は啓子を見て声を詰まらせた。
私は妻を亡くした喪失感に、これほどの不幸な事は無いと思っていた。
だが、圭吾は産まれた時から母に抱かれる事も無く、こんな自分だけがたった一人の肉親として存在していたのだ。
「圭吾……。本当にすまなかった――」
「父さんは、俺の自慢の父さんだよ。今までありがとう」
「いや、父さんは全然父親らしい事など出来て無かった。だけどな、孫が元気そうで嬉しいよ。啓子さんがお前の嫁さんで、本当に良かった。大事にしなきゃいけないよ」
そんな、思っている正直な気持ちが、すらすらと自分の口から出て来た事に、意外だと思いながらも、これは久しぶりに呑んだ酒のせいだと感じていた。
「そんな……お義父さん、圭吾さんはとても良くしてくれています。それに亡くなったお義母さまだって、お義父さんにこんなに想って戴いて――私には、本当に羨ましくも思えます」
息子のお嫁さんにそう言われて、その時は素直に耳を傾けた時だった。
『そんなに自分を責めないで』
(え?)
その時、確かに聞こえた気がした。
あの時のまま、時の止まった若い頃の妻が、ふと、そう言った気がした。
それはとても懐かしくもあり、まるで自分の母親に認められたような、そんな安心感もあった。
その声にハッと顔を上げたが、勿論悠子が居る筈も無い。
視線の先には孫の悠斗が寝かされて居る。
そしてその横には女の子がいつの間にか、部屋の壁につかまり立ちをしていた。
その女の子は何もない空間を、ジッと凝視している様に思えた。
(もうあの子は立てるのか……)
悠斗より少し前に生まれたのだろうと、そう漠然と思いながらも、これまでの妻への思い出が幸せなモノと感じた瞬間でもあった。
これまでは、あの辛い耐え難い出来事が、嫌でも鮮明に思い出されていたのだ。
真っ白なシーツをかけられて横たわる妻の前で、両手と両膝を冷たい灰色の床につけ、大声を上げて泣いている場面。
だが、今は妻との幸せな良い思い出が、薄い琥珀色したセピア色の古い映画の様に、心地よく思い出させていた。
(そう言えば、こいつ、産まれた時は弱々しく泣いてたっけな)
産まれて間もない赤ん坊だった息子が、看護士さんに抱かれて弱々しく泣いていたのを思い出しながら、目の前に座っている息子を何と無く眺めていた。
(あんなに弱々しかったこいつがな……)
「でな、父さん。実は、引っ越さなければいけなくなったんだ」
「ん? 引っ越す? 仕事でか?」
「うん、そんなとこだけど、ちょっと通うには遠いんだ」
「そうか」
「なあ、父さんも来てくれよ」
別に、息子夫婦と同居が嫌な訳では無い。
だが、やっと過去の因縁から本当に解放された感じがあったのだ。
これでやっと亡き妻との思い出と安らかに暮らしていける。
そんな気がしたのだ。
「いや、これからはお前たち親子三人で暮らしてくれ。お前は啓子さんと悠斗をちゃんと養っていかないとな」
「父さん、どうして――」
「あいつが死んでから、やっと一人だけであいつの居ない生活が出来る気がするんだ。寂しいとかじゃない。お前も本当の意味で独り立ちして――いや、独り立ち出来そうなのは俺かも知れない。これで俺はあいつとの思い出だけと生きていける。そんな気がするんだ」
これまでは妻を亡くした辛い出来事が、鮮明に脳裏に焼き付いていたのであろう。
自分の心の内側から引っかかれている感じに、度々悩まされてきていた。
だが今は、妻を亡くした日の事を振り返っても、淡いセピア色の思い出として優しく残っていた。
「俺は独りで大丈夫だ。たまには会いに行かせて貰うよ」
「そうか。わかったよ……」
「まあ、今夜はゆっくりと三人で呑もうじゃないか、な?」
自然と笑みが零れた。これまでずっと無かった、自然な笑顔が自分に戻って来ていた。
「ああ、何かあったら父さん、すぐに電話してくれよな」
「ああ、わかったよ」
「ふふっ」
「何だよ、啓子ー、なに笑ってるんだよー」
「いえ、何だか二人は似てるな~って。やっぱり本当の親子ですね」
「俺と父さんが? 似てた? そうかぁ?」
そう言って息子は嬉しそうな表情になった。
その後も他愛もない話ではあったが、私達親子は自然に笑っていた。
まるで、この三十年間に貯まりに貯まった幸せと笑顔のストックが、この時は一気に放出されたかの様に――。
♢
ふと目を覚ました私は、居間に敷かれた布団の上に寝かされていた。
深夜何時ごろであろうか。
辺りを見回すと、隣には息子が静かに寝息をたてている。
昨夜飲み食いをしていたテーブルは見当たらず、殺風景だった部屋に所狭しと布団が敷かれており、息子の向こうには啓子さんと孫が寝ていた。
身を起こして孫の顔を見ると、小さな目でジッとこちらを見ていた。
(悠斗起きてるのか……何だ、圭吾には全然似てないじゃないか)
そう思うと、自然と笑みが込み上げた。
「起きてたのか? お前は大人しくて良い子だな」
息子夫婦を起こさぬように出来る限り小さな声で囁くと、その子は満面の笑みとなり、私へ小さな手を伸ばした。
その手をそっと掴むと、壊れそうな位に小さく感じたが、孫は思いの外、力強く指を握り返してくる。
(そう言えば息子もこんな感じだったな――)
そんな事を思い出しながら、ふと気付くと、女の子もジッとこちらを見ていた。
「お嬢ちゃんも大人しくて良い子だな~悠斗と仲良くしてあげてくれるかい?」
そう女の子に話しかけると、確かに小さく頷いた。
意外な反応に一瞬驚いたが、女の子は成長が早いのかも知れない。
「そうかそうか~よろしく頼むよ?」
そんな、暫くは体験した事も無い幸福感を感じていたが、すぐに睡魔が押し寄せ、再度私は眠りについていた。
♢
「ねえ! 圭吾さん! 起きて!」
「ん、うん……」
そんな妻の啓子の声に、俺は重い眼をゆっくり開けると、啓子が俺の顔を覗き込んでいる。
「お義父さんがっ! ねえ、お義父さんがっ!」
「んー? どうした?」
妻の尋常ではない様子に、一気に嫌な気持ちが押し寄せ、横に寝ている父さんを恐る恐る見るが、別段変わりなくいつもの通りに寝ている。
その横に小さな女の子が立っていた。
生まれたばかりの小さな姿をした悠菜さんだ。
「何だよ、どうしたんだよ?」
寝起きの目をこすりながら妻を見るが、彼女は涙を流しながらも俺を見つめていた。
「触ってみてっ!」
そう言われた瞬間、ぞわっと何かが俺の全身に走る。
どうして啓子はこんなに泣いてるんだ。
そう思いながらも、無言のまま父さんの腕を触って見ると、温かさがまるで感じられない。
すぐに首元や顔を触るが、同様に生身の人とは思えない感触だった。
まるで、ゴムや蝋人形を思い起こさせる様な、無機質な感触。
だが、これまで父さんの身体に触れた事があっただろうか。
思い起こしても記憶にないのだ。
「ねえっ! 圭吾さんっ!」
俺は啓子に名前を呼ばれて我に返った。
「け、啓子! 救急車!」
「はい!」
妻の啓子はその返事よりも早く、既に携帯から電話していた。
そんな妻が救急隊と電話でやり取りをする間、俺は眠る様に横たわる父さんを見ていた。
まるで、寝ている様な穏やかな表情に、何故か少し気持ちが落ち着いて来る。
声を掛ければ今にも目を覚ましそうだった。
「父さん、父さん!」
だが、声を掛けるが目を覚ます気配は無い。
更に父さんの寝ている肩をゆすって見るが、やはり反応は無かった。
傍らに立つ悠菜さんを見ると、彼女は無表情まま首を横に振った。
「知らない人が連れて行ったと思う」
「えっ⁉ どういう事ですかっ⁉」
「悪意は感じられないから、きっと悪い結果では無いと思う」
「そっ、そうなんですかっ⁉」
悠菜さんにそう言われ、揺り起こす手を止める。
そして、改めて父さんの寝顔を見た。
薄っすらと微笑んだような、そんな穏やかな寝顔だった。
「なあ、啓子見てみ? 父さん、こんなに幸せそうな顔してるよ……俺、父さんのこんな顔、初めて見たよ……」
「圭吾さんっ! 今すぐ救急車が来るからっ!」
妻の啓子はまだ動揺した様子のまま、アパートの玄関へ向かって行く。
俺は父さんの傍らに座ると、その顔をジッと見た。
途端に止め処も無く涙が込み上げて来る。
それを拭う気も起きぬまま、俺はただ父さんの寝顔を眺めていた。
程なくすると、遠くから救急車のサイレンが聴こえて来た。
それはどんどんと近寄って来るようではあったが、中々到着しない様にも感じた。
そして、そのサイレンがピタッと止まる。
だが、まだ頭の中にはその音がなっている感じもした。
「こっちです! お願いします! 早くしてくださいっ!」
(啓子って、あんなに叫ぶ事もあるんだ……)
外で啓子が声を上げているのが聞こえるが、俺は初めて知る妻の一面に少し驚いていた。
やがて、救急隊員が二人ほど部屋に入って来る。
「こちらですか? で、どうしました?」
「はい! 朝起きたら冷たくなっていました!」
「お休みになる前、昨夜はどうでしたか?」
救急隊員の一人がそう言いながら、父さんの目を片方ずつこじ開けて瞳孔チェックをしている。
(ああ、あんなにこじ開けたら起きちゃうよ)
俺はそんな事を感じながら、その様子をただ見ていた。
「そ、それは、普通に……何ともありませんでした」
啓子もその様子を見ながら答えていたが、何かしら思うものがあった様だった。
「ああ……お亡くなりになっていますね。ご愁傷様です」
「え……」
「顎関節の死後硬直も始まっている様ですし……はっきりとは言えませんが、数時間は……」
そう言うと、その救急隊員は頭を下げる。
「そんな、何にも出来ないんですか⁉」
啓子は驚いた様に問い詰めるが、その救急隊員は頭を下げたまま深く頷いた。
「ええ。救急車にお乗せする事は出来ない決まりです」
「そんな……」
「まずは、警察と医師を呼びます。……これも決まりなんです」
「え、ええ……」
そう言われた啓子は、そのままその場にペタンと座り込んでしまった。
それを見た俺は、そっと啓子の横へ座った。
「なあ、啓子。ありがとうね」
「だって……すぐ救急車呼んだのに……」
「もう、仕方ないさ。最後に孫の顔見せられて良かったよ」
「圭吾さん……」
「それよりも、啓子も父さんの寝顔見てご覧? あんな寝顔してるの、俺、初めて見たよ」
啓子はゆっくり父さんの顔を覗き込むと、うわっと泣き崩れた。
「ああーっ! お義父さーんっ!」
「父さんの寝顔って、いつも険しい表情だったんだよ……」
啓子の泣き叫ぶ声に貰い泣きしながら、またも俺の頬にも涙が零れ落ちる。
「な、見てみろよ……こんな顔してるんだぜ? 死んでからあんな幸せそうな顔するなんて……父さん……ずるいよ……」
そう話した途端、とめどもなく涙が溢れ落ちた。
そして、暫くの間は二人で泣いていたが、啓子は沙織さんへ連絡をしていた。
その後は警察が来たり、死亡確認の為に医師が来たりと色々あったのだが、沙織さんが全て対応してくれたようだ。
♢
その数日後、父さんの葬儀なども滞りなく終わり、俺達は父さんが住んでいたアパートの遺品整理をしていた。
「父さんが死んでから来週で一か月か……早いなあ」
「ええ、そうねえ。沙織さん、こんな事までさせてしまって、本当にすみません」
妻の啓子は俺への返事の後、申し訳なさそうに沙織さんへ声をかけた。
「いえいえ~いいんですよ~」
そう笑顔で答えるこの人は、引っ越し先の裏へ住む影浦沙織さんだ。
うちの一人息子、悠斗を啓子に授けてくれた恩人でもある。
「悠菜さんも、本当にごめんなさい」
「ん……平気」
この子は影浦悠菜さん。
今は、ベビーベッドに寝かされた悠斗の様子を、ベッドの縁を掴んでジッと伺っている。
産まれて間もない悠斗と同じ年齢と言う設定により、その姿もまるで乳生児であるが、普通に立って言葉を話している。
勿論、この事は私達四人だけの秘密である。
「ユーナちゃんは平気ですよね~身体が小さくなっただけですし~」
「問題ない」
そう言って、悠菜さんは悠斗の寝顔を覗き込んだ。
その様子に、これ以上の無い安心感を感じながら、俺は荷物の整理をしていた。
「あら~? こんな所にこんなノートがありますよ~?」
「あら、大学ノートですか?」
沙織さんからノートを受け取った啓子は、手にしたノートをパラパラとめくったが、次第に不思議そうな表情に変わった。
「ん? どうした?」
「これ、随分古いんだけど……」
啓子が見ているノートは、今にも破れそうなほど劣化していた。
「やっぱりこれ、お義父さまの字じゃない様な……」
「え? じゃあ、誰のだ?」
啓子はそう言って、俺にノートを開いて見せた。
そのノートに書かれている字は、父さんのものとは思えない程、綺麗で可愛らしく思えた。
色々思い起こしてみるが、全く覚えが無い。
「ちょっと読ませてくれるか?」
俺は啓子からノートを受け取ると、最初のページから読み返してみた――。
最初のページは今月の収入や支出、いわゆる家計簿の様だった。
その後も似た様なものだったが、時折、覚書《おぼえがき》の様に思える内容もある。
≪圭ちゃんからケーキのお土産! エクレアが本当に大好きなのね≫
「これ、もしかしたら母さんの字じゃないのか⁉」
「え⁉ そうなの?」
俺が思わず声を上げると、啓子も驚いた様に俺の持つノートを覗き込んだ。
勿論、俺は母さんの書いた字など見た事も無いが、この内容からは母さんが書いたものと予想出来ていた。
時折書かれている日常のメモに、見た事も無い母さんと父さんの生活を、まるで覗き見ている様な感覚になる。
だが、その内容は至って普通の、若い夫婦のものの様に感じた。
「父さんも俺達と同じだったんだな」
「うん、仲良さそう……」
ページを捲る内に、段々と病院と言うワードが目に付くようになった。
どうも母さんは、生まれつき身体が弱かったらしい。
前のページからたまに病院と言う文字はあったが、中盤を過ぎた頃になると入院を始めたらしい。
家計簿らしい項目は無くなり、殆どが日記の様な内容となっている。
俺は胸が熱くなるのを感じながら、ゆっくりとページを捲ると、その手を止めた。
≪寂しい思いさせてごめんね≫
≪こんな私でごめんね≫
≪こんなに身体が弱い自分を、これまで妬ましく思った事なんて無いのにな≫
俺はページを捲って行く。
≪神様、一つだけお願いをきいて下さい≫
≪私の最後のわがまま≫
≪圭一さんの赤ちゃんが欲しい≫
ハッとしながら俺はページを捲った。
≪神様、どうかお願いします≫
≪けいちゃんの赤ちゃんを下さい≫
≪私が生きた証≫
急に手が震えて来ていた。
ノートを捲る手が震えて来る。
≪今日、女神様が逢いに来てくれた! ≫
≪他の人が死神だって噂してるけど、あの人は絶対女神様だと思う!≫
≪でも、けいちゃんには話せない……ごめんなさい≫
≪私にも出来るかも知れない≫
≪たった一つの、けいちゃんへ贈り物で私の生きた証≫
俺は震える手でページを捲る。
≪わたしの命を赤ちゃんへ渡して下さい≫
≪そして、けいちゃんと赤ちゃんがいつまでも、健康で長生き出来ますように……≫
その後の黄ばんだページを捲ると、そこからは何も書かれていなかった。
気付くと俺の目からは涙が頬を伝っている。
横から覗き込んでいた啓子も、顔を両手で覆い、声を殺して泣いていた。
(俺が生まれる前に、まさかこんな事があっただなんて……)
古いそのノートには、これまでの俺には知る由も無い事実が、赤裸々に綴られていたのだ。
産まれつき身体の弱かった母さんは、自分の命が危険になると知りつつも、この俺を身籠った。
父さんに話せないという事は、妊娠したら命に危険があると言われた事を、父さんには言えなかったという事だろうか。
それとも、女神みたいな人に会った事が内緒という事なのだろうか。
虚弱な母の身体では、お腹の胎児を成長させる事等出来ないと、医者は断然反対していたのだ。
だが、母の必死な思いと、女神と書かれた人との出逢いもあり、奇跡的に俺は母さんの身体で成長が出来たのだ。
そして、到底出産には耐えられないその身体で、自らの命を代償に俺を産んでくれた。
だが、母さんの命は守れなかった訳だから、母さんがあった女神の様な人ってのは、恐らく女神では無い筈だと俺は思っていた。
そんな事を思っていると、涙声のまま啓子が話し出した。
「ルーナさん……これって……」
「あ、啓子さん、名前間違えてますよ~?」
「あ、ごめんなさい! 沙織さん!」
「癖になっちゃうから、覚えて下さいね~?」
「は、はい!」
「ん~私は悠子さんとはお会いしてませんよ~? 誰でしょうねぇ~」
沙織さんは顎に手を当て考え始める。
その仕草も美しく、この人こそ女神の様に見えた。
実は、妻の啓子は去年の旅行先で、この沙織さんと初めて出会ったのだ。
俺は啓子に子供が出来る事が怖かったのだが、そんな精神的な物も影響してか、啓子は不妊の病にかかっているのだ。
色々な病院へ診察へ行ったが、これといった治療法は見つからず、気晴らしに二人で旅行へ行った時だった。
啓子の話だと、その旅行先の宿でルーナと言う女性に出会ったという。
月が異常に明るい深夜、独りで祠に手を合わせていた時に、突如、光り輝きながら現れたらしい。
その後、異世界へ手を引かれて連れて行かれ、子供を授けると約束して帰って来たのだ。
最初にその話を啓子から聞いた時は、遂に気がおかしくなってしまったのではないかと怖くなったが、その後の啓子の様子が余りにも自然で、笑顔で過ごす姿を見ていると、いっそこのままでも構わないと思っていたのだ。
だが、悠斗を授かるその日が近づくと、まるで初めて子供が生まれる父親の様に、啓子は家の中をそわそわとし出したのだ。
子供の名前は、俺の母さんの名前から一文字貰って、悠斗と名付けたいと嬉しそうに話していた。
そして、啓子がルーナと再会する約束をしたという日。
俺達は、予めルーナに用意されていた家へ向かった。
住んでいた家では色々と都合が悪いらしく、ここから離れた場所へ、その日から引っ越す事になっていたのだ。
そして、その引っ越し先の裏の家に、ルーナとユーナがこちらの世界で生活する事にもなっていた。
引っ越し先へ着くと、俺達はすぐに裏手にあるルーナが居ると聞いていた家へ出向いた。
そして、ルーナがその腕に子供を抱いて俺達の前に現れた時、俺も啓子も自然と手を合わせていたのだった。
その時のルーナの第一印象は、まさに光り輝く女神様そのものであった。
その時抱かれていた子供、それが悠斗だ。
どうやって悠斗が産まれたのかを啓子に訊いても、ただ首を横に振り、分からないと言う。
ただ、啓子は自分の染色体だか、遺伝子だとかを使ったとか言っていた。
それで、どうして俺達の子供だと言えるのか、そんな事も一瞬思ったりもしたが、子供を抱くルーナの姿を見た途端に、そんな事等どうでも良いと思えてしまった。
女神様の子供を我が子として育てられる、そんな喜びの方が断然誇らしくも思えたのだ。
その時に、ルーナといくつか約束を交わしていた。
実は、その前から啓子から約束事項があると言われていたのだが、俺は話半分で受け流していたのだ。
まず、悠斗が十八歳になる迄は、異世界で生まれた事は内緒にしておくこと。
これは出来る限り本人からの、潜在的な覚醒が目的らしい。
ルーナ達でも予測の出来ない、よからぬ障害が成長を妨げるかも知れないという事だった。
そして、ルーナは影浦沙織、ユーナはその娘、影浦悠菜と言う名前で親子関係を装うという事。
子供達の入園や入学等、悠斗が十八歳になる迄はユーナが常に行動を共にし、彼の安全を護ると言う事。
それらの約束を再度確認され、悠斗を俺達に授けてくれた。
悠斗の護衛と言うユーナが、俺達の想像も出来ない位に、余りにも幼かったのには驚いた。
生まれたばかりの様に見えたのだ。
この子がこれから悠斗の成長を、俺達と共に見守ると言う。
なんせ、悠斗は異世界で生まれた子供であるからだ。
こっちの世界でどの様な影響が悠斗に起こるのか、予想外の事態に備えてのものであろうが、それにしても看視者が幼過ぎないかと心配にはなった。
だが、ユーナの見た目の幼さは仮の姿で、その時の俺達よりもずっと永く生きていると、ルーナに言われたのを覚えている。
では、母さんが会ったと言う女神様とは、一体誰だったのだろうか。
今となっては俺達の知る由も無いが、沙織さんなら心当たりがあるかも知れないと思えたのだ。
きっと、啓子もそう思って沙織さんに訊いたのだろう。
だが、沙織さんは会っていないと言う。
沙織さんの他に女神の様な人など、その時の俺達は出会った事が無かった。
話があるから明日の夜にここへ来るという。
このアパートから徒歩で数分の所に息子とその嫁は住んでいるし、週に一度は電話をしてくる息子だったが、その時の私は少し違和感を感じた。
殺風景な部屋の壁にかかった月捲りカレンダーを眺めると、妻を亡くしてから既に三十年が経つ事を改めて実感していた。
それは同時に、一人息子が三十歳になっているということだった。
最愛の妻の命日が息子の誕生日という、理不尽な現実を受けいれられないまま、思えば三十年も私は生きて来たのだ。
三十年前、病弱だった妻は自らの命と引き換えに、息子の出産を選択した。
息子と引き換えに最愛の妻を失った私は、勿論酷く悲しみこの運命を呪ってきた。
あの頃の私は、罪など無いはずの我が子にでさえ、忌々しさに似た感情を抱いてしまっていた。
そして、その感情を何とか息子に悟られぬ様、これまで過ごして来たと思う。
だが同時に、息子を心の底から愛せていないのでは――そんな強い自己嫌悪にも苛まれてきていた。
今から五年程前だったか、息子が二十五歳を過ぎた頃に、年下の女性と結婚すると言って来た。
その時に息子は、その嫁との同居を強く勧めて来たのだが、私は色々な理由をつけて、今まで息子と二人で住んでいたアパートに独り残ったのだ。
その時の私は、ようやく妻がその命と引き換えに残した一種の呪縛の様なものから逃れられると、そんな気がしたのだ。
だが息子の結婚式では、自分の妻との想いを呼び起こしてしまい、ずっと泣き続けてしまっていた。
参列者の方々には、息子の結婚式で感極まって泣いているという、ありがちな場面に見受けられていたであろう。
だが実の所、私は妻と死に別れた事を思い起こしていたのだ。
そして、そんな自分が情けなくも感じ、更に拍車をかけて泣いていた。
♢
会って話したいと連絡があったその翌日、息子は一人で私の住むアパートへ来た。
会って話したい事とは何だろうかの疑問も解消されぬまま、私はこの日、息子から子供が出来たと聞かされた。
この事は、息子から結婚すると言われた、あの時から覚悟はしていた。
何を覚悟とか、わかりたくも無い。
思い起こしたくないのだ。
とにかく色々不安だった。
喜びよりも何よりも、真っ先に頭を過ったのは妻の死であった。
その報告をされてからは毎日、妻の位牌に手を合わせ、母子共に無事である事を私は只々祈っていた。
しかし、直接会って無事を祈る言葉を投げかける事等は、とても出来なかった。
三十年前のあの時――。
初めて妻に妊娠が分かった時。
私は、子供の無事ばかりを祈ってしまっていたのかも知れない。
あの頃に通った神社で頂いた、安産祈願のお守り。
それは、母子ともに無事である事のお守りだった筈なのに、あの頃の私は妻の安全よりも、産まれて来る子供の無事ばかりを祈っていたのかも知れない。
無論、妻の安全を考えなかった訳では無いが、どうしてもっと妻の無事を祈ってあげられなかったのか。
そう思っては、悔やんできていたところもあった。
そして、その日から毎晩のように悪夢と不安に苛まれてきていた。
♢
そして、子供が出来たとの報告から数か月後、遂に産まれたから会わせたいと連絡があった。
私は真っ先にお嫁さんと子供の安否を何度も何度も尋ねてしまった。
その後、妻の位牌の前に座ると手を合わせ、どれだけ感謝した事か――。
息子の嫁がその細い腕に幼子を抱いてここへ来た時、今まで感じた事のない感情が溢れた。
幼子を抱く嫁の横にはベビーカーを押す息子の姿があった。
自分の息子が幼子を連れて来ている。
瞬時に、沸々と色々な感情が込み上げて来た。
そして、これが孫が出来た感情なのか等と感じると、何とも言えない幸福感に包まれる。
そして同時に、今までの不安感を一瞬で消し去ってしまった。
そして私は、自分の死んだ妻が我が子を抱いている姿を想像していた。
勿論、妻が我が子を抱く姿など、一度も見た事は無かった。
妻にとってもそれは叶わぬ事になってしまっていた。
だが、目の前で孫を抱く息子の嫁が、この世に存在してくれている。
ただそれだけで、今まで感じた事も無い、安心した気持ちに包まれた。
妻を亡くしてからはずっと無縁だった、忘れていた幸福感をその時感じていた。
♢
その日、久しぶりに息子夫婦と夕食をとった。
そして、息子の結婚式以来の酒を呑んだ。
思えば、数年ぶりの飲酒でもある。
その夜は、ゆっくりと息子と晩酌をしていた。
六畳ほどの居間にちゃぶ台を置き、二人はあぐらをかいて向かい合っている。
隣の部屋では、嫁の啓子さんが孫を寝かしつけているようだ。
名前は悠斗と名付けたらしい。
息子の圭吾が、亡き母から名前の一文字を貰ったと言っていた。
「それにしても、子供を二人連れて来た時は驚いたぞ」
「ああ、あの子は悠菜さんといって、近所に住む事になっている方の子なんだよ」
「悠菜さんて……まだ幼子だよな?」
「ああ、歳は悠斗と同じ位かな」
嫁である啓子さんは孫の悠斗を抱いており、息子は同じ年頃の女の子が寝かされたベービーカーを押して来ていたのだ。
今は悠斗の隣に寝かされている。
そっと近づいて寝顔を覗き込むと、悠斗は眠ったままだったが、女の子がフッと目を開けてジッと見つめて来た。
綺麗な澄んだ瞳に一瞬ドキッとするが、まだ一歳に満たない様に幼い。
「まだこんなに幼いのに大丈夫なのか?」
「ああ、全く問題ないよ。こう見えても、この子はしっかりしてるんだ」
「しっかりしてるって、まだ赤ん坊じゃないか」
「それよりも、父さん! そろそろ一緒に暮らしてもいいんじゃないかな? 啓子もそれを望んでいるし」
「ああ……。お前、もう三十か」
その提案には答えず、私はお酒の入ったグラスを手に取り眺めた。
琥珀色したウィスキーの水割りが、まるでセピア色した古い写真の様にグラスの中に見えていた。
「そうだよ。来月には三十一だよ。そして、母さんの命日なんだよな」
「ああ、そうだな」
「なあ、父さん。俺、子供出来るのがちょっと怖かったんだよ」
そう言われて、ハッと息子の顔を見る。
笑顔ではあるが、その瞳は潤んでいた。
その瞬間、これまで息子を避けてきてしまった罪悪感や背徳感が、どっしりとのしかかってくる。
「小さい頃は大して感じなかったけどさ、これまで色々感じる事も多かったんだよ……母さんを亡くした父さんの気持ちとか……色々……」
「そっ、そうか……」
私は思わず息子の話を遮るように声を出してしまった。
だが、何を話せばいいのか言葉が見つからない。
「これまでもさ、中々子供の出来ない啓子に、このまま二人だけで暮らそうかとか、そりゃ色々悩んだよ」
「あ、ああ……」
「それに、昔からさ、俺の誕生日には墓参りだろ? 今思うと、結構辛かったんだぜ――」
私の気持ちを察してか、息子は笑顔でそう言った。
「そうだったな……すまない」
「父さんが謝る事じゃないよ。むしろ、俺が母さんを殺しちゃったとかさ。そんな運命を恨んだこともあったよ」
「そ、そんな! お前が殺したとか、そんなはずないじゃないか!」
つい、私は声を上げて否定していた。
妻を亡くした時の私は、この息子が妻を殺してまで産まれて来たと、そう思ってしまった事もあったのだ。
そんな事を思ってしまった自分が、何と酷い奴だと感じていたのだ。
それを分かっているかのように、息子が自分自身が妻を殺してしまったと責めている。
だから、思わず大きな声で否定したのだ。
「――父さん」
「お前は良く頑張った。……凄い奴だよ……」
本心からそう思っていた。
言いたかった事を言えた安堵感からか、酒の入ったグラスをその口へ傾ける。
私はどうしてもっと息子を愛せなかったのだろうか。
今になってその後悔が押し寄せてきていた。
それは全身の力を奪い、力の抜けたその腕は、テーブルの上にあったグラスを倒してしまった。
「えっ⁉」
慌てた息子が、こぼれた飲み物を布巾で拭い始めるが、私はただただその場で項垂れてしまう。
「だ、大丈夫か⁉ 父さんを責めてる訳じゃないんだよ⁉」
慌てて息子が弁解するが、勿論、私は責められているとは感じていない。
ただただ、自分の不甲斐なさに落胆していた。
「圭吾さん? お義父さん、どうしたの⁉」
「いや、グラス落としただけだよ? 俺は、別に……」
異変に気付いて啓子さんが息子に声をかけている。
頭を下げている私の姿を見て、お嫁さんに誤解されたらいけないと思い、ハッと私は啓子さんを見上げた。
「ああ、啓子さん、こいつは悪くないんだ。私がグラスを倒して……」
「えっ⁉ お怪我は⁉ ありませんか?」
そう言って私の両手を見るお嫁さんの表情が、まるで、転んで地面に伏せている子供の様子を伺う、母親の様にも見えてしまっていた。
息子を産んで死んでいったあいつも、生きていたらこんな母親になっただろうな。
ああ、このお嫁さんなら私よりも、ずっとずっと息子を大切にしてくれる。
確信をもってそう思えた。
「啓子さん! こいつを、どうか宜しくお願いします!」
私は自然と彼女に頭を下げていた。
「私は、息子に大した事はしてあげられないで、これまで来てしまいました。先に逝った妻の辛さに潰されて生きて来た、本当にどうしようもない父親です。でも、こいつの母親は、自分の命と引き換えにこいつを産みました。どうか、こいつの母親よりも……いや、そこまでは望みません。ただ、そんな、こいつの母親が居た。自分の命と引き換えに、こいつを産んだ母親がいた。その事だけは、どうか、どうか忘れないで、出来たら大切に想ってやって下さい――」
そう言って、私は下げた頭を更に下げると、そのままおでこをテーブルに押し付けていた。
「お義父さん……はい……はい……」
私からの一方的な申し出に、啓子さんはそっと私の傍《かたわ》らに座ると、その都度頷き、優しく、それでいてしっかりと返事をしてくれていた。
「ちょっと、父さん、大丈夫か? 酔ったのか?」
そう言う息子の言葉に、ようやくその頭をゆっくりと上げると、二人が心配そうな表情で私を見ていた。
二人共、大粒の涙が頬を伝い、それは拭われる事も無く頬をつたっていた。
二人を悲しませる気などこれっぽちも無かった私は、急にこれじゃいけないと我に返ったのだが、そんな自分の上げた顔の顎からも、涙がぽたぽたと零れ落ちている。
「いや、大丈夫だ。圭吾には本当に辛い想いをさせてしまって、すまなかった――」
流れる涙を両手で拭うと、平静を装いながら話し始めたが、目からはだらしなく涙が流れ、声は震えた。
そして、声を詰まらせた私に、息子が語りかける。
「俺、母さんの事は全く知らないけど、それに対しては寂しさとか無かったんだよ。ただ、父さんの気持ちを思うと、どうしようもなく切なくてさ――」
「圭吾……」
「好きな子が出来て結婚して、そいつが死んじまうなんて……。今の俺にはとても耐えられない……」
そこまで言うと息子は啓子を見て声を詰まらせた。
私は妻を亡くした喪失感に、これほどの不幸な事は無いと思っていた。
だが、圭吾は産まれた時から母に抱かれる事も無く、こんな自分だけがたった一人の肉親として存在していたのだ。
「圭吾……。本当にすまなかった――」
「父さんは、俺の自慢の父さんだよ。今までありがとう」
「いや、父さんは全然父親らしい事など出来て無かった。だけどな、孫が元気そうで嬉しいよ。啓子さんがお前の嫁さんで、本当に良かった。大事にしなきゃいけないよ」
そんな、思っている正直な気持ちが、すらすらと自分の口から出て来た事に、意外だと思いながらも、これは久しぶりに呑んだ酒のせいだと感じていた。
「そんな……お義父さん、圭吾さんはとても良くしてくれています。それに亡くなったお義母さまだって、お義父さんにこんなに想って戴いて――私には、本当に羨ましくも思えます」
息子のお嫁さんにそう言われて、その時は素直に耳を傾けた時だった。
『そんなに自分を責めないで』
(え?)
その時、確かに聞こえた気がした。
あの時のまま、時の止まった若い頃の妻が、ふと、そう言った気がした。
それはとても懐かしくもあり、まるで自分の母親に認められたような、そんな安心感もあった。
その声にハッと顔を上げたが、勿論悠子が居る筈も無い。
視線の先には孫の悠斗が寝かされて居る。
そしてその横には女の子がいつの間にか、部屋の壁につかまり立ちをしていた。
その女の子は何もない空間を、ジッと凝視している様に思えた。
(もうあの子は立てるのか……)
悠斗より少し前に生まれたのだろうと、そう漠然と思いながらも、これまでの妻への思い出が幸せなモノと感じた瞬間でもあった。
これまでは、あの辛い耐え難い出来事が、嫌でも鮮明に思い出されていたのだ。
真っ白なシーツをかけられて横たわる妻の前で、両手と両膝を冷たい灰色の床につけ、大声を上げて泣いている場面。
だが、今は妻との幸せな良い思い出が、薄い琥珀色したセピア色の古い映画の様に、心地よく思い出させていた。
(そう言えば、こいつ、産まれた時は弱々しく泣いてたっけな)
産まれて間もない赤ん坊だった息子が、看護士さんに抱かれて弱々しく泣いていたのを思い出しながら、目の前に座っている息子を何と無く眺めていた。
(あんなに弱々しかったこいつがな……)
「でな、父さん。実は、引っ越さなければいけなくなったんだ」
「ん? 引っ越す? 仕事でか?」
「うん、そんなとこだけど、ちょっと通うには遠いんだ」
「そうか」
「なあ、父さんも来てくれよ」
別に、息子夫婦と同居が嫌な訳では無い。
だが、やっと過去の因縁から本当に解放された感じがあったのだ。
これでやっと亡き妻との思い出と安らかに暮らしていける。
そんな気がしたのだ。
「いや、これからはお前たち親子三人で暮らしてくれ。お前は啓子さんと悠斗をちゃんと養っていかないとな」
「父さん、どうして――」
「あいつが死んでから、やっと一人だけであいつの居ない生活が出来る気がするんだ。寂しいとかじゃない。お前も本当の意味で独り立ちして――いや、独り立ち出来そうなのは俺かも知れない。これで俺はあいつとの思い出だけと生きていける。そんな気がするんだ」
これまでは妻を亡くした辛い出来事が、鮮明に脳裏に焼き付いていたのであろう。
自分の心の内側から引っかかれている感じに、度々悩まされてきていた。
だが今は、妻を亡くした日の事を振り返っても、淡いセピア色の思い出として優しく残っていた。
「俺は独りで大丈夫だ。たまには会いに行かせて貰うよ」
「そうか。わかったよ……」
「まあ、今夜はゆっくりと三人で呑もうじゃないか、な?」
自然と笑みが零れた。これまでずっと無かった、自然な笑顔が自分に戻って来ていた。
「ああ、何かあったら父さん、すぐに電話してくれよな」
「ああ、わかったよ」
「ふふっ」
「何だよ、啓子ー、なに笑ってるんだよー」
「いえ、何だか二人は似てるな~って。やっぱり本当の親子ですね」
「俺と父さんが? 似てた? そうかぁ?」
そう言って息子は嬉しそうな表情になった。
その後も他愛もない話ではあったが、私達親子は自然に笑っていた。
まるで、この三十年間に貯まりに貯まった幸せと笑顔のストックが、この時は一気に放出されたかの様に――。
♢
ふと目を覚ました私は、居間に敷かれた布団の上に寝かされていた。
深夜何時ごろであろうか。
辺りを見回すと、隣には息子が静かに寝息をたてている。
昨夜飲み食いをしていたテーブルは見当たらず、殺風景だった部屋に所狭しと布団が敷かれており、息子の向こうには啓子さんと孫が寝ていた。
身を起こして孫の顔を見ると、小さな目でジッとこちらを見ていた。
(悠斗起きてるのか……何だ、圭吾には全然似てないじゃないか)
そう思うと、自然と笑みが込み上げた。
「起きてたのか? お前は大人しくて良い子だな」
息子夫婦を起こさぬように出来る限り小さな声で囁くと、その子は満面の笑みとなり、私へ小さな手を伸ばした。
その手をそっと掴むと、壊れそうな位に小さく感じたが、孫は思いの外、力強く指を握り返してくる。
(そう言えば息子もこんな感じだったな――)
そんな事を思い出しながら、ふと気付くと、女の子もジッとこちらを見ていた。
「お嬢ちゃんも大人しくて良い子だな~悠斗と仲良くしてあげてくれるかい?」
そう女の子に話しかけると、確かに小さく頷いた。
意外な反応に一瞬驚いたが、女の子は成長が早いのかも知れない。
「そうかそうか~よろしく頼むよ?」
そんな、暫くは体験した事も無い幸福感を感じていたが、すぐに睡魔が押し寄せ、再度私は眠りについていた。
♢
「ねえ! 圭吾さん! 起きて!」
「ん、うん……」
そんな妻の啓子の声に、俺は重い眼をゆっくり開けると、啓子が俺の顔を覗き込んでいる。
「お義父さんがっ! ねえ、お義父さんがっ!」
「んー? どうした?」
妻の尋常ではない様子に、一気に嫌な気持ちが押し寄せ、横に寝ている父さんを恐る恐る見るが、別段変わりなくいつもの通りに寝ている。
その横に小さな女の子が立っていた。
生まれたばかりの小さな姿をした悠菜さんだ。
「何だよ、どうしたんだよ?」
寝起きの目をこすりながら妻を見るが、彼女は涙を流しながらも俺を見つめていた。
「触ってみてっ!」
そう言われた瞬間、ぞわっと何かが俺の全身に走る。
どうして啓子はこんなに泣いてるんだ。
そう思いながらも、無言のまま父さんの腕を触って見ると、温かさがまるで感じられない。
すぐに首元や顔を触るが、同様に生身の人とは思えない感触だった。
まるで、ゴムや蝋人形を思い起こさせる様な、無機質な感触。
だが、これまで父さんの身体に触れた事があっただろうか。
思い起こしても記憶にないのだ。
「ねえっ! 圭吾さんっ!」
俺は啓子に名前を呼ばれて我に返った。
「け、啓子! 救急車!」
「はい!」
妻の啓子はその返事よりも早く、既に携帯から電話していた。
そんな妻が救急隊と電話でやり取りをする間、俺は眠る様に横たわる父さんを見ていた。
まるで、寝ている様な穏やかな表情に、何故か少し気持ちが落ち着いて来る。
声を掛ければ今にも目を覚ましそうだった。
「父さん、父さん!」
だが、声を掛けるが目を覚ます気配は無い。
更に父さんの寝ている肩をゆすって見るが、やはり反応は無かった。
傍らに立つ悠菜さんを見ると、彼女は無表情まま首を横に振った。
「知らない人が連れて行ったと思う」
「えっ⁉ どういう事ですかっ⁉」
「悪意は感じられないから、きっと悪い結果では無いと思う」
「そっ、そうなんですかっ⁉」
悠菜さんにそう言われ、揺り起こす手を止める。
そして、改めて父さんの寝顔を見た。
薄っすらと微笑んだような、そんな穏やかな寝顔だった。
「なあ、啓子見てみ? 父さん、こんなに幸せそうな顔してるよ……俺、父さんのこんな顔、初めて見たよ……」
「圭吾さんっ! 今すぐ救急車が来るからっ!」
妻の啓子はまだ動揺した様子のまま、アパートの玄関へ向かって行く。
俺は父さんの傍らに座ると、その顔をジッと見た。
途端に止め処も無く涙が込み上げて来る。
それを拭う気も起きぬまま、俺はただ父さんの寝顔を眺めていた。
程なくすると、遠くから救急車のサイレンが聴こえて来た。
それはどんどんと近寄って来るようではあったが、中々到着しない様にも感じた。
そして、そのサイレンがピタッと止まる。
だが、まだ頭の中にはその音がなっている感じもした。
「こっちです! お願いします! 早くしてくださいっ!」
(啓子って、あんなに叫ぶ事もあるんだ……)
外で啓子が声を上げているのが聞こえるが、俺は初めて知る妻の一面に少し驚いていた。
やがて、救急隊員が二人ほど部屋に入って来る。
「こちらですか? で、どうしました?」
「はい! 朝起きたら冷たくなっていました!」
「お休みになる前、昨夜はどうでしたか?」
救急隊員の一人がそう言いながら、父さんの目を片方ずつこじ開けて瞳孔チェックをしている。
(ああ、あんなにこじ開けたら起きちゃうよ)
俺はそんな事を感じながら、その様子をただ見ていた。
「そ、それは、普通に……何ともありませんでした」
啓子もその様子を見ながら答えていたが、何かしら思うものがあった様だった。
「ああ……お亡くなりになっていますね。ご愁傷様です」
「え……」
「顎関節の死後硬直も始まっている様ですし……はっきりとは言えませんが、数時間は……」
そう言うと、その救急隊員は頭を下げる。
「そんな、何にも出来ないんですか⁉」
啓子は驚いた様に問い詰めるが、その救急隊員は頭を下げたまま深く頷いた。
「ええ。救急車にお乗せする事は出来ない決まりです」
「そんな……」
「まずは、警察と医師を呼びます。……これも決まりなんです」
「え、ええ……」
そう言われた啓子は、そのままその場にペタンと座り込んでしまった。
それを見た俺は、そっと啓子の横へ座った。
「なあ、啓子。ありがとうね」
「だって……すぐ救急車呼んだのに……」
「もう、仕方ないさ。最後に孫の顔見せられて良かったよ」
「圭吾さん……」
「それよりも、啓子も父さんの寝顔見てご覧? あんな寝顔してるの、俺、初めて見たよ」
啓子はゆっくり父さんの顔を覗き込むと、うわっと泣き崩れた。
「ああーっ! お義父さーんっ!」
「父さんの寝顔って、いつも険しい表情だったんだよ……」
啓子の泣き叫ぶ声に貰い泣きしながら、またも俺の頬にも涙が零れ落ちる。
「な、見てみろよ……こんな顔してるんだぜ? 死んでからあんな幸せそうな顔するなんて……父さん……ずるいよ……」
そう話した途端、とめどもなく涙が溢れ落ちた。
そして、暫くの間は二人で泣いていたが、啓子は沙織さんへ連絡をしていた。
その後は警察が来たり、死亡確認の為に医師が来たりと色々あったのだが、沙織さんが全て対応してくれたようだ。
♢
その数日後、父さんの葬儀なども滞りなく終わり、俺達は父さんが住んでいたアパートの遺品整理をしていた。
「父さんが死んでから来週で一か月か……早いなあ」
「ええ、そうねえ。沙織さん、こんな事までさせてしまって、本当にすみません」
妻の啓子は俺への返事の後、申し訳なさそうに沙織さんへ声をかけた。
「いえいえ~いいんですよ~」
そう笑顔で答えるこの人は、引っ越し先の裏へ住む影浦沙織さんだ。
うちの一人息子、悠斗を啓子に授けてくれた恩人でもある。
「悠菜さんも、本当にごめんなさい」
「ん……平気」
この子は影浦悠菜さん。
今は、ベビーベッドに寝かされた悠斗の様子を、ベッドの縁を掴んでジッと伺っている。
産まれて間もない悠斗と同じ年齢と言う設定により、その姿もまるで乳生児であるが、普通に立って言葉を話している。
勿論、この事は私達四人だけの秘密である。
「ユーナちゃんは平気ですよね~身体が小さくなっただけですし~」
「問題ない」
そう言って、悠菜さんは悠斗の寝顔を覗き込んだ。
その様子に、これ以上の無い安心感を感じながら、俺は荷物の整理をしていた。
「あら~? こんな所にこんなノートがありますよ~?」
「あら、大学ノートですか?」
沙織さんからノートを受け取った啓子は、手にしたノートをパラパラとめくったが、次第に不思議そうな表情に変わった。
「ん? どうした?」
「これ、随分古いんだけど……」
啓子が見ているノートは、今にも破れそうなほど劣化していた。
「やっぱりこれ、お義父さまの字じゃない様な……」
「え? じゃあ、誰のだ?」
啓子はそう言って、俺にノートを開いて見せた。
そのノートに書かれている字は、父さんのものとは思えない程、綺麗で可愛らしく思えた。
色々思い起こしてみるが、全く覚えが無い。
「ちょっと読ませてくれるか?」
俺は啓子からノートを受け取ると、最初のページから読み返してみた――。
最初のページは今月の収入や支出、いわゆる家計簿の様だった。
その後も似た様なものだったが、時折、覚書《おぼえがき》の様に思える内容もある。
≪圭ちゃんからケーキのお土産! エクレアが本当に大好きなのね≫
「これ、もしかしたら母さんの字じゃないのか⁉」
「え⁉ そうなの?」
俺が思わず声を上げると、啓子も驚いた様に俺の持つノートを覗き込んだ。
勿論、俺は母さんの書いた字など見た事も無いが、この内容からは母さんが書いたものと予想出来ていた。
時折書かれている日常のメモに、見た事も無い母さんと父さんの生活を、まるで覗き見ている様な感覚になる。
だが、その内容は至って普通の、若い夫婦のものの様に感じた。
「父さんも俺達と同じだったんだな」
「うん、仲良さそう……」
ページを捲る内に、段々と病院と言うワードが目に付くようになった。
どうも母さんは、生まれつき身体が弱かったらしい。
前のページからたまに病院と言う文字はあったが、中盤を過ぎた頃になると入院を始めたらしい。
家計簿らしい項目は無くなり、殆どが日記の様な内容となっている。
俺は胸が熱くなるのを感じながら、ゆっくりとページを捲ると、その手を止めた。
≪寂しい思いさせてごめんね≫
≪こんな私でごめんね≫
≪こんなに身体が弱い自分を、これまで妬ましく思った事なんて無いのにな≫
俺はページを捲って行く。
≪神様、一つだけお願いをきいて下さい≫
≪私の最後のわがまま≫
≪圭一さんの赤ちゃんが欲しい≫
ハッとしながら俺はページを捲った。
≪神様、どうかお願いします≫
≪けいちゃんの赤ちゃんを下さい≫
≪私が生きた証≫
急に手が震えて来ていた。
ノートを捲る手が震えて来る。
≪今日、女神様が逢いに来てくれた! ≫
≪他の人が死神だって噂してるけど、あの人は絶対女神様だと思う!≫
≪でも、けいちゃんには話せない……ごめんなさい≫
≪私にも出来るかも知れない≫
≪たった一つの、けいちゃんへ贈り物で私の生きた証≫
俺は震える手でページを捲る。
≪わたしの命を赤ちゃんへ渡して下さい≫
≪そして、けいちゃんと赤ちゃんがいつまでも、健康で長生き出来ますように……≫
その後の黄ばんだページを捲ると、そこからは何も書かれていなかった。
気付くと俺の目からは涙が頬を伝っている。
横から覗き込んでいた啓子も、顔を両手で覆い、声を殺して泣いていた。
(俺が生まれる前に、まさかこんな事があっただなんて……)
古いそのノートには、これまでの俺には知る由も無い事実が、赤裸々に綴られていたのだ。
産まれつき身体の弱かった母さんは、自分の命が危険になると知りつつも、この俺を身籠った。
父さんに話せないという事は、妊娠したら命に危険があると言われた事を、父さんには言えなかったという事だろうか。
それとも、女神みたいな人に会った事が内緒という事なのだろうか。
虚弱な母の身体では、お腹の胎児を成長させる事等出来ないと、医者は断然反対していたのだ。
だが、母の必死な思いと、女神と書かれた人との出逢いもあり、奇跡的に俺は母さんの身体で成長が出来たのだ。
そして、到底出産には耐えられないその身体で、自らの命を代償に俺を産んでくれた。
だが、母さんの命は守れなかった訳だから、母さんがあった女神の様な人ってのは、恐らく女神では無い筈だと俺は思っていた。
そんな事を思っていると、涙声のまま啓子が話し出した。
「ルーナさん……これって……」
「あ、啓子さん、名前間違えてますよ~?」
「あ、ごめんなさい! 沙織さん!」
「癖になっちゃうから、覚えて下さいね~?」
「は、はい!」
「ん~私は悠子さんとはお会いしてませんよ~? 誰でしょうねぇ~」
沙織さんは顎に手を当て考え始める。
その仕草も美しく、この人こそ女神の様に見えた。
実は、妻の啓子は去年の旅行先で、この沙織さんと初めて出会ったのだ。
俺は啓子に子供が出来る事が怖かったのだが、そんな精神的な物も影響してか、啓子は不妊の病にかかっているのだ。
色々な病院へ診察へ行ったが、これといった治療法は見つからず、気晴らしに二人で旅行へ行った時だった。
啓子の話だと、その旅行先の宿でルーナと言う女性に出会ったという。
月が異常に明るい深夜、独りで祠に手を合わせていた時に、突如、光り輝きながら現れたらしい。
その後、異世界へ手を引かれて連れて行かれ、子供を授けると約束して帰って来たのだ。
最初にその話を啓子から聞いた時は、遂に気がおかしくなってしまったのではないかと怖くなったが、その後の啓子の様子が余りにも自然で、笑顔で過ごす姿を見ていると、いっそこのままでも構わないと思っていたのだ。
だが、悠斗を授かるその日が近づくと、まるで初めて子供が生まれる父親の様に、啓子は家の中をそわそわとし出したのだ。
子供の名前は、俺の母さんの名前から一文字貰って、悠斗と名付けたいと嬉しそうに話していた。
そして、啓子がルーナと再会する約束をしたという日。
俺達は、予めルーナに用意されていた家へ向かった。
住んでいた家では色々と都合が悪いらしく、ここから離れた場所へ、その日から引っ越す事になっていたのだ。
そして、その引っ越し先の裏の家に、ルーナとユーナがこちらの世界で生活する事にもなっていた。
引っ越し先へ着くと、俺達はすぐに裏手にあるルーナが居ると聞いていた家へ出向いた。
そして、ルーナがその腕に子供を抱いて俺達の前に現れた時、俺も啓子も自然と手を合わせていたのだった。
その時のルーナの第一印象は、まさに光り輝く女神様そのものであった。
その時抱かれていた子供、それが悠斗だ。
どうやって悠斗が産まれたのかを啓子に訊いても、ただ首を横に振り、分からないと言う。
ただ、啓子は自分の染色体だか、遺伝子だとかを使ったとか言っていた。
それで、どうして俺達の子供だと言えるのか、そんな事も一瞬思ったりもしたが、子供を抱くルーナの姿を見た途端に、そんな事等どうでも良いと思えてしまった。
女神様の子供を我が子として育てられる、そんな喜びの方が断然誇らしくも思えたのだ。
その時に、ルーナといくつか約束を交わしていた。
実は、その前から啓子から約束事項があると言われていたのだが、俺は話半分で受け流していたのだ。
まず、悠斗が十八歳になる迄は、異世界で生まれた事は内緒にしておくこと。
これは出来る限り本人からの、潜在的な覚醒が目的らしい。
ルーナ達でも予測の出来ない、よからぬ障害が成長を妨げるかも知れないという事だった。
そして、ルーナは影浦沙織、ユーナはその娘、影浦悠菜と言う名前で親子関係を装うという事。
子供達の入園や入学等、悠斗が十八歳になる迄はユーナが常に行動を共にし、彼の安全を護ると言う事。
それらの約束を再度確認され、悠斗を俺達に授けてくれた。
悠斗の護衛と言うユーナが、俺達の想像も出来ない位に、余りにも幼かったのには驚いた。
生まれたばかりの様に見えたのだ。
この子がこれから悠斗の成長を、俺達と共に見守ると言う。
なんせ、悠斗は異世界で生まれた子供であるからだ。
こっちの世界でどの様な影響が悠斗に起こるのか、予想外の事態に備えてのものであろうが、それにしても看視者が幼過ぎないかと心配にはなった。
だが、ユーナの見た目の幼さは仮の姿で、その時の俺達よりもずっと永く生きていると、ルーナに言われたのを覚えている。
では、母さんが会ったと言う女神様とは、一体誰だったのだろうか。
今となっては俺達の知る由も無いが、沙織さんなら心当たりがあるかも知れないと思えたのだ。
きっと、啓子もそう思って沙織さんに訊いたのだろう。
だが、沙織さんは会っていないと言う。
沙織さんの他に女神の様な人など、その時の俺達は出会った事が無かった。
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