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第一章 覚醒

第23話 #漂泊者イーリス #最初の晩餐会

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「さー、ここがご飯食べる所だよ~?」

 愛美がイーリスの手を引きながらリビングまで来ると、そのままダイニングへ行こうとしてこっちを見た。

「あ! お姉ちゃんお帰りー! 帰って来たんだ! セレスさんも、おかえりー!」

 二人の姿に気づいて立ち止るとそう言ったが、イーリスは後ろに隠れている。

 あいつ、案外人見知りなのか?

 俺はそう思ってイーリスに声を掛ける。

「イーリス、お風呂でっかいだろ? びっくりしたかー?」

 すると、愛美の後ろから顔を出して声を上げた。

「おおおー! すっごく気持ちよかったぞ!」

 満面の笑みでそう言ったが、すぐにまた愛美の後ろに隠れる。

「ねえ、お姉ちゃん。この子、お腹空いてるの。何か食べさせてあげたいんだけどー」

 愛美がダイニングの方を見ると、悠菜は無言のままダイニングへ入って行った。

「イルちゃん、もう少しだけ待ってね? すぐご飯にしようね」

 愛美はイーリスの顔の近くまでしゃがんでそう言った。

「うん! もう少し待つ!」
「ありがと、イルちゃん! さ、こっちで待ってようね?」

 そう言ってイーリスの手を引いてダイニングへ行こうとした。

「待って」

 急に、イーリスがそう言って、俺の前まで歩いて来た。

 リビングのソファーに座る俺の前で、腰に手をやっている。 

「お前の家、中々良いな! 気に入ったぞ!」
「そ、そうですか。それはどーも」

 そう言って愛美の前へ戻り、手を握った。

 なんで上から目線なんだよ。

 軽くため息をついてセレス見ると、彼女は意外そうな顔をしてイーリスを見ていた。

 そして、イーリスが愛美とダイニングへ消えると、この時を待っていたかの様に俺にその顔を近づけた。

「ハルト、あれがイーリスだと?」

 そして、出来る限りの小声でそう聞いて来た。

 何故、小声?

 俺は、どうしてそんなに警戒するのか、不思議に思いながらも頷いた。

「どうしたんだよ。そんなに小さな声で」

 同じ様に小声で聞き直した。

 すると、セレスはソファーに背をもたれながら腕を組む。

 そして、ゆっくりと首を横に振る。

「わからん」

 そうつぶやいた。

 あ、そうだった!

 コンビニのお菓子があったっけ。

「そうそう、セレスに見せたいものがあるんだぜ?」

 そう言うと俺は、さっきコンビニで買って来た袋を見せた。

「ほう? 何だ? カサカサしてるな」
「まあ、食べ過ぎは良くないけど、ポテトチップスとかお菓子を、色々買って来たんだ」
「ポテトチップス? お菓子か?」
「食べた事ないだろ?」

 セレスは、袋の中身を凝視しながらもうんうんと頷いている。

「うん、何だかカラフルだな。虹の様だ」

 ここから虹を連想する所が凄いよな。 

 セレスのはしゃいでいる姿を見ると、そのギャップに少しにやけてしまう。

 だがその時、包装紙のガサガサした音に反応したのか、キッチンの方からイーリスが声を上げた。

「あっ! その音は!」

 突然上げたその声と共に、リビングに居る俺らに駆け寄って来た。

 まるで座敷犬だな……。

 だが、突然イーリスが走って来た事で驚いたセレスは、その場で硬直している。

「おいお前! それ、食べるのか?」

 仁王立ちのままセレスの手にある、お菓子の袋を指差して言う。

 セレスはイーリスを見たまま、ぎこちなくだが首をぶんぶんと横へ振る。

「そうなのか? なーんだ」

 そう言うと、つまんなそうにしている。

「ちょっと、お兄ちゃん? ご飯の前にお菓子食べさせちゃダメだよー?」

 愛美がキッチンの方からそう言いながら、リビング迄駆け寄って来た。

「はいはい。皆でご飯食べたら食べような?」

 俺がそう言うと、イーリスは不思議そうな顔をしている。

「ご飯食べてから、また食べると言うのか? お前、やっぱ変だな」

 イーリスが俺を指差して言った。

 へ?

 俺が変なのか?

「あははは! さ、変なお兄ちゃんはほっといてね」

 愛美は楽しそうにそう言ったが、イーリスの手を引きダイニングへ戻ると、俺とセレスは顔を見合わせた。

「あれがイーリスだよ」
「本当に? そうなのか?」

 俺は小さな声でセレスに言うと、セレスは小声でそう言って首を傾げた。

 そこへ沙織さんが入って来た。

「さあさあ~ご飯遅くなっちゃったわね~」

 そしてリビングの俺とセレスを見ると、こっちこっちと手招きをした。

「もう出来るからダイニングへ行きましょ~」

 そう言われ、俺とセレスは立ち上がる。

「イーリス? お元気そうね~」

 ダイニングへ入るなり、沙織さんが椅子に座るイーリスに声を掛けた。

 ビクッとしてイーリスが沙織さんを見る。

「ええええー! ルーナ⁉ どうしてルーナが⁉」

 声を上げて立ち上がったが、明らかに動揺している。

 しかも、沙織さんをルーナと呼んだ事で、さらに俺の謎が深まる。
 
「ここはあたしたちのお家なの~びっくりしたわよ~?」

 そう言いながら、イーリスの傍の椅子へ座る。

「そうだったのか。それでここは障壁が張られていたのか……」

 妙な事を言っているなこいつ。

 テンパってるのか?

「うんうん~流石に変なのが来ないように注意はしておくわよー」

 え?

 何言ってるの、沙織さん?

 イーリスと話がかみ合ってる?

 俺は何を話しているのか理解出来なかった。

 沙織さんがキッチンを覗き込むと、愛美と蜜柑そして悠菜がこちらの様子を怪訝そうに見ている。

「どーお? もうご飯出来そう? そこに大体の用意はして置いたけどー」

 沙織さんがそう言うと、三人は同時に頷いた。

「ねえ、沙織さん! イーリスちゃん知ってるの⁉」

 愛美がびっくりして聞いた。

「うんうん~会ったのは随分と前なの~」
「そ、そうなの⁉」

 随分前って、こいつが生まれて間もなくとか?

 俺はイーリスを見ながら思ったが、まだどう見ても十歳程度だろう。

「でわでわ~再開を祝ってお食事会ですね~」

 嬉しそうに手を合わせながら沙織さんがそう言うと、俺とセレスは顔を見合わせたが、取り敢えず空いた席に座った。

 何か凄い量だよ。

 そう思い、並べられる食事を目で追う。

「おおおー! 凄いご馳走だな! これ食べていいのか⁉」

 イーリスが運ばれる食事を、背伸びしながら見ている。

「さあ、どうぞー! ゆっくり食べてね?」

 料理が並べ終わると、イーリスに愛美が微笑みながら声を掛けた。

「うん! いただきます!」

 そう言ってイーリスは、目の前のプチトマトを口へ運んだ。

 その様子を見ながら沙織さんが、イーリスにゆっくり話しかける。

「で、どーしたの? どうしてここへ現れたの~?」

 そう聞かれて、二個目のプチトマトを頬張りながらイーリスが話し出す。

「だってさー、急に引っ張られたんだよーそりゃ、落ちるじゃん!」

 へ?

 落ちた?

「あらあら~それで怪我はないの?」

 沙織さんが心配そうに聞く。

「あー、怪我と言えばこいつかな?」

 そう言って俺を指差した。

「お前なぁ」

 俺の何処が怪我だって言うんだよ!

 呆れて物が言えん。

 まあ、病気って言われるよりマシだが……。

「別にお前に、感謝なんかされても嬉しくないんだからな!」

 イーリスはそう言って三個目のプチトマトを口に入れた。

「なっ! こぬやろぉ」

 俺は身を乗り出した。

 どうしてこいつに俺が感謝なんだよ!

 どう考えても逆だろ⁉

「まあまあ、お兄ちゃん落ち着いて」

 蜜柑になだめられる。

「あらあら~悠斗くん、イーリスに気に入られたようねぇ」

 はぁ?

「何言ってんの? 沙織さんも」

 そう言って沙織さんを見ると、妙にニコニコしている。

「イーリスって凄く人見知りなんだけどね~不思議ねぇ」

 ま、まあ、人見知りなのは、何と無くわかる。

 そう思ってイーリスを見ると、またプチトマトを口に入れている。

「お前、プチトマト好きなのか?」

 更にプチトマトを口に運びながらこっちを見た。

「ん? ――って、これか? 別に普通だけど? 何か?」
「て、さっきからプチトマトしか食べてないじゃんか!」

 好きなら好きって言えばいいじゃんか……天邪鬼だな。

 すると、イーリスは手を止めた。

「だ、だって……」

 イーリスの表情が変わった。

 泣きそうな顔になる。

 突然の変わりように、俺は動揺してしまった。

「ど、どうしたんだよ⁉」
「あー! ちょっとお兄ちゃん! そんなに強く言ったらダメでしょ! ごめんね、イルちゃん。あんな馬鹿っ兄貴で」

 イーリスはこくんと頷く。

 ちょ、ちょっと愛美さん。

「だって、これは苦手だし、他のは見た事無くて……」

 指をさす先には、色々な野菜スティックが大きめのグラスに立っている。

 そしてやはりその目は少し涙目だ。

「そうだったのか。俺が悪かった! これも食べられるんだぞ?」

 急に申し訳ない気持ちになり、パスタを取り分けた小皿を差し出した。

「え? これ、食べられるのか⁉ ミミズかと思った!」

 目を丸くして見入っている。

「食卓にミミズ出す訳無いだろーがっ!」

 イーリスは少し明るい表情でパスタを持ち上げ、両手で引っ張るがすぐに切れる。

「あ、イルちゃん、これで食べるの」
「これ、うねうねしてるけど、大丈夫?」

 愛美にホークとスプーンを渡されても、怪訝そうにしながらスンスンと匂いを嗅ぐ。

「変わった匂いだな」

 そして、器用にフォークで麺をすくうと、ゆっくり口に入れる。

 すると満面の笑みで俺を見た。

「美味しいぞ⁉ 凄いなこれ!」

 パスタの小皿を目の前に置いてやると、夢中で食べ始めた。

 こいつ、パスタも知らないのか?

 沙織さんと愛美、蜜柑は笑顔で見ているが、セレスと悠菜は緊張している様だ。

 ついつい見入ってしまったが、ふと我に返る。

 俺は唐揚げをつまんで食べると、不意に視線を感じた。

 見ると、いつの間にか取り分けたパスタを食べ終わったイーリスが、ジッと唐揚げを凝視しているのだ。

「あ、これも美味いぞ? 食ってみ?」

 唐揚げの入った皿を目の前に差し出すと、俺の食べ方を真似る様に一つ摘まんで口へ入れた。

「おおおー! わ、わんだほえー!」

 やっぱり、唐揚げもお初か。

「それな、鶏肉。ちゃんと食べ終わってから話せよ。何言ってるか分からん」

 そう言うと、イーリスの動きが止まった。

「わ⁉ わんはほ⁉」

 また涙目だ。

 おいおい、勘弁してくれよ。

「イーリス。ここはそう言う世界なのよー?」

 沙織さんが諭すように話した。

「この鳥は食される為に生まれ、これで全うされたの」

 そう言う沙織さんを、ウルウルした目で見ている。

「ほ、ほうなのは?」 

 小さな口に入れた唐揚げが大きすぎて、もごもご言っている。

 そうなのか?

 って言ったんだよな?

 イーリスの頬を涙がツーっと伝い落ちた。

 急に何とも言えない切ない気持ちになった。

 こいつ、純粋なんだな。

 気が付くと、愛美の目にも涙があった。

「は、はひはいへんはよ、おはへは!」

 イーリスがモグモグしながら、俺に何か言うが、全く分からん。

「何だって?」

 俺が聞き返すと、急いで口の中のモノを飲み込んだイーリスに、堰を切るように怒鳴られた。

「何泣いてんだお前は! って言ったんだよ!」

 え?

 俺が泣いてる?

「な、泣いてたのはお前だろ⁉」
「お兄ちゃん、泣いてたのー?」

 愛美がそう言って、俺に涙を堪えて笑いかけた。

 周りの皆を見回すと、コクコクと頷いている。

 ただ、沙織さんだけは、ニコニコしながらセロリをかじっていた。

 そうか、こいつ、鶏肉初めて食べたのかぁ。

「口に入れた物、ちゃんと食べて偉いな」

 イーリスにそう言うと、照れた様にこっちを見た。

「だ、当たり前だ! 鳥に申し訳ないだろ! 全うさせるんだからな! そんくらいわかれよな!」

 そう言って、またプチトマトを口に入れた。

 案外、優しい子だなこいつ。

 愛美が優しくイーリスの口周りを拭いている。

 こんなに幼いのに親はどこ行ってんだよ。

 急にそっちに腹がたった。 

「沙織さん、イーリスの親は何処に居るの?」

 どうしても気になって、沙織さんを見た。

「ん~色々あるのよ~許してあげてね?」

 え?

 何故、沙織さんがそんな事を?

 そう言われると、怒りよりも新たな疑問が湧き出て来る。

 そうか、この子を知ってると言う事は、エランドールでなくても異世界の人間か。

 そうなれば、この現実離れしたイーリスも納得がいく。

「そうだ、イーリス、どうしてあそこに倒れてたんだ?」

 見ると、イーリスは愛美に勧められて、キャロットジュースを飲んでいた。

「だーかーらー。お前に言ったじゃん。足を滑らせたってー」

 俺が聞きたいのはそうじゃないんだけどなぁ。

「どうしてあそこを歩いてたんだ?」

 聞き方を変えてみた。

「んー? 歩いてないよ?」

 ストローをくわえながらキョトンとしている。

 え?

 歩いてなきゃ、どうして足を滑らせたんだよ。

「さ~てと、もうみんな食べたよねー?」

 急に沙織さんが話しを遮った。

「じゃあ、お姉さんから話すね~」

 そう言って、俺と皆を見回した。

「ルーナがお前らのお姉さんなのか⁉」

 びっくりしてイーリスが声を上げた。

「ん~? そうよ~?」

 そう言われると、イーリスは大人しくなった。

「まず、イーリスの件ねー?」

 そう言って、イーリスを見る。

「この子は、いつも次元を彷徨っているの~」

 へ?

 彷徨う?

 次元を⁉

「ずっと独りで、あちこちの次元へ放浪しているのね」

 うんうんとイーリスが頷いている。

「一つの次元に留まるのは珍しい事なの~」
 
 イーリスは胸を張ってる。

 自慢する所じゃないと思うけど?

「どうしてここに居るのかは分かんないけどね~」

 そう言って、沙織さんがニコニコしながらイーリスを見と、彼女は慌てて言い返した。

「べ、別に来たくて来た訳じゃないんだから! こいつが、どうしても来いって……言うから」

 段々とその声は小さくなった。

 どうしてもって何だよ、言って無いよね?

「まあ、こうやってイーリスと会えたのも縁ですね~」

 そう言って、皆を見回した。

 まあ、それはそうだな。

 裸で倒れていたのは解せないが。

「でもさ、変なんだよねーどうして、あそこに居たのかが分かんない」

 へ?

 こいつ自身も分かんないのかよ!

「あら~それは不思議ねぇ~」

 沙織さんが頬に手をやり考える。

「目が覚めたら、こいつが見てた。あ、触ろうとしてた」

 イーリスが思い出した様にそう言うと、愛美がキッっと俺を睨んだ。

「お兄ちゃん⁉ こんな幼い子に⁉」

 そう言って愛美は立ち上がった。

「お兄ちゃんっ⁉ 信じられませんっ!」

 蜜柑もそう言って席を立った。

「いやいやいや、待て待て! 違うってば! 俺は生きてるか確認をだな!」

 慌てて弁解する。

「食べられちゃうかと思ったぞ?」

 イーリスがそう言うと、益々愛美の表情が変わる。

「お、お兄ちゃん⁉」
「おいおいおい! ちょっと待てよ! お前、何言ってんだよ! 大丈夫かって聞いただけだろ!」

 イーリスは涼しい顔でジュースを飲んでる。

 愛美と蜜柑が俺にじりじりと迫って来た所で悠菜が言った。

「悠斗の傍を離れた、私が悪かった」

 そう言って立ち上がると、深々と頭を下げた。

「あ、お姉ちゃんのせいじゃない! お兄ちゃんが節操無いから!」
「う、うん! お姉ちゃんは悪くない!」

 待て待て、違う方向行って無いか?

「まあまあ、間違いは無かった事ですし~」
「沙織さんまで、何言ってんの!」
「ハルトはこんな幼子が好みなのか?」

 セレスは怪訝そうに俺を見ていたが、そう言って俺から少し離れた。

「ちょ、セレス! 違うってば!」
「幼子って誰? なー誰の事ー?」
「どう考えたってお前だろ!」
「何だとーっ⁉ 愚弄するのか⁉」
「ってか、お前、中身幾つだよ!」

 これがイーリスと言う漂泊者との、初めての晩餐だった。
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