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第二章 抗戦

第63話 #先手必勝 #問題解決

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 ベランダからそっと部屋に入ると、噴水前にイーリスがしゃがんでいた。

「お、イーリス風呂あがったのかー?」

 そう声を掛けると、彼女はビクッとして俺を見てすぐに立ち上がった。

「あーっ! お前何処行ってたんだよ!」

 あ、もしかして俺を待ってた?

「ああ、ちょっと飛行訓練?」
「は? 飛行ってお前、ここの空飛べるのかっ⁉」

 イーリスは驚いた表情で俺に駆け寄って来た。

「まあね~試してみたら飛べた!」
「何だそれっ! 凄いじゃんか、このやろー!」
「だろだろー?」

 やっぱりイーリスでも驚くんだ?

 でも、こいつがこんなに驚くとは意外だな。

「でもさ、空は目立つから気を付けろよー?」
「え? どういう事?」
「どう言う事って……お前なぁ」
「何だよ」
「空飛んでたら、誰でも見上げたら丸見えじゃんか」
「あ……? でも確かにそうかも」

 さっきは夜空だったから目撃者は居ない筈だが、昼間だと注目の的だろうな。

 今度からは注意しよう。

 だがこいつ、着眼点が違うと言うか何と言うか……。

「ま、撃ち落されない様にするんだな」
「そんな事する奴いねーだろ!」
「そうかー?」

 こいつは何処まで本気で言ってるのかが未だに分からん。

「それにしても随分成長したなー」

 そう言いながらイーリスが俺をまじまじと眺めている。

 イーリスにも俺の変化が分かるのかー。

 まあ、俺が一番驚いてるんだけどね。

「やっぱそう思う?」
「うん、最初に会った時と比べたら別物だぞ?」
「そっかぁ」

 何だかイーリスにそう言われても、あまり実感が沸かないけどね。

「無事に覚醒したお前に、あたしの特殊スキル授けてやるか」
「は? 特殊スキル?」
「ああ。だけどこれ、単独では発動出来ないから、お前の盾に付加してやる」
「これに?」

 俺は左手の指輪を触った。

「ちょっとこっち来い」

 そう言うとイーリスが俺の手を引いて、ベッドの横まで歩いて行く。

「何するんだ?」
「黙って目を瞑ってろよ」
「あ、ああ」

 言われた様に目を瞑るが、俺にはイーリスの姿も部屋の中も把握出来ている。

 だが、今は大人しくイーリスに従ってみよう。

 彼女はそのまま俺の手を握っている。

 だが、ふと気づくとイーリスの姿が、いつもの姿とはかけ離れた、綺麗な大人の女性の姿をしている。

 慌てて目を開けるが、目で見た感じはいつものイーリスだ。

「あ、こら、目を開けるな!」
「あ、うん」

 また目を瞑ってイーリスを感じ取ると、やはり別人なのだ!

 その人のオーラは七色に光り輝き、まるで光り輝くビーナスの様だ。

 な、何だこいつ!

 これが本当のイーリスの姿なのかっ⁉

 すると、ゆっくり俺の手を自分の胸に当てた。
 
 急に俺の中にイーリスが入って来るような感覚になる。

 これって、沙織さんや悠菜がした様な事?

 手に触れている触覚ではイーリスの胸はぺったんこなのだが、俺の中にある別の感覚では、確かに膨らみと温かみを感じている。

 何だろ、これは……。

 すると、イーリスが祝詞を唱え始めた。

 その言語は今まで聞いた事も無く、新たに俺の中にインストールされている感じがした。

「暫くしたらハルトにも理解出来る祝詞だから心配するな」
「そ、そうなんだ?」
「ああ。あ、まだ目は開いちゃダメ!」
「え、あ、うん」

 すると、唇にその人の唇が重なって来た。

 な、何だとーっ⁉

 間違いなくイーリスな筈だが、目で見てたあの姿では無い。

 そしてその人の唾液から採取したのだろう。

 俺の中のイーリスの情報が目まぐるしく変化していく。

 同時に俺のスキルにも変化が起こった。

 盾の能力が格段にアップデートされたのだ。

「これでオッケー!」

 そう言われて目を開けるが、声にならずにイーリスを見る。

 やはり見覚えのあるいつもの姿だ。

「これでハルトの盾にあたしのスキル付加出来たぞ!」
「お、お前……あの姿……」

 するとイーリスが驚いた様に俺を見上げた。

「な、お前っ! 何を見た!」
「何をって、七色に光る女の人……」
「あちゃぁ……お前そんな事も分かるのか⁉」
「それじゃ、あれはお前の姿かっ⁉」
「あー、まあな」

 あんな容姿じゃ妹に妬まれるのも納得出来る気がする。

「めっちゃ綺麗じゃん!」
「うっせーんだよ、馬鹿ハルト! そんなの何の意味も無いんだよ」
「そ、そんな事……」

 だが、イーリスはその自分の容姿を恨んでいるのかもな。

 俺はそれ以上何も言えないでいた。

「まあ、あたしのその姿を見たのは、エランドールじゃ……ルーナだけかな?」
「そうだったんだ……」
「ま、この姿気に入ってるからこれでいいじゃん!」

 そう言ってクルッと回って見せた。

 やっぱりこいつの悩みを早く何とかしたい。

 妹とのしがらみだか何だかを解決してやりたいな……。

「それよりも、ハルト」
「あ、なに?」
「昨日の夜に対策案とか言って、あたしに話してたじゃん?」
「ああ、あれな」
「その時に、今渡したスキルがめっちゃ遣えるぞ」
「そうなのかっ⁉」
「ああ、盾にあいつらが触れる瞬間に、あたしのピーンが欲しいんだろ?」
「その、ピーンってのがよく分かんないけど?」
「時空の歪を展開するんだよ!」
「ああ、それそれ!」
「だろー? 盾に付加してあるから、発動がめっちゃ楽だぞ?」
「そう言う事?」
「そう言う事ー」

 そうか!

 盾に触れたと同時に、イーリスのスキルで時空歪に一旦奴らを停めて、すぐに盾の裁きを発動して反作用させる……のかな?

 これで良いのなら、何も来週末まで待つ必要も無いじゃん⁉

 いや待て、加護を遣ってもう一度対策案をリストアップしてみるか!

「イーリス、もう一回加護を遣って対策案考えてみる」
「ああ、あたしのスキル付加がどう遣われるのか見てみろ」
「ああ」

 何だかんだ言ってこいつはすぐ理解出来たようだ。

 やっぱ、実際は凄い奴なんだろうな。

 見た目がこんなだから惑わされちまう。

 そんな事を思いながらも、ネックレスに触れながら意識を集中する。

 すると、簡単に対策案がリストアップされた。

 一度やった事だからか、かなり時短になっている様だ。

 リストを確認すると、最初に出て来たのはやはり昨日の夜に見た奴の進化版だ。

 アップデートされた盾の守護と加護だけで事足りる。

 何だか急に簡単になって無いか?

「あのさ、イーリス」
「ん? どした? 変化あったのか?」
「サクッと済まして来ていい?」
「は?」
「いや、何だか今すぐに出来そうなんだけど?」
「今すぐって、あたしはどうしたらいい⁉ ピーンは?」
「あ、それなんだけど、俺が試してみて駄目だったら助けてくれる?」
「え……一人でやるっての⁉」
「うん、やってみる」
「お前……まあ、分かった。やってみ?」
「よし!」

 俺はベランダへ出ると、躊躇なく飛び降りた。

「うわっ、ハルト!」

 自由落下に身を任せ、地表寸前で無意識に重力を相殺すると、フッとその場で静止した。

 そして、そっと庭へ降り立つ。

 直ぐにイーリスが庭へ降りて来たが、こいつは捻じれた空間から姿を現した。

「お前なー、唐突過ぎるんだよー」

 お前に言われるとは……。

「あ、ああ。まあ、見ててくれ」
「分かった!」

 よし、やってみるぞ。

 目標は二十二隻の大型宇宙船。

 俺はネックレスに触れながら、無意識に沙織さんに祈りを捧げる。

 あの人のお陰で俺はここに居る。

 そして、今こそその恩を胸にみんなを護るんだ。

 次第に全身にジンジンと何かが巡る感覚がして来る。

 そして俺の身体には、フッと幾何学模様が浮かび上がった。

 さらに指輪が共鳴し出すと、全身で沙織さんと悠菜の存在を感じた。

 二人がいつも俺の中に居る……。

≪レフコクリソスアスピダ・カイ・スリーアンヴォスポース≫

 この祝詞の意味をいつの間にか俺は理解している。

 守護の盾にルーナの加護を付加して、状況に応じて能力を変化させる祝詞だ。

 その防御能力や盾の裁きを数百、数千万倍にまで上昇させる。

 左手のリングと首のネックレスが共鳴する中で、俺の身体全身がそれに併せて光を放った。

 その瞬間、ブワッと俺の盾が地球を中心に広がったのを感じた。

 俺の盾には攻撃して来たモノに、相応の裁きを与える能力がある。

 それを利用して、当たった瞬間にイーリスのスキルで時空に一時停止させ、その運動エネルギーを反転させる。

 要は、向かって来たその速度でそのまま返すのだ。

 いずれ宇宙船は発射した所へ帰るだろう。

 間もなく、時間を超越した速さで広がった盾が、遠い宇宙空間をこちらへ向かっている宇宙船隊を捕らえた。

 最初に触れた宇宙船が音も無く静止した次の瞬間、弾かれた様に反対方向へ移動を始めた。

 やったかっ⁉

 俺、やれたのかっ⁉

 その後から向かっていた二隻目も同様、止まってすぐに弾かれた様に来た方向へ移動する。

 そうして次々と大きな宇宙船が帰って行く。

 おおおおーぉ!

 やれてるじゃん、俺ーっ!

 脳内センサーでは盾に触れた奴らの状態が、今回は手に取る様に分かった。

 昨日の夜に索敵した時は、盾を展開ってよりレーダー的に遣ったからな。

 だが、今回は遠隔された盾とは言え、ある意味物理的に接触した訳だ。

 前回よりも更に詳しく奴らの船や卵が把握できた。

 宇宙船の大きさは全長が凡そ一キロメートル。

 想像よりもデカいけど、これで海の水とか大気を積み込む訳では無さそうだ。

 船体には特殊な装置や機械類が装備しており、恐らく海水や大気を成分分析して必要な物質を積み込むのだろう。

 そしてリムーバーの卵だが、高さが凡そ二十五センチと思ったよりも小さかった。

 これが孵ると成長するのに必要なモノを捕食し、状況に応じて脱皮を繰り返す様だ。

 奴らが何処へ帰るのか等は分からないが、来た方向へそのまま戻って行くだろう。

 送り主へ返すだけだ。

 受け取り拒否ですよ。

 討伐とはいかなかったけど、これでも問題は無いよね?

 倒す訳じゃ無いけど、他の星へ擦り付ける訳じゃ無いし?

 そうして二十二隻、全部の宇宙船を送り返した俺は、念の為にもう一回索敵を始めた。

 何だか、呆気なくて心配だし。

 だが、今も間違いなく奴らは遠い宇宙へ帰っている。

 今夜にも太陽系を離れて去っていくだろう。

 索敵が終ってフッと意識を戻すと、イーリスが傍で目を輝かせて見ていた。

「もしかして、終わったのかっ⁉」
「ああ、終わった……」
「撃退したのか⁉」
「ああ!」
「ホントに⁉」
「ああ!」
「マジか……ちゃんと確認したか⁉」
「したってば!」
「お、お……おおーっ! ハルトォおおおおーぉ!」

 喜んで俺に飛びついて来た。

「うわっ!」
「凄い凄い凄いーっ!」
「ああ、イーリスのお陰だ! ありがとな!」
「あたしはすべを与えただけ! やったのはハルトだ!」

 そう言うイーリスは本当に嬉しそうに、俺に抱きついたまま見上げている。

 こいつ、初めてチョコアイスを口にしたみたいな表情だな。

 でもイーリスが居なかったら、俺はこんな事はとても出来なかっただろう。

「いや、イーリスやルーナや、ユーナも居てくれたからだよな」
「ああ、あいつらの子だからなお前は」

 そう言って俺からそっと離れた。

 あれ? 

 最初からイーリスは、俺が沙織さんに創られたって分かってたのか?

 いや、最初は沙織さんの存在にびっくりしてたし、それは無いよな?

「まあ、そうか……ルーナとユーナ、セレスと母さんの子供なんだよな、俺って……」
「お前、何を今更言ってんだよー」
「ああ、そっか」
「これでアトラスの姉ちゃんや、剣の人の気もちょっとは晴れたかもな」
「そうなの?」
「前に言ったろー?」
「え?」
「アトラスの先祖は、略奪者に送り込まれたリムーバーにやられたんだって」

 そんな事言ってたっけ?

 何か、バーベキューの時にそれらしき話をしてたけど、あれの事なの?

「あれの事か?」
「あれって言われても知らないけどさ、まあ、二人にしたらいい気味だろうよ」
「そっか? それなら良かった」

 悠菜とセレスの先祖の敵討ちとはいかないだろうけど、少しは気が晴れたかもって言うのなら、それはそれで良かったのかも知れない。

 まあ、気が晴れたかもって言うのはイーリスの見解だけどさ。

 俺に出来る事の一つは出来たって事だろうしね。

 二人が少しでも喜んでくれたらいいけど。

 それに、メアリーさん達も気になってるだろうし、愛美や蜜柑も心配してたよね。

 早く安心させてあげたくなって来た!

 気付くと辺りは明るくなって来ていた。

 しかも、東の空は赤く染まり始めている。

 もう地球の危機はなくなったんだ……。

 そう思うと、沸々と嬉しさが込み上げて来る。
 
 何だか妙に感慨深い。

 赤く染まり始めた空を眺めながら俺は呟いた。

「なあ、イーリス」
「ん? どうした?」
「ホントにありがとな」
「うん……」

 こいつ、珍しくツンデレしないじゃん⁉

 思わずイーリスを見てしまった。

 彼女も空を見上げていたが、俺の視線に気づくと慌ててこっちを見た。

「な、何だよ! こっち見んな!」

 ああ、これがイーリスだよね。


「でもさ、疑似冥界で戦いの特訓したのって、何か意味あったのか?」
「馬鹿だなー! あれが無きゃ盾も剣も、加護だって遣え熟せなかっただろー?」
「まあ、そうだけどさ」

 何だか遠回りだった気がしないでもない。
 
 だが、あれだけ地球存亡の危機とか言っていたのに、こうもあっさりと解決しちゃっうとは……。

 何だか拍子抜けしたし。

「しかしお前、よくリムーバーを一人で退治出来たな!」
「でも、卵だったし? てか、退治じゃ無くて、そのまま送り返しただけだけど?」
「それだって、中々出来る事じゃ無いぞ⁉」
「そっか……。でもさ、何だかあっさり出来た気もするけど」
「お前、ちゃんと加護遣って見てみたんだろ?」

 呆気なく出来ちゃって、何だか心配になって良く索敵したから間違いない。

「ああ、間違いない!」
「だったら平気じゃん? 何だか、お前を見直したよ!」
「そうか? 改まってそう言われると、何だかホントに凄いって思えて来るよ」
「ホントに凄いんだぞ? お前のやった事!」
「そっかー」
「まあ、あたしは卵があるって言うから焦っただけだけど」

 そっか、こいつにはあいつらの存在は分かって無かったっけ!

 沙織さんや悠菜も、略奪者の事をどっかで知ったんだよな。

 一か月も前にあいつらが略奪に来るって、誰が沙織さん達に知らせたんだ?

 めっちゃ凄い事じゃない?

「そっか、イーリスには分かんなかったよな」
「分かる訳無いじゃん。そいつら宇宙に居たんだろー?」
「ああ、まあね」
「ハルトが卵があるって言うから、あたしはそいつらが略奪者って分かっただけだよ」
「そうだったのか」

 まあ、俺だってセレスに聞くまで知らなかったしな。

 でも今回、俺の覚醒した能力で索敵したから、こっちに向かって来ているあいつらの存在を確認出来た訳だ。

 そして奴らを無事に送り返した。

 これで脅威が無くなったんだよね?

 もう、ホッとしても良いんだよね?

「よし、風呂入って少しまったりして来るわ」

 そう言って三階のベランダへジャンプしようとすると、イーリスが俺の手を掴んだ。

「お! あたしも行く!」
「な、何でだよっ!」

 思わず中腰のまま彼女に突っ込んだ。

「何でって、何だよ」

 全くこいつは……。

 大体にして、セレスも沙織さんも裸のまま普通に俺に接してたけど、どうかと思うんですけど?

「あのな、普通は男と一緒に入らないんだよ」
「はぁー?」
「はぁー? じゃねーよっ!」
「そんな事位知ってるけど?」

 俺の手を握ったまま呆れた表情で俺を見ている。

「あのなぁ……じゃあ、何で一緒に入ろうとするんだよ!」

 何だか、突っ込むのも面倒になって来た。

「だって、お前はハルトだろ?」
「俺だって男だよっ!」

 もしかして、こいつは俺を揶揄ってるのか?

「あーそう言う事? でもお前は、男ってより……ハルトだろ?」
「いやいやいや、俺は男なの!」

 こいつ……完全に揶揄ってるんだな。

「でもハルトじゃん?」
「もういい。早く露天風呂に浸かりたい……」
「れっつごー!」

 俺はイーリスの手を握り直すと、彼女を連れて三階のベランダへ飛び乗った。

「おーっ! 便利になったな―お前」
「はいはい」

 はあ……全くこいつはどこまでが本気で、どっからが天然だか分からんわ。
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