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第二章 抗戦
第62話 #露天風呂の効能 #飛行テスト
しおりを挟む部屋に戻った俺はベッドに横になると天井を見ていた。
深夜二時を過ぎている為、勿論部屋の電気は全て消した。
愛美の部屋とは大きな穴が開いているだけで、扉も敷居も無いからね。
明かりが漏れて愛美が文句言って来るかも知れないしさ。
あ、あそこにカーテンでも在ったらいいんじゃね?
そんな事を思いながら穴の方を見た。
暗闇でもこんなに見えるのか……。
目に見えるという事は、光がそのものを反射している訳だ。
その光とは太陽光であったり、人工的な明かりだったりする。
光に照らされた物体は、そのものの色として光の波長がそれぞれ違う訳だが、それが影なり色なりとして見える訳だ。
だが暗闇の中での俺は、別の能力でそれらを認識する。
目を瞑っていても辺りの様子が脳内に見える感じ。
そして殆どの場合、意識しなくてもそれらを認識し対処している。
こればかりは説明がしにくい。
俺の中に別の何かが対処している様な感覚なんだ。
フードコートで奴らを意識せずに避けた様に、目で見て避けるのでは無くて、自然と自分を保護する能力何だろうな。
何だか凄いよ、ハイブリッドって。
隣の部屋で寝ている愛美だけじゃ無く、その横に寝ているイーリスと蜜柑も確認出来る。
つーか、あいつら三人で寝てるのかよ!
蜜柑は自分の部屋あるじゃん。
そして、反対の部屋には友香さんと五十嵐さんが眠ってる。
ああ、皆の精神状態も分かるからさ、寝てるか起きてるか分かるんですよ。
友香さんの部屋の向う側、その部屋に夜露さんが寝ている様だ。
朝比奈さんは一階の玄関ホールに一番近い部屋だ。
彼女も今は睡眠状態か。
皆が一斉に睡眠状態って、今まで意識した事無かったけど、何だか凄くね?
妙にワクワクしちゃってるよ俺。
いや、夜這いとかする訳無いじゃん!
でも、何かわくわくしちゃうのよ。
こんな時に温泉入っちゃう?
ガバッと起き上がると、さっき使ったバスタオルを手にしてそっと部屋を出た。
脱衣場でシャツを脱ぐと、足早に露天風呂に入った。
「くぅううううー! 気持ちいいー!」
思わず零れた声が妙に反響して聞こえた。
だが、少し違和感を感じる。
お湯がいつもと違う?
まとわりつく様な、いつものお湯じゃない様な感じがして、そっと湯を手にすくった。
しかし、目を凝らして見てみてもその違いが分からない。
気のせいか?
だが、やはり全身で感じるお湯の感覚が明らかに違う。
すると、脳内ではリラックスを表す表記と、体内の状態が再構築される様な感じに気づいた。
更に自分のステータスを見てみると、間違いなく何かを補填と言うか充填している。
しかも、スキルらしき項目がやたらと増えている。
何だこりゃーっ!
沙織さんと最後にここで見た時より、明らかに増えている。
つーか、別物の様な変化じゃん!
これが覚醒したって事?
そして、能力を発揮する為の……なんつーか、プログラムが再構築されて簡略化までされて行く様だ。
癒しだけじゃ無くこんな効能まであるのっ⁉
もしかして、これの為に沙織さんがこれを用意してあったのか⁉
朝比奈さんや夜露さんが特別なモノだって言ってたけど、本当にそうだったのか!
愛美もそんな事言ってたよね⁉
皆がそれに気づいてたのに、俺だけ気付かなかったって訳っ⁉
……やっぱ俺って鈍感なの?
しかしそうか……この温泉って俺にとってはかなり有効なものじゃんね。
こうして浸かってるだけで、全身に活力が漲って来るような感じだ。
疲れたらここで癒されよう!
待てよ?
部屋のシャワーじゃこんな感じにならなかったけど?
下の風呂は温泉使ってるって言ってたけど、部屋のは違うのかもね。
身も心も癒された俺は、脱衣場に入ると例の冷蔵庫を見た。
そう言えばフルーツ牛乳があった!
この前はコーヒー牛乳飲んだから今回はフルーツ牛乳だ!
愛美に教えて貰ったピックで難なく蓋を開けると、腰に手をやり一気に飲み干す。
うん!
初めて飲んだけどこれは美味い!
甘過ぎず喉越しがいいじゃないか!
コーヒー牛乳は飲んだ後、口の中にねっとりと何かを感じるが、これはそれが無い様に思う。
まあ、好き好きなのかな?
脱衣場の壁時計は午前三時を回った所だが、今の俺は眠くは無い。
あ、風呂に入ったから?
寝なくてもいい身体になったかとちょっと思ったし。
覚醒した俺の身体でも、やはり睡眠は必要な筈だ。
それでも温泉効果でかなり回復してるのかも知れないけどね。
眠る事は大切な筈だ。
その後三階へ降りた俺は、部屋の前まで来ると中にイーリスの気配を察知した。
あいつ、もう起きたのか?
扉をそっと開けて中へ入ると、イーリスが噴水の前でしゃがんでいた。
「あ、ハルト何処行ってたんだよー!」
「ああ、寝られなくて上の温泉入って来た」
「そうだったのか⁉ どうして誘わないんだよ!」
「誘うかっ!」
何だよこいつ、自分の性別分かってんのか?
まあ、こんな幼児体型じゃ何とも思わないだろうけどさ。
「む……意地悪だなー」
「そうじゃない!」
「んじゃあたしも入って来るかな~」
頭をポリポリかきながらそう言った。
「お前、もう起きるの?」
「ああ、ここの連中は寝すぎなんだよ」
「いや、普通は朝まで寝るんだけど?」
「ここの連中は、だろー?」
「あ、ああ、まあな」
そう言えばこいつ、ここへ来た頃は寝る時間短かったよな。
夜中に突然起こされたし。
でも、夕方には眠そうになったり、訳分かんねー。
「そもそも、お前もそんなに寝なくてもいいんじゃね?」
「え?」
そうなの?
覚醒したらやっぱそうなの?
「だって、寝られなかったんだろ?」
「いや、それは色々考えちゃってたからだな……」
「そーなのか?」
「ああ、マジで……」
だって、あの友香さんが俺の許婚みたいになってんだよ?
寝られなくて当然でしょ?
「エランドールではそこまで寝てる奴、滅多に居ないと思うんだけどな~」
「そうなのかっ⁉」
エランドールで暮らす人たちってあんまり知らないけど、あっちの人は余り寝ないのかな⁉
あっちの一日が、地球と同じ二十四時間とは限らないよね?
「あーよく知らないけどなー」
「な、何だよそれ……」
こいつと話してるとどうも揶揄われてる感じがする。
「エランドールに行った事も無いしなー」
「無いのかよっ!」
「覗いた事はあるけどさーあそこの奴ら、波長が合う奴が少ないからなー」
「何だそれ……」
波長が合わないって、そりが合わないとか?
要は性格が合わないって事?
まあ、こいつの性格に合う奴って少ないとは思うけど……。
やたら上からモノ言うし?
でも、愛美とか五十嵐さんはイーリスを可愛がってるからなぁ。
それって母性本能って奴なの?
「んじゃ、お風呂行って来るー」
「あーはいよ」
そう言うとイーリスはトコトコと部屋を出て行った。
その後、俺の脳内センサーではイーリスがそのまま露天風呂へ上がって行くのを示していた。
何だか凄く察知能力にも長けて来たな俺。
そしてベッドに横になってまた天井を見た。
しかし、あいつ妙にここの生活に馴染んでない?
沙織さん達は、あいつが一か所に留まる事は無いとか言ってたけど、今のあいつはどうなの?
すっかり溶け込んでますけど?
かと言って、あいつが去る事になったとしたら、めっちゃ皆悲しむぞ?
愛美だって五十嵐さんだって、勿論俺だって寂しく思うだろうな。
だけど、そもそもあいつを召喚したのは俺らしいし、異星人の襲来が無かったらあいつはここに来なかったんだろうな。
来週末、略奪者を追い払った後はどうなるんだろうか。
あいつ、何処かへ行っちゃうんだろうか……。
何とかあいつ自身が気の済むまで、此処にいてくれる様には出来ないか?
そもそも、あいつって妹の妬みだか何だかで、ずっと次元を彷徨ってるんじゃ無かった?
それって解決出来ないもんかね?
他の家族の姉妹事情にあれこれ言う気も無いけど、あいつは今じゃ俺達の家族だしな……。
うん、来週末に略奪者の件を片付けたら、今度はあいつの助けをしてあげたいな。
イーリスは何て言うかな……。
余計なお世話とか言うのかも知れないけどさ。
あいつ、妹に会えないから寂しいんじゃないって言ってたじゃん?
それって、寂しいってのは間違いないんだよね!
妹に妬まれたりしてるから寂しいのかも?
俺に何が出来るか分かんないけど、来週末に宇宙船追い払ったら、時間作って愛美や皆と話し合ってみるか。
てか、今何時だよ。
午前三時半過ぎか……全く眠く無いんですけどっ⁉
興奮してるって事?
脳内で自分の状態を探ってみるが、精神状態も身体も問題は見当たらない。
睡眠の必要性が温泉効果と相まって薄れたとか?
目を瞑ってみるが、然程変化はない。
これって疲れてもいないのに、目を休めている感じなのかな?
あ、もしかしたら脳を休めるって事が出来ないかな?
何かの本で見た事がある。
寝ていても脳は動いてるって。
人体は睡眠によって脳の情報整理を行うとも書いてあった。
睡眠にも数種類あって、身体を休めるだけでなく、脳を休めたり臓器を休めたりするらしい。
俺の脳は意識しなくても目まぐるしく活動している。
それを休めないとどっかでしわ寄せが来るかも?
そう思うと、何だか不安になって来る。
意識して脳を休めようとしてみる。
フッと何かが消えた様な感覚が襲った。
な、なにっ⁉
すると、直ぐに感覚が消えてしまった。
もしかしたら今の要領かな⁉
でも、俺は意識しなきゃ寝る事も出来なくなったの⁉
その後、ベッドであれこれ試す内に要領が掴めてきた。
意識して脳の処理を切っても、すぐに何かを察知した場合は自動的に覚醒するって事だ。
これは人間の条件反射と似ている。
頭に何かが落ちて来た時、無意識にそれを避けるよね?
そんな感じと似てる。
大きな違いは、目で見たり耳で聞こえた情報だけじゃ無く、それとは違う何かを察知する能力は、常に働いている事が多い様だ。
五感の他に幾つかの感覚が発達したんだろう。
空中高く跳んだ時も、その感覚が幾つかの対処方法を探りだしたしな。
それを意識しなくても最善の方法を、身体が無意識におこなっている様だ。
瞬間的に反重力とか異常でしょ?
やっぱ、俺って凄くね?
もしかしたら空も飛べるんじゃ無いの⁉
俺はガバッとベッドを飛び起きた。
や、やってみちゃう?
バスローブじゃヤバいな。
俺はクローゼットからジーンズを引っ張り出して履いた。
そしてTシャツを着ると考えた。
前に空を飛んだ時、めっちゃ寒く感じたからだ。
パーカーだと風圧凄そうだから、フードは無い方が良いかな?
トレーナーを着こむと部屋の中じゃ流石に暑い。
だが、俺の身体はそれに瞬時に適応した様だ。
今は暑さも感じない。
んーこれって日本の四季を感じれなくなったのか?
冬は寒くて夏は暑い。
そんな風流的な何かを失った?
でも、まあいいや。
俺はそっとベランダへ出て夜空を見上げた。
先ずは高くジャンプ……。
あ、でも上の屋根に当たらない様に……。
そう思って思い切り前方へ跳んだ。
ブワッと身体が夜空へ飛び出すと、俺は既に家の敷地を飛び出していた。
下には他の家の屋根が見える。
上空二十メートル程だ。
そこで反重力を働かせ、その場停止した。
空飛ぶって難しいぞ!
運動エネルギーをどうやって作るかが問題だった。
空中停止は出来てもこれからどうすんだ?
暫く考えたがいい案が浮かばない。
あ、加護遣って考えてみる⁉
俺は無意識にネックレスを触ると沙織さんを思い浮かべた。
フッと脳内に幾つかの手段が浮かび上がった。
その内の一つは重力変換があった。
要は地球の重力を運動エネルギーに変換するらしい。
更に見てみると、大気圧を変換するものもあった。
い、色々あるみたいですよ?
それらのリストを見ていると、不意に左手の指輪が共鳴した。
何だ?
見た目は変化は無いが、ステータスログが上書きされていた。
能力リミッターの幾つかの項目は既に外れているが、新たに何かのリミッターが外れた様だ。
取り敢えずは空を飛ぶ手段を、俺の脳内では幾つかリストアップした様だ。
こうなった俺の能力は計り知れない。
俺ですら分からないんだもん。
意識して空中を移動しようとすると、無意識に何かの能力を発揮した様だ。
身体がグンッと移動を始めた。
うわっ!
俺、飛べそうだぞ⁉
そのまま更に上空へ移動しながら前方へ飛んでみる。
おおーっ!
飛んでるー!
脳内のログでは大気圧と重力を利用している様だが、その仕組みなど分かる訳無い。
だがこうして思い通りに飛んでるじゃん!
これだけでテレビ出ちゃえない?
あ、いや、そんな気も無いけどさ。
自慢したくもなるでしょ?
沙織さん連れて来たら喜んでくれるかな?
世間にバレたら大騒ぎになる事位分かってますってば。
そんな事を考えながら自由に空を飛んでいた。
かなり慣れたぞ。
飛行機と違って加速Gとかは無意識に相殺している。
いや、加速Gも変換して運動エネルギーにしている様だった。
あちゃーめっちゃ便利な身体になっちゃって……。
調子にのって色々試してみると、かなりな速度で飛べる事が分かった。
そして、大気が薄くなると重力任せの飛行能力になる様だ。
何処まで上がれるか試してみると、上空百キロメートルに達する頃に、地球の大気が無くなったのだ。
その時はかなり焦った。
調子に乗ってしまった事をヤバいと後悔した時、思いがけない収穫を得た。
大気が無くなった事に、俺の身体が対応しようとしたのだ。
俺自身は焦っていたが、俺の能力はその対処方法を、即座に弾き出していたのだ。
重力も極端に少なくなって、既にここに大気も無い。
その時の運動エネルギーは、何と太陽エネルギーを使用していたのだ。
ソーラー対応ですか⁉
いや、どうやら太陽光ではないっぽい。
しかもね、大気が無くて呼吸が出来ないじゃん?
高く飛んでる内に、俺ったら呼吸するの忘れてたんだよ。
踏ん張ってたせいか息を止めてたんだけどね、そのまま呼吸しなくてもいいかなーって。
苦しくないんだもん。
体内では呼吸の代わりに、何か別の能力を代用していた様だけど、これも凄い発見じゃんね?
もしかしたら海の底まで泳げるかも?
もしかしたら水圧を変換して潜って行くとか?
夢があるなー俺の身体。
そして、地球は丸いです。
そして、青いです。
見上げると月が見える。
そう言えば、あそこに生物反応あったんだ!
でも、行ける訳無いし……今日の所はほっとこう……。
行ける日が来るとは思えないけどさ。
何が居るんだろうね。
そしてゆっくりと降下を始めた。
めっちゃ綺麗だ。
沙織さんにも見せてあげたい。
でも、俺には友香さんが居るのか……。
友香さんを連れて来たら喜んでくれるかな?
寒さに耐えられないかもなー。
トレーナーの表面が凍っている。
氷点下かよっ!
やっぱ、地上が過ごしやすいって事かー。
下を見ると光り輝く日本列島が見える。
あの形……光る龍みたいじゃん!
そして地表へ更に降下すると、見覚えのある地形が拡がって来た。
勿論実際には真っ暗な街並みではあるが、俺の能力はそれらを視力だけじゃ無く、脳内センサーで感知している。
暫く上空を飛んだ後、俺達の家の真上まで戻って来た。
そして、生垣の上にある幾つもの機械に気付いた。
あれは俺の家にもある機械だよな?
生垣の上まで来ると空中停止してよく見てみる。
あーなるほど!
詳しい仕組みは分からないが、やっぱりこれはある種のセンサーだ。
そしてこいつは磁場も流している。
全てが連動して働いている様だった。
やっぱ凄いよ、エランドールの技術って。
前に見た時は想像も出来なかったが、俺の脳内ではこれらの機械を理解している様だ。
これが覚醒か……。
空飛べるとか皆びっくりだぞ⁉
愛美を連れて行ってやっても喜ぶだろうな。
まあ、飛行テストは無事終了!
思いがけない発見もあったし、成果は絶大だったな。
俺はベランダへそっと降り立った。
応援ありがとうございます!
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