電脳ロスト・ワールド

万卜人

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《ロスト・ワールド》の宝

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「畜生! どこに《パンドラ》のプログラムは隠してあるんだ!」
 苛々と二郎は叫んでいた。目は血走り、追いつめられた表情が浮かんでいる。
 シャドウの居城内部を、さ迷うように二郎たちは延々と歩いている。居城内部は、どこまで行っても無装飾の、灰色の壁が続いているだけだった。目印になるようなものは、何も見当たらない。
 居城内部においては、部屋と通路の境は、ほとんど考慮されていないようだった。広々とした空間が部屋として使用されているらしく、時々そんな場所に申し訳程度に家具や、何かの道具を納めた木箱などが忘れ去られたように積み上げられている。細長い空間は通路で、ひどく天井が高い場所があると思えば、這うように姿勢を低くしないと歩けない箇所もあった。窓も同じで、たまたま建物を構成しているブロックが隙間を開けたところが窓になっていて、とんでもなく高い場所に開けられていたかと思うと、床と同じ高さに外部にあんぐりと口を開けている場所もあった。もし居城を設計した者がいるとしたら、おそろしく設計思想のない、素人以下としか考えられない。
 床はおおむね平坦であったが、時折ふっと思いもかけない場所に段差があり、とても登れないほどの高さに床が持ち上がっているところもあった。そんなときは、一同は諦めて元に戻った。一同を引き回し、二郎は盲滅法、先を急いでいる。どこへ向かっているのか、二郎自身にも判っていないのではないか、とタバサは怪しんでいた。
「ねえ、その《パンドラ》のプログラムって、どんな大きさなの?」
 堪らず問いかけるタバサに、二郎は歩きながら口早に答えた。
「どんな大きさって、そりゃ、仮想現実を構築するためのソフトウェアだから、えーと、あれは、どのくらいのデータを使っていたかな」
 天井を見上げ、思い出す顔つきになる二郎に、タバサは首を振って話し掛けた。
「そうじゃないの! あたしが言いたいのは、プログラムって手に持てるくらい? 目に見えるほど大きいの? それとも、この居城くらい大きいの?」
「なんだ、そんなことか。そりゃ、プログラムは、ただのデータの集合だから、どんな形にも変えられる。だから……!」
 二郎は立ち止まった。あんぐりと口を開け、目がポカンとして、虚ろになっている。
「そうか……そうだよ! それしか考えられない!」
 さっと一同を振り向き、満面の笑みになる。
「見つけたぞ! 遂に《パンドラ》のプログラム本体を見つけた!」
 玄之丞が期待を込めて、口を開いた。
「どこにあるのかね?」
「ここだ!」
 二郎は床を指差した。
「このシャドウの居城の全体が、即ち《パンドラ》のプログラムなんだ! おれたちは、プログラムの中にいる!」
 二郎はポケットに手をやり、叫んだ。
「ティンカー! 出て来い!」
 ぴょい、と金属球が空中に飛び出す。二郎は腕組みをして、ティンカーを見つめた。
「ティンカー! このシャドウの居城がプログラムの本体とすれば、バグの場所は、どこにあるか判るか?」
 二郎の問い掛けに、ティンカーは球体から立方体に体型を変化させた。立方体の表面に、目まぐるしく様々な図表や、数値が浮き出て輝いた。
 ティンカーから光が空中に投げかけられ、立体映像で格子模様の映像が投影された。
 シャドウの居城の映像であった。シャドウの居城は、色々な大きさの立方体のブロックが組み合わされた内部構造が顕わになっている。外からはただの平面に見えた壁は、実は立方体の集合で、隙間に窓ができているらしかった。
 ティンカーは居城の地下部分を拡大させた。そこには、大きな空間が広がっている。
「この部分です! 地下にある、ここにバグが存在すると思われます!」
 二郎の目が輝いた。ぱしん、と拳を手に平に打ち合わせると、叫んだ。
「よし! すぐ、その場所へ急ぐぞ! 皆、ティンカーの後に続け!」
 玄之丞は芝居気たっぷりに「マグダフ、案内せよ!」とティンカーに話し掛ける。
 タバサは首を捻って玄之丞に尋ねた。
「なあに、それ?」
 玄之丞はぐい、と眉を上げた。
「シェイクスピアだよ、知らんのか?」
 タバサの顔色を見て、玄之丞はがっかりした表情になった。
「やれやれ、すべったか……」
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