蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

文字の大きさ
116 / 279
伯爵

3

しおりを挟む
 凝然と固まっている三人の目の前で、肖像画の青年はゆっくりと絵の中から広間の床に進み出て、立ち止まった。
 顎をあげ、あたりを見回す。
 その視線が三人の顔にとまる。
 青年の顔がほころんだ。
 白い歯がきらめき、笑顔になる。
「これはこれは、お客様とは珍しい」
 青年の声は柔らかで、どこか古風な響きを持っていた。ミリィはふとエルフの館の、ラングの口調を思い起こしていた。
 ゆったりと近づいた青年は、おおきく腕をふって挨拶をした。
 はっ、とケイは夢から醒めたように一歩踏み出し、腰をかがめ頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ございません。わたしどもは旅人で、この館が目にとまりつい入り込んでしまった者です。ご迷惑でしたら、いますぐにも退去いたします」
 ふっ、と青年は笑った。
「ふむ、エルフのお嬢さまですな。漆黒の肌をしたエルフとは珍しい。しかし、その肌の黒さがあなたの美しさを強調しているようだ。こちらこそ、是非この館でひと時を過ごしていただきたい。なにしろ、この館を訪れるお客さまはほとんどいないような状態ですからな」
 ちらりとケイの顔を見たミリィは驚いた。彼女は青年の賛辞にぼうっとなっているようだった。
 ヘロヘロというと、牙を剥きぐるるる……と喉の奥で唸っていた。
「どうしたのよ? ヘロヘロ」
「気をつけろ。あいつは──危険だ!」
「危険?」
「当たり前じゃないか。絵の中から出てきたんだぞ。お前たち、それが奇妙だとは思わんのか?」
 ケイは目をぱちぱちと瞬かせ、ようやく言葉を口にすることが出来た。
「あ……あの、あたしエルフのケイと申します」
 ミリィも続いた。
「あたしはミリィです」
 おお……、と青年はじぶんの額に手をやった。
「これは失礼した。自己紹介がまだでしたな。わたしはウルグ・フォン・グラフ・オーデヴォン伯爵。ウルグ、とだけお呼びください。もし敬称をつけたいのなら、伯爵で結構」
 周りを見回し、ウルグ伯爵は眉をしかめた。
「少々、屋敷が荒れておるようですな。お客さまを迎え入れるのに、これではちと不都合です。すこしお待ちを」
 そう言うと、ぱちりと指を鳴らす。
 と、あっという間に家具を覆っていた埃が消え去り、天井の蜘蛛の巣や、ぼろぼろのカーテンが元通りになる。床はまるで鏡のようにぴかぴかに磨き上げられ、窓のガラスは透明さを取り戻した。
「庭も……」
 伯爵が指さすと、荒れ果てていた庭園の緑が取り戻され、池には透明な水が満々とたたえられていた。
 うなずくと伯爵はマントルピースを指さした。冷え切ったマントルピースに、ぼっと赤みが差しオレンジ色の炎がゆらめいた。たちまち室内は快適な暖かさを取り戻す。
「さて、お疲れでしょう。いま召し使いがまいりますから、お座りを……」
 その言葉が終わらないうちにドアが開き、召し使いのお仕着せを着た数人の男女が入ってきた。召し使いは忙しく立ち働き、広間のソファやテーブルの埃をはたき、お茶の用意を始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた

季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】 気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。 手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!? 傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。 罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚! 人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...