蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

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サーカス

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 トレーラーに戻った一同を、キオ団長は大喜びで出迎えた。
「いやあ! 凄い! たいしたものですなあ! 大成功です」
 手放しで褒め称え、ほくほく顔をほころばせる。
 サンディとマリアにも顔を向けた。
「おふたりも、また出演してもらえませんかな?」
「でも……」
 サンディは首をかしげた。
「無理ですかなあ?」
 団長は眉をさげた。
 立ち話している一同に、突然蒸気車が近づき、ブレーキの音を派手に響かせ停まった。いっせいに前後のドアが開かれ、数人の男が降り立ち急ぎ足で近づいてくる。
 黒いスーツ、目深に被った中折れ帽、視線を隠すサングラス。見るからに怪しい。
 パックに続いてサンディも不審そうな表情になった。
「なに?」
 言いかける彼女に、男たちはするすると近づいた。
「サンドラ姫! お迎えにあがりました」
 そう言うとさっと跪き、深々と頭を下げる。
 サンディは真っ青になった。
「サンドラ姫?」
 パックがつぶやく。サンディはかぶりをふる。
「し、知らないわよ! だれかと間違えているのよ!」
 黒服の男たちはかまわず続けた。
「おたわむれを。とにかく、お迎えにあがりました。すぐ王宮にお戻りください。皇帝陛下がご心配いたしております」
「いやよ! あたし、帰らない!」
 叫ぶと走り出した。
「皇帝陛下だって?」
 ぼうぜんとパックはつぶやく。
 男たちは叫んだ。
「追え! 姫を追うのだ!」
 はっと部下らしき男たちはうなずくと、サンディを追って走り出した。サンディはサーカスのテントに向かっている。パックもつられるように追いかけた。
 テントの楽屋口にサンディは飛び込み、あっけにとられる出演者たちをすりぬけ会場へ飛び込んだ。
 会場では空中ブランコの演技を行っている。
 それを追って男たちとパックが中になだれ込んだ。
 男たちが背後に迫ったのを見て、サンディは舌打ちをしてあたりを見回した。
 目の前に梯子がある。
 ためらわずそれをするすると登りはじめた。
 あ……あ……と、男たちは悲鳴をあげた。
「姫! あぶない! お戻りください!」
「あたし帰らない!」
 叫ぶとサンディはさらに上に上っていく。
 突然の闖入者に観客は大喜びだ。
 観客席で見物を続けていたニコラ博士は驚いた。
「サンディじゃないか。彼女はこの演目に出演するとは聞いてはいないが?」
「ああ、あんな高いところへ……」
「あぶない……!」
 男たちは上を見上げ、はらはらしている。パックは話しかけた。
「あんたらいったいなんだい? サンディを姫、って呼んでいたけど」
「なにを言う! 彼女こそサンドラ・ドゥ・アンクル・コラル・カチャイ様そのお人である。気軽にサンディなどと呼ぶでないぞ」
「サンドラ・ドゥ……わあ、いっぺんで憶えきれない。いったいそりゃ、名前なのかい」
「そうだ、彼女こそコラル帝国グレゴリオ四世皇帝陛下の姫君なのだ」
「ええっ!」
「われらはコラル帝国秘密警察。姫が王宮を出奔したので、探していたのだ」
「隊長、そんなことを話している場合ではありませんぞ!」
 部下が上を指差して叫ぶ。
 その視線をおったパックは、あっとなった。
 なんとサンディが空中ブランコ団員の踊り場まで達してしまっていたのである。この突然の闖入者に、ブランコ乗りの団員もどう対応して良いのか判らないといった様子だ。
 秘密警察の隊長は地団太をふんだ。
「ええい、何をしておる! 姫があんなところまで行ってしまわれたではないか! 追え、すぐ追うのだ!」
 叱咤され、隊長以下、隊員たちはぎこちない動きで梯子をのぼっていく。それを見たサンディは決意したのか、目の前のブランコに手を伸ばした。
 まさか? あのままブランコで飛び出すつもりじゃないだろうな。パックは思わず手を握りしめた。
 だが、サンディはとん、と足で踊り場をけると思い切って空中に飛び出した。梯子を途中まで上った秘密警察の連中はあっ、と叫ぶとその場で凍りついた。
 ぶーん、とブランコに掴まったサンディは放物線の頂点までくると、なんとその手を離してしまう。
 わあ!
 全員、目を閉じた。
 そのまま落下したサンディは、転落防止ネットにそのまま背中から落ち、安全に受け止められてはねた。すこし目を廻した様子だが、無事着地するとネットを這い降り、地面に立つ。
 どっと観客は拍手喝さい。まったくハプニングとは思っていない。完全にサンディが出演者と勘違いしている。
 ふう、とパックたちはため息をついた。
 梯子にのぼったままの秘密警察隊員たちはどうしていいかわからない。半分ほどの高さに昇ったはいいが、降りられなくなってしまったようだ。
「こら! さっさと降りんか! 下がつかえているのだぞ」
「し、しかし隊長殿……」
「ええい! 飛び降りろ!」
 痺れを切らした隊長は足をのばし、下の部下の頭をふんずけた。
 わあ、と叫んだ隊員は梯子から手を離してしまう。その結果、隊員たちはひと塊になって梯子から落下してしまった。どさ、どさと音を立てかれらは地面にはいつくばった。
 それを見ながらサンディはふたたびテントの外にむけ走り出した。パックは出口の付近で彼女を待ち受けた。
「あっ、待てよ、サンディ!」
「パック、ついてこないで!」
 走り出したパックに、サンディは叫んだ。しかしパックはサンディの後を追いかけた。
「サンディ、きみが皇帝の娘って……?」
 その言葉にサンディは首をふった。立ち止まり、パックの顔を見つめた。目にいっぱい涙がたまっている。
「さよならっ!」
 最後にそう言うと、駆け出した。テントの前に停車していた秘密警察の蒸気車に飛び乗ると、エンジンを全開にして走り出す。猛烈な勢いで走り出した蒸気車は、あとに白い蒸気を残しつつ市街へと走り去った。
 後に残され、パックはぼう然と立っていた。
 そこにようやく秘密警察の連中が息を切らしてやってきた。
「ひ、姫は?」
「どこかへ行っちまったよ……あんたらの車に乗って」
 へたへたと隊長は膝を折ってしまう。
「なんということだ。あと一歩だったのに」
 パックはつぶやいていた。
 サンディがお姫さま?
 皇帝の娘?
 なんということだろう……!
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