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理想宮
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鉄人は動いていた。
どす、どすと地面を響かせ、二本の足が大地を踏みしめる。
胸の操縦席では、その振動にギャンが耐えていた。上下にゆすぶられる鉄人の座席で、それに耐えるのは容易ではない。全身を五点支持のベルトで締め上げ、操縦席が独立した衝撃吸収機構で守られてはいるが、その振動は身体を持ち上げ、脳天に突き上げるような衝撃を与えてくる。ギャンでなくては耐え切れないほどだ。ギャンはその振動を、みずからの魔力でやわらげていた。これこそがギャンがこの機械をあつかえる秘密だった。
鉄人はまるで人間のように軽々と動く。これもまたギャンの魔力と連動している。
鉄人の動力源は蒸気である。蒸気圧が全身のポンプに送り込まれ、シリンダーを介して鉄人の手足を動かしている。それを操るレバーだけでなく、ギャンは魔力を使って俊敏な動作を鉄人にあたえていた。鉄人の動力源の蒸気にふくまれる〝魔素〟がギャンにちからを与えているからである。
ずばっ!
戦車の砲門が砲弾を送り込む。
狙いはもちろん鉄人である。
が、砲弾が着弾する寸前、鉄人はまるでそれを予測したかのように横にステップし、避けていた。ギャンは魔力で砲弾の進路を予見していた。
それやこれやでギャンは鉄人の性能を完全に引き出していた。
あっという間に鉄人兵は戦車に肉薄していた。
腕をふりあげ、鉄人の鉄の拳が戦車をうちすえた。
があん、とうつろな響きをたて、戦車の外板に鉄人の拳がめりこんだ。
ぐるぐると戦車の砲門がてんでばらばらの動きをしめした。鉄人の攻撃に、内部の人員がダメージをうけたのである。鉄人はその砲門のひとつを握りしめた。ぐい、と腕が動き、砲のさきがへしおれた。ぐい、ぐい、と鉄人はつぎつぎと砲門をへし折っていく。またたく間に戦車の主砲は役に立たなくなってしまった。
戦車はあわてて後退を始めた。
ぎゅるぎゅるぎゅると戦車のキャタピラが逆転をはじめる。
鉄人は身をおりかがめ、そのキャタピラに狙いをつけた。
指をキャタピラにかけ、ぐいと引く。
ばちん、と大げさな音をたて、戦車のキャタピラがちぎれ飛んだ。
片方のキャタピラがちぎれ、戦車はぐるぐるとその場で旋回をはじめていた。
やっととまり、ばらばらと戦車から人員が逃げ出していた。
ぐっ、と鉄人が身を近づける。
その口がばくりと開いた。
巨大な口には、ぎらりとひかる鋼鉄の牙がのぞく。
その奥にまるい、筒があった。
その筒から、オレンジ色の炎が吐き出される。
ぐおーっと轟音をたて、長い舌が舐めるように戦車の外板を炎があぶった。火炎放射器なのだ。
ぎゃあーっ、と悲鳴が戦車の内部からあがった。
肉の焼けるいやな匂いがたちこめる。
外を観察するための覗き穴から火炎放射器の炎が内部を炙っている。いきながら焼かれる苦痛による絶叫が聞こえてくるのだ。
その悲鳴を耳にして、ギャンは喜悦の表情を浮かべていた。
死ね!
死んでしまえ!
生きていても役に立たないが、こうして死んでおれのためにエネルギーとなってくれる。
ギャンの額の第三の目はおおきく見開かれていた。
戦車のなかで絶叫している人間の中、ギャンはひとりの人間の存在に気がついた。
司令塔から発散するある人物のイメージ。
ギャンは第三の目を使い、それに焦点をあわせた。
燃え上がる司令塔のなか、ひっしに耐えているひとりの将校。
あれは……あの顔には見覚えがあった。
ガゼだ!
まだ幼いころだったが、ミリィの父親のガゼの顔には記憶があった。ミリィが生まれるころ村を離れ死んだと噂されたが、こうして生きている。
ギャンはにやりと笑った。
あいつは確か共和国軍で将軍となっていたはずだな。
よし……。
ギャンは魔力の手をガゼにのばした。
燃え上がるガゼの制服の炎がじょじょに消えていく。ガゼはひっしになって火を消しとめようとしていたから気づかないはずだ。だがかれの顔はひどく焼けただれている。生きてはいるが、この火傷はあとをひくだろう。
ガゼはよろよろとした動きで司令塔を脱出した。部下のだれかがかれの肩をささえ、必死になって逃げていく。
ギャンはガゼを見逃した。あいつはここで死ぬにはまだ早すぎる。ここは生かしておいて、あとでおれの見せ場をつくる道具となってもらおう……。
どん、どん、と散発的な砲撃の音が聞こえてくる。
帝国軍が逃走する共和国軍に対し最後の攻撃をくわえているのだ。
戦闘が終わり、ぞくぞくとギャンの鉄人兵に味方兵士らが終結してきた。
みな帝国軍の勝利を報告している。
その中でギャンの活躍は群をぬいていた。なにしろ陸の戦艦ともいえる巨大戦車を単身、戦闘不能においこんだのである。
ギャンは胸の操縦席の蓋を開き、立ち上がった。
するすると鉄人の身体をよじのぼり、その肩に這い上がるとあたりを見回す。
わあわあという部下たちの喚声が聞こえてくる。
勝利感にギャンは酔っていた。
その目が、ロロ村のはずれにとまった。
あれは……なんだ?
それはシュヴァルの宮殿だった。
どす、どすと地面を響かせ、二本の足が大地を踏みしめる。
胸の操縦席では、その振動にギャンが耐えていた。上下にゆすぶられる鉄人の座席で、それに耐えるのは容易ではない。全身を五点支持のベルトで締め上げ、操縦席が独立した衝撃吸収機構で守られてはいるが、その振動は身体を持ち上げ、脳天に突き上げるような衝撃を与えてくる。ギャンでなくては耐え切れないほどだ。ギャンはその振動を、みずからの魔力でやわらげていた。これこそがギャンがこの機械をあつかえる秘密だった。
鉄人はまるで人間のように軽々と動く。これもまたギャンの魔力と連動している。
鉄人の動力源は蒸気である。蒸気圧が全身のポンプに送り込まれ、シリンダーを介して鉄人の手足を動かしている。それを操るレバーだけでなく、ギャンは魔力を使って俊敏な動作を鉄人にあたえていた。鉄人の動力源の蒸気にふくまれる〝魔素〟がギャンにちからを与えているからである。
ずばっ!
戦車の砲門が砲弾を送り込む。
狙いはもちろん鉄人である。
が、砲弾が着弾する寸前、鉄人はまるでそれを予測したかのように横にステップし、避けていた。ギャンは魔力で砲弾の進路を予見していた。
それやこれやでギャンは鉄人の性能を完全に引き出していた。
あっという間に鉄人兵は戦車に肉薄していた。
腕をふりあげ、鉄人の鉄の拳が戦車をうちすえた。
があん、とうつろな響きをたて、戦車の外板に鉄人の拳がめりこんだ。
ぐるぐると戦車の砲門がてんでばらばらの動きをしめした。鉄人の攻撃に、内部の人員がダメージをうけたのである。鉄人はその砲門のひとつを握りしめた。ぐい、と腕が動き、砲のさきがへしおれた。ぐい、ぐい、と鉄人はつぎつぎと砲門をへし折っていく。またたく間に戦車の主砲は役に立たなくなってしまった。
戦車はあわてて後退を始めた。
ぎゅるぎゅるぎゅると戦車のキャタピラが逆転をはじめる。
鉄人は身をおりかがめ、そのキャタピラに狙いをつけた。
指をキャタピラにかけ、ぐいと引く。
ばちん、と大げさな音をたて、戦車のキャタピラがちぎれ飛んだ。
片方のキャタピラがちぎれ、戦車はぐるぐるとその場で旋回をはじめていた。
やっととまり、ばらばらと戦車から人員が逃げ出していた。
ぐっ、と鉄人が身を近づける。
その口がばくりと開いた。
巨大な口には、ぎらりとひかる鋼鉄の牙がのぞく。
その奥にまるい、筒があった。
その筒から、オレンジ色の炎が吐き出される。
ぐおーっと轟音をたて、長い舌が舐めるように戦車の外板を炎があぶった。火炎放射器なのだ。
ぎゃあーっ、と悲鳴が戦車の内部からあがった。
肉の焼けるいやな匂いがたちこめる。
外を観察するための覗き穴から火炎放射器の炎が内部を炙っている。いきながら焼かれる苦痛による絶叫が聞こえてくるのだ。
その悲鳴を耳にして、ギャンは喜悦の表情を浮かべていた。
死ね!
死んでしまえ!
生きていても役に立たないが、こうして死んでおれのためにエネルギーとなってくれる。
ギャンの額の第三の目はおおきく見開かれていた。
戦車のなかで絶叫している人間の中、ギャンはひとりの人間の存在に気がついた。
司令塔から発散するある人物のイメージ。
ギャンは第三の目を使い、それに焦点をあわせた。
燃え上がる司令塔のなか、ひっしに耐えているひとりの将校。
あれは……あの顔には見覚えがあった。
ガゼだ!
まだ幼いころだったが、ミリィの父親のガゼの顔には記憶があった。ミリィが生まれるころ村を離れ死んだと噂されたが、こうして生きている。
ギャンはにやりと笑った。
あいつは確か共和国軍で将軍となっていたはずだな。
よし……。
ギャンは魔力の手をガゼにのばした。
燃え上がるガゼの制服の炎がじょじょに消えていく。ガゼはひっしになって火を消しとめようとしていたから気づかないはずだ。だがかれの顔はひどく焼けただれている。生きてはいるが、この火傷はあとをひくだろう。
ガゼはよろよろとした動きで司令塔を脱出した。部下のだれかがかれの肩をささえ、必死になって逃げていく。
ギャンはガゼを見逃した。あいつはここで死ぬにはまだ早すぎる。ここは生かしておいて、あとでおれの見せ場をつくる道具となってもらおう……。
どん、どん、と散発的な砲撃の音が聞こえてくる。
帝国軍が逃走する共和国軍に対し最後の攻撃をくわえているのだ。
戦闘が終わり、ぞくぞくとギャンの鉄人兵に味方兵士らが終結してきた。
みな帝国軍の勝利を報告している。
その中でギャンの活躍は群をぬいていた。なにしろ陸の戦艦ともいえる巨大戦車を単身、戦闘不能においこんだのである。
ギャンは胸の操縦席の蓋を開き、立ち上がった。
するすると鉄人の身体をよじのぼり、その肩に這い上がるとあたりを見回す。
わあわあという部下たちの喚声が聞こえてくる。
勝利感にギャンは酔っていた。
その目が、ロロ村のはずれにとまった。
あれは……なんだ?
それはシュヴァルの宮殿だった。
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