31 / 68
第五回 鞍家二郎三郎江戸城へ登城するの巻
五
しおりを挟む
酒巻源五郎の屋敷へ戻る途中、玄之介はぷりぷりと怒りを顕わにして俺に尋ねる。
「いったい、あの荏子田多門と申される御仁は、どのような人物なのです? 鞍家殿とお知り合いのようでしたので、我慢いたしたのですが、何たる無礼な侍なのでしょう!」
俺は玄之介に同意して、頷いてやった。
「あいつは、最初の対面の、僅か三秒で人に嫌われるという特技の持ち主なんだ。俺たち江戸創設の中心人物でね。プログラムの腕は抜群で、あいつがいなければ、江戸町人は存在しなかった……」
多門の説明をしているうち、俺の頭にある考えが閃いた。もしかすると《暗闇検校》と名乗る相手は、江戸創設メンバーの誰かかもしれない。江戸創設メンバーなら、プログラムに手を加え、《遊客》情報を消去するなど、簡単なはずだ!
しかし、相変わらず動機について、疑問が残る。《遊客》情報を消去したのはなぜかというのと、俺をわざわざ水死体にした理由。
俺を殺したのは、相手の秘密に近づいたためだろうが、依然として《暗闇検校》の動機が、さっぱり判らない。
源五郎の屋敷に近づくと、周囲が慌しい気配に包まれている。いや、もっと正確に表現すると、殺気立っていた。
屋敷の内部に入り込むと、多数の与力、同心たちが各々武器を点検し、手先の何人かは捕縛用の縄を用意している。刺股、梯子などを持ち出し、明らかに犯人捕縛の準備だ。
その中で、左内老人がせかせかとした足取りで歩き回り、声を張り上げている。
「よいか! 相手は名うての盗賊一味! おさおさ準備を怠るでないぞ! これ、縄は投げかけやすいよう、きちんと輪にして手に持たぬか! ええい、儂の若い頃なら、もっと手早い準備ができたものを……!」
苛々と両手を振り回し、顔を真っ赤に染めている。
騒然とした中で、晶が興奮した様子で駆け寄ってきた。
「あっ! やっと帰ってきた! ねえねえ、大変! 盗賊一味の《火祭り豆蔵》ってのを、今から逮捕しに行くんだって! あたしも岡っ引きの一人として、従いて行くんだ!」
晶は目をキラキラと輝かせ、一気に捲し立てた。
俺は呆れ果てた。
「お前が? 本気か?」
晶は、どこで憶えたのか、ぐいっと鼻頭を手の平で擦って、にっと笑った。
「当ったり前じゃん! あたしだって、ちゃんと岡っ引きの一人なんだもの!」
俺は玄之介を振り返った。
「《火祭り豆蔵》っての、知ってるか?」
玄之介は緊張した様子で頷く。
「ええ、お頭がこのところ没頭している捜査で、盗みに入った家に、かならず放火するという悪質な手口で有名な一味で御座る!」
厩の方角から嘶きが聞こえた。
捕り物の用意を整えた、酒巻源五郎が、手綱を握り締め姿を現す。頭には鉢金を被り、手にはぶっ太い特大の十手を握っている。
小者が源五郎の座乗する馬の口取りを務めているが、馬は興奮しているのか、しきりと足掻いて首を左右に振っている。
源五郎は馬上から俺たちに気付き、軽く頷いた。
「お城から帰って来たのじゃな。すまんが、お主たちの報告を受けるのは後じゃ!」
俺は源五郎を見上げ、叫んでいた。
「捕り物だってな! 俺の手伝いが必要かね?」
俺の言葉に、源五郎はにやっと笑った。
「お主が手伝ってくれるなら、有り難い。相手は凶悪な一味でな。手はいくらあっても、足りぬ!」
源五郎の言葉に、俺は奮い立った。
このところ、俺は自分でも似合わない地味な捜査で、ほとほと疲れ果てていた。やっぱり、身体を動かす、派手な場面に飢えていたのだ。俺は元々が猪突猛進型で、刑事の柄じゃない!
玄之介も、ずい、と一歩前へ出る。
「お頭! それがしも!」
源五郎は頼もしく頷く。
「おおとも! 玄之介、お主の手柄の立てどころじゃぞ!」
普段は地味で、これが火盗改かと思うような源五郎であったが、今は別人だ。両目は鋭く輝き、背筋がぴんと伸び、覇気が全身から立ち上っている。
かつかつかつ! と器用に輪乗りをすると、源五郎は馬の鼻先を、正門に向けた。
「開門──っ!」
左内老人がどこから出すのかと思われるような甲高い声を上げると、さっと屋敷の正門が左右に開け放たれる。
源五郎は馬の腹に、とん、と軽く蹴りを入れる。馬は、弾かれたように、正門から飛び出した!
「いったい、あの荏子田多門と申される御仁は、どのような人物なのです? 鞍家殿とお知り合いのようでしたので、我慢いたしたのですが、何たる無礼な侍なのでしょう!」
俺は玄之介に同意して、頷いてやった。
「あいつは、最初の対面の、僅か三秒で人に嫌われるという特技の持ち主なんだ。俺たち江戸創設の中心人物でね。プログラムの腕は抜群で、あいつがいなければ、江戸町人は存在しなかった……」
多門の説明をしているうち、俺の頭にある考えが閃いた。もしかすると《暗闇検校》と名乗る相手は、江戸創設メンバーの誰かかもしれない。江戸創設メンバーなら、プログラムに手を加え、《遊客》情報を消去するなど、簡単なはずだ!
しかし、相変わらず動機について、疑問が残る。《遊客》情報を消去したのはなぜかというのと、俺をわざわざ水死体にした理由。
俺を殺したのは、相手の秘密に近づいたためだろうが、依然として《暗闇検校》の動機が、さっぱり判らない。
源五郎の屋敷に近づくと、周囲が慌しい気配に包まれている。いや、もっと正確に表現すると、殺気立っていた。
屋敷の内部に入り込むと、多数の与力、同心たちが各々武器を点検し、手先の何人かは捕縛用の縄を用意している。刺股、梯子などを持ち出し、明らかに犯人捕縛の準備だ。
その中で、左内老人がせかせかとした足取りで歩き回り、声を張り上げている。
「よいか! 相手は名うての盗賊一味! おさおさ準備を怠るでないぞ! これ、縄は投げかけやすいよう、きちんと輪にして手に持たぬか! ええい、儂の若い頃なら、もっと手早い準備ができたものを……!」
苛々と両手を振り回し、顔を真っ赤に染めている。
騒然とした中で、晶が興奮した様子で駆け寄ってきた。
「あっ! やっと帰ってきた! ねえねえ、大変! 盗賊一味の《火祭り豆蔵》ってのを、今から逮捕しに行くんだって! あたしも岡っ引きの一人として、従いて行くんだ!」
晶は目をキラキラと輝かせ、一気に捲し立てた。
俺は呆れ果てた。
「お前が? 本気か?」
晶は、どこで憶えたのか、ぐいっと鼻頭を手の平で擦って、にっと笑った。
「当ったり前じゃん! あたしだって、ちゃんと岡っ引きの一人なんだもの!」
俺は玄之介を振り返った。
「《火祭り豆蔵》っての、知ってるか?」
玄之介は緊張した様子で頷く。
「ええ、お頭がこのところ没頭している捜査で、盗みに入った家に、かならず放火するという悪質な手口で有名な一味で御座る!」
厩の方角から嘶きが聞こえた。
捕り物の用意を整えた、酒巻源五郎が、手綱を握り締め姿を現す。頭には鉢金を被り、手にはぶっ太い特大の十手を握っている。
小者が源五郎の座乗する馬の口取りを務めているが、馬は興奮しているのか、しきりと足掻いて首を左右に振っている。
源五郎は馬上から俺たちに気付き、軽く頷いた。
「お城から帰って来たのじゃな。すまんが、お主たちの報告を受けるのは後じゃ!」
俺は源五郎を見上げ、叫んでいた。
「捕り物だってな! 俺の手伝いが必要かね?」
俺の言葉に、源五郎はにやっと笑った。
「お主が手伝ってくれるなら、有り難い。相手は凶悪な一味でな。手はいくらあっても、足りぬ!」
源五郎の言葉に、俺は奮い立った。
このところ、俺は自分でも似合わない地味な捜査で、ほとほと疲れ果てていた。やっぱり、身体を動かす、派手な場面に飢えていたのだ。俺は元々が猪突猛進型で、刑事の柄じゃない!
玄之介も、ずい、と一歩前へ出る。
「お頭! それがしも!」
源五郎は頼もしく頷く。
「おおとも! 玄之介、お主の手柄の立てどころじゃぞ!」
普段は地味で、これが火盗改かと思うような源五郎であったが、今は別人だ。両目は鋭く輝き、背筋がぴんと伸び、覇気が全身から立ち上っている。
かつかつかつ! と器用に輪乗りをすると、源五郎は馬の鼻先を、正門に向けた。
「開門──っ!」
左内老人がどこから出すのかと思われるような甲高い声を上げると、さっと屋敷の正門が左右に開け放たれる。
源五郎は馬の腹に、とん、と軽く蹴りを入れる。馬は、弾かれたように、正門から飛び出した!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる