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第弍章
第14話 せせらぎの裏に隠された獰猛な妖気
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――怪我はないか?
覆い被さる龍志に訊かれて季音は頷いた。
無傷だ。確かに吃驚したが、咄嗟に彼が庇ってくれたお陰で刃に当たらず済んだ。寧ろ、よく分かったものだと彼の俊敏さには驚いてしまう。
しかし、季音にも妖気を感じ取る力はある。それなのに、タキの声を聞くまでその気配をまったく感じなかった。それどころか、沢に降りてきた時点で、妖の気配は一切なくて……。
「おタキちゃんの妖気も匂いも感じなかったわ……どうして」
「多分天候だ。晴れたとは言え湿気が多いせいもあるだろうな。水辺ということもあるだろうな。簡単なことだ。妖気を消して上手く隠れていたのだろう。沢のせせらぎで足音は充分に掻き消せる、風向きを上手く利用したな」
――なかなか頭が切れる。相当な手練れだ。
そう付け添えて、龍志は緩やかに季音から身を離した。
「多分、相手は瞬発的に妖術を使った。だから刀はどこから飛んできたかは分からんが声のした方角から察するに対岸だ」
「対岸……」
季音は戦慄く身体を緩やかに起こし上げて、静謐に包まれた暗闇の向こうを見た。
対岸で何かが動いた――そう思ったのも束の間、ざっと黒い塊が迅速に攻め寄せてきたのだ。
それと同時だった。龍志は空間に何かを描くよう……いや、切るように手をさっと動かす。すると、瞬く間に自分たちを覆うように白銀の糸を這わせたような防壁が現れた。
向こう岸には、タキが刀を構え、鋭い目つきで睨みつける姿があった。
肩口を大胆に露出させ、着物を着崩したその姿は、いつも通りの彼女らしい奔放さだった。だが、今日はどこか違う──その佇まいが、以前よりもひときわ勇ましく、気迫に満ちて見えた。
華奢で細い体躯は、怒りに震える毛髪と尾の毛が逆立っているせいで、まるで一回り大きく膨らんだように感じられる。
「馬鹿キネ! お前、一番関わっちゃいけない相手に関わっちまったな! おれも間近で人に接触しちまった。もう山に帰れない、永久追放だ!」
――どうしてくれる!
タキは低くがなった。
「ごめんなさい。だけど、どうして……」
「馬鹿なことを訊くな! お前は唯一無二のダチに違いねぇ。お前の居場所は分かってた。命をかけてでも助けに来たに決まってるだろ!」
その言葉に季音ははっと口元を覆う。
思いがけもしなかった。きっと自分のことは諦めたに違いないと少なからず思っていたのだから。
そこまで思ってくれたことは素直に嬉しい。けれど、彼女が今まさに攻撃対象に睨み付けている龍志だって季音からすれば恩人に違いない。
このままではまずいだろう。
あまりにも誤解が深すぎる無益な争いになってしまう……だが、全ては自分が蒔いた種だからこそ責任が重い。
「おタキちゃん! この人も、私の恩人よ! 崖から転落して大怪我を負って動けないでいたところを助けてくれたの。私は保護されているだけよ」
ありのままの事実を季音が述べるが、タキはすぐに首を横に振った。
「信じられるか! それは人の雄だ。お前が妖気も扱えないことを良いことに慰みか見世物にするのは目に見えて分かってる。騙されるな!」
――そんなことはない。と、季音が反論しようとした矢先だった。
「話には聞いてたが、お前……本当に狸らしくないな。いくらなんでも血の気が多すぎるだろ」
呆れた調子で龍志は言う。
対してタキは『人にしては良い褒め言葉を言うじゃねぇか』と鼻を鳴らして返した。
「別に褒めた訳ではないが……頭は切れるだろうし、刀を飛ばす妖術もなかなかのものだ。だが、お前は少しばかり人にしちゃいけないことをやらかしたのは事実だ」
そう言って龍志は白銀の糸の防壁を瞬時に裁ち切り、タキの前へと歩み寄った。
「〝人に害をなす妖〟にはきつい仕置きが必要だ。お前はどうやら話を聞きそうにないからな。お前、俺を〝殺す気〟で来たんだろ。闘争を望むようだからそれに乗ってやろう」
「人の割に話が分かるじゃねぇか」
タキは吊り上がった大きな瞳をさらに鋭くして、龍志を睨み付ける。
「龍志様!」
ダメだと季音は叫ぶ。
だが、彼は振り返ることなく手だけを向けた。すると瞬く間に、足元から白銀の縄が蛇のように季音の身に絡みつき始めた。
別に痛くもないが、こそばゆくて仕方ない。やがて、這い寄る縄は両手首を拘束すると蠢きが止まった。
「おい……雌の獣を縄で縛り付けるって〝神の力〟の使い方は随分悪趣味だな」
タキは眉をぴくりと動かし、唇を歪めて吐き捨てるように言った。その声には、心底軽蔑したような冷たさが滲んでいた。
「仕方ないだろ」
龍志はそう呟き、季音をちらりと一瞥した。半眼で彼女を見つめるその視線には、どこか苛立ちと諦めが混じっているようだった。
「これはただの拘束型の結界だ。……まぁ、確かに狐の雌ってだけで、思ったより淫靡な絵面になっちまったがな」
彼は肩をすくめ、言葉を続けた。
「無力な妖が無闇に飛び込めば、間違いなく死ぬ。安全策を取ったまでだ」
その言葉が終わらないうちだった。タキの動きは迅く、鋭い刃が龍志の喉元に突きつけられる。刀身が薄く光を反射し、張り詰めた空気を切り裂くような静寂が辺りを支配した。
「それが最期の言葉か。他に言い残すことはないか?」
今までに見せたこともないほどの凄みだった。牙を剥き出して、瞳孔を絞り上げたタキの瞳はあまりに冷たいことは暗闇の中でもよく分かった。
争ってはいけない――それを口にしたいが、言葉は声が出ない。きっと、それもこの拘束のせいだろうか。季音はもどかしさに唇を噛みしめた。
「馬鹿を言え、お前は俺の話を聞かなかったか? これから俺がやるのは〝人に害をなした妖に一方的に仕置きをする〟だけだ」
「阿呆が。ひ弱な人如き八つ裂きにしてやる」
タキは一歩踏み込み、刀を構え直した。その刃は冷たく光り、今まさに龍志に斬りかかろうとする。だが、龍志は動じず、懐から二枚の呪符を素早く取り出すと、早口で荘厳な言の葉を詠い上げる。
――刹那、周囲に朱色の煙がふわりと漂い、タキと龍志の間に割り込むように、二匹の式神がゆらりと姿を現した。
その姿は幽玄で、まるで空気を震わせるような静かな威圧感を放っていた。
「は?」
煙が晴れた途端に、タキは気が抜けた声を上げる。
逆毛立った毛髪も尾も一瞬にして萎み、タキは一歩二歩と後退りをしたのである。
「どうした?」
「――っ! どうしたじゃねぇだろ。汚ねぇだろお前! 鬼もそうだが、神獣なんぞ狸の妖如きが叶う訳ねぇだろ馬鹿か! まず三対一っておかしいだろ!」
「いやいや。お前は〝死ぬ気〟と言っただろう? 俺を〝殺す気〟と言っただろう? お前が本気を出すなら、俺も神通力を全開で使うし、式神を二体呼び寄せただけだが……それに汚いもクソもあるか?」
龍志は小首を傾げ、軽い口調で尋ねた。
だが、その唇の端に浮かぶ笑みには、明らかな嗜虐の色が滲んでいた。彼が状況を完全に掌握し、優位に立っていることに密かな愉悦を感じているのが、誰の目にも明らかだった。
その様子を見ただけで、季音の胸にはなぜか安堵の波が広がった。
龍志は本気ではない――それは間違いなかった。ただタキに灸を据え、軽く手懐けるつもりなだけで、殺意など微塵もないことが、彼女にははっきりと感じ取れた。
ならば、今はただ見守るしかない。タキの怒りが収まるまで、季音は静かにその場に立ち、龍志とタキ、そして二匹の式神のやりとりをじっと眺め始めた。
「おい、龍。この状況は何だ? まず、なぜあの狐の嬢ちゃんにあんな変態じみた拘束をしてやがる?」
朧は呼び出されたばかりで状況が掴めていない様子だった。季音を一瞥すると、呆れたように眉を上げ、口元に皮肉な笑みを浮かべた。
変態じみた――と言われても、季音には自分の姿がどう映っているのかわからない。だが、ふと視線を合わせた蘢の反応がすべてを物語っていた。
蘢は目を大きく瞠り、口をぽかんと開けたまま固まったかと思うと、慌てて顔を背けた。そのあまりにも露骨な反応に、季音は自分の置かれた状況を嫌でも想像してしまい、たちまち頬が赤く染まった。
「ああ、飛び込んできたら死ぬ危険があったから、とりあえず縛っておいただけだ」
龍志は肩をすくめ、まるで当たり前のように答えた。その声には、どこか事態を楽しんでいるような余裕が滲んでいる。
「本当に、どこから突っ込んでいいか分からねぇ。で? こんな小せぇ狸を相手に三対一でやり合う気なのか? それはさすがに鬼か変態としか言えないだろ」
――鬼の俺が言うにもなんだが、お前本当に鬼だろ。
なんて付け添えて、朧は糸のように目を細めている。
「主殿の指示なら仕方あるまいが、気は進まぬな……」
その隣で、蘢もじっとりと目を細めて、落胆のため息をこぼしていた。
やはり二匹も気が気ではなさそうだ。だが、龍志は即座に首を横に振る。
「馬鹿を言え! この武士もどきの狸のお嬢は人の俺に危害を与えた。その上、全力の闘争を望んでいるのだから、漢なら手加減なしで〝もてなしてやる〟のが礼儀だろう? だからお前ら二体まとめて呼び出したのだが」
龍志は随分とさっぱりと答えると、蘢も朧もますます半眼になっていた。
――嗚呼、我が主、本当に嗜虐的変態。と、顔に書いてある。
「で、やるのか? やらないのか? さすがに怖じ気づいたのか?」
――狸は〝臆病〟だもんな。
龍志は火に油を注ぐような言葉を投げかけ、タキを見下ろして唇の端に嘲るような弧を描く。その目は、まるで獲物を弄ぶ獣のように光っていた。
その煽りが効いたのだろう。タキの毛が逆立ち、鋭い牙を剥き出して唸った。
「クソくらえ! やるに決まってんだろ! ど阿呆が!」
もはやタキは完全に投げやりのような態度。
彼女の掠れた咆哮が、夜の森の静寂を切り裂くように響き渡った。
覆い被さる龍志に訊かれて季音は頷いた。
無傷だ。確かに吃驚したが、咄嗟に彼が庇ってくれたお陰で刃に当たらず済んだ。寧ろ、よく分かったものだと彼の俊敏さには驚いてしまう。
しかし、季音にも妖気を感じ取る力はある。それなのに、タキの声を聞くまでその気配をまったく感じなかった。それどころか、沢に降りてきた時点で、妖の気配は一切なくて……。
「おタキちゃんの妖気も匂いも感じなかったわ……どうして」
「多分天候だ。晴れたとは言え湿気が多いせいもあるだろうな。水辺ということもあるだろうな。簡単なことだ。妖気を消して上手く隠れていたのだろう。沢のせせらぎで足音は充分に掻き消せる、風向きを上手く利用したな」
――なかなか頭が切れる。相当な手練れだ。
そう付け添えて、龍志は緩やかに季音から身を離した。
「多分、相手は瞬発的に妖術を使った。だから刀はどこから飛んできたかは分からんが声のした方角から察するに対岸だ」
「対岸……」
季音は戦慄く身体を緩やかに起こし上げて、静謐に包まれた暗闇の向こうを見た。
対岸で何かが動いた――そう思ったのも束の間、ざっと黒い塊が迅速に攻め寄せてきたのだ。
それと同時だった。龍志は空間に何かを描くよう……いや、切るように手をさっと動かす。すると、瞬く間に自分たちを覆うように白銀の糸を這わせたような防壁が現れた。
向こう岸には、タキが刀を構え、鋭い目つきで睨みつける姿があった。
肩口を大胆に露出させ、着物を着崩したその姿は、いつも通りの彼女らしい奔放さだった。だが、今日はどこか違う──その佇まいが、以前よりもひときわ勇ましく、気迫に満ちて見えた。
華奢で細い体躯は、怒りに震える毛髪と尾の毛が逆立っているせいで、まるで一回り大きく膨らんだように感じられる。
「馬鹿キネ! お前、一番関わっちゃいけない相手に関わっちまったな! おれも間近で人に接触しちまった。もう山に帰れない、永久追放だ!」
――どうしてくれる!
タキは低くがなった。
「ごめんなさい。だけど、どうして……」
「馬鹿なことを訊くな! お前は唯一無二のダチに違いねぇ。お前の居場所は分かってた。命をかけてでも助けに来たに決まってるだろ!」
その言葉に季音ははっと口元を覆う。
思いがけもしなかった。きっと自分のことは諦めたに違いないと少なからず思っていたのだから。
そこまで思ってくれたことは素直に嬉しい。けれど、彼女が今まさに攻撃対象に睨み付けている龍志だって季音からすれば恩人に違いない。
このままではまずいだろう。
あまりにも誤解が深すぎる無益な争いになってしまう……だが、全ては自分が蒔いた種だからこそ責任が重い。
「おタキちゃん! この人も、私の恩人よ! 崖から転落して大怪我を負って動けないでいたところを助けてくれたの。私は保護されているだけよ」
ありのままの事実を季音が述べるが、タキはすぐに首を横に振った。
「信じられるか! それは人の雄だ。お前が妖気も扱えないことを良いことに慰みか見世物にするのは目に見えて分かってる。騙されるな!」
――そんなことはない。と、季音が反論しようとした矢先だった。
「話には聞いてたが、お前……本当に狸らしくないな。いくらなんでも血の気が多すぎるだろ」
呆れた調子で龍志は言う。
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「別に褒めた訳ではないが……頭は切れるだろうし、刀を飛ばす妖術もなかなかのものだ。だが、お前は少しばかり人にしちゃいけないことをやらかしたのは事実だ」
そう言って龍志は白銀の糸の防壁を瞬時に裁ち切り、タキの前へと歩み寄った。
「〝人に害をなす妖〟にはきつい仕置きが必要だ。お前はどうやら話を聞きそうにないからな。お前、俺を〝殺す気〟で来たんだろ。闘争を望むようだからそれに乗ってやろう」
「人の割に話が分かるじゃねぇか」
タキは吊り上がった大きな瞳をさらに鋭くして、龍志を睨み付ける。
「龍志様!」
ダメだと季音は叫ぶ。
だが、彼は振り返ることなく手だけを向けた。すると瞬く間に、足元から白銀の縄が蛇のように季音の身に絡みつき始めた。
別に痛くもないが、こそばゆくて仕方ない。やがて、這い寄る縄は両手首を拘束すると蠢きが止まった。
「おい……雌の獣を縄で縛り付けるって〝神の力〟の使い方は随分悪趣味だな」
タキは眉をぴくりと動かし、唇を歪めて吐き捨てるように言った。その声には、心底軽蔑したような冷たさが滲んでいた。
「仕方ないだろ」
龍志はそう呟き、季音をちらりと一瞥した。半眼で彼女を見つめるその視線には、どこか苛立ちと諦めが混じっているようだった。
「これはただの拘束型の結界だ。……まぁ、確かに狐の雌ってだけで、思ったより淫靡な絵面になっちまったがな」
彼は肩をすくめ、言葉を続けた。
「無力な妖が無闇に飛び込めば、間違いなく死ぬ。安全策を取ったまでだ」
その言葉が終わらないうちだった。タキの動きは迅く、鋭い刃が龍志の喉元に突きつけられる。刀身が薄く光を反射し、張り詰めた空気を切り裂くような静寂が辺りを支配した。
「それが最期の言葉か。他に言い残すことはないか?」
今までに見せたこともないほどの凄みだった。牙を剥き出して、瞳孔を絞り上げたタキの瞳はあまりに冷たいことは暗闇の中でもよく分かった。
争ってはいけない――それを口にしたいが、言葉は声が出ない。きっと、それもこの拘束のせいだろうか。季音はもどかしさに唇を噛みしめた。
「馬鹿を言え、お前は俺の話を聞かなかったか? これから俺がやるのは〝人に害をなした妖に一方的に仕置きをする〟だけだ」
「阿呆が。ひ弱な人如き八つ裂きにしてやる」
タキは一歩踏み込み、刀を構え直した。その刃は冷たく光り、今まさに龍志に斬りかかろうとする。だが、龍志は動じず、懐から二枚の呪符を素早く取り出すと、早口で荘厳な言の葉を詠い上げる。
――刹那、周囲に朱色の煙がふわりと漂い、タキと龍志の間に割り込むように、二匹の式神がゆらりと姿を現した。
その姿は幽玄で、まるで空気を震わせるような静かな威圧感を放っていた。
「は?」
煙が晴れた途端に、タキは気が抜けた声を上げる。
逆毛立った毛髪も尾も一瞬にして萎み、タキは一歩二歩と後退りをしたのである。
「どうした?」
「――っ! どうしたじゃねぇだろ。汚ねぇだろお前! 鬼もそうだが、神獣なんぞ狸の妖如きが叶う訳ねぇだろ馬鹿か! まず三対一っておかしいだろ!」
「いやいや。お前は〝死ぬ気〟と言っただろう? 俺を〝殺す気〟と言っただろう? お前が本気を出すなら、俺も神通力を全開で使うし、式神を二体呼び寄せただけだが……それに汚いもクソもあるか?」
龍志は小首を傾げ、軽い口調で尋ねた。
だが、その唇の端に浮かぶ笑みには、明らかな嗜虐の色が滲んでいた。彼が状況を完全に掌握し、優位に立っていることに密かな愉悦を感じているのが、誰の目にも明らかだった。
その様子を見ただけで、季音の胸にはなぜか安堵の波が広がった。
龍志は本気ではない――それは間違いなかった。ただタキに灸を据え、軽く手懐けるつもりなだけで、殺意など微塵もないことが、彼女にははっきりと感じ取れた。
ならば、今はただ見守るしかない。タキの怒りが収まるまで、季音は静かにその場に立ち、龍志とタキ、そして二匹の式神のやりとりをじっと眺め始めた。
「おい、龍。この状況は何だ? まず、なぜあの狐の嬢ちゃんにあんな変態じみた拘束をしてやがる?」
朧は呼び出されたばかりで状況が掴めていない様子だった。季音を一瞥すると、呆れたように眉を上げ、口元に皮肉な笑みを浮かべた。
変態じみた――と言われても、季音には自分の姿がどう映っているのかわからない。だが、ふと視線を合わせた蘢の反応がすべてを物語っていた。
蘢は目を大きく瞠り、口をぽかんと開けたまま固まったかと思うと、慌てて顔を背けた。そのあまりにも露骨な反応に、季音は自分の置かれた状況を嫌でも想像してしまい、たちまち頬が赤く染まった。
「ああ、飛び込んできたら死ぬ危険があったから、とりあえず縛っておいただけだ」
龍志は肩をすくめ、まるで当たり前のように答えた。その声には、どこか事態を楽しんでいるような余裕が滲んでいる。
「本当に、どこから突っ込んでいいか分からねぇ。で? こんな小せぇ狸を相手に三対一でやり合う気なのか? それはさすがに鬼か変態としか言えないだろ」
――鬼の俺が言うにもなんだが、お前本当に鬼だろ。
なんて付け添えて、朧は糸のように目を細めている。
「主殿の指示なら仕方あるまいが、気は進まぬな……」
その隣で、蘢もじっとりと目を細めて、落胆のため息をこぼしていた。
やはり二匹も気が気ではなさそうだ。だが、龍志は即座に首を横に振る。
「馬鹿を言え! この武士もどきの狸のお嬢は人の俺に危害を与えた。その上、全力の闘争を望んでいるのだから、漢なら手加減なしで〝もてなしてやる〟のが礼儀だろう? だからお前ら二体まとめて呼び出したのだが」
龍志は随分とさっぱりと答えると、蘢も朧もますます半眼になっていた。
――嗚呼、我が主、本当に嗜虐的変態。と、顔に書いてある。
「で、やるのか? やらないのか? さすがに怖じ気づいたのか?」
――狸は〝臆病〟だもんな。
龍志は火に油を注ぐような言葉を投げかけ、タキを見下ろして唇の端に嘲るような弧を描く。その目は、まるで獲物を弄ぶ獣のように光っていた。
その煽りが効いたのだろう。タキの毛が逆立ち、鋭い牙を剥き出して唸った。
「クソくらえ! やるに決まってんだろ! ど阿呆が!」
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