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第二章 偽りの感情
2-2.樹海の外で向かえた初めての朝Ⅱ
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──ベッドの外面は眩い程に豪奢だった。
天蓋から伸びるベールは臙脂色の別珍に金糸で花の刺繍の施されたもの。その中は大人三人が横になって寝られそうな程に広々としていた。
室内は広く、机やソファ、テーブルと揃いの綺麗な調度品で纏められている。
昨晩は屋敷に辿り着き、部屋に通されるなり泥のように眠ったので室内をまじまじ見ていなかった。しかしまさかこんなに上品かつ豪奢だったとは。
(これで別邸……)
アイリーンの知る貴族の生活は、与えられた数少ない書物の中の情報のみ。室内は想像以上だった。しかし、こうも豪奢というのに、不思議と目が落ち着いた。
(……ずっと真っ白な場所で過ごしていたからかしら?)
神殿の内部は外壁も内装も……八割は白か透明だ。
だからか。と、一人納得しつつアイリーンは窓辺に歩む。そして外を見たと同時、眼下に臨む景色に息を呑む。
そこには荒涼とした樹海とは違う鮮やかな景色が広がっていた。
緑の木々が眼下にびっしりと茂っており、遠くには赤銅色の街が見える。その街からは数本の煙が上り、不思議な光景が広がっていた。
来た時は真夜中。黒い塊が広がっているように見えただけだったが……。
「わっ……すごい!」
こんなに青々とした大きな木を見たのも初めてだ。アイリーンが手をついて出窓に乗り出した時だった。
「おん……起きたのか? しっかり寝れたか?」
やや癖のある声が横から響き、アイリーンは目を瞠る。視線を向けると、壁にかけられたベールを捲ってジャスパーが姿を現したのだ。
「え……」
驚きのあまり目を丸くすれば、ジャスパーは噴き出すように笑う。
何とも子どもじみた場面を見られてしまった。恥ずかしい。慌てて降りようとするが「焦って降りると危ないから、そのまま聞け」と制された。
そうしてアイリーンの傍に寄るなり彼は、ゆるやかに唇を開く。
「ここは夫婦の部屋だ。没落した伯爵家の屋敷を買い取ったから、ちっとばかし古い。昔の貴族の部屋って主人の部屋と妻の部屋が隣り合ってこんな造りだ。俺は主人の部屋を使っている」
「え……夫婦の部屋?」
どういう事だ。なぜそんな場所に。
アイリーンは驚き、目をしばたたくと彼は少し照れくさそうに頬を掻く。
「……変な意味じゃない。樹海を出たって何も起きないと踏んでいたが、百パーセントじゃない。多少の心配はあったから傍に置きたいておきたかった。それに、いくらあんたの中身が外の景色にはしゃぐ普通の女の子だとしてもだ。女神であって客人だ。雑な扱いは出来ないから一番良い部屋に通した」
──と、言っても、妻の部屋に通すのも変な待遇かも知れねぇが。と。彼は軽く笑って付け添える。
「そ……そうなのですね」
やはり出窓に登ったままは恥ずかしい。言われた言葉の六割が頭に入ってこない。
しかし、彼の言葉に嬉しいものが一つあった。
普通の女の子──アイリーンにとっては、ずっと欲しかった憧れだ。
たった一言で心が温かくなり、同時に甘い擽ったさと妙な高揚感を覚えた。
「ジャスパー様、あの。ありがとうございます」
アイリーンは丁寧に礼をするが、彼は眉を寄せる。
「あのさぁ、アイリーン。〝様〟はやめてくれ」
「……え?」
「二年も文通して他人行儀だろ。文章の中では俺をそう呼ばなかっただろ?」
──なぁ、アイリーン? と、今一度呼ばれてアイリーンは目をしばたたく。
今まで見た事もない程に柔らかな笑み方だったので面食らってしまった。
精悍な顔立ちだが口が悪い。そしてどこか意地悪そう。そんな印象だが……こんなに優しい表情もするのかと。
天蓋から伸びるベールは臙脂色の別珍に金糸で花の刺繍の施されたもの。その中は大人三人が横になって寝られそうな程に広々としていた。
室内は広く、机やソファ、テーブルと揃いの綺麗な調度品で纏められている。
昨晩は屋敷に辿り着き、部屋に通されるなり泥のように眠ったので室内をまじまじ見ていなかった。しかしまさかこんなに上品かつ豪奢だったとは。
(これで別邸……)
アイリーンの知る貴族の生活は、与えられた数少ない書物の中の情報のみ。室内は想像以上だった。しかし、こうも豪奢というのに、不思議と目が落ち着いた。
(……ずっと真っ白な場所で過ごしていたからかしら?)
神殿の内部は外壁も内装も……八割は白か透明だ。
だからか。と、一人納得しつつアイリーンは窓辺に歩む。そして外を見たと同時、眼下に臨む景色に息を呑む。
そこには荒涼とした樹海とは違う鮮やかな景色が広がっていた。
緑の木々が眼下にびっしりと茂っており、遠くには赤銅色の街が見える。その街からは数本の煙が上り、不思議な光景が広がっていた。
来た時は真夜中。黒い塊が広がっているように見えただけだったが……。
「わっ……すごい!」
こんなに青々とした大きな木を見たのも初めてだ。アイリーンが手をついて出窓に乗り出した時だった。
「おん……起きたのか? しっかり寝れたか?」
やや癖のある声が横から響き、アイリーンは目を瞠る。視線を向けると、壁にかけられたベールを捲ってジャスパーが姿を現したのだ。
「え……」
驚きのあまり目を丸くすれば、ジャスパーは噴き出すように笑う。
何とも子どもじみた場面を見られてしまった。恥ずかしい。慌てて降りようとするが「焦って降りると危ないから、そのまま聞け」と制された。
そうしてアイリーンの傍に寄るなり彼は、ゆるやかに唇を開く。
「ここは夫婦の部屋だ。没落した伯爵家の屋敷を買い取ったから、ちっとばかし古い。昔の貴族の部屋って主人の部屋と妻の部屋が隣り合ってこんな造りだ。俺は主人の部屋を使っている」
「え……夫婦の部屋?」
どういう事だ。なぜそんな場所に。
アイリーンは驚き、目をしばたたくと彼は少し照れくさそうに頬を掻く。
「……変な意味じゃない。樹海を出たって何も起きないと踏んでいたが、百パーセントじゃない。多少の心配はあったから傍に置きたいておきたかった。それに、いくらあんたの中身が外の景色にはしゃぐ普通の女の子だとしてもだ。女神であって客人だ。雑な扱いは出来ないから一番良い部屋に通した」
──と、言っても、妻の部屋に通すのも変な待遇かも知れねぇが。と。彼は軽く笑って付け添える。
「そ……そうなのですね」
やはり出窓に登ったままは恥ずかしい。言われた言葉の六割が頭に入ってこない。
しかし、彼の言葉に嬉しいものが一つあった。
普通の女の子──アイリーンにとっては、ずっと欲しかった憧れだ。
たった一言で心が温かくなり、同時に甘い擽ったさと妙な高揚感を覚えた。
「ジャスパー様、あの。ありがとうございます」
アイリーンは丁寧に礼をするが、彼は眉を寄せる。
「あのさぁ、アイリーン。〝様〟はやめてくれ」
「……え?」
「二年も文通して他人行儀だろ。文章の中では俺をそう呼ばなかっただろ?」
──なぁ、アイリーン? と、今一度呼ばれてアイリーンは目をしばたたく。
今まで見た事もない程に柔らかな笑み方だったので面食らってしまった。
精悍な顔立ちだが口が悪い。そしてどこか意地悪そう。そんな印象だが……こんなに優しい表情もするのかと。
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