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第二章 偽りの感情

2-3.樹海の外で向かえた初めての朝Ⅲ

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 ふと過ったのは彼と同じ名の鉱石だ。

 石英の集合体──ジャスパーは様々な顔を持つ。

 赤褐色や緑のもの、白いもの、まだら模様……と幅が広い。それと同じで、彼は様々な表情を持っている。果たしてどれが本当の彼か。

 いやに胸が早鐘を打ち、アイリーンの頬は紅潮する。

「……はい、ジャスパー」

 敬称も付けず呼ぶのは照れくさくて仕方ない。だが彼が満足げな顔をしているので釣られて少し頬がゆるんでしまった。

「あ、そうだよ。あとさ、食ってみたいとか行ってみたい場所があれば何だって言ってくれよ? 折角樹海から出られたんだ。外の世界を知って欲しい」

「外の世界……?」

「勿論、呪いの調査はやる。でも、それ以外の時間も充実してねぇと。連れ出したからには幸せでいて欲しいからな。出来る限りの望みは叶えてやりたいからな」

「ありがとうございます……」

 こんなに良い待遇を受けて罰が当たらないだろうか。妙な後ろめたさを覚えつつ、アイリーンは彼に頭を垂れて礼を言う。

 それから暫く雑談した後「仕事に戻る」と彼はベールの奥に消えて行った。

  *

 その日の晩までにアイリーンが驚いた事は多くあった。

 出されたパンが柔らかい事、見た事もない食べ物がたくさんある事。
 お菓子は頬が溢れ落ちそうな程に甘くて、お茶が薫り高く美味しい事。
 それから、動物の肉を初めて食べたが……噛むほどに味がある事。

 生まれて初めての経験ばかりで驚きの連発だったが、一番の驚きは従者が来るまでの間に世話係を寄越された事だ。

 身の回りの事をろくにできない事をジャスパーは見通していたのだろう。

 髪を切るのは数年に一度。長いだけではなく、ボリュームたっぷりなこの髪の手入れはとてもではなく自分一人では手に負えない。
 装束は辛うじて一人で着られるが……背中の留め具が外せない紐が上手に結べないなど、できない事があまりに多かった。だからこそ、この待遇は心底助かった。

 ──寄越された世話係はふくよかな初老の女だった。

 白髪まじりの長い栗毛を後ろで一本に三つ編みにした彼女は、親しみやすい笑顔を浮かべて「ヴァラ」と名乗った。

 ヴァラはアイリーンに挨拶を済ませるなり、クローゼットを片っ端から開けた。

 中には色とりどりのドレスや装飾品、靴などがたっぷりと用意されていた。
 これは全てジャスパーがこの日の自分の為に用意していたものだと……。

「丈のお直しが必要なものもありそうですが……きちんと直せますよ。私もお手伝いができる事とても楽しみにしておりました。ドレスとはいえ、軽装が多いので慣れればお一人でも着られるかと思います」

 この発言からして、彼は相当昔からこの連れ出しを計画していたのだと思しい。

 替えの服など考えていなかったので、清潔でいられる事は素直に助かったと思う。アイリーンは深々と礼を言うと、「ご本人に伝えれば、きっと喜びますよ」と彼女は優しく微笑んだ。

 更に驚いたのは、湯浴みの際に結晶を侵された肌を見ても彼女は顔色一つも変えずに、丁重に扱ってくれた事だろう。

「私、自分の事さえろくにできず、恥ずかしい気持ちでいっぱいです……」

 あまりに丁重な待遇は羞恥を越えて罪悪感を覚えた。しかしヴァラは「気に病まずに」と寄り添い宥めてくれた。
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