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第五章 願い望んだ終わる夢
5-12.廃墟の塔と厄災の真実Ⅲ
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「……ならば、私とジア・ル・トーに行きましょう」
以前、そこがどんな場所か夜の者たちの話もした事があるので彼も分かっている筈だ。これで彼が躊躇い逃げだすようであれば愛は本物ではない。〝命に代えてでも〟そんな言葉を軽々出した事を後悔するだろう。
そうは思ったが──彼は真摯に向き合い「行こう」と頷いた。
そうして二人は丘へ向かう。その頃には宵が迫る赤紫の空。丘一面に広がる薄紫のヒースの花園は焦げ臭い風の匂いで揺れていた。
辿り着いた時には完全なる日没だった。
反対側を見通せる塔の入り口には血のように赤い落陽──二人は導かれるように中に入り、シャーロットは夜の者たちに呼びかけた。
塔の上空に黒紫の幾何学模様が走り、幾重もの円を描き紋章が浮かび上がる。
そして開かれる天へと続く扉──シャーロットは〝烏合の軍勢を崩す滅びの力〟を借りたいと願った。その願いに夜の者たちの悪戯気な笑い声がケラケラと響き渡る。
『いいけどさぁ……見返りは高くつくよ』
心臓の底からビリビリと響く低くくぐもった声だった。
現れたのは、まさにおぞましい異形。
人間の顔に獅子の鬣。野獣の身体を持つ全てが真っ黒な生き物だった。
その手足や首は異様に長く、肋骨をはじめとする骨がボコボコと浮き上がっている。
顔立ちはアゲートと変わらぬ年端だろう。まるで彫刻のような精悍な面だ。しかし眼球の比率は異様に大きい。
強膜は真っ黒に濁っており爬虫類のように尖った瞳孔の金の瞳がギョロギョロと動き回っているので、見るだけで不安定な気持ちになる。
当然だが、アゲートにはこれが見えていない。声だって聞こえていない。
彼はただ呆然と空を見上げたままだった。
「構いません、見返りはきちんと払います」
シャーロットが答えてすぐだった。まるで全身の熱を奪われるよう身体が凍てつく心地がした。全身の骨が砕かれるように酷い痛みが走り、ピシピシと何かが自分の中で暴れ回る。
ふと自分の手に視線を向けると薔薇色の結晶が鱗のように生え始め、シャーロットは悶え苦しみ悲鳴をあげる。
それに共鳴するように隣から叫びが響く。
ふと視界に映った彼の身体からは鈍色の物質が身体から突き出していた。骨が曲がり折れる音だろうか。ギシギシと軋んだ音が響き、彼はたちまち異形となり果てる。
──顔だけはアゲートのまま。しかし、身体は殆ど人の原形など留めておらず、夜の者とそう変わらない。
喩えるなら鉄の鳥。しかし、様々な動物を混ぜた異常骨格なので異形の怪物としか言いようもない。
変貌を遂げようが、彼は苦しげに叫び悶え続けたままだった。しかし次の瞬間、アゲートだったものは大きく目を瞠り一際大きな叫びをあげる。
その途端──彼の身体はジワジワと赤茶色の錆が広がり始める。
『あ~らら。おれ優しいから、無償で君の恋人にも同じ力を授けてあげようと思ったけど、普通の人間だし少し無理があったみたいだこりゃ』
軽い調子でと謝られるが、そんなの頼んでいないし、ここまで無様なものと誰が予想するものか。
アゲートの身はたちまち全身が錆び付き悲鳴が止まる。
そして次の瞬間──彼だったものは音を立ててボロボロと崩れ落ちた。
「アゲート……嫌、うそ……そんな……ぁあああ」
夜の者と関われば、命を奪われる事くらい初めから分かっていた筈なのに、止め処なく涙は溢れて止まらない。
彼はそれを分かって着いてきた。
試すも何も彼は頷いた時点で本気だったのだ。
復讐心を満たしたいとはいえ、こんな光景を見たかった訳ではない。彼が苦しみ死ぬ所を見て嬉しい訳がない。
愛した相手だ。初めて好きになった人だ。
夜会の庭園で話をした時の事。
何度も重ねた逢瀬。
二人寄り添い歩める未来を何度夢見た事か……。
シャーロットは顔を歪めて泣き叫ぶ。
以前、そこがどんな場所か夜の者たちの話もした事があるので彼も分かっている筈だ。これで彼が躊躇い逃げだすようであれば愛は本物ではない。〝命に代えてでも〟そんな言葉を軽々出した事を後悔するだろう。
そうは思ったが──彼は真摯に向き合い「行こう」と頷いた。
そうして二人は丘へ向かう。その頃には宵が迫る赤紫の空。丘一面に広がる薄紫のヒースの花園は焦げ臭い風の匂いで揺れていた。
辿り着いた時には完全なる日没だった。
反対側を見通せる塔の入り口には血のように赤い落陽──二人は導かれるように中に入り、シャーロットは夜の者たちに呼びかけた。
塔の上空に黒紫の幾何学模様が走り、幾重もの円を描き紋章が浮かび上がる。
そして開かれる天へと続く扉──シャーロットは〝烏合の軍勢を崩す滅びの力〟を借りたいと願った。その願いに夜の者たちの悪戯気な笑い声がケラケラと響き渡る。
『いいけどさぁ……見返りは高くつくよ』
心臓の底からビリビリと響く低くくぐもった声だった。
現れたのは、まさにおぞましい異形。
人間の顔に獅子の鬣。野獣の身体を持つ全てが真っ黒な生き物だった。
その手足や首は異様に長く、肋骨をはじめとする骨がボコボコと浮き上がっている。
顔立ちはアゲートと変わらぬ年端だろう。まるで彫刻のような精悍な面だ。しかし眼球の比率は異様に大きい。
強膜は真っ黒に濁っており爬虫類のように尖った瞳孔の金の瞳がギョロギョロと動き回っているので、見るだけで不安定な気持ちになる。
当然だが、アゲートにはこれが見えていない。声だって聞こえていない。
彼はただ呆然と空を見上げたままだった。
「構いません、見返りはきちんと払います」
シャーロットが答えてすぐだった。まるで全身の熱を奪われるよう身体が凍てつく心地がした。全身の骨が砕かれるように酷い痛みが走り、ピシピシと何かが自分の中で暴れ回る。
ふと自分の手に視線を向けると薔薇色の結晶が鱗のように生え始め、シャーロットは悶え苦しみ悲鳴をあげる。
それに共鳴するように隣から叫びが響く。
ふと視界に映った彼の身体からは鈍色の物質が身体から突き出していた。骨が曲がり折れる音だろうか。ギシギシと軋んだ音が響き、彼はたちまち異形となり果てる。
──顔だけはアゲートのまま。しかし、身体は殆ど人の原形など留めておらず、夜の者とそう変わらない。
喩えるなら鉄の鳥。しかし、様々な動物を混ぜた異常骨格なので異形の怪物としか言いようもない。
変貌を遂げようが、彼は苦しげに叫び悶え続けたままだった。しかし次の瞬間、アゲートだったものは大きく目を瞠り一際大きな叫びをあげる。
その途端──彼の身体はジワジワと赤茶色の錆が広がり始める。
『あ~らら。おれ優しいから、無償で君の恋人にも同じ力を授けてあげようと思ったけど、普通の人間だし少し無理があったみたいだこりゃ』
軽い調子でと謝られるが、そんなの頼んでいないし、ここまで無様なものと誰が予想するものか。
アゲートの身はたちまち全身が錆び付き悲鳴が止まる。
そして次の瞬間──彼だったものは音を立ててボロボロと崩れ落ちた。
「アゲート……嫌、うそ……そんな……ぁあああ」
夜の者と関われば、命を奪われる事くらい初めから分かっていた筈なのに、止め処なく涙は溢れて止まらない。
彼はそれを分かって着いてきた。
試すも何も彼は頷いた時点で本気だったのだ。
復讐心を満たしたいとはいえ、こんな光景を見たかった訳ではない。彼が苦しみ死ぬ所を見て嬉しい訳がない。
愛した相手だ。初めて好きになった人だ。
夜会の庭園で話をした時の事。
何度も重ねた逢瀬。
二人寄り添い歩める未来を何度夢見た事か……。
シャーロットは顔を歪めて泣き叫ぶ。
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