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Chapter7.迷える機甲と赦しの花
7-1.終戦で変わる世界
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あの別れから半年後──終戦を迎えた。
テオファネスやカサンドラの口から何度か聞かされた敗北だ。だからこそ、大きな衝撃を覚えやしなかったものの、敗戦理由を知りアルマは塞ぎ込んでしまった。
──最後の決戦となった、シュタール北東部での戦闘で、同盟軍は所有する限りの火力を用い、動く機甲を全て出したらしい。
機甲兵は盾となり刃となり、最前線で砲弾や地雷、銃器と悍ましい火力を浴びて皆事切れたそうだ。
それどころか、一万人以上動員された同盟軍の生存者は百も満たぬ程と数少なく、降伏する以外に道は無く壊滅に至った。
そう。テオファネスの生存に希望は皆無だった。この残酷な現実にアルマは目の前が真っ暗に閉ざされ、部屋から出る事も出来なくなってしまった。
テオファネスは、エーデルヴァイスの皆や院長、レオンとロルフをはじめとする孤児院の子供達に手紙を残していた。
その内容は非常に細やかで、感謝の言葉や激励を綺麗な書体で綴っていた。
勿論アルマ宛てに手紙はあった。しかし、〝ごめんな、必ず帰ってくる。待っていてとは言えない〟と二行だけ。その上、筆跡は皆に宛てたものとは違い酷く震えており、水滴が垂れたのかインクが滲んでいた。
泣きながら書いたのだと想像は容易かった。他に言う言葉が見当たらなかったのだろうと手に取るように想像出来た。
更に、彼の残したスケッチブックを見てアルマは言葉を失った。
日記を見るのと同じ。人の所有物を勝手に見るのは如何なものかと思って、今までアルマは彼のスケッチブックを見なかったが、何を描いていたかの大凡は知っているつもりだった。
彼は風景画や静物画ばかりを描いていた筈だが……後ろのページからめくると、そこには沢山のアルマの姿があった。端に記載された日付を見ると丁度夏の頃から。テオファネスは月に一枚ほどアルマの絵を描いていたのだ。
……ぼさぼさの三つ編み頭で目を細めて怒る顔や明るい笑顔、祈る姿。カモマイルの花を抱える姿など。
その中でもアルマが驚いたものは、今年一月に描かれたものだ。
それは水の中を描いたものだった。しかし背景は、高々とそびえる霊峰ザルツ・ザフィーア。牧草地と修道院など……ヴィーゼンの風景の象徴が描かれている。顔の無い魚が沢山泳いでおり、数々の泡の中には海の景色や瓦礫の山、戦火が揺らいでいた。
その中心で天使の羽根を生やした自分が、沈み行く顔も無い青年に手を伸ばした絵だ。
そう、その青年の半身は機械仕掛けで……。
鉛筆で描かれた白黒の絵だが、鮮明に色彩が頭に浮かぶ。忘れる筈も無い。彼の心の中に飛び込んだあの日を思い出すからだ。
初めて想いを伝え合った日──切なくも暖かな記憶だった。しかし、今ではそれは悲しいものに変わり果ててしまい、アルマは失意の底に落とされた。
泣き暮れる日々は半年近く続いた。当然のように修道院には戻れない。両親と院長の相談結果、アルマは力を保有しながらエーデルヴァイスを脱退した。
それでも、院長や皆が何度も見舞いに来てくれたが、アルマは部屋から出る事が出来なかった。毎日結っていた三つ編みも結わなくなり、艶を失った柑子色の髪は伸び放題。家族が寝静まった後、かろうじて毎日風呂に入るが、食事は一日に二度食べれば良い所。
活発でガサツ……そう呼ばれたアルマはもうどこにもおらず、非常にみすぼらしい姿になってしまった。
しかし、そんなアルマに突如として転機は訪れた。
両親がエーファを養子として迎え入れたのだ。ホリデーに帰省した際、彼女の生い立ちを知り、帰省する家も無い事を不憫に思った事もあろうが、一番は将来を見越しての事。
力を失った後、修道女になる以外にもきっと道はあるだろうと……。
修道女になってしまえば結婚出来ない。両親は他のエーデルヴァイスの少女達のようにエーファにも将来の選択肢を増やしたいと願い、彼女を家族として迎え入れたいと院長に申し出たのである。院長はこれを快諾した。当のエーファ自身も、それはもう大変喜んだらしい。
そう。アルマは戸籍上エーファの姉になったのである。
だが、これは親が勝手に決めた事。アルマは完全に無関心だった。
しかし、どうしてもアルマに会いたいと家にやってきたエーファが部屋の前で泣いた事でアルマの時間は再び動き始めた。
「私も悲しいよ。私、お兄さんの事もアルマの事も大好きだもの。お願いアルマ顔が見たい。アルマはエーファが妹になるの迷惑だった? だとしたら顔を見て謝りたいの」
──そうじゃなければ、顔を見てお姉ちゃんって呼ばせて。
会いたい。と、啜り泣く声に罪悪感が募り、突っ撥ねる事なんて出来なかった。
そう。辛いのは何も自分だけで無いと思い知り、以前とは正反対……アルマはエーファに救われたのであった。
テオファネスやカサンドラの口から何度か聞かされた敗北だ。だからこそ、大きな衝撃を覚えやしなかったものの、敗戦理由を知りアルマは塞ぎ込んでしまった。
──最後の決戦となった、シュタール北東部での戦闘で、同盟軍は所有する限りの火力を用い、動く機甲を全て出したらしい。
機甲兵は盾となり刃となり、最前線で砲弾や地雷、銃器と悍ましい火力を浴びて皆事切れたそうだ。
それどころか、一万人以上動員された同盟軍の生存者は百も満たぬ程と数少なく、降伏する以外に道は無く壊滅に至った。
そう。テオファネスの生存に希望は皆無だった。この残酷な現実にアルマは目の前が真っ暗に閉ざされ、部屋から出る事も出来なくなってしまった。
テオファネスは、エーデルヴァイスの皆や院長、レオンとロルフをはじめとする孤児院の子供達に手紙を残していた。
その内容は非常に細やかで、感謝の言葉や激励を綺麗な書体で綴っていた。
勿論アルマ宛てに手紙はあった。しかし、〝ごめんな、必ず帰ってくる。待っていてとは言えない〟と二行だけ。その上、筆跡は皆に宛てたものとは違い酷く震えており、水滴が垂れたのかインクが滲んでいた。
泣きながら書いたのだと想像は容易かった。他に言う言葉が見当たらなかったのだろうと手に取るように想像出来た。
更に、彼の残したスケッチブックを見てアルマは言葉を失った。
日記を見るのと同じ。人の所有物を勝手に見るのは如何なものかと思って、今までアルマは彼のスケッチブックを見なかったが、何を描いていたかの大凡は知っているつもりだった。
彼は風景画や静物画ばかりを描いていた筈だが……後ろのページからめくると、そこには沢山のアルマの姿があった。端に記載された日付を見ると丁度夏の頃から。テオファネスは月に一枚ほどアルマの絵を描いていたのだ。
……ぼさぼさの三つ編み頭で目を細めて怒る顔や明るい笑顔、祈る姿。カモマイルの花を抱える姿など。
その中でもアルマが驚いたものは、今年一月に描かれたものだ。
それは水の中を描いたものだった。しかし背景は、高々とそびえる霊峰ザルツ・ザフィーア。牧草地と修道院など……ヴィーゼンの風景の象徴が描かれている。顔の無い魚が沢山泳いでおり、数々の泡の中には海の景色や瓦礫の山、戦火が揺らいでいた。
その中心で天使の羽根を生やした自分が、沈み行く顔も無い青年に手を伸ばした絵だ。
そう、その青年の半身は機械仕掛けで……。
鉛筆で描かれた白黒の絵だが、鮮明に色彩が頭に浮かぶ。忘れる筈も無い。彼の心の中に飛び込んだあの日を思い出すからだ。
初めて想いを伝え合った日──切なくも暖かな記憶だった。しかし、今ではそれは悲しいものに変わり果ててしまい、アルマは失意の底に落とされた。
泣き暮れる日々は半年近く続いた。当然のように修道院には戻れない。両親と院長の相談結果、アルマは力を保有しながらエーデルヴァイスを脱退した。
それでも、院長や皆が何度も見舞いに来てくれたが、アルマは部屋から出る事が出来なかった。毎日結っていた三つ編みも結わなくなり、艶を失った柑子色の髪は伸び放題。家族が寝静まった後、かろうじて毎日風呂に入るが、食事は一日に二度食べれば良い所。
活発でガサツ……そう呼ばれたアルマはもうどこにもおらず、非常にみすぼらしい姿になってしまった。
しかし、そんなアルマに突如として転機は訪れた。
両親がエーファを養子として迎え入れたのだ。ホリデーに帰省した際、彼女の生い立ちを知り、帰省する家も無い事を不憫に思った事もあろうが、一番は将来を見越しての事。
力を失った後、修道女になる以外にもきっと道はあるだろうと……。
修道女になってしまえば結婚出来ない。両親は他のエーデルヴァイスの少女達のようにエーファにも将来の選択肢を増やしたいと願い、彼女を家族として迎え入れたいと院長に申し出たのである。院長はこれを快諾した。当のエーファ自身も、それはもう大変喜んだらしい。
そう。アルマは戸籍上エーファの姉になったのである。
だが、これは親が勝手に決めた事。アルマは完全に無関心だった。
しかし、どうしてもアルマに会いたいと家にやってきたエーファが部屋の前で泣いた事でアルマの時間は再び動き始めた。
「私も悲しいよ。私、お兄さんの事もアルマの事も大好きだもの。お願いアルマ顔が見たい。アルマはエーファが妹になるの迷惑だった? だとしたら顔を見て謝りたいの」
──そうじゃなければ、顔を見てお姉ちゃんって呼ばせて。
会いたい。と、啜り泣く声に罪悪感が募り、突っ撥ねる事なんて出来なかった。
そう。辛いのは何も自分だけで無いと思い知り、以前とは正反対……アルマはエーファに救われたのであった。
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