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Chapter7.迷える機甲と赦しの花
7-2.水底のエーデルヴァイス
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そうして終戦から三年の月日が流れ……アルギュロスは滅び、新たな国が数国生まれ、国境は変わるなど世界は大きく変わりつつあった。
長閑なヴィーゼンではあるが、修道院内は随分と変わったそうである。
まず、ゲルダが一年前に力を失いエーデルヴァイスを退いた。
そんな彼女は想いを寄せていた幼馴染みと結婚し、現在一児の母となろうとしている。そして数ヶ月前……新たな天使の力を継ぐ者が出現し、修道院にやってきたばかり。
寄贈物を届けがてら日曜参拝に来たアルマは、今先程ほどそんな話をアデリナから聞いた。
穏やかな陽光の降り注ぐ陽光の中庭で、ヒラヒラと生成り色のリネンが揺れている。それを見つめつつ、アルマはアデリナと礼拝が始まるまでの時間を潰していた。
「そうなんだ。で、新しい日曜の天使はどんな子なの?」
「とってもしっかりした子よ? 未だ十三歳だけど。エーファの二つ年下かしら」
顔も性格も違うでしょうが、ゲルダと性質が似ている。と、アデリナは笑みつつ言う。
もうすっかり二十歳。少女から女へ。アデリナはより美しくなった。以前が天使であれば、今では女神のよう。艶やかな亜麻色の髪は更に伸び、彼女は麗しい女になった。
そしてアルマ自身も髪が伸び、今では腰につく程の髪を緩く三つ編みにして結っている。その髪はしっかりと艶が蘇り以前よりもツヤツヤとした光沢があった。しかし雑は相変わらず。少しピンピンと飛び出た後れ毛があり、それを気にしてアルマは指先で撫でていた。
「そういえば先代と性質がどことなく似てるって、私達も昔言われたよね?」
「そうねぇ。金曜は小賢しい。火曜は図太くて雑って……確か、エーファの先代になる土曜の人だったかしら」
先代の土曜の天使は、非常に物静かだったが、グサグサと毒を吐く人だった。それ同時に思い浮かべたのだろう。アルマとアデリナは直ぐに顔を見合わせる。
「……エーファ、そのうち毒を吐き始めなきゃいいけど」
「そうね、でももう手遅れかも。レオンとロルフに対して凄いのなんの……」
そんな事を言いつつアデリナが視線を向けた方には、アルマの持ってきたチーズやバターを双子に運ばせるエーファの姿がある。
双子はエーファと同い年。十五歳に成長した彼らは身長も伸び、少年から青年に向かっていた。来年には孤児院を出る事になる。生意気でやんちゃそうなのは相変わらずだが、それでも一歩ずつ大人に近付いている事もあって、完全に落ち着きつつあった。
何やら和気藹々としているが「しっかりしないさいよ」なんてエーファの愛らしい声の檄が聞こえてくる。
あれが本当に二年前のいじめっ子といじめられっ子と思えない。
不思議な雰囲気を未だ纏うものの、十五歳になったエーファは以前よりも明るく可憐になった。本当によく喋るようになり、今では赦しの力を用いた務めにも入っているそうだ。
しかし、それにしては気が強くなった気がする……。
否、あれは多分……父の影響もありそうだが。そうだ間違いなくその所為だ。アルマが頭を抱えた矢先だった。
どこからかアルマの名を呼ぶ懐かしい声が聞こえてくる。今度はそちらに目をやると小走りで駆け寄るゲルダの姿があった。そのお腹はふっくらと丸く膨らんでおり、すっかり母の顔になっている。
彼女も日曜参拝には比較的よく足を運ぶが、見かけるのは随分久しいが……。
「ちょ、ちょっとゲルダ! 妊婦さんが走っちゃダメでしょ!」
慌ててアルマが駆け寄りゲルダを止めるが、血相を変えた彼女は「いいから見て」と、新聞を手渡した。
「新聞……?」
何の事やら。とアルマが新聞を開いて直ぐだった。新聞の半面にはどこか見覚えがある絵が大きく掲載されている。
それは、水底に沈んだヴィーゼンの景色だった。
顔の無い半身機械仕掛けの青年に手を差し伸べる翼の生えた少女の姿。明らかに見覚えのあるものだった。
──国籍を持たぬスピラス系のシュタール軍元特殊兵の描いた作品。その作品名は〝迷える機甲と赦しの花〟と。
旧アルギュロスよってスピラス人は迫害人種に指定されていたが、旧アルギュロスで起きた民衆派の反戦運動の中で人権が見直された。彼はこの絵により栄誉を讃えられ、ベルシュタインの国籍を得たと……。
匿名とされ名は記載されていないが、間違いなくテオファネスに違いないとアルマは直ぐに理解する。そう、この絵の原画をアルマ自身が持っているのだから。
テオファネスは生きている。
嘘のような事実にアルマの瞳には大粒の涙が伝い落ちた。
長閑なヴィーゼンではあるが、修道院内は随分と変わったそうである。
まず、ゲルダが一年前に力を失いエーデルヴァイスを退いた。
そんな彼女は想いを寄せていた幼馴染みと結婚し、現在一児の母となろうとしている。そして数ヶ月前……新たな天使の力を継ぐ者が出現し、修道院にやってきたばかり。
寄贈物を届けがてら日曜参拝に来たアルマは、今先程ほどそんな話をアデリナから聞いた。
穏やかな陽光の降り注ぐ陽光の中庭で、ヒラヒラと生成り色のリネンが揺れている。それを見つめつつ、アルマはアデリナと礼拝が始まるまでの時間を潰していた。
「そうなんだ。で、新しい日曜の天使はどんな子なの?」
「とってもしっかりした子よ? 未だ十三歳だけど。エーファの二つ年下かしら」
顔も性格も違うでしょうが、ゲルダと性質が似ている。と、アデリナは笑みつつ言う。
もうすっかり二十歳。少女から女へ。アデリナはより美しくなった。以前が天使であれば、今では女神のよう。艶やかな亜麻色の髪は更に伸び、彼女は麗しい女になった。
そしてアルマ自身も髪が伸び、今では腰につく程の髪を緩く三つ編みにして結っている。その髪はしっかりと艶が蘇り以前よりもツヤツヤとした光沢があった。しかし雑は相変わらず。少しピンピンと飛び出た後れ毛があり、それを気にしてアルマは指先で撫でていた。
「そういえば先代と性質がどことなく似てるって、私達も昔言われたよね?」
「そうねぇ。金曜は小賢しい。火曜は図太くて雑って……確か、エーファの先代になる土曜の人だったかしら」
先代の土曜の天使は、非常に物静かだったが、グサグサと毒を吐く人だった。それ同時に思い浮かべたのだろう。アルマとアデリナは直ぐに顔を見合わせる。
「……エーファ、そのうち毒を吐き始めなきゃいいけど」
「そうね、でももう手遅れかも。レオンとロルフに対して凄いのなんの……」
そんな事を言いつつアデリナが視線を向けた方には、アルマの持ってきたチーズやバターを双子に運ばせるエーファの姿がある。
双子はエーファと同い年。十五歳に成長した彼らは身長も伸び、少年から青年に向かっていた。来年には孤児院を出る事になる。生意気でやんちゃそうなのは相変わらずだが、それでも一歩ずつ大人に近付いている事もあって、完全に落ち着きつつあった。
何やら和気藹々としているが「しっかりしないさいよ」なんてエーファの愛らしい声の檄が聞こえてくる。
あれが本当に二年前のいじめっ子といじめられっ子と思えない。
不思議な雰囲気を未だ纏うものの、十五歳になったエーファは以前よりも明るく可憐になった。本当によく喋るようになり、今では赦しの力を用いた務めにも入っているそうだ。
しかし、それにしては気が強くなった気がする……。
否、あれは多分……父の影響もありそうだが。そうだ間違いなくその所為だ。アルマが頭を抱えた矢先だった。
どこからかアルマの名を呼ぶ懐かしい声が聞こえてくる。今度はそちらに目をやると小走りで駆け寄るゲルダの姿があった。そのお腹はふっくらと丸く膨らんでおり、すっかり母の顔になっている。
彼女も日曜参拝には比較的よく足を運ぶが、見かけるのは随分久しいが……。
「ちょ、ちょっとゲルダ! 妊婦さんが走っちゃダメでしょ!」
慌ててアルマが駆け寄りゲルダを止めるが、血相を変えた彼女は「いいから見て」と、新聞を手渡した。
「新聞……?」
何の事やら。とアルマが新聞を開いて直ぐだった。新聞の半面にはどこか見覚えがある絵が大きく掲載されている。
それは、水底に沈んだヴィーゼンの景色だった。
顔の無い半身機械仕掛けの青年に手を差し伸べる翼の生えた少女の姿。明らかに見覚えのあるものだった。
──国籍を持たぬスピラス系のシュタール軍元特殊兵の描いた作品。その作品名は〝迷える機甲と赦しの花〟と。
旧アルギュロスよってスピラス人は迫害人種に指定されていたが、旧アルギュロスで起きた民衆派の反戦運動の中で人権が見直された。彼はこの絵により栄誉を讃えられ、ベルシュタインの国籍を得たと……。
匿名とされ名は記載されていないが、間違いなくテオファネスに違いないとアルマは直ぐに理解する。そう、この絵の原画をアルマ自身が持っているのだから。
テオファネスは生きている。
嘘のような事実にアルマの瞳には大粒の涙が伝い落ちた。
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