一獣一妻 ~異世界へ嫁候補として連れてこられたけど、どうやら人間は憎悪の対象のようです

珠羅

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3 お見合いの説明を求む

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 金切声で泣き叫ぶ声は一つではない。まるで感染するかのように、一人が泣き出すと周りの女たちも、恐怖に引きつった叫びや、ただ嗚咽を漏らしだした。

 お見合いでなぜこんな状況になるのか、しかも彼女たちの叫び声には尋常じゃない言葉が含まれている。

―――ケダモノたちの借り腹になんてなりたくない―――
 到底無視できない言葉だった。
 少なくとも、彼女たちが大声で叫んだことで、落ち着いて座っていたように見えた、青い花も赤い花も、顔色はより一層悪い。
 あまりの異様な雰囲気に世奈は唖然とする。ドッキリ番組ってここまで作り込んでいるものなのだろうか?そんなテイストなのか?けれど、相手役の男性陣も普通ではなかった。これが番組のウリなのかも?などと、あれこれ考える。
 けれど、初めから感じていた違和感を考えると納得は出来る。それに、彼らのアレが本物なのならば、ケダモノと言った彼女たちの言葉も理解できる。

「・・・・ちょっと、アティーネ、どういうことなの?きちんと説明して!!」
 美緒の顔が強張るのを、アティーネは顔色一つ変えることなく見つめる。

 扉から入ってきた執事は、まっすぐにアティーネの元へやってくると、書類を手渡した。それを受け取り、ぺらぺらとページを捲り書類を確認して、アティーネは執事に書類を返す。
「マッチングは終了ね。それなら、青以下の花を案内しておいて」
 執事は深く礼をして、アティーネから離れる。そうすると、周りで甲斐甲斐しく女性の世話をしていた者たちが全て、彼女たちを取り囲み、二人、三人がかりで部屋の外へ連れ出していく。

「嫌よ嫌!!誰か!!誰か助けて!!嫌あぁぁぁ!!」
 抵抗空しく、二人ないしは三人に抱えられて、彼女たちは皆まるで罪人のように部屋から連れ出されるが、その叫び声は廊下に出ても聞こえている。

 険しい顔で、娘たちを見送ったアティーネは、こちらに振り返ると、何事もなかったかのように、輝かしい笑顔を見せた。

「だからね?あの状態で、普通にお見合いが出来ると思う?出来ないでしょ?だから、相手のプロフィールや釣書なんて、何の役にも立たないのよ。顔だけでも見てもらうしかないわけ」
なんてことない顔で、説明を受けるのを、世奈は無表情で、そして、美緒は引き攣った顔で聞いた。

 確かにあの錯乱状態の彼女たちにお見合いは無理だと思う。
 けれど、そもそも、お見合いとは、望んで望まれて結婚相手を見つめる場所だと、認識している。
 それが、恐怖におののく相手に嫁ぐのが、ここではお見合いの常識なのだろうか?

「彼女たちのあの状況、普通じゃないですよね?何故あんな状態の彼女たちがお見合いを?そんなに不満なら、お見合いなど断ればいいのに・・・」

 どう考えても、お見合い相手に不満があり、彼らにただならぬ程の恐怖心を抱いている。これがドッキリ番組の狙いなのかと考えるが、アレが演技だとはとても思えない。
「いやぁぁーーーーー」
 誰かの叫び声が遠くに聞こえて、バタンと、扉が閉まる音がして、ハッとして、世奈は顔をあげた。

「彼女たちの恐怖の理由を聞いても?」
 先ほど遠くから見た男性達はけして、狼藉を働くような人には見えなかった。そこまで彼女たちが胸腹を抱き、絶叫する理由に何があるのだろう。

 三人しかいなくなった広い会場で、世奈の静かな声に、アティーネは深くため息を吐いた。



 この世界には、所謂、人間と、別の種族が存在する。
 亜人種と分類された彼らは、数百年前は弱く小さかった。亜人には獣人と蟲人がいて、どちらも知能は低い。なかでも、獣人は人間の愛玩動物として、愛されていた。
 けれど、人間の中には、愛玩動物に虐待を強いる者もいる。
 虐げられる獣人に、神が彼らに進化を促し、高い知能と力を分け与えた。そうする事によって引き起こされる悲劇を考えもせずに。ただ弱い者たちを助けたくて手を差し伸べたつもりが、とんでもないことを引き起こすことになるとは思いもしなかった。

 爪と、牙、そして大きな体躯を手に入れた亜人は、人間に牙をむいた。
 
 そうして、人間と獣人はお互い戦い、結果、戦争を引き起こすことになった。

 その戦争によって、人は多くの命を失った。種族が違う故の差別や戦争。それの爪痕が、憎しみとして残った。

 そうなって、やっと神は自分の起こした過ちに気が付き、世界を二つに分けた。

 別れた世界で、人はゆっくりと営みを取り戻し、惨殺により激減していた人族は数を増やしたが、その一方で、獣人たちは進化の過程で、子供が出来にくい体質となった。
 しかし、奴隷として、または慰み者として、連れ帰ってきた人間は、亜人と交配し、子供を産むことが出来る。それに気が付きはしても、すでに別れた世界を行き来することは不可能だった。
 
 ゆっくりと滅亡へと進む獣人族。
 しかしながら、彼らには彼らの生きる意味がある。

 国交の途絶えた、人間と獣人は、時々発生する、害虫、害獣を駆除することを獣人が行う代わりに、数年に一度、花嫁を提供する。そうする事で、お互い関わらない約束をした。 


「けれどね、獣人を虐待した人間は、一部の人間だけだったし、人間を虐殺した者も一部の獣人だけだった。誰もがみんな、そんな残虐性を持っていたわけじゃないのよ」


 生態ピラミッドの頂点にいた人間は、ある日、自分たちより格下だと思っていた獣人に、あっという間に立場を逆転させられた。
 目の前で繰り広げられる残虐な行為は、きっと、魂に刻み込まれるほどの恐怖だっただろう。そう思えば、彼女たちの態度も納得できる。
 けれど、生き物にはそれぞれに、生存する意味がある。

 それは、人は命を繋ぎ、獣人は、害獣、害虫を駆除する。
 そうやって、本来ならお互い支えながら、共存していくべきなのだ。

 そして、嫁に選ばれた彼女たちには拒否権はなく、必ず誰かの元へ嫁いでいくのだと。

 「まぁ、彼らが人族から嫁を迎えるには理由があるのよ。種族の存続の為、やまれぬ理由があるのは理解して頂戴」

「これって、ドッキリとかじゃないんです・・・よ ね?」
 今まで楽観視してきたのは、これが本当は『お見合いに強制参加させられたら~』のドッキリだったら面白いのに、と思っていた世奈だった。
 だって、事実いきなり、別会場に連れ込まれて、強制見合いという、結婚は決定事項みたいなことを言われては、誰だってそう思う。
 遠目から見てきた相手達の姿だって、まるで仮装パーティーに参加しているような装いだったのだから。

「ドッキリ?いいえ、この世界の、現実よ」
 アティーネの悲しみに伏せた瞳を見て、世奈は言葉を飲み込んだ。
 
 そして、世奈は自分の部屋を思い出す。
 何もない部屋。女性らしさからは程遠い、何もない、空っぽの部屋。


「・・・・わかりました。お見合い、お受けします」
世奈の言葉にはじかれたように、アティーネが顔をあげた。
黙って聞いていた美緒は、驚愕に目を見開く。
「ちょ、ちょっと世奈、何言ってるのよ!!今さっきの話を聞いていたの?あいつらは野蛮で恐ろしい種族なんでしょう?私たちには関係ない話よ!」
美緒が世奈の腕を掴む。

「私を、望んでくれた人は居たんですか?」
 世奈は美緒を見ることなく、アティーネを見つめたまま問うた。

「・・・ええ」
アティーネの返事に、世奈はにっこりと笑う。
「じゃぁ、その人のところに嫁ぎます」
「世奈!!何言ってるの!!!」

 美緒が叫んで世奈の言葉を遮り、肩を力を込めて掴み、揺さぶる。
 前後に揺らされて、世奈の頭ががくがくと揺れた。

「世奈・・・・あんた、今の話を聞いてたの?」
 美緒は少し青ざめた顔で世奈を見つめた後、世奈の肩から手を離し、震える自分の手を握り締めた。
「もちろん聞いてました。私は女神様直々の勧誘なんですから、もちろん特別推薦なんですよね?」
 世奈はにっこり笑って、アティーネに確認を取るように視線を向けると、彼女は微笑みを返す。

「・・・・向こうに未練はないの?」
「ないですね。寧ろ、戻れないなら願ったりですよ」
 本当にすがすがしい顔で笑って見せると、美緒は一瞬だけ傷ついた顔をした。

 入社した当初から、席の近かった先輩だ。あれこれと気にしてくれて、世話を焼いてくれた。時には正直、面倒見が良すぎて、うざったいと思ったこともあったけれど、誰にも言えない悩みを聞いてくれて、そっとフォローしてくれるような優しい人だ。

「美緒先輩、ありがとうございました。本当に本当、色々と感謝しています」
 世奈がにこりと笑うと、美緒はそれ以上何も言えなくなって泣きそうな顔になって口を噤んだ。
 美緒は世奈の置かれている環境を知っているがゆえに、彼女の決心を止めることは出来ない。
「・・・・本当に大丈夫・・・なの?」
「きっとなるようになりますよ。大丈夫ですから、だから、先輩は安心して戻ってください」
 美緒の震える手を世奈はそっと包み込むように握った。

「アティーネ様、私はここに残ります。ですから、先輩は元の世界に帰してください。お願いします」

 世奈の申し出に、アティーネは思案しつつも美緒の様子をみた、彼女は、口角を引き上げた。
「わかったわ。美緒先輩はご帰還していただくわ」

 アティーネの言葉に、世奈は美緒に抱きついた。
「先輩、本当にありがとうございました」
 ぎゅっと、背中に回した腕に力を込めた後、すっと世奈は離れて、アティーネに向き合う。

「では、よろしくお願いします」
 頭を下げた世奈を、美緒は唖然と見つめていた。



「では、世奈を送ってくるから、貴女はここで待ってて頂戴」
美緒を一人、会場に残して、世奈とアティーネは廊下を進む。
先ほどと同じ扉を抜けて部屋に入ると先ほど除いた窓とは別の扉に向かう。

「いいのね?」
アティーネの確認の言葉に、世奈はうなずく。

「貴方の荷物は送っておくから。それと、女神のギフトも付けておくわ」
荷物とギフトが何かなど聞く間もなく、扉は開けられた。




「お待たせ。貴方の花嫁になる娘よ」

 見上げた先には、金色に輝く髪、少し長めの前髪の奥に見えるのは、薄い青みかかったグレーの瞳。
 美青年と言うにふさわしい整った顔に、意志の強そうな眉。
 浅黒い肌と、大きな体躯は長身で世奈より頭一つ分以上高い。
 ラフな白いシャツと黒いズボンにブーツ、腰には二本の剣を挿している。

 純日本人である世奈は髪も真っ黒な直毛だし、瞳も黒い。目はパッチリ二重のたれ目だが、鼻は消して高くはないし、綺麗な顔立ちとは言えないと思う。良くも悪くも平均的だと思っている。そんな自分が、こんな現実離れした綺麗な人に選ばれたなど、俄かに信じられない。


 じっと見上げると、男は侮蔑と哀れみのこもった目で、私を見下ろしていた。


「秋羽 世奈です。よろしくお願いします」
 慌てて、ぺこりと頭を下げて、お辞儀をすると、男は目を見開いて、驚いた顔をした。

「・・・・・狼族、牙の部族の族長、マティアス・ファン・シュヴァイツァールだ」
 落ち着いたバリトンの低めの声で彼はそれだけ言うと、口を噤んだ。

「・・・・シュヴァイツアール様・・・?」
 名前はやっぱり英語っぽいんだなぁと、世奈は考えつつも、まっすぐ彼を見つめた視線は無意識に彼の足元から頭の上までをしげしげと眺めた。

「・・・それ、本物・・・なんですよね?」
 頭の上にある、それ・・。金色の髪の中にある、同じ金色の毛皮に覆われた三角の耳は、警戒丸出しに前を向いて立っている。
 狼族だと、彼は言ったのなら、アレは狼の耳なのだろうかと、考えていると、ためらいがちに彼の言葉が降ってきた。

「お・・・お前は、泣き叫ばないのか・・・・?」
言葉の意味を理解するのに、一瞬考えて、先ほどの別の娘たちの事を思い出して、あぁそうか、と、頷く。
「何故ですか?危害を加えられたわけじゃないですし、大丈夫ですよ」
 世奈の言葉に、彼の三角の獣の耳がぴくぴくと動く。かわいいなぁと、思いながら、顏じゃなくて、どうしても頭の上の耳の方を注視してしまう。

 けれど、彼の顔は世奈の言葉に、盛大に胡乱気に歪められる。
 アティーネの説明とおりなら、彼らも人間に虐待されていた歴史があるから、人間に対していい感情は抱いていないかもしれない。しかも、あんなふうに他の人間が泣き叫ぶさまを間近に見てしまうと、嫌悪感はぬぐえないかもしれない。

 けれど、世奈は獣人に対して、今のところ嫌悪感も恐怖心も抱いていない。どちらかと言うと、好奇心と探求心のほうが強い。だから、世奈はさっきの娘たちとは違うのだと、理解してほしい。世奈自身も彼らの、彼の事は何も知らないのだ。彼らを知りたいし、彼には世奈を知ってもらいたい。

「白い花同士の婚姻は初めてだから、期待してるわよ」
 アティーネの言葉に、世奈はこればかりは縁と相性なので、今後どうなるかは確約は出来ないけれど、世奈自身はうまくいくことを願わずにはいられない。
 マティアスは、眉をひそめて難しい顔をして、黙って頷いた。


「・・・・行くぞ」

 果たして、この日世奈はマティアスという獣人の婚約者となった。




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