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10 お見合いの日
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――――それから鬼崎と会うこともなく、とうとう見合いの当日。
「はぁ」
聡介は重いため息を吐いて、車の窓の外を見上げた。
窓の空は夏らしい青空が広がっている。けれど聡介の気持ちはどんより雲のままだ。
……ついにお見合い、か。
分かっていても実感が沸かなかった。むしろ、まだ痛んだ胸が聡介を苦しめる。
しかしそんな聡介に隣に座る着物姿の真理が声をかけた。真理は今日の付き添いで、父親の桔平は残念ながら仕事でいなかった。
「聡ちゃん、大丈夫?」
「え?」
「なんだか体調が悪そうよ?」
「え、あ、緊張してるだけだよ」
聡介は誤魔化すように言った。でも真理の言う通り、実は体調も朝から少し良くなかった。
けれど、それは気持ちのせいだと聡介は思っていた。
……顔に出てるほどなのかな。気を引き締めないと。
聡介はぐっと唇に力を入れる。しかしそうしている内に車が停まり、聡介は真理と共に降りた。そこは数ある王司家系列のホテルのひとつだったが、ロビーを歩けばそこはどこか見覚えのある場所だった。
「あれ、ここ?」
……前に来たことがある?
そう思った聡介は前を歩く真理に尋ねた。
「お母さん、俺ってここに来たことがある?」
「あら、よく覚えてたわね。聡ちゃんがまだ四歳ぐらいの時だったのに」
「俺が四歳の時?」
「そうよ。テツくんとやよいちゃんが結婚式をここで挙げて、その時に聡ちゃんも来てるのよ」
「やよいさん達の?」
真理に言われて聡介は思い出す。純白のウェディングドレスを身にまとった綺麗なお姉さんを。
……あ、あれってやよいさんだったんだ!!
あまりに小さい頃の話なので、ぼんやりとは覚えていても誰だがわかっていなかった。しかし結婚式には両親が参加し、やけに父親と新郎が親しげだったことを思い出させば、二人の結婚式だったとわかる。
「あの時、聡ちゃんってばホテルの中で突然いなくなっちゃって随分探したんだからぁ」
真里は思い出したように言い、聡介もその記憶を蘇らせる。
披露宴会場を勝手に抜け出してしまった事を――――。
◇◇
―――――十六年前。
小さな聡介は両親の目を盗んで、とことこっと一人でホテルに併設されている教会へとやって来ていた。
そして誰もいない教会の中、バージンロードの上をさっき見た風景の通りに歩く。純白のウエディングドレスを身に纏ったお姉さんが歩いたように。
それから小さな聡介は祭壇の前まで辿り着くとキラキラと光を浴びて光るステンドグラスを見上げながら、うっとりした息を吐いた。けれどそんな小さな聡介に誰かが声をかける。
『何してるの?』
声をかけられて振り返れば、そこにいたのは従兄弟の樹と同い年ぐらいの、十歳位の少年だった。そしてその少年は聡介と同じ結婚式の参加者で、聡介は小さいながらも同じ子供と言う事で少年の存在に気が付いていた。でも何者かはわからず、小さな聡介はおずおずと尋ねる。
『おにーちゃん、だれ?』
『俺はやよいさんの親戚』
少年はそう答えたけれど、小さな聡介にとってはまだ難しかった。その事が顔に出てたのか、少年は言い直した。
『えーっと、まあ花嫁さんの知り合いのおにーちゃんでいいよ。それより聡介くん、会場に戻らないとお父さんとお母さんが心配するよ? ほら、一緒に戻ろう?』
手を差し伸べられたが小さな聡介はその手を取らなかった。
『まだ戻りたくない? まあ大人ばっかりでつまんないもんなー。でも戻らないとみんなが探しに来るよ?』
『……やだ、もうちょっとここにいたい』
小さな聡介はじっとして動かない姿勢を見せた。すると少年は聡介の前で目線を合わせるようにしゃがんだ。
『そんなにこの教会が気に入った?』
尋ねられて小さな聡介は首を横に振った。
『あれ、違うの? じゃあ、どうしてここにいたいの?』
優しく尋ねられて小さな聡介は正直に答える。
『……おねーさん、きれいだったから』
『お姉さん? ああ、やよいさん、花嫁さんの事?』
少年に聞かれて小さな聡介は今度は首を縦に振った。そんな小さな聡介に少年はふふっと微笑む。
『そうだね。花嫁さん、綺麗だったね』
『……おにーちゃん』
『ん?』
『あのね……大人になったらそーすけもなれる?』
『大人になったら? ……もしかして結婚式のこと?』
『うん』
尋ねれば少年はぽんっと小さな聡介の頭に手を置いて優しく撫でた。
『ふふ、きっとできるよ。聡介くんに好きな人ができたらね』
優しく微笑まれて小さな聡介は胸がぽかぽかしてくる。そして肯定してくれた事が嬉しくて、小さな聡介は思わずふふっと笑った。すると少年は小さな聡介の顔を覗いて言った。
『聡介くん、かわいいね』
その言葉に小さな聡介はドキッとしたけれど、再び少年は手を差し伸べた。
『さ、そろそろ俺と戻ろう?』
優しく言われて小さな聡介はまだ名残惜しかったけれど、その手を取った。
そして、年上の名前も知らないお兄さんの顔を横から眺めながら一緒に会場に戻ったのだった。
――――けれど、この日から聡介にはある夢ができた。どうしても叶えたい夢が。
でも大人になるにつれて胸の奥に仕舞い込んでしまった。
◇◇
――――そして現在。
……そうだ。あの時、俺はやよいさん達の見て思ったんだった。
聡介は子供の頃の気持ちを鮮明に思い出した。しかしそんな聡介に真里はやれやれとした顔で言った。
「もう、あの時は本当に驚いたのよ。なのに聡ちゃんってば、なんでもない顔をして戻ってくるんだから」
真里に言われ、聡介は申し訳なくなる。子供の頃はわからなかったが、小さな子供がいなくなれば心配するのも無理はないと今ならわかるから。
「その、ごめんなさい」
昔の分も含めて聡介は素直に謝った。でもそんな聡介に真里はくすっと微笑む。
「いいわよ、昔の事だもの」
真里に許されて聡介はほっと息を吐く。でも同時にどうしても尋ねたい事があった。
「お母さんっ」
「ん、どうしたの?」
「あのさ。俺が会場に戻って来た時に十歳位の男の子が一緒にいたと思うんだけど、その子って」
聡介がそう言いかけた時、タイミング悪くホテルの総支配人が二人に駆け寄ってきた。
「これはこれは真里様、聡介様、お待ちしておりました」
「ああ、田中さん。お久しぶりです、今日は場を用意してくださってありがとうございます」
真里が丁寧に頭を下げると総支配人は申し訳なさそうにした。
「いえいえ、とんでもございません。ご要望等ございましたら、何なりとお申し付けくださいませ。ところで、お部屋はもう整っております。ご案内させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします」
真里は答え、総支配人は「ではこちらに」と先導するように先を歩いた。その後を真里が歩き、その後ろを聡介もついて行く。けれど歩きながら聡介は疑問が胸の中を渦巻いていた。
……あの時の少年って、やよいさんの親戚だって言っていたけど……まさか。
そう思いながら、聡介は真里と共に和式の部屋へと通された。そこは和式の中庭がよく見えるいい部屋で、部屋には座布団が三枚敷かれていた。二つ並んでいるのは自分たちの席、テーブルを挟んで置かれている座布団は今日のお見合い相手の分だろう。
だからそれを見て、聡介は一気に現実感が増した。これから自分は顔も知らない相手とお見合いをするのだと。
「総ちゃん、どうしたの?」
早々に座布団に腰を下ろした真里は立ち尽くす聡介に尋ねた。けれど、今更怖気づいたなんて言えない聡介はすぐさま誤魔化す。
「あ、その、豪華な部屋だと思って」
「そう? お見合いの席なんだから、これぐらい普通じゃないかしら。それよりさっき何か言いかけてたけれど何だったの?」
真里に聞かれ聡介は言いかけたことを思い出して問いかけようとしたけれど、声を出す前に思いとどまった。
……聞いたところで何になるんだろう。例えあの時のお兄さんが鬼崎さんだったとしても、何にもならないじゃないか。俺はこれからお見合いをするんだから。
「……いや、何でもないよ。俺の勘違いだったみたい」
聡介は結局そう言葉を濁した。しかしそんな息子に真里はやれやれという顔を見せた。でも、なんでそんな顔をするのかわからない聡介は思わず問いかける。
「お母さん?」
「総ちゃんはちょっといい子過ぎね」
思わぬことを言われて、聡介は戸惑う。
……”いい子過ぎ”? どういう意味だろう?
言葉の意図が分からない聡介は首を傾げる。でも、そんな聡介に真里は話を続けた。
「総ちゃんってば、子供の頃はもっと我儘だったのよ。ピーマンを食べないって泣いたり、気に入った猫さんのTシャツじゃないとお外でないって暴れたりして」
突然、子供時代の恥ずかしい話をされて聡介は慌てた。
「ちょ、それいつの話!? 本当に小さい頃のでしょ!」
「私にとってはつい最近の事よ。なのにここ数年の総ちゃんってばいつも聞き分けのいい子で。我儘なんて言わなくなっちゃった」
「俺は……別にいい子なんかじゃ。我儘だって言ってるつもり……だし」
そう言いつつも聡介自身も自覚していた。両親の前ではできるだけ、いい子でいるように努めていた事を。だって、そうしないと跡継ぎとして何の役にも立てない自分を育ててくれた優しい両親に申し訳なくて。
けれど、そんな聡介を見透かしたように真里は言った。
「総ちゃん、もっと我儘になっていいのよ」
優しい言葉に聡介は胸が詰まる。けれど聡介は何とか声を出した。
「そんな、こと、言われても。……俺、とりあえずお手洗いに行ってくるから」
「ええ。わかったわ」
真里はそれ以上何も言わずに口を閉じた聡介を見送った。そして聡介は席に着かないまま、さっき歩いた廊下を戻ってお手洗いへと向かう。
けれど聡介がお手洗いに向かった後、一人残った真里は小さく息を吐いた。
「ふぅ……ホント、出来過ぎた息子って言うのも心配ものね。もう少し我儘でもいいのに」
真里は思わず独り言を呟いた。しかし戻ってくる足音が聞こえて、真里は視線を向けた。
「総ちゃん、もう戻ってきたの……あら、貴方は」
真里が向けた視線の先にいたのは聡介ではなく、ある男だった。そして彼は真里に声をかけた。
「こんにちは」
「はぁ」
聡介は重いため息を吐いて、車の窓の外を見上げた。
窓の空は夏らしい青空が広がっている。けれど聡介の気持ちはどんより雲のままだ。
……ついにお見合い、か。
分かっていても実感が沸かなかった。むしろ、まだ痛んだ胸が聡介を苦しめる。
しかしそんな聡介に隣に座る着物姿の真理が声をかけた。真理は今日の付き添いで、父親の桔平は残念ながら仕事でいなかった。
「聡ちゃん、大丈夫?」
「え?」
「なんだか体調が悪そうよ?」
「え、あ、緊張してるだけだよ」
聡介は誤魔化すように言った。でも真理の言う通り、実は体調も朝から少し良くなかった。
けれど、それは気持ちのせいだと聡介は思っていた。
……顔に出てるほどなのかな。気を引き締めないと。
聡介はぐっと唇に力を入れる。しかしそうしている内に車が停まり、聡介は真理と共に降りた。そこは数ある王司家系列のホテルのひとつだったが、ロビーを歩けばそこはどこか見覚えのある場所だった。
「あれ、ここ?」
……前に来たことがある?
そう思った聡介は前を歩く真理に尋ねた。
「お母さん、俺ってここに来たことがある?」
「あら、よく覚えてたわね。聡ちゃんがまだ四歳ぐらいの時だったのに」
「俺が四歳の時?」
「そうよ。テツくんとやよいちゃんが結婚式をここで挙げて、その時に聡ちゃんも来てるのよ」
「やよいさん達の?」
真理に言われて聡介は思い出す。純白のウェディングドレスを身にまとった綺麗なお姉さんを。
……あ、あれってやよいさんだったんだ!!
あまりに小さい頃の話なので、ぼんやりとは覚えていても誰だがわかっていなかった。しかし結婚式には両親が参加し、やけに父親と新郎が親しげだったことを思い出させば、二人の結婚式だったとわかる。
「あの時、聡ちゃんってばホテルの中で突然いなくなっちゃって随分探したんだからぁ」
真里は思い出したように言い、聡介もその記憶を蘇らせる。
披露宴会場を勝手に抜け出してしまった事を――――。
◇◇
―――――十六年前。
小さな聡介は両親の目を盗んで、とことこっと一人でホテルに併設されている教会へとやって来ていた。
そして誰もいない教会の中、バージンロードの上をさっき見た風景の通りに歩く。純白のウエディングドレスを身に纏ったお姉さんが歩いたように。
それから小さな聡介は祭壇の前まで辿り着くとキラキラと光を浴びて光るステンドグラスを見上げながら、うっとりした息を吐いた。けれどそんな小さな聡介に誰かが声をかける。
『何してるの?』
声をかけられて振り返れば、そこにいたのは従兄弟の樹と同い年ぐらいの、十歳位の少年だった。そしてその少年は聡介と同じ結婚式の参加者で、聡介は小さいながらも同じ子供と言う事で少年の存在に気が付いていた。でも何者かはわからず、小さな聡介はおずおずと尋ねる。
『おにーちゃん、だれ?』
『俺はやよいさんの親戚』
少年はそう答えたけれど、小さな聡介にとってはまだ難しかった。その事が顔に出てたのか、少年は言い直した。
『えーっと、まあ花嫁さんの知り合いのおにーちゃんでいいよ。それより聡介くん、会場に戻らないとお父さんとお母さんが心配するよ? ほら、一緒に戻ろう?』
手を差し伸べられたが小さな聡介はその手を取らなかった。
『まだ戻りたくない? まあ大人ばっかりでつまんないもんなー。でも戻らないとみんなが探しに来るよ?』
『……やだ、もうちょっとここにいたい』
小さな聡介はじっとして動かない姿勢を見せた。すると少年は聡介の前で目線を合わせるようにしゃがんだ。
『そんなにこの教会が気に入った?』
尋ねられて小さな聡介は首を横に振った。
『あれ、違うの? じゃあ、どうしてここにいたいの?』
優しく尋ねられて小さな聡介は正直に答える。
『……おねーさん、きれいだったから』
『お姉さん? ああ、やよいさん、花嫁さんの事?』
少年に聞かれて小さな聡介は今度は首を縦に振った。そんな小さな聡介に少年はふふっと微笑む。
『そうだね。花嫁さん、綺麗だったね』
『……おにーちゃん』
『ん?』
『あのね……大人になったらそーすけもなれる?』
『大人になったら? ……もしかして結婚式のこと?』
『うん』
尋ねれば少年はぽんっと小さな聡介の頭に手を置いて優しく撫でた。
『ふふ、きっとできるよ。聡介くんに好きな人ができたらね』
優しく微笑まれて小さな聡介は胸がぽかぽかしてくる。そして肯定してくれた事が嬉しくて、小さな聡介は思わずふふっと笑った。すると少年は小さな聡介の顔を覗いて言った。
『聡介くん、かわいいね』
その言葉に小さな聡介はドキッとしたけれど、再び少年は手を差し伸べた。
『さ、そろそろ俺と戻ろう?』
優しく言われて小さな聡介はまだ名残惜しかったけれど、その手を取った。
そして、年上の名前も知らないお兄さんの顔を横から眺めながら一緒に会場に戻ったのだった。
――――けれど、この日から聡介にはある夢ができた。どうしても叶えたい夢が。
でも大人になるにつれて胸の奥に仕舞い込んでしまった。
◇◇
――――そして現在。
……そうだ。あの時、俺はやよいさん達の見て思ったんだった。
聡介は子供の頃の気持ちを鮮明に思い出した。しかしそんな聡介に真里はやれやれとした顔で言った。
「もう、あの時は本当に驚いたのよ。なのに聡ちゃんってば、なんでもない顔をして戻ってくるんだから」
真里に言われ、聡介は申し訳なくなる。子供の頃はわからなかったが、小さな子供がいなくなれば心配するのも無理はないと今ならわかるから。
「その、ごめんなさい」
昔の分も含めて聡介は素直に謝った。でもそんな聡介に真里はくすっと微笑む。
「いいわよ、昔の事だもの」
真里に許されて聡介はほっと息を吐く。でも同時にどうしても尋ねたい事があった。
「お母さんっ」
「ん、どうしたの?」
「あのさ。俺が会場に戻って来た時に十歳位の男の子が一緒にいたと思うんだけど、その子って」
聡介がそう言いかけた時、タイミング悪くホテルの総支配人が二人に駆け寄ってきた。
「これはこれは真里様、聡介様、お待ちしておりました」
「ああ、田中さん。お久しぶりです、今日は場を用意してくださってありがとうございます」
真里が丁寧に頭を下げると総支配人は申し訳なさそうにした。
「いえいえ、とんでもございません。ご要望等ございましたら、何なりとお申し付けくださいませ。ところで、お部屋はもう整っております。ご案内させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします」
真里は答え、総支配人は「ではこちらに」と先導するように先を歩いた。その後を真里が歩き、その後ろを聡介もついて行く。けれど歩きながら聡介は疑問が胸の中を渦巻いていた。
……あの時の少年って、やよいさんの親戚だって言っていたけど……まさか。
そう思いながら、聡介は真里と共に和式の部屋へと通された。そこは和式の中庭がよく見えるいい部屋で、部屋には座布団が三枚敷かれていた。二つ並んでいるのは自分たちの席、テーブルを挟んで置かれている座布団は今日のお見合い相手の分だろう。
だからそれを見て、聡介は一気に現実感が増した。これから自分は顔も知らない相手とお見合いをするのだと。
「総ちゃん、どうしたの?」
早々に座布団に腰を下ろした真里は立ち尽くす聡介に尋ねた。けれど、今更怖気づいたなんて言えない聡介はすぐさま誤魔化す。
「あ、その、豪華な部屋だと思って」
「そう? お見合いの席なんだから、これぐらい普通じゃないかしら。それよりさっき何か言いかけてたけれど何だったの?」
真里に聞かれ聡介は言いかけたことを思い出して問いかけようとしたけれど、声を出す前に思いとどまった。
……聞いたところで何になるんだろう。例えあの時のお兄さんが鬼崎さんだったとしても、何にもならないじゃないか。俺はこれからお見合いをするんだから。
「……いや、何でもないよ。俺の勘違いだったみたい」
聡介は結局そう言葉を濁した。しかしそんな息子に真里はやれやれという顔を見せた。でも、なんでそんな顔をするのかわからない聡介は思わず問いかける。
「お母さん?」
「総ちゃんはちょっといい子過ぎね」
思わぬことを言われて、聡介は戸惑う。
……”いい子過ぎ”? どういう意味だろう?
言葉の意図が分からない聡介は首を傾げる。でも、そんな聡介に真里は話を続けた。
「総ちゃんってば、子供の頃はもっと我儘だったのよ。ピーマンを食べないって泣いたり、気に入った猫さんのTシャツじゃないとお外でないって暴れたりして」
突然、子供時代の恥ずかしい話をされて聡介は慌てた。
「ちょ、それいつの話!? 本当に小さい頃のでしょ!」
「私にとってはつい最近の事よ。なのにここ数年の総ちゃんってばいつも聞き分けのいい子で。我儘なんて言わなくなっちゃった」
「俺は……別にいい子なんかじゃ。我儘だって言ってるつもり……だし」
そう言いつつも聡介自身も自覚していた。両親の前ではできるだけ、いい子でいるように努めていた事を。だって、そうしないと跡継ぎとして何の役にも立てない自分を育ててくれた優しい両親に申し訳なくて。
けれど、そんな聡介を見透かしたように真里は言った。
「総ちゃん、もっと我儘になっていいのよ」
優しい言葉に聡介は胸が詰まる。けれど聡介は何とか声を出した。
「そんな、こと、言われても。……俺、とりあえずお手洗いに行ってくるから」
「ええ。わかったわ」
真里はそれ以上何も言わずに口を閉じた聡介を見送った。そして聡介は席に着かないまま、さっき歩いた廊下を戻ってお手洗いへと向かう。
けれど聡介がお手洗いに向かった後、一人残った真里は小さく息を吐いた。
「ふぅ……ホント、出来過ぎた息子って言うのも心配ものね。もう少し我儘でもいいのに」
真里は思わず独り言を呟いた。しかし戻ってくる足音が聞こえて、真里は視線を向けた。
「総ちゃん、もう戻ってきたの……あら、貴方は」
真里が向けた視線の先にいたのは聡介ではなく、ある男だった。そして彼は真里に声をかけた。
「こんにちは」
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