青年オメガは変わり者アルファに恋をする

神谷レイン

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11 やっぱり俺は!

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 ――――一方、お手洗いに来ていた聡介は鏡の前でため息を吐いていた。

「はぁ」

 ……我儘にしていい、か。

 真里の優しい言葉がまだ胸を締め付ける。でも同時に見透かされていたのだとわかって情けなくなる。
 言葉や態度では『お見合いだって悪くない』と見せていても、心のどこかで『見合いなんてしたくない』と叫んでいた。その事をきっと真里はわかっていたのだ。

 ……ちゃんと繕っているつもりだったのにな。

 聡介は鏡に映る自分の顔を見れば、そこには覇気のない顔がある。

 ……もしかしてお母さんだけじゃなくて、樹兄ちゃんもわかっていたのかな。

 聡介は樹に引き留められたことを思い出しながら鏡を見つめる。

 ……心配かけちゃったかな。でも今更ここまで来て止めたいなんて言えないし。

 聡介はそう思うけれど、さっきの部屋を思い出して胸の奥がモヤモヤと重い霧に包まれたような気分になった。
 顔も名前も知らないお見合い相手。もし話がうまくいけば、その人と番う事になってしまうかもしれない。そう考えると聡介はさっきまで平気だったのに、嗚咽しそうな気持になってしまう。

 ……俺って本当にバカだな。こんなに嫌なら最初から断れば良かったのに。でも断ったところで鬼崎さんは。

 鬼崎を思うと胸が苦しくなる。けれど苦しさを紛らわすように聡介がぐっと手を握った時、ポケットに入れていた携帯が鳴った。
 聡介しかいないトイレ内に携帯の音が響き、慌てて携帯画面を見ると、そこには今まさに思っていた人の名前が。

「は、はいっ!」

 聡介が慌てて電話に出れば、今一番聞きたかった声が聞こえてきた。

『聡介君、今電話をかけて大丈夫だった?』

 そう優しい声で問いかけてきたのは鬼崎だった。突然の電話に驚くが、それよりもやっぱり嬉しさが上回ってしまう。

「はい、大丈夫です。……でも、どうしたんですか?」
『聡介君、今どこにいるの?』

 鬼崎に尋ねられて、聡介は一気に気まずくなる。まさかこれからお見合いをする為にホテルに来ています、とは言えない。なにより好きな人にそんな事を知られたくもなかった。

「あ、えーっと、ちょっと遠くに出てて。それよりどうしたんですか?」

 聡介は誤魔化したけれど鬼崎はうやむやにしてくれなかった。

『遠くってどこ?』
「あ、えっと今日は用事があってホテルに来てて」

 聡介は言いながら、とりあえずお手洗いから人通りのない廊下へと出た。けれど鬼崎の追及は止まらない。

『用事って?』
「あ、そのー、私的な事で」
『ふーん?』

 その声色はなんだかいつもの鬼崎とはちょっと違う雰囲気に感じてしまう。聡介は電話越しだから?と思ったが、それは置いておいてもう一度尋ねてみた。

「ところで鬼崎さん、何か用でした?」

 ……鬼崎さんが電話をかけてくるなんて何かあったのかな? お店の事?

 なんて思うけれど返ってきた言葉は聡介の胸を跳ねさせた。

『何か用がないと電話かけちゃだめだったかな。ただ聡介君の声が聞きたくて電話をかけたんだけど』
「お、俺の? ……なんで」
『好きな子の声を聞きたいと思うのはおかしいかな?』
「っ……またそんな冗談を」
『んー、冗談じゃないんだけどな』
「だって鬼崎さんはっ」

 ……Ω嫌いなはず。それにもし違ったとしても、この前一緒にいた女の子が。

 そう思うけど鬼崎は電話越しに問いかけてきた。

『それとも聡介君は冗談だった方がいい?』

 聞かれて聡介は返事ができなかった。だって冗談じゃない方がいいに決まってる。けれど信じられない。

「……っ」
『ねぇ、聡介君……どうしたら信じてくれるかな』

 少し寂しそうな鬼崎の声に聡介は胸がツキリと痛くなる。まるで本当に自分の事を好きだと言ってくれているようで。

 ……でも、それならなんで。

「じゃあ、どうしてあの日の事を忘れるようにって言ったんですか。鬼崎さん、俺の相手をして嫌だったんじゃっ」

 ついに問いかけた聡介に返ってきたのは落ち着いた声だった。

『嫌なわけないよ。でもあの日の出来事は突発的な事で聡介君が望んだわけじゃない、そうだろう? 急な事で戸惑いの方が大きかったはずだ。だから聡介君にとってはなかった事にした方がいいかと思って、忘れてって言ったんだ』

 ……俺が望んだわけじゃないって……え、つまり……俺が気にしないように言ってくれたって事?

 鬼崎の言葉の意味に気が付き、心のモヤが晴れていく。

『でも確かに俺の言い方が悪かったね。それにあの後言いそびれて……誤解させて、ごめん』

 優しく謝られ、聡介は鬼崎があの時何か言いたげだった事を思い出した。でも樹が来た為に有耶無耶になってしまったのだ。

 ……もしかしてあの時、鬼崎さんはこう言いたくて? でも、それなら鬼崎さんは本当に嫌じゃなかったって事? 俺とあんな風になった事。

『聡介君?』

 返事をしない聡介に鬼崎は名前を呼んだ。でもそんな鬼崎に聡介はようやく返事をした。

「鬼崎さんは……俺みたいなのを相手にして本当に嫌じゃなかったんですか?」

 聡介は声が震えそうになるのを何とか堪えて鬼崎に尋ねた。でも鬼崎は答えをくれなかった。

『それは……電話越しには言いたくないな。聡介君にちゃんと伝えたい』

 優しい声に囁かれて聡介は胸が期待に高鳴る。

 ……それって、つまり!

 ドキドキしながら、聡介は少し呆けてしまう。まさか、そんな言葉を今聞けると思っていなかったから。
 でもそうしている間に、鬼崎の問いかけられて聡介は一気に現実に戻された。

『それより聡介君、時間は大丈夫?』

 鬼崎に言われて、ハッと我に返って腕時計に視線を向ければもうお見合いする約束の時間まで三分を切っていた。

「鬼崎さんっ、すみません。俺今からちょっと用事があって電話を切らなくちゃいけないんですけどっ、また電話を掛け直します!」

 聡介は移動しながら慌てて言った。でもその状況が伝わったのか鬼崎は引き留めなかった。

『うん、大丈夫だよ』
「本当にすみません」
『気にしないで、俺が急に電話をかけたんだし』
「後で必ず電話をかけますから」
『うん、わかった。まあすぐに会えるけど。じゃあ、またね』
「はい」

 そのやり取りを終えて聡介は電話を切り、慌てて部屋へと戻る。
 だから聡介は気が付いていなかった。鬼崎の言った『すぐに会えるけど』という言葉の意味に――――そして体の火照りも。




 ◇◇◇◇




「……遅れてすみませんっ!!」

 聡介がバタバタと慌てて部屋に戻るとそこにはまだ真里しかしなかった。

「総ちゃん、随分長いお手洗いだったわね。やっぱり体調が悪いんじゃない?」

 真里は遅れて戻ってきた息子を心配するように声をかけた。

「あ、いや、俺は大丈夫。はぁ、よかった。まだ相手の人は来てなかったんだね」

 聡介は失礼がなくて良かった、とほっと息を吐いた。でも、もうこの気持ちのままお見合いを続けることはできない。さっきのやり取りで自分の心がどこにあるのか、さすがの聡介でもハッキリと自覚してしまったから。

「お母さん、ごめんなさい。……俺、やっぱりこのお見合いを辞めたい」

 聡介が正直に伝えると真里は目を丸くして驚いた顔を見せた。無理もない、さっきの今だ。
 でも聡介は頭を下げて、自分の気持ちを伝えた。

「当日になってこんな事を言って、本当にごめんなさい。でも……俺」

 ……鬼崎さんが好きだ。

 そう心の真ん中が叫んだ。
 でも、そんな聡介に真里は優しく声をかけた。

「いいのよ。それが総ちゃんの本心なんでしょう?」

 真里に聞かれて聡介は躊躇いながらもしっかりと頷いた。でも真里は怒りもせずニコッと笑った。

「私は無理されるより、総ちゃんが正直に話してくれた方が嬉しいわ」
「ごめん、お母さん。お見合い相手の人には俺の方からちゃんと謝ります。お父さんやお母さんには迷惑をかけるかもしれないけれど」
「気にしないの。……でも相手の方は引いてくれないと思うけれど」

 真里の意味深な言い方に聡介は引っかかる。でも問いかけようとした聡介の背後から声が飛んできた。

「お見合いを辞めるのは困るな、聡介君」

 慣れ親しんだ声が後ろから聞こえて、聡介は心底ビックリした。なにせ、今一番聞きたい声で、さっきまで電話を介して聞いていた声だったから。

 ……なんで、どうしてここにっ!?

 驚きながら聡介が振り向けば、そこにいたのは見違えた姿の鬼崎だった。でもあんまりに普段と違う姿だから、聡介はますます驚いて声がちゃんと出ない。

「え、き……ざき、さん?」
「聡介君、なんで疑問形なの。俺の顔、忘れたわけじゃないよね?」

 いつも通りの話し方に、目の前にいるのが鬼崎なのだと聡介は再認識する。けれど、いつもと違う姿に聡介は二度も三度も目の前にいる鬼崎を見てしまう。

 なにせ長かった髪はすっぱりと短く切られ、いつもかけている黒縁眼鏡はなく、個性的なシャツではなくてパリッとしたシャツにビジネスマンスーツを纏っていた。まるでモデルか俳優のような出で立ちだ。

 だから目の前にいるのが鬼崎だとわかっていても、いつもの鬼崎と合致しなくて頭が混乱してしまう。なにより、スーツ姿の鬼崎は格好良すぎて聡介は目が眩む。

 ……鬼崎さん、スタイルがいいからスーツを着たら格好良くなると思っていたけど、ここまで変わるなんて!

 でも驚きでジロジロと見る聡介に鬼崎はちょっとムッとした顔を見せた。

「聡介君、まさか俺だって認識してない?」
「まさか! 鬼崎さんだってわかってますよ。でも……いつもと違うから。それに髪だって短くなって!」

 聡介が言えば、鬼崎は自分の後頭部に手を当てた。

「似合ってないかな? 髪を短くしたのは久しぶりなんだけど」
「いえ、似合ってます。ただ見慣れなくて……なんというか鬼崎さんは長い髪がトレードマークって言うか」
「そう?」

 鬼崎はニコニコしながら嬉しそうに答えた。でも聡介が話したい事は鬼崎の外見についてではない。

「いえ……それより! どうして鬼崎さんがここに?」

 聡介が尋ねると鬼崎はさっきと同じように、またムッとした顔を見せた。

「はぁー、全く聡介君ってば……本当に釣書を見てないんだね」
「釣書?」

 聞き慣れない言葉に聡介は首を傾げるが、後ろから真里が声をかけた。

「総ちゃんに渡したでしょう? お見合いする相手様の事が書いてあるからって封筒を」

 真里に言われて聡介はようやく思い出した。見合いが決まった後に真里から封筒を渡されていた事を。でも興味がでなかったし、なんだかお見合いが現実を帯びてしまう気がして聡介は一度も見ていなかった。

「あ……見るの後回しにしてて。けど、どうして鬼崎さんがそれを知って?」

 聡介が尋ねると鬼崎のみならず真里まで「「はぁーっ」」と大きなため息を吐いた。

 ……え、なんでため息?

 一人だけ状況がわからない聡介は困惑するばかりだ。けれどそんな聡介に鬼崎は優しく教えた。

「聡介君」
「はい?」
「今日、君はお見合いに来た。そうだね?」
「そう……ですけど」
「で、俺がここにいる。どういう事かわかるね?」

 鬼崎はそう尋ねたけれど、聡介の中で話が嚙み合わない。どうして鬼崎がここにいるのか、やっぱりわからない。そして不思議そうな顔をする聡介を前にとうとう痺れを切らした鬼崎がハッキリと告げた。

「聡介君、あのね……君のお見合い相手は俺なの!」
「……え?」

 聡介は思わずきょとんとしてしまう。

 ……鬼崎さんがお見合い相手? 鬼崎さんが……俺の?

 心の中で何度も呟く。でも飲み込めなくて、そんな聡介の傍で鬼崎が。

「今日は聡介君とお見合いするから、格好も気合入れて来たのに」

 そう腰に手を当てて言い、聡介はやっとその鬼崎の言葉の意味を理解した。

「……えッ!? 鬼崎さんが俺のお見合い相手!?」

 聡介が尋ねると鬼崎はようやくわかってくれたか、と言う顔で頷いた。しかし理解した聡介は驚きのあまり大きな声を出さずにはいられなかった。

「え、え、ええぇぇぇえええーーーっ!?」



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