青年オメガは変わり者アルファに恋をする

神谷レイン

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3 家に帰ったら

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「ーーーお疲れ様でした、お先に失礼します」

 仕事を終えた聡介は帰り支度を済ませて、まだ最後の片づけをしている大将とやよいに挨拶をした。

「お疲れ様」
「今日もありがとう。聡介君、気を付けて帰ってね」

 二人に見送られ、聡介は「はい」と答えて頭を下げてからお店を出た。するとお店の前には一台の車が停まり、車の前では運転手が待ち構えていた。

「お疲れ様です、聡介坊ちゃん」
「いつもお迎え、ありがとう」

 聡介はお礼を言って、開けられた車の中に躊躇いなく乗り込む。それから運転手も運転席に戻り、すぐに車を走らせた。動き出した車の中、聡介は一息ついて背もたれに少し疲れた体を預ける。

 ……今日も忙しかったな。でも鬼崎さんに会えた、今日も格好良かったな。

 今日の姿を思い出すだけで疲れも忘れて、聡介の心はふわふわと浮いてしまう。けれど不意に窓の外に目を向ければ『王司不動産』という看板が目についた。

『王司不動産』

 それはほとんどの人が知っている昔からある有名な不動産屋で、旅館や旅行代理店、飲食関係にも手広く事業展開している会社だ。その創設は五百年以上前と、まさに老舗中の老舗企業。そして同じ王司の名前がつく聡介が無関係な訳もなく。聡介は王司本家の一人息子だった。

 だからこその『プリンス』というあだ名を付けられていたのだが、聡介はこのあだ名があまり好きではなかった。
 しかし考えている内に家へと辿り着き、車が静かに停まる。

「今日もありがとうございました。でもやっぱり俺一人で帰ってきましょうか? 自転車を使えば帰ってこれない距離じゃないですし、そうすればわざわざ俺の迎えに来なくて済むわけですし」

 いつも夜に迎えに来てくれる事が申し訳なくて聡介が言うと運転手は振り返って笑った。

「お気遣いありがとうございます、でも気にされなくていいんですよ。聡介坊ちゃんが夜道を一人で帰ってくると思うとそっちの方が心配ですから。さ、旦那様も奥様もお家でお待ちですよ」

 そう言われてしまえば、もう断れなかった。

「はい。……じゃあ、おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」

 運転手の言葉を聞いて聡介は車を降り、車はそのまま家から少し離れた車庫へとゆっくりと走って行く。それを少し見送ってから聡介は家に入った。

「ただいまー」
「きゃんっ」

 ドアを開けると広い玄関前にはポメラニアンで、愛犬のこてつがふりふりと尻尾を振って待っていた。

「ただいま、こてつ」

 聡介が靴を脱いでふわふわ毛並みの頭を撫でるともう一度「きゃん」と小さく鳴いて、聡介の周りをくるくると回る。『おかえり! おかえりっ!』と帰りを喜んでいるその愛らしさに聡介はつい笑みを零す。そして、もう一撫でしてから聡介はそのままこてつを伴ってリビングへ足を運んだ。

「ただいまー」

 リビングのドアを開けながら言えば、ソファに座る穏やかな父とキッチンに立つ優しい母が出迎えてくれる。

「おかえり、聡介」
「聡ちゃん、おかえりなさい。今日はどうだった?」

 キッチンに立つ母の真里(まり)がいつものように尋ねてきた。

「今日も忙しかったよ」
「そう、お疲れ様。お風呂、もう沸いてるわよ」
「ん、ありがとう、お母さん」

 聡介が返事をすると、今度は父親の吉平(きっぺい)が話しかけてきた。

「聡介、明後日には樹が帰ってくるそうだぞ」
「樹兄ちゃんが? 戻ってくるのは来週だったんじゃ?」
「思ったよりも向こうでの仕事が早く終わったようだ。帰ってきたらお土産を持って家に来ると言っていたよ」
「そっか。……また高いものじゃないといいけど」

 そう思いながら聡介は、従兄弟で七つ年上の樹(いつき)を思い浮かべた。
 お互い一人っ子だった事もあってか、聡介と樹は本当の兄弟のように育ち、聡介は樹の事を兄のように慕っていた。そして樹も聡介の事を本当の弟のように可愛がってくれる。だが……樹は出張先に行くと必ずお土産を聡介に買ってきて、それがあまりに高価な品物ばかりなので聡介は少し困っていた。

「ははっ、それは樹にちゃんと言っておきなさい」

 ……そうは言っても樹兄ちゃんが聞いてくれないから困ってるんじゃないかぁ。

 そう思いつつも聡介は口にはしなかった。
 そして聡介にとって樹は優しくて頼れる従兄弟以上に、感謝に堪えない存在だった。
 なぜなら樹が聡介の代わりにこの王司財閥の跡取りという荷を引き受けてくれたからだ。

 聡介はこの王司家の一人息子だったが、それはとても荷が重く。周囲からかけられる不躾な期待は遠慮を知らず、両親は普通に愛してくれたが周囲は聡介がαであることを期待した。
 しかしバース検査の結果はΩで。周囲の期待は一転、懸念と侮蔑に変貌した。

 いくら世の中が性差別が薄れてきても、人の考え方はすぐには変わらない。だから『Ωに務まるのか?』と誰もがそう言う目で見つめてきた。そして中学生だった聡介は一人思い悩んで、次第に体調を崩すようになってしまった。
 けれど何度も様子を見に来てくれた樹に相談すれば、両親と話し合いをし、聡介の代わりに跡取りという重荷を引き受けてくれたのだ。

『聡介一人が思い悩む必要なんてないよ。僕がなんとかするから』

 その言葉はどれほど聡介を助けたか。
 以来、聡介は樹に対して感謝の念が堪えない。樹の方と言えば、聡介から跡取りという肩書を奪ってしまったという罪悪感を感じているようだが。

 ……だからと言って高価なお土産を買ってくるのは困るよ。この前もイタリアのブランドバックを買ってきて、あまりの値段にクローゼットに入れっぱなしだからな。そもそも俺が跡取りとしてしっかりしていればよかった訳だし。

 樹が後を継いでくれることに対して聡介は本当に感謝していた。そして樹の方もαらしい能力で周囲を黙らせ、仕事が肌に合っていたのか、今では会長となった父親の下、社長業を楽しそうにこなしている。
 だから、これで良かったのだ、と聡介は心から思っている。しかし、それでも聡介の胸の奥にある自責の念が消えることはない。

『自分も何か出来たらよかったのに。せめてΩらしかったら』と何度も心が囁く。

 見かけはΩっぽくない上に発情期もまともにこない自分に、聡介は価値を見出せなかった。だからこそ大学を出た後は家に頼らずに一人で生きていこうと、父親の友人であり子供の頃から知っている羽山夫妻の元でバイトを始めた。だが、そこで鬼崎に恋をしてしまった。
 けれどΩでも不完全な自分から告白されても迷惑なだけだと思い、聡介は今の客と店員という関係だけで満足していた。

 ……まあ、俺がちゃんとしたΩなら声でもかけられたかもしれないけど。

 そう思うけれど、そうではないのだから仕方がない。しかし黙って考え込む聡介に真里が声をかけた。

「総ちゃん、どうかした?」

 少し思い耽っていた聡介は我に返り「なんでもないよ」と慌てて声を上げた。けれど、そんな聡介に思わぬ言葉を吉平から言われてしまう。

「ああ聡介、それと二週間後にはお見合いをすることになったからな」
「オミアイ? え、誰の?」
「誰のって、聡介のお見合いに決まっているだろう。二週間後の日曜日は予定を空けておきなさい、いいね?」

 吉平はそれだけを言い、聡介はポカンとした。

 ……俺がオミアイ……?

 なんとなくその言葉が飲み込めなくて、呆気に取られている聡介を見て足元にいるこてつは不思議そうに首を傾げた。
 そして聡介が改めて言葉の意味に気が付いたのは、お風呂に入ってベッドに横になった時だった。




「ん? ……俺が見合いっ!?」



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