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2 鬼崎仁
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「酷いな」
怒りに滲んだ声と共に、カラカラッと引き戸を開けて入ってきたのはバナナ柄のシャツを着た鬼崎だった。そして鬼崎はすぐさまその客に近づくと、聡介の胸倉を掴んでいる手を問答無用で捻り上げた。
「いててっ! 何すんだ!」
客は聡介のシャツを掴んでいた手を離して言ったが、鬼崎は掴んだ手を離さなかった。
「何を? それはこっちが聞きたい。さっさとこの店から出て行ってください」
「な、何を」
その客が苛立ちに眉間に皺を寄せると、鬼崎は持っていたスマホを見せつけ、ある動画を見せた。それはさっきのやり取りで、その動画には聡介に吐いた暴言もバッチリ映っている。
「なっ!」
「これを警察に渡したらどうなるか、おわかりですね? さあ、お帰り下さい」
鬼崎は凄みのある顔で笑うと、捻り上げていた手をパッと離した。そしてさすがに酔っている頭でも分が悪いとわかったのか、客はそそくさとお店から出て行った。しかし、出て行く直前に鬼崎は客に声をかけた。
「あ、そうそう二度とこのお店に来られませんよう」
鬼崎の言葉に振り返ることなく、客は逃げるように出て行き、そして二度とお店に来ることはなかった。しかし、あっという間の出来事に聡介は驚くばかりで。
「やよいさん、嫌な奴だったね。他に何か迷惑な事はされてない?」
「いいえ、すごく助かったわ。仁、ありがとう」
「それなら良かったよ。来たら言い争ってる声が聞こえたら驚いた。テツさんは出てるの?」
「ええ、今は買い出しに行ってて」
「そっか。なら俺が来たのはちょうど良かったね。……君も大丈夫?」
そこで初めて聡介は鬼崎に声をかけられて、初めて面と向かって顔を見た。
眼鏡の奥にある瞳は心配そうにこちらを見ていて、その瞳を見ると聡介は胸の奥がざわりと揺れた。それになんだかいい匂いがふわりと香る。
……いい匂い。この人から?
そう思ったけれど、返事をしない聡介に鬼崎は「やっぱり怪我を?」と心配げに尋ねられて、慌てて返事をした。
「あ、大丈夫です! ちょっとビックリして。その、ありがとうございました!」
「そうか、良かった。でもお礼を言われるほどの事は。俺は動画を取ってただけだし。でも君も災難だったね。……けれど、あんな言葉なんて無視していいからね?」
鬼崎に言われて「はい」と聡介は素直に返事をした。でも胸の内では素直に受け止めることはできない。失礼な事を言われた自覚はあるけれど、それは事実でもあると聡介は思っていたから。
けれどそんな聡介の思いを吹き飛ばすように、鬼崎はやよいに尋ねた。
「それにしてもやよいさん、こんな可愛い子をいつ雇ったの?」
……か、可愛い子ッ!?
今まで格好いいと言われた事はあっても、可愛いなんて言われたのは小さな時以来で聡介は思わずビックリしてしまう。
「ふふ、この子は聡介君っていうのよ。この先週からバイトで入ってくれてるの、前に話したでしょ? 新しく人を雇うって」
「雇う事は聞いていたけど、こんなに可愛い子を雇うとは思わなかったよ」
鬼崎はじっと聡介を見て言い、その視線に聡介はなんだか照れ臭くなる。なせなら鬼崎がお世辞や冗談で言っているのではなく、本気で言っているのだとその表情からわかったから。
……うっ、この人、俺の事をこんなに可愛い可愛い言うなんて視力がよっぽど悪いのかな?
聡介は少し心配してしまう。でもそんな聡介をやよいまでべた褒めする。
「聡介君は可愛い上に仕事っぷりもいいのよー。本当、イイ子を雇ったわー」
「ちょ、やよいさん!」
とうとう恥ずかしくなって聡介は止めに入るが、鬼崎は顎に手を当ててこんな事を言い始めた。
「でもこんな可愛い子を入れたらこの子目当てで来る不埒な輩もいるんじゃ?」
「そうなのよねぇ。そこはちょっと心配してるところ」
やよいまでそんな事を言い出すので、聡介はすぐに否定した。
「そんな人はいませんよ! ……それよりやよいさん、こちらの方は?!」
聡介は話題を変えようとやよいに尋ねた。そしてその誘導は成功し、やよいはようやく名の知らぬ男を紹介してくれた。
「ああ、そう言えば聡介君は初めてだったわね。この子は私の甥なの。家が近いから時々食べに来るのよ」
「甥御さん?」
聡介が呟きながら見つめれば、鬼崎は手をすっと差し出した。
「初めまして。鬼崎・仁(きざき・じん)です」
鬼崎はにこやかに笑って言い、聡介はその差し出された手をおずおずと握り返す。すると大きくて温かい手に、なんだかドキリとしてしまって。それにいい匂いがますます濃くなった気がした。
……ん、いい匂い。もっと嗅ぎたくなるような。
聡介はついいい匂いに意識が飛んでしまう。だが、ぽやんっとしていると鬼崎に名を尋ねられてしまった。
「君の名前を教えてくれる?」
「あっ、はい! 俺は王司・聡介と言います。先週からここで働かせてもらってます」
聡介は慌てて名前を告げ、軽くぺこりと頭を下げた。
「聡介君、ね。俺、結構頻繁に食べに来るからこれからよろしくね?」
鬼崎に名前を呼ばれると、なぜだかまた胸がざわりざわりと揺らいだ。その気持ちの変化に戸惑いながら聡介は「は、はい」と頷く。
「俺の事は鬼崎でも仁でも好きなように呼んでね」
「あ、えっと……じゃあ、鬼崎さんで」
聡介はそう返事をした。さすがに初対面で名前呼びはできない。でも彼の名前は心に張り付いた。
……鬼崎・仁、さんか。
聡介は心の中で名前を呼ぶ。けれど、そうしているとそこへ買い出しから帰ってきた大将が戸を開けた。
「ただいま。……って、仁、来てたのか。ん? 手なんか握ってどうしたんだ?」
大将は二人が手を握っている事に気が付いて不思議そうな顔を見せた。なので聡介は慌てて手を離す。
「あ、その、自己紹介をしてて!」
聡介が告げると大将は納得した顔を見せる。
「ああ、そう言えば二人が会うのは初めてか」
「ええ、いい子を入れたみたいですね。テツさん」
大将の名前を呼んで鬼崎が言えば、大将はニカッと笑った。
「そうだろ? 聡介君が入ってからこっちは大助かりだよ。……仁、引き抜きは駄目だからな?」
大将はふと、そう言って鬼崎をじっと見つめた。でも言葉の意味が分からない聡介は首を傾げる。
……引き抜き? 鬼崎さんもどこかで飲食店をしてるんだろうか?
そう思えば顔に出ていたようで鬼崎は聡介を見て、ふふっと笑った。
「そうだね、確かに引き抜きたいほどだけど本人の意思がない事はしないよ」
「あら、本人の意思があったって駄目よ!」
「はいはい。わかってますよ、やよいさん」
そう二人は言い合う。でもわからない聡介はきょとんとするばかりで。けれど、そんな聡介を見て鬼崎は「なんでもないよ」と笑って言うだけだった。
「それより仁、食べに来たんだろ? 注文は?」
「開店前なのにいいの?」
「もう少しで開けるからいいぞ」
大将がそう言えば鬼崎は少し考えた後「じゃあお言葉に甘えて。とりあえず玉子焼きが食べたいな」と答えた。
それから、宣言通りたびたび食べにくる鬼崎と顔を合わせるようになって、聡介の心のざわつきは鬼崎に会う度に大きくなっていった。そして、今では鬼崎が食べに来るのを待ち遠しく思うほどに。
―――――現在。
……あの時の鬼崎さん、本当にかっこよかったな。いや、今だってカッコいいけど。
聡介はもぐもぐと食べる鬼崎をつい眺めて思う。けれどそんな聡介の背後に近づき、鬼崎に声をかける人がいた。
「仁、またそんなシャツを着て。もっと他に持ってないの?」
そう鬼崎に言ったのはやよいだった。その言い方はまるで心配する母親のようだが、しかし叔母に指摘された鬼崎はすぐに反論した。
「やよいさん、いいシャツだろ? 一点ものなんだよ? これ」
自慢げに笑う鬼崎はまるで子供っぽく、そんな鬼崎にやよいは呆れたため息を吐く。
「もう。ちょっとはシャンとした服を着ればいいのに。ね、聡介君だってそう思わない?」
急に話を振られて聡介は言葉に困る。
「え、あー、でも鬼崎さんは気に入ってるみたいですし、本人が好きな服を好きなように着たらいいんじゃないでしょうか?」
「さすが聡介君、わかってるね~!」
「調子に乗らないの! ……これで本当にちゃんと仕事をしてるのかしら?」
「そこは心配ご無用。大丈夫ですよ、仕事の時はきちんとした服を着てますから」
「まぁ、そうでしょうけど」
やよいはそう返事をしたが、聡介はきちんとした服を着ている鬼崎を思い浮かべられなかった。
なにせ出会った時から今日まで、鬼崎はいつも変わった柄の服しか着てこないからだ。しかも長髪は野暮ったく、いつも黒縁の分厚い眼鏡をかけている。ハッキリ言ってお洒落とは言い難い。
そして眉目秀麗、何事においても一流なαとはとても外見からは見分けられないほどだった。
……鬼崎さんってαなんだよな? でも知らなかったらわからないな。
聡介は鬼崎を見て思う。鬼崎本人から聞いたことはなかったが、以前話をしている時にやよいが鬼崎がαだとぽろっと口を滑らした事があった。その後、やよいは慌てて口を閉じたから嘘ではないと思う。
そして、耳にしたからと言って本人に尋ねる事も聡介はしなかった。第二次性を尋ねるのは親しい間柄でも、理由がない限り避けるべきことだから。
……けど鬼崎さんのきちんとした服、スーツ姿ってことか?
なんて頭の中でスーツ姿の鬼崎を思い浮かべるが、どうしてもよれっとした姿しか思い浮かばない。それに、聡介は未だ鬼崎が何の仕事をしているか知らなかった。あまり聞く事でもないか、と遠慮して。
でも考えている内に鬼崎はビールをぐいっと飲み、空になったグラスを聡介に差し出した。
「聡介君、もう一杯貰えるかな?」
鬼崎に言われて聡介は空のグラスを受け取り、「はい」とすぐに返事をした。でも、こうしてお店で鬼崎に会えて話せるだけで聡介は幸せだった。
恋心を抱いていても鬼崎に告白するだけの勇気を聡介は持てなかったから。
しかし、そんな聡介はバイトを終えて帰宅後、父親から思わぬ話をされることに―――――。
「聡介、二週間後にはお見合いをすることになったからな」
***************
毎日暑いですね。ふぅー(;´・ω・)
さて。このお話ですが、実は、一応シリーズものでして。
第一作『年上オメガは養いアルファの愛に気づかない』(短編)
第二作『生意気オメガは年上アルファに監禁される』(全七話)
というお話の続きものです。が、他のお話を読まなくても本作は読めますのでご安心を!
続きもの、といっても同じ世界線でのお話ってだけで話的、繋がりはないです。
ただ、一応お知らせしておきます~(*'ω'*)
(ちなみに二作目に鬼崎がちょろっと出てます)
怒りに滲んだ声と共に、カラカラッと引き戸を開けて入ってきたのはバナナ柄のシャツを着た鬼崎だった。そして鬼崎はすぐさまその客に近づくと、聡介の胸倉を掴んでいる手を問答無用で捻り上げた。
「いててっ! 何すんだ!」
客は聡介のシャツを掴んでいた手を離して言ったが、鬼崎は掴んだ手を離さなかった。
「何を? それはこっちが聞きたい。さっさとこの店から出て行ってください」
「な、何を」
その客が苛立ちに眉間に皺を寄せると、鬼崎は持っていたスマホを見せつけ、ある動画を見せた。それはさっきのやり取りで、その動画には聡介に吐いた暴言もバッチリ映っている。
「なっ!」
「これを警察に渡したらどうなるか、おわかりですね? さあ、お帰り下さい」
鬼崎は凄みのある顔で笑うと、捻り上げていた手をパッと離した。そしてさすがに酔っている頭でも分が悪いとわかったのか、客はそそくさとお店から出て行った。しかし、出て行く直前に鬼崎は客に声をかけた。
「あ、そうそう二度とこのお店に来られませんよう」
鬼崎の言葉に振り返ることなく、客は逃げるように出て行き、そして二度とお店に来ることはなかった。しかし、あっという間の出来事に聡介は驚くばかりで。
「やよいさん、嫌な奴だったね。他に何か迷惑な事はされてない?」
「いいえ、すごく助かったわ。仁、ありがとう」
「それなら良かったよ。来たら言い争ってる声が聞こえたら驚いた。テツさんは出てるの?」
「ええ、今は買い出しに行ってて」
「そっか。なら俺が来たのはちょうど良かったね。……君も大丈夫?」
そこで初めて聡介は鬼崎に声をかけられて、初めて面と向かって顔を見た。
眼鏡の奥にある瞳は心配そうにこちらを見ていて、その瞳を見ると聡介は胸の奥がざわりと揺れた。それになんだかいい匂いがふわりと香る。
……いい匂い。この人から?
そう思ったけれど、返事をしない聡介に鬼崎は「やっぱり怪我を?」と心配げに尋ねられて、慌てて返事をした。
「あ、大丈夫です! ちょっとビックリして。その、ありがとうございました!」
「そうか、良かった。でもお礼を言われるほどの事は。俺は動画を取ってただけだし。でも君も災難だったね。……けれど、あんな言葉なんて無視していいからね?」
鬼崎に言われて「はい」と聡介は素直に返事をした。でも胸の内では素直に受け止めることはできない。失礼な事を言われた自覚はあるけれど、それは事実でもあると聡介は思っていたから。
けれどそんな聡介の思いを吹き飛ばすように、鬼崎はやよいに尋ねた。
「それにしてもやよいさん、こんな可愛い子をいつ雇ったの?」
……か、可愛い子ッ!?
今まで格好いいと言われた事はあっても、可愛いなんて言われたのは小さな時以来で聡介は思わずビックリしてしまう。
「ふふ、この子は聡介君っていうのよ。この先週からバイトで入ってくれてるの、前に話したでしょ? 新しく人を雇うって」
「雇う事は聞いていたけど、こんなに可愛い子を雇うとは思わなかったよ」
鬼崎はじっと聡介を見て言い、その視線に聡介はなんだか照れ臭くなる。なせなら鬼崎がお世辞や冗談で言っているのではなく、本気で言っているのだとその表情からわかったから。
……うっ、この人、俺の事をこんなに可愛い可愛い言うなんて視力がよっぽど悪いのかな?
聡介は少し心配してしまう。でもそんな聡介をやよいまでべた褒めする。
「聡介君は可愛い上に仕事っぷりもいいのよー。本当、イイ子を雇ったわー」
「ちょ、やよいさん!」
とうとう恥ずかしくなって聡介は止めに入るが、鬼崎は顎に手を当ててこんな事を言い始めた。
「でもこんな可愛い子を入れたらこの子目当てで来る不埒な輩もいるんじゃ?」
「そうなのよねぇ。そこはちょっと心配してるところ」
やよいまでそんな事を言い出すので、聡介はすぐに否定した。
「そんな人はいませんよ! ……それよりやよいさん、こちらの方は?!」
聡介は話題を変えようとやよいに尋ねた。そしてその誘導は成功し、やよいはようやく名の知らぬ男を紹介してくれた。
「ああ、そう言えば聡介君は初めてだったわね。この子は私の甥なの。家が近いから時々食べに来るのよ」
「甥御さん?」
聡介が呟きながら見つめれば、鬼崎は手をすっと差し出した。
「初めまして。鬼崎・仁(きざき・じん)です」
鬼崎はにこやかに笑って言い、聡介はその差し出された手をおずおずと握り返す。すると大きくて温かい手に、なんだかドキリとしてしまって。それにいい匂いがますます濃くなった気がした。
……ん、いい匂い。もっと嗅ぎたくなるような。
聡介はついいい匂いに意識が飛んでしまう。だが、ぽやんっとしていると鬼崎に名を尋ねられてしまった。
「君の名前を教えてくれる?」
「あっ、はい! 俺は王司・聡介と言います。先週からここで働かせてもらってます」
聡介は慌てて名前を告げ、軽くぺこりと頭を下げた。
「聡介君、ね。俺、結構頻繁に食べに来るからこれからよろしくね?」
鬼崎に名前を呼ばれると、なぜだかまた胸がざわりざわりと揺らいだ。その気持ちの変化に戸惑いながら聡介は「は、はい」と頷く。
「俺の事は鬼崎でも仁でも好きなように呼んでね」
「あ、えっと……じゃあ、鬼崎さんで」
聡介はそう返事をした。さすがに初対面で名前呼びはできない。でも彼の名前は心に張り付いた。
……鬼崎・仁、さんか。
聡介は心の中で名前を呼ぶ。けれど、そうしているとそこへ買い出しから帰ってきた大将が戸を開けた。
「ただいま。……って、仁、来てたのか。ん? 手なんか握ってどうしたんだ?」
大将は二人が手を握っている事に気が付いて不思議そうな顔を見せた。なので聡介は慌てて手を離す。
「あ、その、自己紹介をしてて!」
聡介が告げると大将は納得した顔を見せる。
「ああ、そう言えば二人が会うのは初めてか」
「ええ、いい子を入れたみたいですね。テツさん」
大将の名前を呼んで鬼崎が言えば、大将はニカッと笑った。
「そうだろ? 聡介君が入ってからこっちは大助かりだよ。……仁、引き抜きは駄目だからな?」
大将はふと、そう言って鬼崎をじっと見つめた。でも言葉の意味が分からない聡介は首を傾げる。
……引き抜き? 鬼崎さんもどこかで飲食店をしてるんだろうか?
そう思えば顔に出ていたようで鬼崎は聡介を見て、ふふっと笑った。
「そうだね、確かに引き抜きたいほどだけど本人の意思がない事はしないよ」
「あら、本人の意思があったって駄目よ!」
「はいはい。わかってますよ、やよいさん」
そう二人は言い合う。でもわからない聡介はきょとんとするばかりで。けれど、そんな聡介を見て鬼崎は「なんでもないよ」と笑って言うだけだった。
「それより仁、食べに来たんだろ? 注文は?」
「開店前なのにいいの?」
「もう少しで開けるからいいぞ」
大将がそう言えば鬼崎は少し考えた後「じゃあお言葉に甘えて。とりあえず玉子焼きが食べたいな」と答えた。
それから、宣言通りたびたび食べにくる鬼崎と顔を合わせるようになって、聡介の心のざわつきは鬼崎に会う度に大きくなっていった。そして、今では鬼崎が食べに来るのを待ち遠しく思うほどに。
―――――現在。
……あの時の鬼崎さん、本当にかっこよかったな。いや、今だってカッコいいけど。
聡介はもぐもぐと食べる鬼崎をつい眺めて思う。けれどそんな聡介の背後に近づき、鬼崎に声をかける人がいた。
「仁、またそんなシャツを着て。もっと他に持ってないの?」
そう鬼崎に言ったのはやよいだった。その言い方はまるで心配する母親のようだが、しかし叔母に指摘された鬼崎はすぐに反論した。
「やよいさん、いいシャツだろ? 一点ものなんだよ? これ」
自慢げに笑う鬼崎はまるで子供っぽく、そんな鬼崎にやよいは呆れたため息を吐く。
「もう。ちょっとはシャンとした服を着ればいいのに。ね、聡介君だってそう思わない?」
急に話を振られて聡介は言葉に困る。
「え、あー、でも鬼崎さんは気に入ってるみたいですし、本人が好きな服を好きなように着たらいいんじゃないでしょうか?」
「さすが聡介君、わかってるね~!」
「調子に乗らないの! ……これで本当にちゃんと仕事をしてるのかしら?」
「そこは心配ご無用。大丈夫ですよ、仕事の時はきちんとした服を着てますから」
「まぁ、そうでしょうけど」
やよいはそう返事をしたが、聡介はきちんとした服を着ている鬼崎を思い浮かべられなかった。
なにせ出会った時から今日まで、鬼崎はいつも変わった柄の服しか着てこないからだ。しかも長髪は野暮ったく、いつも黒縁の分厚い眼鏡をかけている。ハッキリ言ってお洒落とは言い難い。
そして眉目秀麗、何事においても一流なαとはとても外見からは見分けられないほどだった。
……鬼崎さんってαなんだよな? でも知らなかったらわからないな。
聡介は鬼崎を見て思う。鬼崎本人から聞いたことはなかったが、以前話をしている時にやよいが鬼崎がαだとぽろっと口を滑らした事があった。その後、やよいは慌てて口を閉じたから嘘ではないと思う。
そして、耳にしたからと言って本人に尋ねる事も聡介はしなかった。第二次性を尋ねるのは親しい間柄でも、理由がない限り避けるべきことだから。
……けど鬼崎さんのきちんとした服、スーツ姿ってことか?
なんて頭の中でスーツ姿の鬼崎を思い浮かべるが、どうしてもよれっとした姿しか思い浮かばない。それに、聡介は未だ鬼崎が何の仕事をしているか知らなかった。あまり聞く事でもないか、と遠慮して。
でも考えている内に鬼崎はビールをぐいっと飲み、空になったグラスを聡介に差し出した。
「聡介君、もう一杯貰えるかな?」
鬼崎に言われて聡介は空のグラスを受け取り、「はい」とすぐに返事をした。でも、こうしてお店で鬼崎に会えて話せるだけで聡介は幸せだった。
恋心を抱いていても鬼崎に告白するだけの勇気を聡介は持てなかったから。
しかし、そんな聡介はバイトを終えて帰宅後、父親から思わぬ話をされることに―――――。
「聡介、二週間後にはお見合いをすることになったからな」
***************
毎日暑いですね。ふぅー(;´・ω・)
さて。このお話ですが、実は、一応シリーズものでして。
第一作『年上オメガは養いアルファの愛に気づかない』(短編)
第二作『生意気オメガは年上アルファに監禁される』(全七話)
というお話の続きものです。が、他のお話を読まなくても本作は読めますのでご安心を!
続きもの、といっても同じ世界線でのお話ってだけで話的、繋がりはないです。
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