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年上オメガは養いアルファの愛に気づかない
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筆者、初のオメガバースものですので、生温かい目で読んでいただければ幸いです。
※18歳で成人になる設定にしております。
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「凛、好きだ。愛してるっ」
「あんんっ、あさひぃぃっ」
抱き締められ、中を穿たれて凛は嬌声を上げた。
でも凛はまさかこんなことになろうとは夢にも思っていなかった。
養い子である朝陽とこんなことになろうとはーー。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
葉桜が芽吹き始めた春の朝。
マンションの一室、同居人が寝ているであろうドアの前で凛は声をかけた。
「おーい、朝陽。そろそろ起きろー」
するとしばらくして「んー」と気怠い声が聞こえて、ごそごそ動いた音がした。その後、そっとドアが開く。のそっと現れたのは、凛の年若い同居人。
小野朝陽。先月十八歳になったばかりの大学生だ。
だが低血圧のせいで、朝はいつも弱い。寝惚け眼に不機嫌そうな顔、眉間にはわずかに皺が寄っている。
それなのに整った顔立ちと185㎝の高身長。程よくついた筋肉のせいで、気怠い様子も髪の毛が寝ぐせでぼさぼさなのもなんとなく様になってしまう。
……こういうとこ、α(アルファ)ってズルいよな。本人は無意識なんだろうけど。
「凛、ナニ?」
じっと見つめていると朝陽に尋ねられ、凛は洗濯籠を抱えたままくるっと方向転換した。
「なんでもないよ。それより朝いちばんは、おはよう、だろ?」
凛が背を向けたまま振り返って言うと、朝陽は素直に「おはよ」と短く答えた。
でもまだ眠いらしく、くわぁっと大きな口を開けてあくびをする。その様子はまるで気まぐれな黒猫、いや黒豹と言ったところだろうか。
……昔は黒猫みたい可愛かったのになぁ、俺より身長も低かったし。
そんなことを思いながら凛はリビングを通ってベランダに向かった。今日は天気がいい、洗濯物もすぐ乾くだろう。その分、花粉もすごいらしいが。
「朝陽、スープ作っておいたから。パンは自分で焼いて」
凛はマンションのベランダから、キッチンで水を飲む朝陽に言った。朝陽はまだぼんやりとしていたが「ん」と短く答えて食パンを二枚、手慣れた手つきでトースターに入れた。
その様子を眺めながらも凛は洗濯物を干していく。いつの間にか自分より大きくなった朝陽の服の皺を伸ばしながら。
……初めて会った時は十二歳の中坊だったのに、本当に大きくなったな。
凛は自分のMサイズと朝陽のLサイズのTシャツを並べて干しながら思った。
凛が朝陽と出会ったのは六年前、朝陽の父親の葬式でだった。
朝陽の父親は凛より十歳年上だったが家が隣同士で、幼い頃から面倒をよく見てくれた人だった。だから凛は兄のように慕っていて、地元を離れても時折連絡を取るほどには仲が良かった。
けれど凛も朝陽の父親も仕事の忙しさに段々と会わなくなり、凛が地元を離れた時を最後に、朝陽の父親は突然の心臓発作であっさりと亡くなってしまった。
まだ中学生になったばかりの朝陽を一人残して……。
あの時の朝陽の姿を、凛は今も鮮明に思い出せる。
自分の父親の葬式だというのに、泣きもせず大人びた顔をしている十代の少年。
少し大きめの学ランはまだ真新しく、手持無沙汰そうに家の縁側に座って、濡れ羽色の黒髪をそよ風に揺らしていた。
母親も幼い頃に亡くし、今度は父親も亡くしたというのに不安そうな顔を見せない少年。本当なら泣きわめいてもおかしくないのに。だから、そのぼんやりとした姿が酷く痛々しく見えて、凛は気が付けば声をかけていた。
『あのさ、お前……俺のところにくるか?』って。
……本当、勢いって怖いよなぁ~。まああの後、本当に朝陽を引き取ってこうやって暮らしているわけだけど。
凛は洗濯物を干しながらしみじみと思った。
勢いに任せ、朝陽を引き取ってから六年。幼かった少年はいつの間にか、タケノコよろしくすくすくと縦に伸びて、今では立派な青年に成長した。
しかも両親はどちらもβ(ベータ)だったのに、朝陽だけはα性で。
引き取った後、転入先の学校で行われたバース検査の結果用紙を見て、凛は二度見したぐらいだった。βからαは滅多に生まれないから。
でも朝陽はαらしく中高を首席で卒業して、現在は帝都大学に行きながら、その傍ら有名どころのIT企業に所属し、パソコンを使って新しいシステム開発をしている。
朝陽が高校生の時に作り上げたプログラムがIT企業の人の目に留まり、スカウトされたのだ。なので朝陽は大学生ながら社会人というわけで、そこそこにいい給料をもらっているらしい。
αってすごいな、と思っていた凛だが、朝陽はαの中でもすごいんじゃないか? と最近では思い直しているところだ。
そして、凛の方はと言うと。
天ケ瀬凛という本名のまま十代の頃からモデルをしていて、二十歳を超えてからは俳優業もちょこちょここなす、モデル兼俳優だ。
175㎝の細身の体。Ω(オメガ)特有の色素の薄い髪と瞳。色白の肌に、三十四歳という年齢の割に衰えない端正な顔は、未だに周りからの評判が良く。おかげで今も仕事に困ることなく働けている。
そしてΩに理解ある事務所のおかげで、三カ月に一度やってくる発情期の時も、お休みを貰えて問題なく過ごせている。まあ、そもそも凛は元から発情期は軽く、抑制剤だけで快適に過ごせるのだが。
まさにΩに生まれながらも順風満帆な生活を送っている……のだが。
凛はここ数年、誰にも言えないある悩みを抱えていた。
ふわりっと柔軟剤に紛れて匂い立つある香り、その匂いに凛の体がチリッと焦がれる。
……もうそろそろかな。
凛は洗濯を全て干し終わってリビングに戻ると、ちらりと壁に掛けているカレンダーを見て、食パンを齧る朝陽に声をかけた。
「なぁ、朝陽」
「ん?」
パンをもぐもぐと食べる朝陽は、凛に視線を向けた。
「俺、明日からまた撮影で地方に行く予定だからしばらく留守番を頼むな」
「またか? どれくらい行くんだ?」
朝陽が尋ねると凛は曖昧に答えた。
「あー、一週間ちょっと、かな? でもまたお土産、買ってくるから楽しみにしててよ」
「……わかった」
朝陽は返事をして、あっという間に二枚のパンを平らげスープを全て飲み干した。
でも口の端に付いたパンくずを舌でぺろりと舐め、仕上げに親指で拭った。そのちょっとした仕草に、凛の体はぞくりと疼く。
……ダメダメ、駄目だ。
凛は無意識に首に手を回し、首につけているお守りのチョーカーに触れた。
「凛?」
朝陽に声をかけられて凛はハッとし、でもすぐに作り笑いをした。
「いやー、昨日ちょっと寝違えちゃってさ……。それより朝陽、そろそろ出ないと遅刻するんじゃないのか?」
時計を見て言えば朝陽は素直に席を立った。
「ああ、そろそろ行く」
朝陽は席を立ち、食器を片付けた。そしてそのまま洗面所に向かい、凛はその朝陽の後姿を見てホッと息を吐く。
……今のちょっとやばかったな。明日は早く家を出た方がいいかもしれない。
凛は心の中で呟き、また小さくふぅっと息を吐いた。
「全く、Ωなんて面倒な生き物だな」
◇◇◇◇
そして翌日の昼前。
凛は大きなスーツケースを片手に、家から少し離れたホテルへ泊まりに来ていた。
「すみません、今日から予約をしているんですけど」
少し熱っぽさを感じながら凛は馴染みのフロントマンに言った。
「いらっしゃいませ、天ケ瀬様。今回もΩ専用フロアの一室を一週間でございますね?」
確認するように尋ねられ、凛は頷いた。
「はい」
凛の事をフロントマンも覚えているので、その後の手続きがスムーズに進む。そしてカードキーを渡された凛はエレベーターを使って、すぐに部屋へと向かった。
……この生活もいよいよ三年目か。フロントの人にすっかり顔を覚えられて……。まあ三カ月に一回、発情期の時に毎回来るんだから、そりゃ覚えるか。
凛は少しぼんやりとした頭でそんな事を考えた。
凛は三年前からこのホテルを三カ月に一度、発情期の時にだけ使っていた。このホテルにはΩ専用のフロアがあり、発情期中のΩでも安心して使う事ができるからだ。
そしてエレベーターがΩ専用のフロアにつくと、凛はカードキーを使って急いで部屋の中に入った。その後すぐに外のドアノブに『DO NOT DISTURB(起こさないでください)』の札を掛けて、ドアを閉める。
これでもう安心だ。
凛は緊張が解けて、胸を撫でおろした。
でも緊張が解けたからなのか、凛の体にどっと発情期の症状が現れ始める。体が熱くなり、ぐちょりっと後ろが濡れて体が疼き始めた。
そして凛の濃厚なフェロモンが部屋に漂う。αを誘う匂いだ。
……予定じゃ三日後だったけど、早めにホテルに来てよかった。最近、どんどん発情期の症状が酷くなるな。
「はぁっはぁっ」
息を乱しながら凛はそんなことをぼんやりと思い、上着やズボンを床に脱ぎ捨ててボクサーパンツを履いただけの姿になった。それから持ってきていた大きなスーツケースを開ける。
そこからはもうダメだった。ふんわりと香るαの匂いに、脳が痺れてしまう。
凛はスーツケースいっぱいに敷き詰めた服をすぐさまベッドの上に取り出して、こんもりと小さな山を作った。正直、山と言うには少々低いが文句は言っていられない。凛は堪らずその中に頭から突っ込んで埋まった。
……ああ、朝陽の匂い。いいにおい。
凛はすぅっと肺の奥まで吸い込むと「はふぅっ」とうっとりと息を吐き、朝陽の服の中に心ゆくまで埋もれた。
凛が大きなスーツケースに詰めて持ってきたのは一着分の自分の着替えと、あとは全て朝陽の服だった。凛がこっそりと集めた、朝陽が捨てたはずの服。なので中には朝陽の中学時代のジャージなんかも紛れ込んでいる。が、もう匂いが薄い。
……朝陽の匂い、もっと嗅ぎたい。匂いが濃いの、ほしい。
凛はくんくんっと匂って数ある服の中から一枚を手元に寄せた。
……ああ、これだ。朝陽の匂いが濃いの。くふんっ。
凛は昨日まで朝陽が着ていたシャツをくんくんっと嗅いで、幸せそうに顔を緩めた。凛は一枚だけバレないように、朝陽のシャツを持ってきていたのだ。
でも匂いを嗅げば嗅ぐほど、前からは先走りが溢れ、後孔はじんわりと濡れる。もうパンツはぐっしょりだ。
「はぁ、朝陽」
凛は朝陽の服に埋もれながらシャツに顔を寄せて、パンツをずらして両手で前と後ろを弄った。くちゅくちゅといやらしい水音が耳に響く。気持ちよさに手が止められない。でもΩの本能はもっと大きくて太い何かをよこせと腹の奥を疼かせた。
そして本能が何を求めているのかわかるから、凛は自分のいやらしくて浅ましい体に、少しばかり残っている理性が涙を零させた。
「うっ……朝陽、ごめ、んっ」
養い子である朝陽の服を勝手に集めて、こんな事をしている自分に募る嫌悪と軽蔑、罪悪感。何度もこんなことは止めようとした、けど本能には勝てなくて。
凛は朝陽の匂いを嗅ぎながら自分で体を慰め、涙をぽろっと流した。
十二歳で朝陽のバース性がαだとわかってから、凛は朝陽の前でフェロモンを出さないように気を付けてきた。でも朝陽が大きくなるにつれて元々軽かったはずの発情期はどんどん重くなり、強めの抑制剤でも体はいう事をきかなくなって。
そして三年前。
凛はとうとう発情期の重さに耐えられなくなって、駆け込む様にこのホテルに泊まった。それからは発情期になる前にこのホテルに予約し、宿泊するように……。
でも発情期中は朝陽の匂いがすごく恋しくて。気が付けば朝陽に『捨てておいて』と頼まれた服を捨てずに集めるようになり、発情期の時にスーツケースに一杯敷き詰めて持ち運ぶようになった。
でも、集めた服はどんどん朝陽の匂いが薄くなっていくから、どうしても朝陽の濃い匂いが欲しくて、いつも洗濯に出されたシャツを盗む様に一枚だけ持ってきてしまう。
最低だ、と思う気持ちと、朝陽の濃い匂いに幸せを感じる自分がいて、凛は気持ちよくて、酷く苦しい。
『朝陽に腹の中をぐちょぐちょに掻き混ぜて欲しい』
『いや、駄目だ! そんな事、考えるな!』
そう叫ぶ二人の自分がいた。
「んっ、んっ……朝陽ぃっ」
凛は朝陽のシャツに顔を押しつけながら自分の指を後孔に突っ込んで広げる。でも物足りなさに腹の奥がじんじんと疼いて。でも凛にはどうしようにもできなかった。ただただ我慢して、いつものようにこの一週間を乗り越えるしか。
ーーーーけれど。
「はぁはぁっ、凛」
聞こえた声に凛はドキッとして、思わず手が止まった。
……え? 今、朝陽の声が聞こえたような。気のせい、だよな? だよな??
でも凛の願い空しく、被っていた服を誰かに捲られ、明るい光が凛の目に入る。そこには恍惚とした表情の朝陽がいた。
「え、あっ、朝陽!?」
「ああ、凛。予想以上に可愛いな」
愛おしげに朝陽は言い、逆に凛は慌てた。
「ど、して、ここに?!」
だが戸惑う凛を他所に、朝陽は何も言わず性急に服を脱いでいく。その姿に凛の胸はドキドキして、腹の奥が期待に疼いた。
広い肩幅、うっすらと割れた腹筋、血管の浮き出た腕。そしてボクサーパンツを脱いだ時、勃起した朝陽の性器が勢いよく現れて。凛の胸はきゅんっとときめいて、じわっと後ろが濡れた。
「はぁっはぁっ」
凛の息は勝手に上がり、微かに開いた口から涎が出てしまいそうになる。
だけどそんな凛を朝陽は優しく見つめて、ベッドにのし上がった。
「はぁっ、凛のフェロモン、すごいよ。甘くていい匂い」
朝陽はすうっと凛の匂いを嗅いで堪らないといった表情をみせた。
その姿に凛の胸がずきゅんっと跳ねあがる。目の前にいる朝陽と、αの匂いにわずかに残っていた理性が完全にはぎ取られていく。もう朝陽が欲しいとしか考えられない。
本能に支配された。
「はぁっ、朝陽ぃっ」
凛は自分でも信じられないほど甘い声で呼び、朝陽に抱き着いた。我慢していた分、人肌が気持ちいい。このまま抱き合って朝陽の中に溶けてしまいたいと思うほど。
「凛、可愛い」
朝陽はぎゅっと凛を抱き寄せ、それから頬を撫でた。その気持ちよさに凛が目を細めて朝陽の指に顔を擦り寄せると、朝陽の瞳がカッと見開かれた。
「凛っ」
朝陽は堪らないって様子で名前を呼ぶと凛の後頭部に手を当てて、深いキスをした。噛みつくように凛の唇を食らい、舌を口腔内に入れ込む。そして凛の舌を絡め取り、口蓋を撫ぜて蹂躙した。
「ん、んぅっ!」
あまりに激しいキスに、凛は何とか応えようとするが息が絶え絶えになってついていけない。でも気持ちよくって、自分から離れることはできなかった。
「んっ、んっ、ぷはぁっ、はっ、はぁっ、あさひ」
ようやく解放された凛は息を大きく吸う。でもそんな凛を朝陽は愛おしそうに見つめ、その額にちゅっとキスを落とした。
「凛、可愛すぎ。俺、本当に今までよく我慢した」
「ふぇ?」
我慢したって何が? と思い顔を上げると、また朝陽にちゅっとキスをされてしまった。今度は唇に。でも嬉しい。
……朝陽のキス、優しくて気持ちいい。
凛の頭はもうすでにぽわぽわっと幸せしか感じていなかった。
「凛、俺のものになって」
朝陽はそう言うと凛のチョーカーを外して床に投げ捨て、そのまま押し倒した。いつもだったら絶対に抵抗するのに、もう凛には抵抗のての字も浮かばない。ただただこの目の前にいるαに、朝陽に自分の全てを食べてもらいたかった。
「いいよ、俺のぜんぶ、あげる」
「ああ、凛。好きだよ」
朝陽は凛にのしかかり、またキスをした。今度はさっきとは違う優しいキス。何度も何度も角度を変えて、凛の唇を啄んでいく。
ちゅっちゅっちゅっと柔らかい唇に啄まれて、凛はだらしなく口を開ける。
「朝陽、もっとちょうだい」
凛があーんと口を開ければ、朝陽は舌をねじ込んだ。朝陽の舌が自分の口の中で暴れまわっているのが、なんとも愛おしい。
「んっ、ふっ、ん、んんんっ!」
キスをしながらも朝陽の手が凛の胸をまさぐり、その指先がピンっと尖った胸の飾りに当たった。
「んっあぁっ」
凛が声を上げると朝陽は楽し気に微笑んだ。そして躊躇いなく凛の胸の飾りに唇を寄せて、口に含む。ねっとりと舌先で先端を突かれ、弄られ、凛は痺れる快感に思わず身を捩った。
「んっ、あっあっ、朝陽ぃっ、やだぁっ」
「だめ、もっと味わわせて」
朝陽は凛を抑えつけて仰向けにさせると、ぱくりと胸の飾り全体を食べて舌先でぺろぺろと舐めた。
「ああっ、い、イっちゃうぅぅ、イっちゃうからぁあっ!」
「イっていいよ」
凛の声を聞きながら朝陽は胸の飾りをやわやわと噛んで、最後にぢゅうっと強く吸った。すると凛の体がビクビクッと跳ねる。
「あ、ああああんんっ!」
凛は体をのけぞらせ、性器から白濁した液をびゅくっと放った。凛の薄い腹が精液で汚れる。
……うぅ。下、触ってもないのに、出ちゃった。
凛はそう思ったが、朝陽は汚れた凛の薄い腹を凝視した。
「あさひぃ?」
凛が名を呼ぶが朝陽は返事もせずに舌を出して、躊躇いなく凛の出した精液をべろりと舐めとった。
「んくっ、あさひっ」
くすぐったい感触に凛は思わず声を上げてしまうが、朝陽はぺろぺろと舐める。その姿はまるでミルクを求める獣のよう。
「あさひ、お腹こわすよ」
凛は朝陽の頭を撫でて言ったが朝陽は全て舐めとり、満足げに笑った。
「ん、凛の精液。ずっと飲みたいって思ってた」
ごくんと喉を鳴らして飲み込み、朝陽のその姿に凛は胸がむずきゅんっとしてしまう。
けれど凛がうっとりと見とれている間に、朝陽は手を伸ばして凛の後孔に触れた。そこはもうぐしょぐしょに濡れていて、シーツに染みを作っている。
「っんん!」
「すごい濡れてる」
朝陽は後孔の縁をぐるりとなぞり、それから指を一本、中に潜り込ませた。朝陽の指が入ってると思うだけで凛の体は敏感に反応してしまう。
「あああっんんっ、あさひぃっ!」
「ぎゅうぎゅう締め付けてくる。凛、ここに俺の挿れていい?」
朝陽は楽し気に凛の中を掻きまわしながら尋ねた。でもそんなことをされれば凛は我慢なんてできない。
「うんうん。早くっ、早く朝陽のちょうだいっ!」
凛はこくこくっと頷いて、喘いで言った。その姿に朝陽の喉がごくりと鳴る。
そして朝陽は脱ぎかけの凛のパンツをはぎ取った。
「凛、脚広げて」
朝陽の言葉に凛は素直に従って足を広げ、朝陽は凛の足の間に腰を寄せた。そして自分の足の間から朝陽のガチガチに硬くそそり立った性器が見えて、凛はドキドキと胸を高鳴らせる。期待に前も後もぴくぴくと動く。
「はぁっ、絶景だな」
朝陽はそう言うとするりっと凛の性器を撫でた。Ωらしい小ぶりの性器はぴょんっと勃ち上がっていて、朝陽に触れられてぴくっと跳ねる。
でももっと朝陽の手に触れられたくて凛の腰が勝手に動いた。
「ん、あさひぃ」
「ああ、もう可愛いなぁ。でも、こっちは後でたくさん可愛がってやるからな」
朝陽はそう言うと凛の性器から手を離し、そそり立った自分の性器を掴んで、ぐいっ下ろすと凛の後孔に先っぽをくっつけた。くちゅっとキスをされ、それだけで凛の体が震える。
ああ、やっと挿れて貰える。
それなのに朝陽はふーふーっと息を整えて、なかなか中に来てくれない。そのじれったさに凛は我慢できなくて、すりっと足先で朝陽の腰を撫でた。
「あさひぃ、早く中にきてっ」
凛が誘うように言うと、朝陽は眉をぴくっと動かし凛の腰を掴んだ。
「こっちは優しくしようと思って、必死に我慢してるのに。誘ったのは凛だからな?」
朝陽は凛に言い放つと腰をぐいっと動かして、一気に凛の中に入りこんだ。太くて硬い肉棒が入り口を限りなく拡げ、容赦なく内壁を抉る。そして指では届かなかった奥を突かれて、凛は声を上げた。
「あぁっ!」
一瞬、目の前がチカッとしたが、そんな凛に構わず朝陽は獣の様にがつがつと腰を振って、何度も凛の中を抽挿した。
「凛、凛っ、凛っ!」
名前を呼ばれながら抱かれて、凛は全身が痺れたように気持ちよくなる。ぎゅっとシーツを掴んでいないと気持ちよさで、心までどこかに飛んでいってしまいそうだ。
「あっあっ、あああっ、や、やああっ、イっちゃううっ、またイっちゃうぅっ!」
パンッパンッと激しく腰を打ち付けられて、強い快感の波が凛の体を襲う。
「くそっ……可愛すぎだろッ!」
叫ぶ凛に朝陽は悪態をつくように呟き、それから凛の体をぐるんっとうつ伏せにさせた。その際、朝陽の性器がずるんっと抜けてしまったが、後ろからもう一度ぶちゅっと中に挿れられたら、声も出なくて。
さっきとは違う角度を擦られて凛はびくびくと震えた。
「~~~~っ!!」
……き、きもちぃぃ~~っ。
声にならない声を上げ、凛は枕をぎゅっと握って涎を垂らした。そんな凛にのしかかって朝陽は馬鹿の一つ覚えみたいに腰を何度も振り、凛の中を穿つ。
「凛、凛ッ!」
はぁはぁっと荒い朝陽の息が項にかかり、凛は体の内側がぞくぞくっと震える。
「んっ、凛。……噛んでいいか?」
ぱちゅっぱちゅんっと腰を振りながら朝陽は問いかけた。
項をべろりと熱い舌で舐められ、その熱に抗う事はできない。Ωの本能が叫んだ。
「朝陽、噛んで。俺の項、いっぱい噛んでぇっ!」
凛が振り返って言うと、朝陽は嬉しそうに笑った。
「ああ、いっぱい噛んでやる。……お前は俺の番だ」
朝陽はそう宣言すると、ガッと歯を立てて凛の項に嚙みついた。
噛みつかれた痛みに凛はぎゅっと目を瞑るが、それと同時に今まで感じた事のないほどの快感と幸福感が凛の中でぶわりっと沸き立った。
「あああ、イぐぅぅぅっ!」
凛は堪らず、体の中にいる朝陽をぎゅうううっと締め付けて叫んだ。その締め付けに朝陽も声を上げる。
「ぅっ、中に出すぞっ!」
朝陽はぎりっと歯を食いしばると凛の柔尻に腰をぴったりと押しつけ、ぶるりっと凛の中で震えてその最奥に熱い欲望を吐き出した。
……あーあーっ、朝陽のがびゅーびゅーっ出てるぅぅっ。いっぱい、でてるぅぅ。
熱い飛沫を体の中に感じながら凛は体を震わせ、凛自身もびゅるっとシーツの上に吐精した。
「はぁーはぁーっ」
凛は息が上がって、もう体のどこにも力が入らない。気持ちよさに体が溶けてしまったみたい。てろんっとベットにしなだれた。
「はぁっ、あつっ……凛」
「んっ」
朝陽は髪を掻き上げると汗を腕で拭い、それから凛に覆いかぶさったままキスをした。
それが幸せで、気持ちよくて。凛の顔はふにゃんっとだらしなく笑ってしまう。でもその顔を見て朝陽は嬉しそうに笑った。
「ようやくだ、凛。大好きだよ」
朝陽は甘い声で囁き、耳元で囁かれた凛は心がぎゅっぎゅっと抱き締められたような気持ちなった。だから凛も自然と口にしていた。
「おれもあさひ、すき」
やや呂律の回らない口で告げ、そしてまだ凛の中に滞在している朝陽をきゅむっと締め付ける。でも、そうすると出したばかりの朝陽の性器がまたムクムクッと凛の中で大きくなって。
「ぅぇ?」
戸惑いの視線を凛が向けると朝陽は眩しいほどの笑顔を見せた。
「あーもう、凛、可愛すぎ!」
言うなり、朝陽はぱちゅんっぱちゅんっと腰を動かしてきた。
「え、あっ、うそっ! あ、やああ、だめっ、まだ、うごいちゃああっ」
「凛、好きだ。愛してる」
「あああっ、あさひぃぃっ」
結局、凛はそれから一週間。
発情期が収まるまで、みっちりと朝陽に抱かれることになったのだった。
◇◇◇◇
――――だが、発情期を終えた七日目の朝。
「俺はもう保護者として、いや人として失格だぁぁぁ!」
凛はシャツだけを着て、バスルームに膝を抱えて座り込み、自己嫌悪の渦に陥っていた。
「おい凛、何言ってんだ。籠ってないで出て来い」
朝陽はバスルームの外からドアを叩いて言った。しかし凛が出てくる様子はない。
「凛、いい加減出て来いって」
ドンドンっとドアを叩いて、朝陽は声をかけるが凛は何も答えない。
そんな凛に朝陽は「はぁー」と大きなため息を吐くと、ぼそっと凛に告げた。
「凛……バスルームから出てくれないと俺、漏れそうなんだけど」
「そんなの嘘だろ」
凛はそう答えたが、朝陽は少し苛立った声を出した。
「嘘じゃねーって。本当に漏れそうなんだって! だから早くドアを開けろ。俺がここで漏らしてもいいのか?! なあ、頼むって!」
朝陽の声は少し切迫していた。
……もしかして演技じゃなくて本当に言ってるのかも?
「なあ、早く開けてくれ。もう我慢できないって!」
ドンッとドアを叩かれ、本当に漏れそうなんだ! と思った凛は慌ててバスルームの鍵を開けた。
けれどその途端、勢いよくドアが開かれてパンツを履いただけの朝陽が現れると、ぎゅっと抱き寄せられた。
「捕まえた」
その一言で凛は自分が騙された事を知る。
「嘘だったのか!?」
「だって、ああでもしないと凛はドアを開けてくれなかっただろ? ……折角手に入れたんだから、逃げるんじゃねーよ」
朝陽はぎゅうぎゅうっと凛を抱きしめる。その力強さとαの匂いに凛はついつい、ぽわぽわっと幸せな気持ちになってしまう。が、ハッとして朝陽から離れた。
「朝陽、あれは事故だったんだから俺の事は気にせず番を解消してくれ」
凛が告げると、朝陽は明らかに不機嫌な顔をして「はぁ?!」と声をあげた。
「お前は俺のΩのフェロモンに当てられただけだ。だから気にするな」
凛が言うと朝陽は大きなため息を吐き、それからむすっとした顔をすると凛の額にデコピンを食らわした。
「いてっ!」
「バカ凛。超鈍感、能天気だとはわかっていたけど、ここまでとは思わなかったぜ」
「な、なにが」
「じゃあ、番を解消する。それで凛は満足なんだろ?」
朝陽に言われて凛は胸の奥がぎゅっと苦しくなる。自分で番を解消してくれと言ったのに、凛に言われるとすごく悲しくて、切ない。
……でも、その方がいいんだ。朝陽はまだ若いんだし。
けれど、凛は『うん』とは答えられなかった。
「はぁ……全く、自分がどんな顔してるか見てみろよ。そんな顔をされて番を解消するわけないだろ。そもそもやっと念願かなって凛と番になったのに解消するか、バカ」
朝陽は呆れた様子で凛に言った。でも朝陽にバカバカと言われて凛はちょっとむっとしてくる。
「なんだよ、バカって言うな」
「凛がバカな事を言うからだろ? 番を解消しろなんて」
「だって、それは! 俺とは年が離れてるし、俺はお前の保護者だし」
「番になるのに年齢なんてかんけーねだろ。それに俺はもう未成年じゃない」
ハッキリと言われて凛はたじろぐ。
朝陽はもう先月の誕生日を迎えて十八歳になった。世間一般では未成年じゃないのだ。だけど、こんなことを十八歳の青年に、養い子にしてしまったという背徳感が募る。
そんな凛の気持ちを見透かしたように朝陽は凛の頭をわしゃわしゃと掻いた。もうすっかり凛よりも大きくなった手で。
「な、何するんだよ」
「あのな凛。悪いけど俺はな、父さんの葬式で凛に出会った時から、凛のことを保護者だなんて思ったことないんだよ。俺はずっと凛を番にしたいと思っていた」
思わぬ朝陽の告白に凛は「え?」と驚く。
……俺を番に? あの時から?
「でも、凛は俺を子供としか見てなかったし、俺は実際子供だった。だから十八になるまで待ったんだぞ。十八になれば結婚もできるし、もう未成年じゃなくなる。そうすれば、凛も少しは気にしないだろうって」
朝陽の告白に凛はぱちくりと目を瞬かせた。
「俺を、そんな時から? で、でも俺はもう三十四歳だぞ? お前とは十六も離れてるし」
凛が言うと朝陽は呆れた顔を見せた。
「こんなに可愛い三十四歳のおっさんがいてたまるかよ。それにな凛。フツー、両親が死んで行くところがないからって、見知らぬ男に十二のもう分別が付く子供がすんなりとついて行くと思うか?」
朝陽に言われて見て凛は改めて考える。
思えば朝陽は初めて会ったというのに『俺のところに来るか?』と問いかけた凛になんの抵抗もなく『行く!』と答え、心配する親戚を他所に凛の下に来た。
だが、もしも自分が朝陽の立場なら、父親の友人と言っても見知らぬ男にああもすんなりついて行くだろうか? 答えは勿論、否だった。
「ついて、いかない、かな」
「そうだろ? でも、なんで俺が凛について行ったと思う」
「なんで?」
凛が問いかけると朝陽はハッキリと告げた。
「凛は気が付いていないけど、俺の運命の番が凛だってわかったからだ」
「……っ! 運命の番?!」
「そーだよ。ま、凛は超がつくほどの鈍感だから今も、気が付いてないみたいだけど?」
朝陽の呆れた物言いに、バカにされたよう気持ちになって凛は思わず言い返した。
「な、俺は別に鈍感なんかじゃない!」
「じゃあ聞くけど、今まで俺以外のαにこんなに反応したことあるか?」
「え? ……それは」
朝陽に言われて凛はよくよく考えてみる。職業柄、今までαに会う事は何度となくあったが、朝陽ほどに欲しいと思ったことはなかった。
そもそも凛は今まで発情期も抑制剤を打てば、普段と変わらないぐらいだったのだ。でもここ数年、発情期は重くなる一方で。
「ここ数年、発情期が酷くなっていっただろう? 俺の成長に合わせてαのフェロモンが強くなっていったから、それに凛は反応したんだよ」
朝陽に言われて、凛はここ数年の謎が解けた。
そして、朝陽をどうしてこんなにも求めてしまうのか。ダメだと思いながらも、朝陽の服を集めてしまっていたのか。
「そうか、運命の番だから」
「ようやくわかったか、この鈍感。……だから今まで凛を襲わずにいるの、すごく我慢したんだぞ。俺は!」
朝陽は腰に手を当てて、ふんっと鼻息を出して言った。でも凛は眉間に皺を寄せた。
「朝陽が? 何を我慢したって言うんだ。別に俺みたいに発情期はないだろ」
凛が言うと朝陽はこめかみをぴくぴくっと動かした。
「あーのーなぁ! 俺は十二の時から凛が好きだって言ってんの! 好きな奴が一緒の家に住んでて、何もできない辛さがわかるか?! 凜、夏になるとすっごい薄着になるし! そ・れ・に、確かに凛は凛で発情期で辛かっただろうけど、こっちだってΩのフェロモンに何度誘惑されそうになったか! 一度も襲わなかった俺を褒めて欲しいね!」
「ええっ!? で、でもそんな素振りなかったじゃん!」
「当たり前だろ! 俺は未成年だったし、凛はそういうの気にするだろ。自分が誘惑したって。今もそうじゃないか」
「それは……その。だって」
凛はもごもごっと返事をしたが、何も言い返せない。
「だから俺は十八になるまで待ったんだよ。だから……だからもう二度と番を解消するとか言うな」
朝陽は少し泣きそうな顔で言い、凛は申し訳なく思う。
「ごめん」
「……わかればいいんだよ。まあ、もう番ったから凛はこれから一生俺から離れられないけどな」
朝陽はにっと笑った。そこだけはまだ年相応の十八歳の笑みで。可愛らしさに凛の胸はきゅんっとする。
「で、でも、お前は本当に俺でいいのか? 運命の番と言っても、俺は男だし」
凛が言うと朝陽は、凛の腰を抱き寄せた。
「凛、なんか勘違いしてるかもしれないから言っておくけど。運命の番ってのはオプションみたいなもんだ。俺は凛がいいんだ。お人好しで、鈍感で、俺の為に嘘をついてホテルに籠るようなお前を、俺は愛してる」
さっきまでは子供っぽく笑ったのに、今度は大人っぽい笑みを見せるから凛の胸はドキッとざわめく。
「あ、あ、愛してるって。朝陽が、俺を?」
「ああ、そうだよ。凛の事が好きだ」
臆面もなしに言う朝陽に凛は赤面してしまう。今までいろんな人に告白された経験のある凛だが、これほどまでに心揺さぶられる告白はなかった。
これも運命の番ってやつだからだろうか。いや、でもこれは関係ないような?
「だから凛が年上だろうと関係ない。運命の番だけで凛を選んだわけじゃない、その事をちゃんとわかっていて」
「う、うん」
凛は顔を赤くしまま頷いた。そんな凛に朝陽は微笑んだ。
「凛、すぐに俺と同じ気持ちになってくれ、なんて無理な事は言わない。でもちょっとずつでも俺自身の事を好きになってくれたら嬉しい。男として、俺を見てくれたら」
朝陽は凛の手を取って、その指先にちゅっとキスをした。その大人っぽい仕草に凛は完全に飲まれていた。
あ、朝陽の奴、一体どこでこんなことを覚えたんだ!? ふ、ふしだらだー! ハレンチだー!
凛は心の中で絶叫するが、恥ずかしさと照れくささでそんなことは言えなかった。ただ顔を赤くするばかりで。
「わ、わかった」
凛が頷くと朝陽は悪い顔でにこっと笑った。
「そうか、良かった。ま、これからは本気で落としにかかるから、凛が俺の事を好きになるのにそう時間はかからないと思うけど」
そう宣言をされて凛は思わず反論してしまう。きっと朝陽の予想は当たってしまうだろうと、思いながらも。
「自信満々だな。そうならないかもよ?」
「そうかな? こんなにいいα物件はいないと思うけど? 俺、そこら辺にいるαより頭いいし。顔もいい、金もあるし、凛一筋だ。好きにならない方が無理なんじゃない?」
「う、うぐっ」
……てか、頭が良い事とか顔がいいって、やっぱり気が付いてたんだ。朝陽、そういう事言わないから、気が付いてないのかと思ってた。
凛はそんなことを思ったが、改めて目の前にいる朝陽を見て、確かに番うには最高の相手だろうと思う。
将来有望で、これからどんどんもっと男らしくなって、浮気の心配もない。しかも出会ってからこの六年、ずっと自分だけを想ってくれていた。素直に嬉しい。
……あれ? 俺が朝陽を好きになるの、本当にあっと言う間かも。
「ふっ、もう俺を好きになりそう?」
からかうように言われて凛は顔を赤くした。
「そ、そんなことない」
「そうかな? 俺の服を集めて巣作りしてたのは誰だっけ?」
「そ、それはぁ!」
「俺の匂いが欲しかったんだよな?」
朝陽に言われ、むぅっと口を閉じた凛は羞恥にぷるぷると震えた。
でもあの巣作りを見て、朝陽が胸を打たれたことを凛は知らない。好きな相手(オメガ)が自分の服を匂いながら自慰行為をしていたなんて、αなら感動しないはずがないのだ。
……おかげで定期的に服を捨てていた甲斐があった。
朝陽は心の底からそう思った。
「今度はあんな古い服じゃなくて、今使っている服を使っていいから。まあ、服より俺自身に抱き着いて欲しいけど」
「もーしない!」
凛はぷいっと顔をそっぽ向けて言った。でも凛もわかっていた。こんなことを言ってもまた本能に支配されてまた巣作りをしてしまうだろうと。
だって止められたなら、朝陽に見つかる前に服を捨てる事ができたから。
でもするとわかっていても、決めつけられるのは嫌なのだ。
「もう二度と作らない!」
凛が宣言すると朝陽は、いじける凛をなだめる様に抱き締めて背中を撫でた。
「ごめん、ごめん。意地悪が過ぎたな、冗談だ。俺、凛が巣作りしてて嬉しかったよ。俺の事、求めてくれてるんだってわかって。だからまた作って?」
優しい声で言われたら凛のちょっと尖っていた心はすぐに宥められてしまう。
「……気が向いたら」
凛が答えると朝陽は嬉しそうに「うん、お願い」と答えた。その返事一つで凛は幸せな気持ちになってしまう。
でも凛は巣作りの話に、ある事を思い出した。
……そう言えば俺、巣作りをする為にしっかりとドアを閉めてオートロックの鍵をかけたよな? なら、どうやって朝陽は中に入ってきたんだ? そもそもここはΩ専用のフロアだし、なんで朝陽はここにいるんだ??
凛は頭にいっぱいハテナを浮かべて、目の前にいる朝陽を見つめた。
「なあ、朝陽。お前、どうやってこの部屋に入ってきたんだ? ここはΩ専用のフロアでαは入れないはずだぞ?」
凛が尋ねると朝陽はあっさりと答えた。
「ああ、それは俺がこのホテルを買収してマスターキーを使ったからだよ」
「は!?」
聞き間違いかと思って凛は朝陽にもう一度尋ねた。
「なんていった?」
「だから、このホテルは俺のもんなの。その権限を使ってマスターキーで開けたんだ」
……もう一度聞いたけど、聞き間違いじゃなかった!
「お、オーナー!? 朝陽が!?」
「そうだって言ってるだろ?」
「そんな、ホテルを買収するなんて一体どうやって!」
「まあ、色々。一言言っておくけど、凛が思ってるよりも俺、金持ってるから」
「だからってホテルを買収なんて!」
「俺の金をどうこう使おうが俺の勝手だろ?」
朝陽の態度は実にあっさりしていた。なんともαらしいというか。
「でも、どうしてこのホテルを? そもそもどうして俺がこのホテルを使ってるって知ってたんだよ。俺は朝陽に言った事なかっただろ!」
凛が尋ねると朝陽はニコッと笑った。
「GPS、凛の携帯に少し細工させてもらった。それに三年前から三カ月に一度、定期的に出張なんてどう考えてもおかしいだろ。お前が発情期で、どこかに籠ってるのはわかってた」
「GPS! お、お前それ犯罪だぞ!」
「凛にしかしてないからいいだろ? ……ともかく。発情期にいつもこのホテルを使っていたのはわかっていたから、買収して凛が発情期でここを使うのを待ってた」
「待ってたって」
「十八を過ぎたら、凛と番うつもりだったからな」
朝陽は凛にも堂々と言い、その用意周到さと愛の重さにちょっと顔を引きつらせてしまう。
……そういや事務所の先輩が言ってたっけ。α性が強いαほど、Ωにすごく執着するって。
でも、その執着もちょっと嬉しく感じてしまう自分もしっかりとΩなのだろう。
それにこうなって初めて、凛はどうしてあの時朝陽に声をかけたのか、ようやくわかった気がした。
兄と慕っていた人の子供だから?
両親を亡くした朝陽が可哀そうに見えたから?
自分なら子供一人、養えると思ったから?
……理由はいくつでも作ることはできる、だけどきっとどれも違う。俺もわからずに感じていたんだろう。朝陽が俺の運命の番だって。
凛は納得できる理由に、ふふっと笑った。
「凛?」
「いや、なんでもない」
凛は小さく息を吐いて答えた。これ以上、隠し事がないか朝陽に問いかけたいところだが、もうそんな力は凛に残ってはいなかった。
でも一方で朝陽は、そんな凛のお尻を両手でもにっといやらしく揉んだ。
「んぅ、あ、あさひ」
「凛のお尻、やわっこくて触り心地最高」
朝陽はそんなことを言いながらもにもにっとお尻を揉んで、ふわりっとαのフェロモンを出してくる。そのいい匂いについつい凛の頭はほわほわとしてしまうが、発情期が終わった今、凛の中にはまだ理性が残っていた。
「あ、朝陽っ、もう触っちゃだめ!」
「なんで? なあ、凛。もう一回しよ?」
朝陽に誘われて、凛は顔を赤くする。
「な、もういっぱいしただろ!」
「あんなのじゃ足りない。それに、またその内できなくなるだろうし」
朝陽の意味深な発言に、凛は眉を寄せた。
「その内できなくなる?」
凛が尋ねると朝陽はにっこりと笑って、凛のお腹を撫でた。
「凛のお腹にいっぱい出したからな。お腹が大きくなってきたら、またしばらくできなくなるだろ? だから今の内にいっぱいしておきたい」
朝陽の言葉の意味を理解して、凛は口をわななかせた。
朝陽は凛が妊娠する前提で言っているのだとわかって。
でもそれは予言ではなく、確信に近いものだった。
「なっ、なっ!!」
戸惑う凛のシャツを朝陽はぺろんっと捲った。シャツの下には朝陽がつけたキスマークに噛み痕が無数に散らばっている。
「うん、いい眺め」
「も、も、駄目だぞ!」
凛は後ろに後ずさりながら言うが朝陽は笑顔でずりずりと近寄った。そしてしっかりと凛の腰に手を回した。
「はいはい」
「ひっ、もうだめだってぇぇぇぇー!」
凛の叫びも空しく結局その日も一泊し、凛と朝陽が家に仲良く帰ったのは翌日の事だった。
◇◇◇◇
そしてそれからーー。
二人は家に帰って三日もしない内に婚姻届を提出して結婚し、二か月後には凛が妊娠している事が発覚した。
あまりの展開の早さに凛はついていけなかったが、そこは朝陽がしっかりと手を回していて。
凛が自分の両親や事務所に事情を説明しに行っても、祝いの言葉を言われるだけだった。
『ようやく番ったのね、よかったわ~』と母親には安心され、事務所には『以前から朝陽君に頼まれていてね。今後の予定はちゃんと調整しているから産休をとっても大丈夫だよ』と微笑まれた。
なんというαの用意周到さ。いや朝陽だからか? と凛は少しばかり怖くなった。
しかし凛が朝陽を嫌いになるわけもなく。
それからさらに一年後。
二人は結婚写真を撮り、そこにはふくふくと可愛らしい朝陽似と凛似の双子の男の子を腕に抱え、幸せそうに写っていたのだった。
おわり
**********
オメガバース設定の物語を書いてみたくて、今回挑戦してみました。
なので発情期、巣作り、番、妊娠とモリモリに盛ってみました。短編作品だし。
面白かったよ!と思われたら、お気に入りをお願いします('ω')/
※現実世界では、来年から18歳で成人となりますが朝陽には一足先になってもらいました(笑)
※18歳で成人になる設定にしております。
**************
「凛、好きだ。愛してるっ」
「あんんっ、あさひぃぃっ」
抱き締められ、中を穿たれて凛は嬌声を上げた。
でも凛はまさかこんなことになろうとは夢にも思っていなかった。
養い子である朝陽とこんなことになろうとはーー。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
葉桜が芽吹き始めた春の朝。
マンションの一室、同居人が寝ているであろうドアの前で凛は声をかけた。
「おーい、朝陽。そろそろ起きろー」
するとしばらくして「んー」と気怠い声が聞こえて、ごそごそ動いた音がした。その後、そっとドアが開く。のそっと現れたのは、凛の年若い同居人。
小野朝陽。先月十八歳になったばかりの大学生だ。
だが低血圧のせいで、朝はいつも弱い。寝惚け眼に不機嫌そうな顔、眉間にはわずかに皺が寄っている。
それなのに整った顔立ちと185㎝の高身長。程よくついた筋肉のせいで、気怠い様子も髪の毛が寝ぐせでぼさぼさなのもなんとなく様になってしまう。
……こういうとこ、α(アルファ)ってズルいよな。本人は無意識なんだろうけど。
「凛、ナニ?」
じっと見つめていると朝陽に尋ねられ、凛は洗濯籠を抱えたままくるっと方向転換した。
「なんでもないよ。それより朝いちばんは、おはよう、だろ?」
凛が背を向けたまま振り返って言うと、朝陽は素直に「おはよ」と短く答えた。
でもまだ眠いらしく、くわぁっと大きな口を開けてあくびをする。その様子はまるで気まぐれな黒猫、いや黒豹と言ったところだろうか。
……昔は黒猫みたい可愛かったのになぁ、俺より身長も低かったし。
そんなことを思いながら凛はリビングを通ってベランダに向かった。今日は天気がいい、洗濯物もすぐ乾くだろう。その分、花粉もすごいらしいが。
「朝陽、スープ作っておいたから。パンは自分で焼いて」
凛はマンションのベランダから、キッチンで水を飲む朝陽に言った。朝陽はまだぼんやりとしていたが「ん」と短く答えて食パンを二枚、手慣れた手つきでトースターに入れた。
その様子を眺めながらも凛は洗濯物を干していく。いつの間にか自分より大きくなった朝陽の服の皺を伸ばしながら。
……初めて会った時は十二歳の中坊だったのに、本当に大きくなったな。
凛は自分のMサイズと朝陽のLサイズのTシャツを並べて干しながら思った。
凛が朝陽と出会ったのは六年前、朝陽の父親の葬式でだった。
朝陽の父親は凛より十歳年上だったが家が隣同士で、幼い頃から面倒をよく見てくれた人だった。だから凛は兄のように慕っていて、地元を離れても時折連絡を取るほどには仲が良かった。
けれど凛も朝陽の父親も仕事の忙しさに段々と会わなくなり、凛が地元を離れた時を最後に、朝陽の父親は突然の心臓発作であっさりと亡くなってしまった。
まだ中学生になったばかりの朝陽を一人残して……。
あの時の朝陽の姿を、凛は今も鮮明に思い出せる。
自分の父親の葬式だというのに、泣きもせず大人びた顔をしている十代の少年。
少し大きめの学ランはまだ真新しく、手持無沙汰そうに家の縁側に座って、濡れ羽色の黒髪をそよ風に揺らしていた。
母親も幼い頃に亡くし、今度は父親も亡くしたというのに不安そうな顔を見せない少年。本当なら泣きわめいてもおかしくないのに。だから、そのぼんやりとした姿が酷く痛々しく見えて、凛は気が付けば声をかけていた。
『あのさ、お前……俺のところにくるか?』って。
……本当、勢いって怖いよなぁ~。まああの後、本当に朝陽を引き取ってこうやって暮らしているわけだけど。
凛は洗濯物を干しながらしみじみと思った。
勢いに任せ、朝陽を引き取ってから六年。幼かった少年はいつの間にか、タケノコよろしくすくすくと縦に伸びて、今では立派な青年に成長した。
しかも両親はどちらもβ(ベータ)だったのに、朝陽だけはα性で。
引き取った後、転入先の学校で行われたバース検査の結果用紙を見て、凛は二度見したぐらいだった。βからαは滅多に生まれないから。
でも朝陽はαらしく中高を首席で卒業して、現在は帝都大学に行きながら、その傍ら有名どころのIT企業に所属し、パソコンを使って新しいシステム開発をしている。
朝陽が高校生の時に作り上げたプログラムがIT企業の人の目に留まり、スカウトされたのだ。なので朝陽は大学生ながら社会人というわけで、そこそこにいい給料をもらっているらしい。
αってすごいな、と思っていた凛だが、朝陽はαの中でもすごいんじゃないか? と最近では思い直しているところだ。
そして、凛の方はと言うと。
天ケ瀬凛という本名のまま十代の頃からモデルをしていて、二十歳を超えてからは俳優業もちょこちょここなす、モデル兼俳優だ。
175㎝の細身の体。Ω(オメガ)特有の色素の薄い髪と瞳。色白の肌に、三十四歳という年齢の割に衰えない端正な顔は、未だに周りからの評判が良く。おかげで今も仕事に困ることなく働けている。
そしてΩに理解ある事務所のおかげで、三カ月に一度やってくる発情期の時も、お休みを貰えて問題なく過ごせている。まあ、そもそも凛は元から発情期は軽く、抑制剤だけで快適に過ごせるのだが。
まさにΩに生まれながらも順風満帆な生活を送っている……のだが。
凛はここ数年、誰にも言えないある悩みを抱えていた。
ふわりっと柔軟剤に紛れて匂い立つある香り、その匂いに凛の体がチリッと焦がれる。
……もうそろそろかな。
凛は洗濯を全て干し終わってリビングに戻ると、ちらりと壁に掛けているカレンダーを見て、食パンを齧る朝陽に声をかけた。
「なぁ、朝陽」
「ん?」
パンをもぐもぐと食べる朝陽は、凛に視線を向けた。
「俺、明日からまた撮影で地方に行く予定だからしばらく留守番を頼むな」
「またか? どれくらい行くんだ?」
朝陽が尋ねると凛は曖昧に答えた。
「あー、一週間ちょっと、かな? でもまたお土産、買ってくるから楽しみにしててよ」
「……わかった」
朝陽は返事をして、あっという間に二枚のパンを平らげスープを全て飲み干した。
でも口の端に付いたパンくずを舌でぺろりと舐め、仕上げに親指で拭った。そのちょっとした仕草に、凛の体はぞくりと疼く。
……ダメダメ、駄目だ。
凛は無意識に首に手を回し、首につけているお守りのチョーカーに触れた。
「凛?」
朝陽に声をかけられて凛はハッとし、でもすぐに作り笑いをした。
「いやー、昨日ちょっと寝違えちゃってさ……。それより朝陽、そろそろ出ないと遅刻するんじゃないのか?」
時計を見て言えば朝陽は素直に席を立った。
「ああ、そろそろ行く」
朝陽は席を立ち、食器を片付けた。そしてそのまま洗面所に向かい、凛はその朝陽の後姿を見てホッと息を吐く。
……今のちょっとやばかったな。明日は早く家を出た方がいいかもしれない。
凛は心の中で呟き、また小さくふぅっと息を吐いた。
「全く、Ωなんて面倒な生き物だな」
◇◇◇◇
そして翌日の昼前。
凛は大きなスーツケースを片手に、家から少し離れたホテルへ泊まりに来ていた。
「すみません、今日から予約をしているんですけど」
少し熱っぽさを感じながら凛は馴染みのフロントマンに言った。
「いらっしゃいませ、天ケ瀬様。今回もΩ専用フロアの一室を一週間でございますね?」
確認するように尋ねられ、凛は頷いた。
「はい」
凛の事をフロントマンも覚えているので、その後の手続きがスムーズに進む。そしてカードキーを渡された凛はエレベーターを使って、すぐに部屋へと向かった。
……この生活もいよいよ三年目か。フロントの人にすっかり顔を覚えられて……。まあ三カ月に一回、発情期の時に毎回来るんだから、そりゃ覚えるか。
凛は少しぼんやりとした頭でそんな事を考えた。
凛は三年前からこのホテルを三カ月に一度、発情期の時にだけ使っていた。このホテルにはΩ専用のフロアがあり、発情期中のΩでも安心して使う事ができるからだ。
そしてエレベーターがΩ専用のフロアにつくと、凛はカードキーを使って急いで部屋の中に入った。その後すぐに外のドアノブに『DO NOT DISTURB(起こさないでください)』の札を掛けて、ドアを閉める。
これでもう安心だ。
凛は緊張が解けて、胸を撫でおろした。
でも緊張が解けたからなのか、凛の体にどっと発情期の症状が現れ始める。体が熱くなり、ぐちょりっと後ろが濡れて体が疼き始めた。
そして凛の濃厚なフェロモンが部屋に漂う。αを誘う匂いだ。
……予定じゃ三日後だったけど、早めにホテルに来てよかった。最近、どんどん発情期の症状が酷くなるな。
「はぁっはぁっ」
息を乱しながら凛はそんなことをぼんやりと思い、上着やズボンを床に脱ぎ捨ててボクサーパンツを履いただけの姿になった。それから持ってきていた大きなスーツケースを開ける。
そこからはもうダメだった。ふんわりと香るαの匂いに、脳が痺れてしまう。
凛はスーツケースいっぱいに敷き詰めた服をすぐさまベッドの上に取り出して、こんもりと小さな山を作った。正直、山と言うには少々低いが文句は言っていられない。凛は堪らずその中に頭から突っ込んで埋まった。
……ああ、朝陽の匂い。いいにおい。
凛はすぅっと肺の奥まで吸い込むと「はふぅっ」とうっとりと息を吐き、朝陽の服の中に心ゆくまで埋もれた。
凛が大きなスーツケースに詰めて持ってきたのは一着分の自分の着替えと、あとは全て朝陽の服だった。凛がこっそりと集めた、朝陽が捨てたはずの服。なので中には朝陽の中学時代のジャージなんかも紛れ込んでいる。が、もう匂いが薄い。
……朝陽の匂い、もっと嗅ぎたい。匂いが濃いの、ほしい。
凛はくんくんっと匂って数ある服の中から一枚を手元に寄せた。
……ああ、これだ。朝陽の匂いが濃いの。くふんっ。
凛は昨日まで朝陽が着ていたシャツをくんくんっと嗅いで、幸せそうに顔を緩めた。凛は一枚だけバレないように、朝陽のシャツを持ってきていたのだ。
でも匂いを嗅げば嗅ぐほど、前からは先走りが溢れ、後孔はじんわりと濡れる。もうパンツはぐっしょりだ。
「はぁ、朝陽」
凛は朝陽の服に埋もれながらシャツに顔を寄せて、パンツをずらして両手で前と後ろを弄った。くちゅくちゅといやらしい水音が耳に響く。気持ちよさに手が止められない。でもΩの本能はもっと大きくて太い何かをよこせと腹の奥を疼かせた。
そして本能が何を求めているのかわかるから、凛は自分のいやらしくて浅ましい体に、少しばかり残っている理性が涙を零させた。
「うっ……朝陽、ごめ、んっ」
養い子である朝陽の服を勝手に集めて、こんな事をしている自分に募る嫌悪と軽蔑、罪悪感。何度もこんなことは止めようとした、けど本能には勝てなくて。
凛は朝陽の匂いを嗅ぎながら自分で体を慰め、涙をぽろっと流した。
十二歳で朝陽のバース性がαだとわかってから、凛は朝陽の前でフェロモンを出さないように気を付けてきた。でも朝陽が大きくなるにつれて元々軽かったはずの発情期はどんどん重くなり、強めの抑制剤でも体はいう事をきかなくなって。
そして三年前。
凛はとうとう発情期の重さに耐えられなくなって、駆け込む様にこのホテルに泊まった。それからは発情期になる前にこのホテルに予約し、宿泊するように……。
でも発情期中は朝陽の匂いがすごく恋しくて。気が付けば朝陽に『捨てておいて』と頼まれた服を捨てずに集めるようになり、発情期の時にスーツケースに一杯敷き詰めて持ち運ぶようになった。
でも、集めた服はどんどん朝陽の匂いが薄くなっていくから、どうしても朝陽の濃い匂いが欲しくて、いつも洗濯に出されたシャツを盗む様に一枚だけ持ってきてしまう。
最低だ、と思う気持ちと、朝陽の濃い匂いに幸せを感じる自分がいて、凛は気持ちよくて、酷く苦しい。
『朝陽に腹の中をぐちょぐちょに掻き混ぜて欲しい』
『いや、駄目だ! そんな事、考えるな!』
そう叫ぶ二人の自分がいた。
「んっ、んっ……朝陽ぃっ」
凛は朝陽のシャツに顔を押しつけながら自分の指を後孔に突っ込んで広げる。でも物足りなさに腹の奥がじんじんと疼いて。でも凛にはどうしようにもできなかった。ただただ我慢して、いつものようにこの一週間を乗り越えるしか。
ーーーーけれど。
「はぁはぁっ、凛」
聞こえた声に凛はドキッとして、思わず手が止まった。
……え? 今、朝陽の声が聞こえたような。気のせい、だよな? だよな??
でも凛の願い空しく、被っていた服を誰かに捲られ、明るい光が凛の目に入る。そこには恍惚とした表情の朝陽がいた。
「え、あっ、朝陽!?」
「ああ、凛。予想以上に可愛いな」
愛おしげに朝陽は言い、逆に凛は慌てた。
「ど、して、ここに?!」
だが戸惑う凛を他所に、朝陽は何も言わず性急に服を脱いでいく。その姿に凛の胸はドキドキして、腹の奥が期待に疼いた。
広い肩幅、うっすらと割れた腹筋、血管の浮き出た腕。そしてボクサーパンツを脱いだ時、勃起した朝陽の性器が勢いよく現れて。凛の胸はきゅんっとときめいて、じわっと後ろが濡れた。
「はぁっはぁっ」
凛の息は勝手に上がり、微かに開いた口から涎が出てしまいそうになる。
だけどそんな凛を朝陽は優しく見つめて、ベッドにのし上がった。
「はぁっ、凛のフェロモン、すごいよ。甘くていい匂い」
朝陽はすうっと凛の匂いを嗅いで堪らないといった表情をみせた。
その姿に凛の胸がずきゅんっと跳ねあがる。目の前にいる朝陽と、αの匂いにわずかに残っていた理性が完全にはぎ取られていく。もう朝陽が欲しいとしか考えられない。
本能に支配された。
「はぁっ、朝陽ぃっ」
凛は自分でも信じられないほど甘い声で呼び、朝陽に抱き着いた。我慢していた分、人肌が気持ちいい。このまま抱き合って朝陽の中に溶けてしまいたいと思うほど。
「凛、可愛い」
朝陽はぎゅっと凛を抱き寄せ、それから頬を撫でた。その気持ちよさに凛が目を細めて朝陽の指に顔を擦り寄せると、朝陽の瞳がカッと見開かれた。
「凛っ」
朝陽は堪らないって様子で名前を呼ぶと凛の後頭部に手を当てて、深いキスをした。噛みつくように凛の唇を食らい、舌を口腔内に入れ込む。そして凛の舌を絡め取り、口蓋を撫ぜて蹂躙した。
「ん、んぅっ!」
あまりに激しいキスに、凛は何とか応えようとするが息が絶え絶えになってついていけない。でも気持ちよくって、自分から離れることはできなかった。
「んっ、んっ、ぷはぁっ、はっ、はぁっ、あさひ」
ようやく解放された凛は息を大きく吸う。でもそんな凛を朝陽は愛おしそうに見つめ、その額にちゅっとキスを落とした。
「凛、可愛すぎ。俺、本当に今までよく我慢した」
「ふぇ?」
我慢したって何が? と思い顔を上げると、また朝陽にちゅっとキスをされてしまった。今度は唇に。でも嬉しい。
……朝陽のキス、優しくて気持ちいい。
凛の頭はもうすでにぽわぽわっと幸せしか感じていなかった。
「凛、俺のものになって」
朝陽はそう言うと凛のチョーカーを外して床に投げ捨て、そのまま押し倒した。いつもだったら絶対に抵抗するのに、もう凛には抵抗のての字も浮かばない。ただただこの目の前にいるαに、朝陽に自分の全てを食べてもらいたかった。
「いいよ、俺のぜんぶ、あげる」
「ああ、凛。好きだよ」
朝陽は凛にのしかかり、またキスをした。今度はさっきとは違う優しいキス。何度も何度も角度を変えて、凛の唇を啄んでいく。
ちゅっちゅっちゅっと柔らかい唇に啄まれて、凛はだらしなく口を開ける。
「朝陽、もっとちょうだい」
凛があーんと口を開ければ、朝陽は舌をねじ込んだ。朝陽の舌が自分の口の中で暴れまわっているのが、なんとも愛おしい。
「んっ、ふっ、ん、んんんっ!」
キスをしながらも朝陽の手が凛の胸をまさぐり、その指先がピンっと尖った胸の飾りに当たった。
「んっあぁっ」
凛が声を上げると朝陽は楽し気に微笑んだ。そして躊躇いなく凛の胸の飾りに唇を寄せて、口に含む。ねっとりと舌先で先端を突かれ、弄られ、凛は痺れる快感に思わず身を捩った。
「んっ、あっあっ、朝陽ぃっ、やだぁっ」
「だめ、もっと味わわせて」
朝陽は凛を抑えつけて仰向けにさせると、ぱくりと胸の飾り全体を食べて舌先でぺろぺろと舐めた。
「ああっ、い、イっちゃうぅぅ、イっちゃうからぁあっ!」
「イっていいよ」
凛の声を聞きながら朝陽は胸の飾りをやわやわと噛んで、最後にぢゅうっと強く吸った。すると凛の体がビクビクッと跳ねる。
「あ、ああああんんっ!」
凛は体をのけぞらせ、性器から白濁した液をびゅくっと放った。凛の薄い腹が精液で汚れる。
……うぅ。下、触ってもないのに、出ちゃった。
凛はそう思ったが、朝陽は汚れた凛の薄い腹を凝視した。
「あさひぃ?」
凛が名を呼ぶが朝陽は返事もせずに舌を出して、躊躇いなく凛の出した精液をべろりと舐めとった。
「んくっ、あさひっ」
くすぐったい感触に凛は思わず声を上げてしまうが、朝陽はぺろぺろと舐める。その姿はまるでミルクを求める獣のよう。
「あさひ、お腹こわすよ」
凛は朝陽の頭を撫でて言ったが朝陽は全て舐めとり、満足げに笑った。
「ん、凛の精液。ずっと飲みたいって思ってた」
ごくんと喉を鳴らして飲み込み、朝陽のその姿に凛は胸がむずきゅんっとしてしまう。
けれど凛がうっとりと見とれている間に、朝陽は手を伸ばして凛の後孔に触れた。そこはもうぐしょぐしょに濡れていて、シーツに染みを作っている。
「っんん!」
「すごい濡れてる」
朝陽は後孔の縁をぐるりとなぞり、それから指を一本、中に潜り込ませた。朝陽の指が入ってると思うだけで凛の体は敏感に反応してしまう。
「あああっんんっ、あさひぃっ!」
「ぎゅうぎゅう締め付けてくる。凛、ここに俺の挿れていい?」
朝陽は楽し気に凛の中を掻きまわしながら尋ねた。でもそんなことをされれば凛は我慢なんてできない。
「うんうん。早くっ、早く朝陽のちょうだいっ!」
凛はこくこくっと頷いて、喘いで言った。その姿に朝陽の喉がごくりと鳴る。
そして朝陽は脱ぎかけの凛のパンツをはぎ取った。
「凛、脚広げて」
朝陽の言葉に凛は素直に従って足を広げ、朝陽は凛の足の間に腰を寄せた。そして自分の足の間から朝陽のガチガチに硬くそそり立った性器が見えて、凛はドキドキと胸を高鳴らせる。期待に前も後もぴくぴくと動く。
「はぁっ、絶景だな」
朝陽はそう言うとするりっと凛の性器を撫でた。Ωらしい小ぶりの性器はぴょんっと勃ち上がっていて、朝陽に触れられてぴくっと跳ねる。
でももっと朝陽の手に触れられたくて凛の腰が勝手に動いた。
「ん、あさひぃ」
「ああ、もう可愛いなぁ。でも、こっちは後でたくさん可愛がってやるからな」
朝陽はそう言うと凛の性器から手を離し、そそり立った自分の性器を掴んで、ぐいっ下ろすと凛の後孔に先っぽをくっつけた。くちゅっとキスをされ、それだけで凛の体が震える。
ああ、やっと挿れて貰える。
それなのに朝陽はふーふーっと息を整えて、なかなか中に来てくれない。そのじれったさに凛は我慢できなくて、すりっと足先で朝陽の腰を撫でた。
「あさひぃ、早く中にきてっ」
凛が誘うように言うと、朝陽は眉をぴくっと動かし凛の腰を掴んだ。
「こっちは優しくしようと思って、必死に我慢してるのに。誘ったのは凛だからな?」
朝陽は凛に言い放つと腰をぐいっと動かして、一気に凛の中に入りこんだ。太くて硬い肉棒が入り口を限りなく拡げ、容赦なく内壁を抉る。そして指では届かなかった奥を突かれて、凛は声を上げた。
「あぁっ!」
一瞬、目の前がチカッとしたが、そんな凛に構わず朝陽は獣の様にがつがつと腰を振って、何度も凛の中を抽挿した。
「凛、凛っ、凛っ!」
名前を呼ばれながら抱かれて、凛は全身が痺れたように気持ちよくなる。ぎゅっとシーツを掴んでいないと気持ちよさで、心までどこかに飛んでいってしまいそうだ。
「あっあっ、あああっ、や、やああっ、イっちゃううっ、またイっちゃうぅっ!」
パンッパンッと激しく腰を打ち付けられて、強い快感の波が凛の体を襲う。
「くそっ……可愛すぎだろッ!」
叫ぶ凛に朝陽は悪態をつくように呟き、それから凛の体をぐるんっとうつ伏せにさせた。その際、朝陽の性器がずるんっと抜けてしまったが、後ろからもう一度ぶちゅっと中に挿れられたら、声も出なくて。
さっきとは違う角度を擦られて凛はびくびくと震えた。
「~~~~っ!!」
……き、きもちぃぃ~~っ。
声にならない声を上げ、凛は枕をぎゅっと握って涎を垂らした。そんな凛にのしかかって朝陽は馬鹿の一つ覚えみたいに腰を何度も振り、凛の中を穿つ。
「凛、凛ッ!」
はぁはぁっと荒い朝陽の息が項にかかり、凛は体の内側がぞくぞくっと震える。
「んっ、凛。……噛んでいいか?」
ぱちゅっぱちゅんっと腰を振りながら朝陽は問いかけた。
項をべろりと熱い舌で舐められ、その熱に抗う事はできない。Ωの本能が叫んだ。
「朝陽、噛んで。俺の項、いっぱい噛んでぇっ!」
凛が振り返って言うと、朝陽は嬉しそうに笑った。
「ああ、いっぱい噛んでやる。……お前は俺の番だ」
朝陽はそう宣言すると、ガッと歯を立てて凛の項に嚙みついた。
噛みつかれた痛みに凛はぎゅっと目を瞑るが、それと同時に今まで感じた事のないほどの快感と幸福感が凛の中でぶわりっと沸き立った。
「あああ、イぐぅぅぅっ!」
凛は堪らず、体の中にいる朝陽をぎゅうううっと締め付けて叫んだ。その締め付けに朝陽も声を上げる。
「ぅっ、中に出すぞっ!」
朝陽はぎりっと歯を食いしばると凛の柔尻に腰をぴったりと押しつけ、ぶるりっと凛の中で震えてその最奥に熱い欲望を吐き出した。
……あーあーっ、朝陽のがびゅーびゅーっ出てるぅぅっ。いっぱい、でてるぅぅ。
熱い飛沫を体の中に感じながら凛は体を震わせ、凛自身もびゅるっとシーツの上に吐精した。
「はぁーはぁーっ」
凛は息が上がって、もう体のどこにも力が入らない。気持ちよさに体が溶けてしまったみたい。てろんっとベットにしなだれた。
「はぁっ、あつっ……凛」
「んっ」
朝陽は髪を掻き上げると汗を腕で拭い、それから凛に覆いかぶさったままキスをした。
それが幸せで、気持ちよくて。凛の顔はふにゃんっとだらしなく笑ってしまう。でもその顔を見て朝陽は嬉しそうに笑った。
「ようやくだ、凛。大好きだよ」
朝陽は甘い声で囁き、耳元で囁かれた凛は心がぎゅっぎゅっと抱き締められたような気持ちなった。だから凛も自然と口にしていた。
「おれもあさひ、すき」
やや呂律の回らない口で告げ、そしてまだ凛の中に滞在している朝陽をきゅむっと締め付ける。でも、そうすると出したばかりの朝陽の性器がまたムクムクッと凛の中で大きくなって。
「ぅぇ?」
戸惑いの視線を凛が向けると朝陽は眩しいほどの笑顔を見せた。
「あーもう、凛、可愛すぎ!」
言うなり、朝陽はぱちゅんっぱちゅんっと腰を動かしてきた。
「え、あっ、うそっ! あ、やああ、だめっ、まだ、うごいちゃああっ」
「凛、好きだ。愛してる」
「あああっ、あさひぃぃっ」
結局、凛はそれから一週間。
発情期が収まるまで、みっちりと朝陽に抱かれることになったのだった。
◇◇◇◇
――――だが、発情期を終えた七日目の朝。
「俺はもう保護者として、いや人として失格だぁぁぁ!」
凛はシャツだけを着て、バスルームに膝を抱えて座り込み、自己嫌悪の渦に陥っていた。
「おい凛、何言ってんだ。籠ってないで出て来い」
朝陽はバスルームの外からドアを叩いて言った。しかし凛が出てくる様子はない。
「凛、いい加減出て来いって」
ドンドンっとドアを叩いて、朝陽は声をかけるが凛は何も答えない。
そんな凛に朝陽は「はぁー」と大きなため息を吐くと、ぼそっと凛に告げた。
「凛……バスルームから出てくれないと俺、漏れそうなんだけど」
「そんなの嘘だろ」
凛はそう答えたが、朝陽は少し苛立った声を出した。
「嘘じゃねーって。本当に漏れそうなんだって! だから早くドアを開けろ。俺がここで漏らしてもいいのか?! なあ、頼むって!」
朝陽の声は少し切迫していた。
……もしかして演技じゃなくて本当に言ってるのかも?
「なあ、早く開けてくれ。もう我慢できないって!」
ドンッとドアを叩かれ、本当に漏れそうなんだ! と思った凛は慌ててバスルームの鍵を開けた。
けれどその途端、勢いよくドアが開かれてパンツを履いただけの朝陽が現れると、ぎゅっと抱き寄せられた。
「捕まえた」
その一言で凛は自分が騙された事を知る。
「嘘だったのか!?」
「だって、ああでもしないと凛はドアを開けてくれなかっただろ? ……折角手に入れたんだから、逃げるんじゃねーよ」
朝陽はぎゅうぎゅうっと凛を抱きしめる。その力強さとαの匂いに凛はついつい、ぽわぽわっと幸せな気持ちになってしまう。が、ハッとして朝陽から離れた。
「朝陽、あれは事故だったんだから俺の事は気にせず番を解消してくれ」
凛が告げると、朝陽は明らかに不機嫌な顔をして「はぁ?!」と声をあげた。
「お前は俺のΩのフェロモンに当てられただけだ。だから気にするな」
凛が言うと朝陽は大きなため息を吐き、それからむすっとした顔をすると凛の額にデコピンを食らわした。
「いてっ!」
「バカ凛。超鈍感、能天気だとはわかっていたけど、ここまでとは思わなかったぜ」
「な、なにが」
「じゃあ、番を解消する。それで凛は満足なんだろ?」
朝陽に言われて凛は胸の奥がぎゅっと苦しくなる。自分で番を解消してくれと言ったのに、凛に言われるとすごく悲しくて、切ない。
……でも、その方がいいんだ。朝陽はまだ若いんだし。
けれど、凛は『うん』とは答えられなかった。
「はぁ……全く、自分がどんな顔してるか見てみろよ。そんな顔をされて番を解消するわけないだろ。そもそもやっと念願かなって凛と番になったのに解消するか、バカ」
朝陽は呆れた様子で凛に言った。でも朝陽にバカバカと言われて凛はちょっとむっとしてくる。
「なんだよ、バカって言うな」
「凛がバカな事を言うからだろ? 番を解消しろなんて」
「だって、それは! 俺とは年が離れてるし、俺はお前の保護者だし」
「番になるのに年齢なんてかんけーねだろ。それに俺はもう未成年じゃない」
ハッキリと言われて凛はたじろぐ。
朝陽はもう先月の誕生日を迎えて十八歳になった。世間一般では未成年じゃないのだ。だけど、こんなことを十八歳の青年に、養い子にしてしまったという背徳感が募る。
そんな凛の気持ちを見透かしたように朝陽は凛の頭をわしゃわしゃと掻いた。もうすっかり凛よりも大きくなった手で。
「な、何するんだよ」
「あのな凛。悪いけど俺はな、父さんの葬式で凛に出会った時から、凛のことを保護者だなんて思ったことないんだよ。俺はずっと凛を番にしたいと思っていた」
思わぬ朝陽の告白に凛は「え?」と驚く。
……俺を番に? あの時から?
「でも、凛は俺を子供としか見てなかったし、俺は実際子供だった。だから十八になるまで待ったんだぞ。十八になれば結婚もできるし、もう未成年じゃなくなる。そうすれば、凛も少しは気にしないだろうって」
朝陽の告白に凛はぱちくりと目を瞬かせた。
「俺を、そんな時から? で、でも俺はもう三十四歳だぞ? お前とは十六も離れてるし」
凛が言うと朝陽は呆れた顔を見せた。
「こんなに可愛い三十四歳のおっさんがいてたまるかよ。それにな凛。フツー、両親が死んで行くところがないからって、見知らぬ男に十二のもう分別が付く子供がすんなりとついて行くと思うか?」
朝陽に言われて見て凛は改めて考える。
思えば朝陽は初めて会ったというのに『俺のところに来るか?』と問いかけた凛になんの抵抗もなく『行く!』と答え、心配する親戚を他所に凛の下に来た。
だが、もしも自分が朝陽の立場なら、父親の友人と言っても見知らぬ男にああもすんなりついて行くだろうか? 答えは勿論、否だった。
「ついて、いかない、かな」
「そうだろ? でも、なんで俺が凛について行ったと思う」
「なんで?」
凛が問いかけると朝陽はハッキリと告げた。
「凛は気が付いていないけど、俺の運命の番が凛だってわかったからだ」
「……っ! 運命の番?!」
「そーだよ。ま、凛は超がつくほどの鈍感だから今も、気が付いてないみたいだけど?」
朝陽の呆れた物言いに、バカにされたよう気持ちになって凛は思わず言い返した。
「な、俺は別に鈍感なんかじゃない!」
「じゃあ聞くけど、今まで俺以外のαにこんなに反応したことあるか?」
「え? ……それは」
朝陽に言われて凛はよくよく考えてみる。職業柄、今までαに会う事は何度となくあったが、朝陽ほどに欲しいと思ったことはなかった。
そもそも凛は今まで発情期も抑制剤を打てば、普段と変わらないぐらいだったのだ。でもここ数年、発情期は重くなる一方で。
「ここ数年、発情期が酷くなっていっただろう? 俺の成長に合わせてαのフェロモンが強くなっていったから、それに凛は反応したんだよ」
朝陽に言われて、凛はここ数年の謎が解けた。
そして、朝陽をどうしてこんなにも求めてしまうのか。ダメだと思いながらも、朝陽の服を集めてしまっていたのか。
「そうか、運命の番だから」
「ようやくわかったか、この鈍感。……だから今まで凛を襲わずにいるの、すごく我慢したんだぞ。俺は!」
朝陽は腰に手を当てて、ふんっと鼻息を出して言った。でも凛は眉間に皺を寄せた。
「朝陽が? 何を我慢したって言うんだ。別に俺みたいに発情期はないだろ」
凛が言うと朝陽はこめかみをぴくぴくっと動かした。
「あーのーなぁ! 俺は十二の時から凛が好きだって言ってんの! 好きな奴が一緒の家に住んでて、何もできない辛さがわかるか?! 凜、夏になるとすっごい薄着になるし! そ・れ・に、確かに凛は凛で発情期で辛かっただろうけど、こっちだってΩのフェロモンに何度誘惑されそうになったか! 一度も襲わなかった俺を褒めて欲しいね!」
「ええっ!? で、でもそんな素振りなかったじゃん!」
「当たり前だろ! 俺は未成年だったし、凛はそういうの気にするだろ。自分が誘惑したって。今もそうじゃないか」
「それは……その。だって」
凛はもごもごっと返事をしたが、何も言い返せない。
「だから俺は十八になるまで待ったんだよ。だから……だからもう二度と番を解消するとか言うな」
朝陽は少し泣きそうな顔で言い、凛は申し訳なく思う。
「ごめん」
「……わかればいいんだよ。まあ、もう番ったから凛はこれから一生俺から離れられないけどな」
朝陽はにっと笑った。そこだけはまだ年相応の十八歳の笑みで。可愛らしさに凛の胸はきゅんっとする。
「で、でも、お前は本当に俺でいいのか? 運命の番と言っても、俺は男だし」
凛が言うと朝陽は、凛の腰を抱き寄せた。
「凛、なんか勘違いしてるかもしれないから言っておくけど。運命の番ってのはオプションみたいなもんだ。俺は凛がいいんだ。お人好しで、鈍感で、俺の為に嘘をついてホテルに籠るようなお前を、俺は愛してる」
さっきまでは子供っぽく笑ったのに、今度は大人っぽい笑みを見せるから凛の胸はドキッとざわめく。
「あ、あ、愛してるって。朝陽が、俺を?」
「ああ、そうだよ。凛の事が好きだ」
臆面もなしに言う朝陽に凛は赤面してしまう。今までいろんな人に告白された経験のある凛だが、これほどまでに心揺さぶられる告白はなかった。
これも運命の番ってやつだからだろうか。いや、でもこれは関係ないような?
「だから凛が年上だろうと関係ない。運命の番だけで凛を選んだわけじゃない、その事をちゃんとわかっていて」
「う、うん」
凛は顔を赤くしまま頷いた。そんな凛に朝陽は微笑んだ。
「凛、すぐに俺と同じ気持ちになってくれ、なんて無理な事は言わない。でもちょっとずつでも俺自身の事を好きになってくれたら嬉しい。男として、俺を見てくれたら」
朝陽は凛の手を取って、その指先にちゅっとキスをした。その大人っぽい仕草に凛は完全に飲まれていた。
あ、朝陽の奴、一体どこでこんなことを覚えたんだ!? ふ、ふしだらだー! ハレンチだー!
凛は心の中で絶叫するが、恥ずかしさと照れくささでそんなことは言えなかった。ただ顔を赤くするばかりで。
「わ、わかった」
凛が頷くと朝陽は悪い顔でにこっと笑った。
「そうか、良かった。ま、これからは本気で落としにかかるから、凛が俺の事を好きになるのにそう時間はかからないと思うけど」
そう宣言をされて凛は思わず反論してしまう。きっと朝陽の予想は当たってしまうだろうと、思いながらも。
「自信満々だな。そうならないかもよ?」
「そうかな? こんなにいいα物件はいないと思うけど? 俺、そこら辺にいるαより頭いいし。顔もいい、金もあるし、凛一筋だ。好きにならない方が無理なんじゃない?」
「う、うぐっ」
……てか、頭が良い事とか顔がいいって、やっぱり気が付いてたんだ。朝陽、そういう事言わないから、気が付いてないのかと思ってた。
凛はそんなことを思ったが、改めて目の前にいる朝陽を見て、確かに番うには最高の相手だろうと思う。
将来有望で、これからどんどんもっと男らしくなって、浮気の心配もない。しかも出会ってからこの六年、ずっと自分だけを想ってくれていた。素直に嬉しい。
……あれ? 俺が朝陽を好きになるの、本当にあっと言う間かも。
「ふっ、もう俺を好きになりそう?」
からかうように言われて凛は顔を赤くした。
「そ、そんなことない」
「そうかな? 俺の服を集めて巣作りしてたのは誰だっけ?」
「そ、それはぁ!」
「俺の匂いが欲しかったんだよな?」
朝陽に言われ、むぅっと口を閉じた凛は羞恥にぷるぷると震えた。
でもあの巣作りを見て、朝陽が胸を打たれたことを凛は知らない。好きな相手(オメガ)が自分の服を匂いながら自慰行為をしていたなんて、αなら感動しないはずがないのだ。
……おかげで定期的に服を捨てていた甲斐があった。
朝陽は心の底からそう思った。
「今度はあんな古い服じゃなくて、今使っている服を使っていいから。まあ、服より俺自身に抱き着いて欲しいけど」
「もーしない!」
凛はぷいっと顔をそっぽ向けて言った。でも凛もわかっていた。こんなことを言ってもまた本能に支配されてまた巣作りをしてしまうだろうと。
だって止められたなら、朝陽に見つかる前に服を捨てる事ができたから。
でもするとわかっていても、決めつけられるのは嫌なのだ。
「もう二度と作らない!」
凛が宣言すると朝陽は、いじける凛をなだめる様に抱き締めて背中を撫でた。
「ごめん、ごめん。意地悪が過ぎたな、冗談だ。俺、凛が巣作りしてて嬉しかったよ。俺の事、求めてくれてるんだってわかって。だからまた作って?」
優しい声で言われたら凛のちょっと尖っていた心はすぐに宥められてしまう。
「……気が向いたら」
凛が答えると朝陽は嬉しそうに「うん、お願い」と答えた。その返事一つで凛は幸せな気持ちになってしまう。
でも凛は巣作りの話に、ある事を思い出した。
……そう言えば俺、巣作りをする為にしっかりとドアを閉めてオートロックの鍵をかけたよな? なら、どうやって朝陽は中に入ってきたんだ? そもそもここはΩ専用のフロアだし、なんで朝陽はここにいるんだ??
凛は頭にいっぱいハテナを浮かべて、目の前にいる朝陽を見つめた。
「なあ、朝陽。お前、どうやってこの部屋に入ってきたんだ? ここはΩ専用のフロアでαは入れないはずだぞ?」
凛が尋ねると朝陽はあっさりと答えた。
「ああ、それは俺がこのホテルを買収してマスターキーを使ったからだよ」
「は!?」
聞き間違いかと思って凛は朝陽にもう一度尋ねた。
「なんていった?」
「だから、このホテルは俺のもんなの。その権限を使ってマスターキーで開けたんだ」
……もう一度聞いたけど、聞き間違いじゃなかった!
「お、オーナー!? 朝陽が!?」
「そうだって言ってるだろ?」
「そんな、ホテルを買収するなんて一体どうやって!」
「まあ、色々。一言言っておくけど、凛が思ってるよりも俺、金持ってるから」
「だからってホテルを買収なんて!」
「俺の金をどうこう使おうが俺の勝手だろ?」
朝陽の態度は実にあっさりしていた。なんともαらしいというか。
「でも、どうしてこのホテルを? そもそもどうして俺がこのホテルを使ってるって知ってたんだよ。俺は朝陽に言った事なかっただろ!」
凛が尋ねると朝陽はニコッと笑った。
「GPS、凛の携帯に少し細工させてもらった。それに三年前から三カ月に一度、定期的に出張なんてどう考えてもおかしいだろ。お前が発情期で、どこかに籠ってるのはわかってた」
「GPS! お、お前それ犯罪だぞ!」
「凛にしかしてないからいいだろ? ……ともかく。発情期にいつもこのホテルを使っていたのはわかっていたから、買収して凛が発情期でここを使うのを待ってた」
「待ってたって」
「十八を過ぎたら、凛と番うつもりだったからな」
朝陽は凛にも堂々と言い、その用意周到さと愛の重さにちょっと顔を引きつらせてしまう。
……そういや事務所の先輩が言ってたっけ。α性が強いαほど、Ωにすごく執着するって。
でも、その執着もちょっと嬉しく感じてしまう自分もしっかりとΩなのだろう。
それにこうなって初めて、凛はどうしてあの時朝陽に声をかけたのか、ようやくわかった気がした。
兄と慕っていた人の子供だから?
両親を亡くした朝陽が可哀そうに見えたから?
自分なら子供一人、養えると思ったから?
……理由はいくつでも作ることはできる、だけどきっとどれも違う。俺もわからずに感じていたんだろう。朝陽が俺の運命の番だって。
凛は納得できる理由に、ふふっと笑った。
「凛?」
「いや、なんでもない」
凛は小さく息を吐いて答えた。これ以上、隠し事がないか朝陽に問いかけたいところだが、もうそんな力は凛に残ってはいなかった。
でも一方で朝陽は、そんな凛のお尻を両手でもにっといやらしく揉んだ。
「んぅ、あ、あさひ」
「凛のお尻、やわっこくて触り心地最高」
朝陽はそんなことを言いながらもにもにっとお尻を揉んで、ふわりっとαのフェロモンを出してくる。そのいい匂いについつい凛の頭はほわほわとしてしまうが、発情期が終わった今、凛の中にはまだ理性が残っていた。
「あ、朝陽っ、もう触っちゃだめ!」
「なんで? なあ、凛。もう一回しよ?」
朝陽に誘われて、凛は顔を赤くする。
「な、もういっぱいしただろ!」
「あんなのじゃ足りない。それに、またその内できなくなるだろうし」
朝陽の意味深な発言に、凛は眉を寄せた。
「その内できなくなる?」
凛が尋ねると朝陽はにっこりと笑って、凛のお腹を撫でた。
「凛のお腹にいっぱい出したからな。お腹が大きくなってきたら、またしばらくできなくなるだろ? だから今の内にいっぱいしておきたい」
朝陽の言葉の意味を理解して、凛は口をわななかせた。
朝陽は凛が妊娠する前提で言っているのだとわかって。
でもそれは予言ではなく、確信に近いものだった。
「なっ、なっ!!」
戸惑う凛のシャツを朝陽はぺろんっと捲った。シャツの下には朝陽がつけたキスマークに噛み痕が無数に散らばっている。
「うん、いい眺め」
「も、も、駄目だぞ!」
凛は後ろに後ずさりながら言うが朝陽は笑顔でずりずりと近寄った。そしてしっかりと凛の腰に手を回した。
「はいはい」
「ひっ、もうだめだってぇぇぇぇー!」
凛の叫びも空しく結局その日も一泊し、凛と朝陽が家に仲良く帰ったのは翌日の事だった。
◇◇◇◇
そしてそれからーー。
二人は家に帰って三日もしない内に婚姻届を提出して結婚し、二か月後には凛が妊娠している事が発覚した。
あまりの展開の早さに凛はついていけなかったが、そこは朝陽がしっかりと手を回していて。
凛が自分の両親や事務所に事情を説明しに行っても、祝いの言葉を言われるだけだった。
『ようやく番ったのね、よかったわ~』と母親には安心され、事務所には『以前から朝陽君に頼まれていてね。今後の予定はちゃんと調整しているから産休をとっても大丈夫だよ』と微笑まれた。
なんというαの用意周到さ。いや朝陽だからか? と凛は少しばかり怖くなった。
しかし凛が朝陽を嫌いになるわけもなく。
それからさらに一年後。
二人は結婚写真を撮り、そこにはふくふくと可愛らしい朝陽似と凛似の双子の男の子を腕に抱え、幸せそうに写っていたのだった。
おわり
**********
オメガバース設定の物語を書いてみたくて、今回挑戦してみました。
なので発情期、巣作り、番、妊娠とモリモリに盛ってみました。短編作品だし。
面白かったよ!と思われたら、お気に入りをお願いします('ω')/
※現実世界では、来年から18歳で成人となりますが朝陽には一足先になってもらいました(笑)
応援ありがとうございます!
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