生意気オメガは年上アルファに監禁される

神谷レイン

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最終話 発情期中は……

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 それから翌日。
 彰のストーカー事件は公となり、真相を知ろうと報道陣が芸能事務所に詰め寄った。
 その対応には鬼崎が当たり、後日、彰本人が会見を開いて詳しい説明をすることに。
 だが目敏い記者にこう尋ねられて彰は素直に答えてしまった。

「ここ一カ月ほど、姿をお隠しになられていたようですが……もしかして恋人に匿われていたとか?」
「え!? あ、その、それは~」

 明らかに目を泳がした彰に記者達は目を光らせて次々に尋ねた。

「そうなんですね?!」
「お相手は一体誰なんですか?!」
「もしや、ストーカーを撃退したのはその恋人なんですか?!」
 
 鬼気迫る記者達にぐいぐい詰め寄られ、慌てた彰は「う……は、はい」と答えた。
 そこからストーカー事件の記者会見が、いつの間にか彰の恋人取材になってしまい。嘘が下手な彰は記者に根ほり葉ほり聞かれてしまった。
 そして鬼崎が頃合いを見て会見をお開きにする頃には、すっかり蘇芳の存在がばれてしまっていた。
 きっと今日の夕方には彰の会見が芸能ニュースで流れ、夕刊の見出しを飾ることだろう。
 彰はこれでも赤ん坊の頃から芸能の世界に身を置き、子役から今までずっとちょくちょくテレビに出ているのでそれなりに有名人なのだ。本人は無自覚だが。

「はぅ~っ、俺、取材って苦手ぇ」

 彰は終わった後、社長室のソファにころんっと寝転がって呟いた。

「はいはい、お疲れさん」
「ねえ、仁にぃ。俺、蘇芳の事喋っちゃったけど、良かったのかなぁ」

 蘇芳には自分の存在を隠さなくてもいいと言われたが、少し不安になる。蘇芳は社長と言う肩書から、業界内では有名人だが世間的には一般人に変わりないのだ。
 しかし不安がる彰に鬼崎は軽く答えた。

「心配しなくても大丈夫だ。あいつはそういう所、抜かりないからな。取材を受けられても、にこやかに対応するんじゃないか?」

 ……む、確かにそうかも。一番最初に会った時も愛想のいい顔してたもんな。その後、すぐに今みたいな態度になったけど。

「それより彰、今からそんなんで大丈夫か? また取材を受けることになるのに」
「取材? 俺が? なんで?」

 彰がむくっと体を起こして尋ねると鬼崎は机の上で両手を組み、にっこりと笑った。

「次は結婚会見、するんじゃないのか?」
「結婚会見!?」
「項、噛んでもらうんだろ? 蘇芳に」
「なんで、その事!」
「お前達を見てれば、バカでもわかるよ。はー、お熱いねぇ」

 からかうように言われて、彰は顔を赤くした。でも事実だから言い返せない。
 ついこの間、蘇芳と約束したのだ。次の発情期の時に項を噛んで番になると。

「しかし、あいつもよく我慢できたもんだよ。ホント、蘇芳の忍耐力には感服するね」

 鬼崎は心底感心したように呟いた。
 そう、蘇芳は二度の発情期を共にしたのに項を噛まなかった。それは彰の許可がなかったから。でもそれだけが理由じゃない気がして彰は気になって聞いてみたのだ。

『どうして発情期の時に噛まなかったんだ? 本当に俺の許可がなかったからだけ?』 と。

 そうしたら返ってきた蘇芳の答えはもっと深い意味を持っていた。

『勿論それも理由の一つだが、あの時はまだ噛めなかった。あのストーカー、あれほどの執着をお前に見せていたからな。きっと項が噛まれていると知ったら彰を殺しかねないと思ったんだ』

 そう蘇芳は教えてくれた。実際、ストーカーに襲われた時、彰は項を確認された。もしもあの時、項を噛まれていたら、あのままナイフで後ろから一突きされていたかもしれない。
 そう思えば、蘇芳が項を噛まなかったのは正解だった。
 でもαがΩの発情期の匂いの誘惑に勝つなんて、相当な忍耐力だろう。これはαとΩだけが持つ、本能的な性なのだから。

 その本能を抑えるほど、自分を大事に想ってくれたのだと思うと彰の顔は自然と綻んでしまう。だが、にやけた顔を慌てて引き締めたが、しっかりと鬼崎に見られていて……。

「幸せそうで、何よりだよ。ごちそうさん」
「じ、仁にぃ、別に俺は!」
「そのチョーカーも蘇芳からの贈り物だろ? 愛されてるねぇ」

 ニコニコ笑顔で尋ねられ、彰は顔をますます赤くした。
 なぜなら、αがΩにチョーカーを贈る行為は独占欲の主張と愛の告白と昔から言われているからだ。

「ま、自分の大事なΩにチョーカーを贈りたくなる気持ちはわかるけどな。しかし、いい物を貰ったな」

 鬼崎に言われて彰は「え、そうなの?」と聞き返した。
 彰は蘇芳に貰ったものを何気なくつけていたが、それがどんな代物なのかはわかっていなかった。

「それ、普通よりいいやつだよ」
「ふーん、そうなんだ」

 彰は呟きながらチョーカーを撫でた。確かにこのチョーカーは、彰が今まで持っていた物よりもずっと肌触りがよくて着け心地がいい。ちょっと高いものなのかな? とは思っていたが、鬼崎がいうほどいい物だとは……。

 仁にぃが言うくらいだから、結構いいやつなんだろうな。あとで蘇芳にまたお礼を言っておこう。今日はここに迎えに来てくれるって言ってたし。

 彰はまたふにゃっと顔を綻ばせ、それを見た鬼崎はやれやれっと頬杖をつくのだった。










 それからしばらくして、彰を迎えに来た蘇芳が鬼崎の元にやってきた。

「悪いな。彰は今、マネージャーと今後の日程を調整中だ」
「いや、こちらも少し早く来てしまったからな」

 蘇芳はそう言って、通された応接間のソファに座った。向かいの席には鬼崎が座り、目の前には先程、鬼崎の秘書が置いて行ったお茶とお茶請けがある。

「それにしても、あのΩ嫌いだった蘇芳がここまで変わるとはね」

 鬼崎は長い脚を組み、笑って言った。それは高校時代の蘇芳を知るからこそ出た言葉だった。その言葉を聞きながら蘇芳はお茶を一口飲み、答えた。

「彰は別だ」
「一生、誰とも番わないと言っていたのに」
「俺だってこうなるなんて思っていなかった。でもそれは鬼崎、お前だってそうだろう? お前こそ俺と同じΩ嫌いだったじゃないか。それが今や番を作って、子供までいる」
「昔のことなんて忘れたよ」

 蘇芳に指摘された鬼崎はすっとぼけた。でも高校時代、二人の仲が良かったのは学力も家柄も同じレベルであり、同時にΩ嫌いだからという理由があったからだ。

「それにしても、あのチョーカー。随分と高い物をあげたじゃないか」

 鬼崎はしれっとした顔で話題を変え、蘇芳は一瞥はしたものの言及しなかった。

「それほどのものじゃない」
「よく言うねぇ。あれ、特注のチョーカーだろ? 見た目は地味にしてるが、俺の目は誤魔化せないぞ?」
「鬼崎が思ってるほど高くはない」
「留め具の飾りにダイヤを入れてるのに? 彰はガラスだと思ってるみたいだけどな」

 鬼崎に尋ねられ、蘇芳は沈黙を通した。誤魔化したところでこの悪友を騙せると思っていなかったから。だが、そんな蘇芳に鬼崎はふっと笑った。

「お前もΩを愛でる立派なαになって俺は嬉しいよ」

 鬼崎はふっと笑って答えたのだった。
 しかしその後、話は終えた彰が応接間にやってきて二人は仲良く家に帰ることに。だがその帰り道、蘇芳が運転する車の中で彰は問いかけた。

「な、仁にぃとなに話してたんだ?」
「……別に大したことじゃないさ」

 蘇芳はそう答えながら、彰を見てふっと笑った。
 でもその言葉の意味がわからず彰は頭にハテナを浮かべたのだった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 それから三カ月後。
 発情期を無事に迎え、彰はしっかりと蘇芳に項を噛まれ番になっていた。……だが。

「んっんっ、すおっ、しゅき、しゅきぃっ」

 彰はベッドの上、蘇芳に股がってちゅっちゅっとその顔に沢山キスしていた。

「俺の事、そんなに好きか?」

 蘇芳が尋ねれば、彰はにへらっと笑った。

「うん、すき。だいしゅき」
「どこが?」
「うーん、ぜんぶ? えっへへぇーっ」

 彰はふにゃっと顔を緩ませると蘇芳の体に抱き着き、すりすりと首筋に顔を寄せた。そんな可愛さを爆発させている彰に蘇芳が困った溜め息を漏らしてしまうのも仕方なく……。

 ……ほんと、発情期のこの変わりようはいつ見ても凄いな。

 蘇芳は心の中で呟いた。実は彰がこうなったのは、なにも項を噛んだからじゃない。最初の発情期の時からこうだったのだ。

 それは彰が蘇芳と出会い、急な発情期を迎えた時のこと。
 
 抑制剤が合わずに気を失ってしまった彰を蘇芳はΩ対応のホテルに連れ込み、ベッドに寝かせた。
 彰は眠っていたが蘇芳はすんっと彰の首筋を嗅いで、今まで誰にも感じた事のない強い劣情を胸に抱いた。

 このΩを自分のものにしたい。この真っ新な項を噛みたい!

 眠っていた本能が強く叫び、強烈な欲望が胸に渦巻いた。しかし蘇芳はぐっと我慢し、これ以上発情ラットにならないよう追加の薬を飲んだ。それでも彰の強力な香りが蘇芳を誘う。
 Ωとは関わりたくないのに、本能が囁いて蘇芳は彰から離れることができなかった。吸い寄せられるように彰の元に近寄り、その頬を撫でる。
 柔らかくて滑らかな張りのある肌が気持ちよくて、何度も撫でてしまう。

 頬がこれだけ柔らかいのなら、体はどれほど甘美なものだろう? 服を暴いて、その素肌に触れたい。

 視線がちらりと見える胸元や腹、そして細い足首に向かう。
 だが「んん」と小さな声を上げて、彰が目を覚ました。

「大丈夫か?」

 蘇芳が尋ねると彰はハッとした顔をして、項をすぐに両手で保護すると体を丸めた。

「や、なんで……αが、いるのぉ」

 彰は怯えた様子で蘇芳に尋ねた。その怯えように蘇芳は内心、少しばかり傷ついてしまう。だからさっき胸に抱いた劣情は少しなりを潜めた。

「落ち着け、俺はお前を襲ったりしないから」
 
 そう口にはするが本心では今すぐにでも、目の前にある体を隅々まで味わいたかった。だがぐっと拳を握ってなんとか堪える。そして蘇芳の言葉は届いたのか、彰のキャラメル色の瞳がちらりと蘇芳を見た。

「ほんと?」

 小さな子供みたいに尋ねる彰に蘇芳の胸がぎゅっと締め付けられる。

「ああ、でも……体がきついだろう? 体が楽になるように、手伝わせてくれないか?」
「こわいこと、しない?」

 うるうると潤んだ瞳で見つめられて、蘇芳は目の前にいる小動物に食って掛かりたい衝動に駆られるが、なんとか押し留めた。

「あ、ああ。怖い事はしない。だから少しだけ触れさせてくれないか?」
「いたいこともしない? やくそくしてくれる?」
「ああ、約束する」

 蘇芳が答えると彰はゆっくりと両手を緩め、寝転がっていた体を起こした。頬はほんのりと色づき、唇は赤く染まっている。潤んだ瞳に、色香立つ体がそこにある。
 瑞々しい果実を前に、蘇芳は今まで感じた事のない飢餓感を覚えていた。抑制剤を飲んでいなかったら、野獣の様に襲い掛かっていただろう。

「触れるぞ?」

 蘇芳は尋ね、そっと彰を抱きしめた。細い体からふわりと沸き立つ香りに脳の神経が痺れたような感覚に陥る。

 チョーカーから、ちらりと見える柔らかそうな項。……噛みつきたい。

 心が叫び、蘇芳は奥歯を噛みしめて息を殺したが、そんな蘇芳に彰は無防備にもすりっと抱き着いた。

「いいにおぃぃ」

 首筋に鼻を擦りつけて、ふんふんっと鼻息を散らして蘇芳の匂いを嗅いでいる。その表情はうっとりと蕩けていた。その可愛い表情に蘇芳は堪らず尋ねていた。

「キスしていいか?」

 思い切って尋ねてみれば、彰は「うん」と答えた。どうやら近くで匂いを嗅いだせいで、彰も自分(アルファ)の匂いに当てられ始めているようだった。
 きっともう、服を剥いで抱いてしまっても彰は受け入れるだろう。でもさっきの怖がっていた彰を見てしまえば、蘇芳は無体な事はしたくなかった。
 だからできるだけ優しく、できるだけ丁寧に、蘇芳は彰にキスをした。
 そうすれば香りはどんどん匂い立ち、彰はますます表情を蕩けさせる。

「ふぁっ、キス、気持ちぃ。もっと、して」

 はぁっはぁっと息を乱して強請る彰を見て、蘇芳の中の胸の奥がドクリッと疼いた。そして認めたくなかったが、もう認めざる得なかった。

 この目の前にいるΩが自分の番である、と。 

「なぁ、もういっかい、して。あんたのキス、きもちぃ」

 彰は蘇芳の服をくいくいっと引っ張って強請った。だが蘇芳はその彰の手を握った。

「あんたじゃない。蘇芳だ、蘇芳正隆(すおうまさたか)。それが俺の名前だ」
「すおぉ?」
「いや、正隆と呼んでくれ」
「まさたか? んふふっ、まさたかぁ、キスして?」

 名前を呼ばれ、こてんっと首を傾げて可愛く強請られたら、蘇芳にもう拒否する理由はなかった。

「ああ、勿論」

 そう答えて蘇芳は彰にキスをして、そして発情期をそのまま彰と共に過ごした。
『このΩを自分のモノにする』そう心に誓って。
 しかし蘇芳にとって誤算だったのは彰が発情期の時のことをすっかり忘れてしまっているという事だった。そして、この普段と発情期との変わりよう……。

 三度目の発情期を迎えて、彰はもっと甘えん坊になっていた。

「すおぉ、もっとぎゅってして」

 彰は甘い声を出して蘇芳に強請った。そんな彰の柔らかな頬をふにっと摘まむ。

「彰、俺の名前を忘れたのか?」

 蘇芳に尋ねられて彰は頬を摘ままれたまま、にへっと笑った。

「おぼえてるよ、まさたかっ」

 彰はそう言うとちゅっと蘇芳の頬にキスをした。可愛い彰に蘇芳の心は鷲掴まれる。

 ……全く、本当に可愛いな。でも普段の素直じゃないところも可愛いと思えるんだから、俺も相当重症だ。αはバース性でも上位の立場だと言われているが、Ωにこうして振り回されてはαも形無しだ。

 蘇芳はふっと笑って、彰をぎゅっと抱き締めた。そのすれば彰は嬉しそうに笑って。

「正隆、だぁいすきぃ!」
「ああ、俺も好きだよ。彰」
 
 そうして二人は甘い発情期を過ごしたのだった。





 しかし発情期明けーー。

「蘇芳の奴ーっ! あんだけ体には痕をつけるなって言ったのにッ!」

 体中にたくさんのキスマークをつけられて彰はぷりぷりと起こっていた。
 発情期中に自分から蘇芳にキスマークを強請った事をすっかり忘れてーーーー。



おわり


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