エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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「エルサルだぁー!」

 シュリが駆け出した先には一枚の絵があった。それは大魔術師エルサルの絵だ。

 彼の偉業を称えて描かれたものらしく、王城と騎士集舎の渡り廊下にそれは飾られている。
 そしてその絵に描かれているのは、白髪の巻き髪に褐色の肌、そしてオレンジに近い琥珀色の瞳を持つ、とても美しい人だった。それはまるで女神のようで……その美しさに惹かれて、誰もがこの絵画の前で一度は足を止める。
 この絵からは、とてもシュリにいかがわしい事を教えた人とは思えない。

 ……本当にこの美しい人がシュリに教えたのだろうか?

 俺はそう思いながら、シュリの隣で絵を眺める。
 魔術師エルサルはこの美貌から数多の求婚を受けたらしい。その相手には他国の王や貴族なんかもいたとか。
 
 ……まあ、この美貌なら納得だよな。でも、本当にこんなに美しかったのだろうか?

 俺は疑問を胸に、ちらりとシュリに視線を向ける。するとシュリは絵画をじーっと見て、眉間に皺を寄せていた。

 ……やはり、美しく描かれ過ぎているのか?

 そう思うとシュリはくるっとこちらを見て、険しい顔のまま俺に告げた。

「この絵、随分と下手だな。エルサルはもっと綺麗だぞー?」

 シュリの思わぬ発言に俺は「え!?」と思わず問い返す。

「これ、不細工に描き過ぎだ。大体エルサルはこんな澄ました顔で微笑んだりしないし」

 シュリは絵をじーっと見ながら文句を呟いた。だから俺も絵に視線を向ける。

 ……俺の目には十分すぎるほど綺麗に描かれているけれど、これで不細工って。本物はこれ以上って事か? 本物は一体どれだけ綺麗なんだ。

 俺の貧弱な想像力では、シュリの言うもっと美しいエルサルを想像することはできなかった。けれど、そんな俺にシュリは尋ねた。

「でも、どうしてこんなところにエルサルの絵があるんだ? アレクシスは知っているか?」

 シュリに問いかけられて、想像の世界に行っていた俺ははっとした。

「あっ、ああ、大魔術師エルサルの姿を後世に残す為に描かれたという事だ」

 俺がそう言うとシュリは怪訝そうに首を傾げた。何かおかしなことを言っただろうか?

「あのさ、昨日から思ってたけど、ネイズもルサディアもエルサルの事、大魔術師って言うよな。なんなんだ? その大魔術師っていうのは」

 俺はシュリに言われて驚く。

 ……シュリは自分の兄が大魔術師だということを知らないのか? あ、でも確か。

 俺はエルサルが大魔術師と呼ばれるようになったのは、エルサルが亡くなってからだった事を思い出す。エルサルの残した多くの偉業を称え、大魔術師の名を後世の国王が与えたと言う話を。
 だからシュリが知らなくても仕方がないのだ。シュリがいた五百年前はまだエルサルが生きていたのだから。

「後にエルサルに与えられた称号だ」
「エルサルに? なんで?」

 シュリに尋ねられて俺は普通に答えようとしたが、口を開いてすぐにその口を閉じた。シュリは五百年前から来た人間だ。そしてきっと五百年前に帰る。ならば、あまり未来の事は教えない方がいいかもしれない。
 そう俺は今更ながらに思った。

 ……もう随分と色々と教えているような気もするが。

「エルサルが人の為になる事をしたからだ。それより行くぞ」

 そう俺がシュリを連れて行こうとした時、後ろから声をかけられた。

「あら、アレクちゃんとシュリじゃない!」

 その声に俺とシュリが振り返ると、そこにはルクナ隊長とエルンスト副隊長が揃って立っていた。

「ルクナ隊長、エルンスト副隊長」
「ルクナ!」

 俺とシュリは同時に声をかけ、ルクナ隊長はこちらに歩み寄っていた。

「シュリは元気そうね。あの後、アレクちゃんから報告を受けていたから大丈夫だとは思っていたけど」

 ルクナ隊長はシュリの姿を見て、ほっとした様子で言った。
 ルクナ隊長は昨日、シュリが医務室から逃走して以来なのだ。一応、俺はルクナ隊長にシュリを捕まえ、自室で預かっているという報告をしておいたが、やはり心配だったのだろう。

 そして医務室から抜け出したことを思い出したシュリは申し訳なさそうな顔をして謝った。

「あ、ルクナ。昨日は突然飛び出してごめんな」

 シュリが素直に謝ると、ルクナ隊長は優しく微笑んだ。

「いいわよ。シュリが混乱するのも無理なかったもの。でも今日はもう大丈夫のようね」
「うん! ルクナは優しいなぁ」

 シュリはにこにこ笑顔で言い、そんな二人にエルンスト副隊長がシュリに声をかけた。

「失礼、私も自己紹介をしてもいいかな?」

 エルンスト副隊長は穏やかな顔でそう言った。
 かき上げた金髪に青い瞳、色白の肌。柔らかな顔立ちの五十代のおじさんで、人種寄りの魔人種。ルクナ隊長の副官であり、その風貌は若い見た目のルクナ隊長よりも隊長らしい。

「昨日運ばれた時より、元気そうでなりより。私は第十部隊・副隊長エルンスト。よろしくね」

 エルンスト副隊長は手を差し出してシュリに握手を求めた。でもシュリは差し出された手を握らず、じっとエルンスト副隊長を見つめた。

「んー、ルクナと同じ感じがする。ルクナの血縁者?」

 シュリはエルフェニウムのような瞳をじっと向けて言い、その言葉にエルンスト副隊長は少し驚いた顔を見せた。

「さすが生粋の魔人。いい眼をしてる」

 エルンスト副隊長がそう言うと、傍にいたルクナ隊長がその肩に手を置いた。

「その通り! エルンストは私の息子よ。まさか一発でわかっちゃうなんて」

 ルクナ隊長はふふっと笑って言った。どう見ても、ルクナ隊長が娘でエルンスト副隊長が父親のようにしか見えないが、これは周知の事実である。
 しかし、俺はエルンスト副隊長が言った”いい眼”と言う言葉が気になった。

「エルンスト副隊長。いい眼、というのは?」

 問いかけた俺にエルンスト副隊長はすぐに教えてくれた。

「実はね、魔力が多い魔人には他人の魔力を見る力があるんだよ。そして親から魔力を受け継ぐ子供は、親と似た魔力になる。だから彼は私達が親子だとわかったんだ」

 ……なるほど。となると、シュリは魔力が高いという事か?

 俺が説明を受けて納得していると、シュリはルクナ隊長とエルンスト副隊長を見比べて呟いた。

「そうか、混血だから……人種の方の血が濃く出たんだな」

 それは二人の見た目の違いを指していた。
 母親であるルクナ隊長は魔人の血を濃く受け継いだために老化が遅く、人種よりのエルンスト副隊長は普通の時を生き、母親よりも早く老けておじさんとなったのだ。

「ああ、その通りだよ。……改めまして、私はエルンスト・ベルエールです。よろしくね」

 エルンスト副隊長はにっこりと笑って言い、シュリはエルンスト副隊長が再び差し出した手を今度は握った。

「うん。よろしくな、エルンスト! 俺はシュリだ」

 シュリはにこっと笑って言った。その姿はまるで親子ほどの差がある。けれどシュリの方が年上なのだと思い出し、目の前の光景に俺は変な感覚に陥る。

 一番年上そうなエルンスト副隊長が一番若く、二番目は俺と同い年のようなルクナ隊長、そして一番若くみえるシュリが一番の年長者。
 見た目と年齢が一致しない事は今までにもあったが、ここまで酷いと変な感じだ。

 ……頭が混乱するな、これは。

 俺はため息と共に三人を眺めたのだった。
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