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32 カーリンカ
しおりを挟む「うわー、人とお店もいっぱい!」
「シュリ、迷子にならないようにな」
エルサル広場に着くとそこは人で溢れていた。
週に二回、エルサル広場でマーケットが開かれ、今日はその日なのだ。
まだ朝早くだというのに、どのお店からも元気の良い声が聞こえてくる。
「いらっしゃい! うちの果物や野菜はどうだい!」
「ここにある魚、ぜーんぶ今日取ってきたばかりだよ! 新鮮で安いよー!」
「お客さん、うちのソーセージはいかがかね!」
いたるところで大きな声が聞こえる。それに音楽もだ。
マーケットには野菜、魚、肉、手作りの品なども売られていて、店頭では試食もさせてもらえる。それに店主との距離も近く、和気あいあいと話しながら買い物ができるのもマーケットならではの光景だ。
そしてマーケットには食品だけじゃなくて、骨董品なども売られていて、時として掘り出し物もあったりする。
その昔、エルサードと俺が子供の頃。
マーケットで売られていた名もない画家の絵をエルサードがやけに気に入って買ったことがあった。俺には全くその絵の何が良かったのかわからなかったけれど、エルサードは絵を売っていた店主に値切り交渉をして、その上俺からもお金を借りてその絵を買った。
その当時はそこまでして? と思ったが、後に実はそれが名のある有名画家の遺作だという事が判明し、エルサードの元に絵画コレクターが集まったのはここ数年前の話だ。
でもエルサードは大金を積んだコレクター達の話を蹴って、その絵を博物館に寄付した。コレクターに売れば相当な金儲けになっただろうに、豪商の息子は金には興味ないようだった。
俺は懐かしいことを思い出し、久しぶりのマーケットに足が弾む。
じろじろと見られるのは嫌だが、やはり活気あるマーケットを見て歩くのは嫌いじゃない。
けど、そんな俺の横で、シュリは俺の手をぐいぐいっと引っ張って「なあ、アレクシス! あれはなんだ!?」と興奮しながら聞いてきた。そうだ、今日は子守りをしないといけないのだった。
「あれ、俺の時代にはなかったものだ!」
「シュリ、落ち着け。連れてってやるから」
俺がそう言うのにシュリは俺の手を引いて、マーケットの中にどんどん引っ張り込む。
その際、俺やシュリの存在に気が付いた者達の視線がチクチクと刺さる。
きっと一昨日の件を見聞きした者達だろう。一応、シュリの白い髪はロニーの気遣いで渡された大きな帽子の中に隠れているが、気が付く者は気が付くはずだ。
ただ救いなのは、このマーケットにきている店主達はいつもは郊外で畑や漁をしながら暮らしている者達なので、シュリの事にあまり気が付いていないようだった。
「よ、そこの坊ちゃん。うちのカーリンカを買っていかないかい? 今が旬で、甘いよ!」
果物屋の店主はトレーにのせた試食用にカットした果物をシュリに見せて言った。だが、俺が傍にいることに気が付くと「ま、まさかクウォール家の!」と驚いたように一歩後ずさる。
……別に取って食う訳じゃないんだが。
そう思う俺の隣で、シュリは驚いた店主に尋ねていた。全くもってマイペースだ。
「なあなあ、これ、カーリンカっていう果物なのか? 食べてみていい?」
「へ? あ、お、おう?」
店主は戸惑いながらこくこくっと頷いて試食用にカットした果物が乗っているトレーをシュリに差し出した。カットされた果物には手が汚れないように串が刺さっている。
シュリはその一つを取り、躊躇いもなくぱくっと食べた。途端、シュリの目がキラキラと輝く。
「んーーっ! 甘い! うまいッ!」
シュリはぱぁーっと笑顔で言い、すぐに俺を見た。
「アレクシスも食べてみろよ! これ、すっごくうまいぞ!」
シュリは俺の服をくいくいっと引っ張って言う。俺はあまり食べる気になれなかったのだが、シュリがわざわざ試食用にカットされた果物をずいっと俺に差し出し「ほらほら、食べてみろって! 口開けて! ほら、あーんっ」と催促するものだから仕方なく、シュリに持たせたままぱくっと食べた。
この年になって人に食べさせられるなんて恥ずかしかったが、もぐもぐっと食べると、甘い果汁が口いっぱいに広がってシュリの言う通り、本当においしかった。
それに、確かに今が旬なのだろうと思わせるほど新鮮だ。
「な? な? おいしいだろ?」
シュリはにこにこしながら俺に聞き、俺は素直に答えるのがなんとなく恥ずかしい気持ちになったが、今回は素直に、でも小さく答えた。
「……うまい」
「なー?」
シュリは今食べたばかりなのに、まるでそうだろう! と昔から知っていたような顔で俺に言った。だから、なんだかそれがちょっとおかしくて、俺は思わずくすっと笑ってしまった。
けれど、そんな俺の顔を見て、驚いた店主が「わ、笑った」と驚いたようにぽろりと呟く。俺はその言葉でハッとし、急に照れくさくなって、それを隠すように声を上げた。
「すまないが、このカーリンカを二つ貰えるか」
「へ? あ、た、ただいま!」
店主はまさか俺が買うとは思っていなかったのか、一瞬戸惑ったが、すぐに果物を紙袋の中に入れてくれた。その間に俺は財布からお金を取り出し、店主が差し出してくれた紙袋を受け取ると、店主の手にお金を渡した。
「あ、ありがとうございます」
店主はぱちぱちと瞬きをしながら、まだ驚いた顔をしたまま俺に言った。まるで夢でも見ているんじゃないか? って感じだ。だから、なんとなく気まずくて、俺は紙袋をシュリに押し付けるように渡した。
「シュリ、今日の夕飯のデザートだ」
俺が言うと、黙って俺と店主のやり取りを見ていたシュリがぱあぁっと顔を明るくさせた。
「わーい、デザート! 夕飯の後に一緒に食べよう!」
シュリはへへっと笑って、紙袋を大事そうに抱えた。たかが果物二つだろう。なのに、シュリは大切なものみたいに抱える。それを見ると、なんだか胸がくすぐったくなった。
「ほら、次の店に行くぞ!」
俺は妙に恥ずかしくなって、次の店に足を向けた。そんな俺の服の袖をシュリは掴んで後を歩き、果物屋の店主に「おいしい果物を教えてくれて、ありがとな!」と手を振って言った。
店主はまるで何が起こったのかわからないって顔をしていたが、長年の商売人としての癖か、しっかりと「ま、まいど~っ」と俺達に言ったのだった。
そして俺とシュリ、店主のやり取りがいい宣伝になったのか、その後やり取りを遠目で見ていた者達がカーリンカを買い、その日はどの果物屋でもカーリンカが売り切れになったのを俺は知らなかった。
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