エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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33 仕立て屋「ルルフォート」

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 ――――それから。

 俺はシュリを連れて、いや俺がシュリに連れられてマーケットを回った。シュリは色々なものを食べたり、見たり、触ったり、とにかく忙しかった。だが、各店舗の前で幾度も立ち止まるシュリを前に進めさせ、なんとか昼前までにシュリを仕立て屋に連れていくことができた。

 仕立て屋の店の名前は『ルルフォート』

 俺が昔から世話になっている洋服店だ。俺の服はいつも規格外だからな、オーダーメイドで作ってもらっているのだ。

 そして慣れ親しんだ仕立て屋のドアを開けると、いつものようにベルがカランカランッといい音を鳴らした。店内にはいくつもの布が置かれ、洋服が飾られている。だが誰もいなかった。

「ごめんください、ルルフォートさん」

 俺が声をかけると、ちょっと間があいた後に「あいよー」という言葉が奥から聞こえた。かと思うと、いろんなところにぶつかりながら人が出てきた。

「あてて、困ったもんだね」

 そう言いながら現れたのは片眼鏡をかけ、杖をついたおばあさんだった。だが彼女こそこの仕立て屋「ルルフォート」の女主人、ルルフォートさんだ。
 そして彼女の頭には、一度見たら忘れられない二つのくるりと丸まった角が生えていた。

 ルルフォートさんは羊を祖先に持つ獣人種で、ちょっと獣人寄りの人だ。勿論、俺よりも人種寄りではあるが。

「おや、クウォール家んとこの坊ちゃんじゃないかい。あんたが来るなんて久しいねぇ」

 ルルフォートさんはにっと笑って俺に言った。ルルフォートさんは俺が赤ん坊から付き合いがあるので未だに俺の事を坊ちゃん呼ばわり。いい加減、止めて欲しいのだが、からかいも含めてそう呼んでいる節があるので、呼び名を変えてもらうのはもう諦めている。

「お久しぶりです、ルルフォートさん。相変わらずお元気のようで」
「まぁね。足腰痛いけど、まだしぶとく生きてるよ」

 かかかっと笑いながらルルフォートさんは言った。ルルフォートさんは獣人種のすごく獣人寄り。だから、まだ五十五歳だというのに、もう高齢に当たる。

 魔人が百五十年も生きるという長寿に対して、獣人の平均寿命は四十年と短命だ。
 魔人寄りのルクナ隊長やルサディア国王は若いまま長生きできる。けれど獣人寄りの者達は、当然彼らのようには長生きはできない。短命であるがゆえに、六十歳まで生きられれば御の字なのだ。

 それはルルフォートさんしかり、獣人の先祖返りである俺もそうだ。だから、俺の両親は俺が生まれてすぐにその運命を悟り、随分と悲しんだという。だが人の命ばかりは誰にもどうしようもない。

 そして、その事があるから、父さんがあそこまで俺を溺愛するのだろうとも思う。けれど、別に俺はその事について悲観など一切していない。短命である運命も父さんの溺愛も生まれた時からそうだった。だから俺には悩む理由がないのだ。
 まあ、もっと長生きできれば、と思うが俺は今生きている。本当に短命なのかは、結局は死ぬまでわからない。

 この目の前にいるルルフォートさんだって、昔は五十年も生きられないと言われていたそうだし。足腰が痛いと言いつつも元気だし、なんたって頭の回転は速い。このまま六十歳、七十歳を迎えるぐらいには活力がある。まあ、勿論俺の隣にいるシュリとの間に四十六歳もの歳の差があるとは到底見えはしないが。

「ところで、あんたが人を連れてるなんて珍しいねぇ。恋人かい?」

 ルルフォートさんは俺の後ろにいるシュリを見て、にぃっと笑った。その目は確実に面白がっている。

「違います。訳あって預かっているんです。今日は彼の服を買いに来たんですよ」

 俺は小さくため息をついて説明した。するときらりっとルルフォートさんの片眼鏡が光る。

「おやおや、もしかしてこの子がノッケルんとこの坊やの代わりに、空から落っこちてきた噂の魔人かい?」

 言葉を濁すことも、回りくどい言い方もせずにルルフォートさんは俺に尋ねた。ちなみにノッケルんとこの坊やとはエルサードの事だ。ルルフォートさんはエルサードをいつもそう呼び、エルサードも負けじと仕立て屋のおばさんと呼ぶ。が、大体やり込められている。
 そして嘘が通じない瞳に見つめられて、俺は素直に答えた。

「そうです。でも、話は大体周りから聞いているんじゃないですか?」

 そう俺は逆に尋ねた。ルルフォートさんは人望が厚く、時に騎士団でさえも知りえない町や他国の情報をどこから聞いたのか、知っていたりするのだ。

 だからルルフォートさんがシュリについて大体の事は聞き及んでいるだろうと、俺は分かっていた。そして俺の読み通り、ルルフォートさんはにっと笑って「まあね」と答えた。

 ……全く、別の意味で怖いおばさんだよ。

「さて、じゃあ、まあ詳しい話はとりあえず後にして。とりあえず、その子に自己紹介をさせてもらおうかねぇ」

 ルルフォートさんはふふっと笑って言い、シュリを見た。だがシュリの目はなぜか驚きの色が滲んでいた。まるで知っている人と会うような……。

「シュリ、どうし」
「ルルーッ!」

 シュリは俺が言い終わる前に叫び、ルルフォートさんにいきなり抱き着いた。

「どうして、ここにルルがいるんだ?! ルルもエルサルの魔術でここに飛ばされてきたのか!?」

 シュリは興奮した様子でルルフォートさんに尋ねた。けれどルルフォートさんは驚いたまま目を丸くしている。だから俺は慌ててシュリの首根っこを掴み、ルルフォートさんから引っぺがした。

「シュリ、ちょっと落ち着け。ルルフォートさんが驚いている!」
「何するんだよ、アレクシス。だってルルがここにいたんだぞ!」
「はぁー、こりゃ元気な魔人だねぇ」

 ルルフォートさんは安堵の息を吐いて言ったが、シュリはその言葉を聞いた途端、寂しげな顔を見せた。

「ルル、俺の事を忘れちゃったの? この前だって会って、俺の服を作ってくれたじゃん!」

 シュリが言うとルルフォートさんはじっとシュリを見た。

「すまないけど私には覚えがないよ。他の誰かと勘違いしてるんじゃないかい?」

 ルルフォートさんは冷静に言ったが、シュリは首を横に振り、ルルフォートさんの片角につけている飾り紐を指さした。

「そんなわけないよ! だって、その角からぶら下げてる飾り紐! ルルがこの前、作ったって俺に見せてくれたものじゃないか! なんか……ちょっと色あせてるけど、色合いは一緒だし! 世界に一つしかない、誰にも編めないルル考案の編み方で編んだものだって言ってただろ?!」

 シュリが言うとルルフォートさんの目がピクリと動き「どうしてそれを」と呟いた。

 そしてしばらく黙って考え込んだ後、ルルフォートさんはシュリに尋ねた。

「あんた、もしかして……」
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