エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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34 止まらない涙

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「ちょいと聞くけど、私の名前を言えるかい?」
「当たり前だろ!? エリシャレイア・ルルフォート。でも名前が言いにくいだろうからルルって呼べって、若い頃に言ったのはルルだろ」

 シュリはすんなり答えたが、その名前に俺は「えっ」と思わず反応してしまう。そしてその俺の反応にシュリは眉間に皺を寄せた。

「なに?」

 問いかけるシュリに、俺はルルフォートさんの正しい名前を教えた。

「シュリ。ルルフォートさんの名前は、ミランカリア・ルルフォートだ。ほら、あそこに書いてあるだろう?」

 俺は壁に掛けられた営業許可の札に書かれた名前を指さす。そこには『ミランカリア・ルルフォート』と書かれていた。それを見たシュリは「え?!」と驚く、けれど目の前のルルフォートさんを見て「でも、でも、どう見ても!」と困惑した声を出した。

 ……シュリは一体どうしたんだ?

 そう思っているルルフォートさんは「まあ、落ち着きな。魔人さん」と宥めた。
 そしてにっと笑うと「謎は解けたよ」と告げ、「ちょっと、そこで待ってな」と言い捨てて、中の方へ行ってしまった。

 一体、なんだろうか? と俺とシュリは顔を合わせて待っていると、ほどなくしてルルフォートさんが何かを持って戻ってきた。

「あんたが言ってるのは、この人の事だろうよ」

 ルルフォートさんが持ってきたのは、手のひらサイズの小さな額縁に入った絵だった。でも、そこに描かれていたのはルルフォートさん本人だ。だから俺とシュリはますます困惑した顔になる。
 けれどルルフォートさんはふっと笑って、ようやく種明しをしてくれた。

「これは私に見えるかもしれないけど、この人はこの仕立て屋『ルルフォート』を作った七代前の初代エリシャレイア・ルルフォートだよ。もう五百年以上前に亡くなっているがね」

 そうルルフォートさんは俺とシュリに告げた。その告白に俺とシュリは同時にルルフォートさんを見る。

「よく似てるだろう? いやぁ、血というのは怖いもんだねぇ。まさか間違われるなんて。……けど、どうしてこの子は初代の事を知ってるんだい? 教えてくれるね?」

 ルルフォートさんはにっこりと笑って俺を見た。これは答えないと今日は帰してもらえないだろう。そう俺は直感的に悟ったが、やれやれ、と思っている俺の横でシュリは絵を手に急にぽろぽろと泣き始めた。

「シュリッ?!」

 俺は驚いて思わず声を上げたが、シュリはルルフォートさんを見て、小さく尋ねた。

「……ルルはもう死んじゃったの?」

 泣きながら尋ねるシュリにルルフォートさんはあっさりと答えた。

「そりゃそうだろう。魔人でも五百年なんて月日、生きられはしないさ」

 ルルフォートさんの言葉にシュリはますますぽろぽろっと泣き出した。

「そっか、そうだよな。ここは五百年後の世界なんだよな」

 シュリはすっかり忘れていたようで、再確認するように呟いた。ここが五百年後の世界で、もう誰一人シュリの知っている人が生きていないという事に。

「ルルはもう死んじゃったんだな」

 そう呟くと、だばーっと滝のように涙を流し始めた。

「シュリ、落ち着け」

 俺はそう言って、持っていたハンカチでシュリの目元を拭う。でもシュリの涙はなかなか止まなくて。
 
「一体、どうなってんだい」

 そうルルフォートさんは困ったように呟いた。




 ◇◇◇◇





 マーケットが閉まる昼過ぎ。

 出されたお茶を俺とシュリは飲みながら椅子に座り、目の前に座るルルフォートさんに事情を話し終えた。

「はぁー、まさか五百年前から来た魔人さんだったとはねぇ。……それでノッケルんとこの坊ちゃんはこの子の代わりに五百年前に飛ばされたってわけかい?」

 ルルフォートさんは俺に尋ね、シュリは泣き止んだが、まだ目元を赤くさせながらお茶をちびちびと飲んでいた。

「ええ、まあそういうことらしいです」
「そりゃ、災難だったね。ほら、泣くのはおよし。あんたは帰ったら、初代にまた会えるんだから」

 ルルフォートさんはまた泣きそうになっているシュリをなだめる様に言った。その慰めにシュリは小さく「うん」と頷いた。
 そんなシュリにルルフォートさんは優しく笑い、そして「よし!」と声を上げた。

「ここで会ったのも何かの縁だ。折角だから、私があんたに一着作ってあげるよ! まあ、私も歳だからね。一日では作れないから、今日は既製品を持って帰ってもらうことになるけど。どうだい?」

 ルルフォートさんはにっこりと笑ってシュリに言った。

「俺に……服?」
「ああ、だから元気だしな。世の中、悪いことばかりじゃないさ」

 ルルフォートさんは立ち上がるとぽんっとシュリの頭を撫でた。そんなルルフォートさんに俺も追いかけるように立って、こそっと尋ねる。

「ルルフォートさん、いいんですか? お忙しいんじゃ」

 俺はそう尋ねた。ルルフォートさんは有名な服職人で、服を作ってもらうなら半年先の予約まで待たないといけないほどだ。だがルルフォートさんは笑って答えた。

「何、そう凝った服は作らないよ。でもお礼がしたいのさ」

 ルルフォートさんの思わぬ言葉に俺は眉間に皺を寄せる。

「お礼、ですか? シュリに?」
「ああ、うちに古くからある話なんだけどね。初代が服職人として店を始められたのは、ある魔人がいたから、という話なんだ」

 突飛な話に俺はますます眉間の皺を寄せる。

「魔人、ですか?」
「なんでも初代の服は、先端を行き過ぎててね。最初は誰にも評価されなかったらしいんだ。でも一人の魔人が褒めて着てくれた。すると彼が着たことによって町で評判になってね。それで初代はその魔人のおかげで『ルルフォート』を開業することができたんだ。そして初代は作った独自の編み方に彼の名前を付けた『シュリ技法』ってね」

 ルルフォートさんは飾り紐を指さして言った。

「それって!」
「まあ、わからないけど。この子がその魔人な気がするんだ」

 ルルフォートさんは笑って言い、何も聞こえなかったシュリはこそこそ話をしていた俺達に首を傾げた。

「何? 二人で何の話?」

 シュリは尋ね、ルルフォートさんが答えた。

「いや、なんでもないよ。そういやちゃんと名前を聞いていなかったね。名前は?」

 話題を逸らすようにルルフォートさんは名前を聞いた。

「シュリ・アンバーだよ」
「シュリか。いい名前だね」
「ふふっ、ルルも同じこと言ってた」
「おや、そうかい? まあ血は繋がってるからね。彼女の一部くらいは私にも残っているだろうよ」

 ルルフォートさんが言うと、シュリは嬉しそうににこっと笑い、それからおずおずと尋ねた。

「ね、貴方の事もルルって呼んでいい?」
「勿論、いいさね。さて、私は早速採寸用のメジャーを取ってくるよ」

 ルルフォートさんは優しく頷き、取りに行こうとした。

 だがその時、カランカランッとお店のドアベルが鳴った。



*********

明日と明後日、ちょっとお休みします。
続きは11/10から!
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