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35 ミシャ
しおりを挟む「ママ、配達終わったわよ!」
開いたドアと共に元気な声が響く。
俺とシュリが視線を向ければ、ドアを開けて現れたのは見た目二十歳前後の若い元気な女の子。
俺のよく見知った顔だ。父方から受け継いだ魔人寄りの血で見た目は俺よりも若いが、俺とエルサードの幼馴染だ。
その名もミシャ。頭に角はないが、ルルフォートさんの子である。
そしてミシャは俺を見つけると、すぐに近寄って話しかけてきた。
「やーだーっ、アレクシスじゃない! 町に出てるなんて珍しいわね! え、なになに? 買い物?!」
彼女は目をキラキラ輝かせて俺に尋ねた。俺はこの騒がしさにうっと顔を険しくする。けれどお構いなしに、俺に近寄りどんどん、ぐいぐい話してくる。
「なになに? 服を作りに来たの? ママじゃなくて、私が作ろうか? ね? ね?」
「いや、結構だ。離れろ、ミシャ」
俺は体を仰け反らせながら言い、傍にいたシュリは俺に言いよるミシャに驚いていた。
「アレクシスに声かける女の子、初めて見た」
シュリが言うとミシャはようやくシュリの存在に気が付いたようで「あら、この子! もしかして噂の?! やだー、話に聞くよりずっと可愛いじゃない!」と興奮気味に言い、そんなミシャの頭にルルフォートさんはこつんっと杖を振り落とした。
「あたっ!」
「ミシャ、ちょっと落ち着きな。たく……この子はいつまで経っても落ち着きがないねぇ」
「もー、ママ。叩かなくたっていいじゃない」
「それより、ほら自己紹介。この子ったら、驚いて固まってるじゃないか」
ルルフォートさんはシュリを見て言い、ミシャは慌てて名乗った。
「あ、ごめんなさい。つい、初めまして魔人さん、私はミシャ・ルルフォートよ」
「ミシャか、俺はシュリ・アンバーだ」
「シュリっていうのね。アンバー……どこかで聞いた名前ね?」
ミシャはそう呟きながらも、さすがにシュリがエルサルの弟である、とまでは気が付かなかったようだ。
「それより、今日はどうして家に?」
ミシャは俺を見て尋ねた。
「シュリの服を見繕いに」
「あら、そうだったの!」
ミシャが答えると、ルルフォートさんがメジャーを持って戻ってきた。
「ついでに私が服を一着作ってあげることになったんだよ。まあ、今日のところは既製品も持ってってもらうことになるから、ミシャ、手頃な服を選んでやりな」
ルルフォートさんは早速指示を出しながらシュリを立たせて、採寸し始めた。
「おっけー、わかったわ。シュリは好きな色とかある? ここで着てみたい服とかあるかしら?」
ミシャが尋ねると、シュリは採寸されながらマネキンが着ている服を指さした。
「俺、ああいうのが着たい!」
そう言って指さしたのは、どう見てもシュリに似合わない服だった。
味わい深い茶色の革でできたロングコートに、白いシャツ、紺色のベスト、黒のズボンに茶色の革ブーツ。見るからに渋めで、どちらかというと俺のような大柄な体格か、そこそこ年を重ねた男が着るような服だろう。小柄で、まだ見た目が若いシュリに着こなせる服ではなかった。
だがシュリは無邪気に「俺、ああいうのがいいなぁ!」と言い、速攻でルルフォートさんとミシャに「却下」「却下ね」と言われていた。
けど、否定されたシュリは「えー!? なんでだよ!」と声を上げたが、負けじと「じゃあ、あれ!」と別の服を指さした。そこにはさっき選んだ服と似たような服が置かれていた。なので二人にまた否定されていた。
シュリはむーっと頬を膨らませていたが、俺はそれを横目で見ながら、シュリが言っていた事を思い出す。
『お前は一人で服を買うなって言われてたし』
……あれはこういう意味だったんじゃ。
そう思いつつもシュリはまだ負けじと服を指さしていた。
――――そして服も選び終わった後。
「毎度―! また来てね、アレクシスも! 服が出来上がったら私が届けに行くからねー!」
「またいらっしゃい」
ミシャとルルフォートさんは店先に出て、手を振りながら言い、俺達を見送ってくれた。そんな二人にシュリは手を振り返し「またなー!」と元気に言った。
そしてちょっと歩いたところで、シュリは俺に尋ねた。
「重くないか? アレクシス」
シュリは俺の背中にある、行きにはなかった鞄に視線を向けて言った。
「大丈夫だ、このくらい」
俺はリュックを軽々と肩に掛けたまま答えた。鞄の中にはシュリの服がいっぱい入っている。あと果物屋で買ったカーリンカもだ。
シュリは全く服を持っていなかった為、下着やら普段着やらを買っていたらいっぱいになり、見かねたルルフォートさんが鞄を貸してくれたのだ。
『今度、ミシャが配達に行った時に返してくれればいいから』
そう言って。そして、鞄の中にはミシャが選んだ服が入っている。結局、最後までシュリの意見はほとんど聞かれなかったが。それでも服を購入したシュリは嬉しそうだった。ただ勿論、お金は俺持ちだ。だからシュリは俺の手を握ったまま申し訳なさそうに俺に尋ねた。
「服、いっぱい買っちゃったな。ごめんな、俺、お金ないのに」
「気にするな。これは必要なものだ」
「でも」
「これぐらい買ったからって大丈夫だ。俺は第一部隊の隊長だぞ。シュリの服を買うぐらいの金は持っている。それに今度、この前のような魔術をまた見せてくれたらそれでいい」
俺が言うとシュリは「うん、勿論だよ!」と俺の手をぎゅっと握って言った。
「へへっ、アレクシスは優しいな」
シュリは嬉しそうに笑い、俺は何となくお金でシュリの気持ちを買った気にもなったが、シュリが喜んだのならそれでもいいか。と思い直した。
……服ぐらいなら、いくらでも買ってやる。
そう思う。だが不意にシュリが下着も買っていたことを思い出して、俺はちょっと顔が赤くなる。
なぜならシュリが買った下着は全て女物だったからだ。
なんでも昔の下着というものは布を巻くだけだったらしく、そこに男女差はなかったらしい。でも、今はそんな下着は売っていないし、今は男もの女ものがある。
そしてミシャとルルフォートさんは、シュリが両性だと聞いて「ついてないなら女物の下着の方がいいんじゃない?」と薦めて、シュリは何の抵抗もなく女物の下着を買っていた。
まあ、シュリは実際に両性だし、女物の下着をつけていても何の不思議もないだろう。だが、ぼんやりと頭の中にヒラヒラの女物の下着をつけた裸のシュリが、本人を目の前にして俺の頭に浮かび、俺は煩悩を振り払うように頭を左右に振った。
「どした? アレクシス」
シュリは急に頭を振った俺を不思議そうに見つめて、俺は慌てて答えた。
「え? ああ、何でもない!」
「そうか?」
「ああ! とりあえず腹ごしらえに何か食べよう。シュリは何が食べたい?」
煩悩を振り払い、俺が尋ねるとシュリは「アレクシスが好きなもの! 俺、何があるかわかんないし」と答えた。だが俺は、シュリに言われてうーん、と悩む、街歩きをする方ではないから、おいしいお店がどこにあるのかわからないのだ。
でも、一軒だけ思いついてシュリに尋ねてみる。
「じゃあアギレナ亭に行ってみるか? あそこは料理も出しているし」
俺が尋ねるとシュリは「うん!」とすぐに答えた。
「じゃあ、行くか」
そう言った時、後方から呼びかけられた。
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