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36 ネイレン再び
しおりを挟む「いやー、偶然ですね! 兄さん」
その声の方を見れば、後ろの道に隊服を着たネイレンが立っていた。
「ネイレン!」
「おはようございます。兄さん、今日は非番ですか?」
ネイレンはにこにこしながら俺に尋ねた。だがその口ぶりはわざとらしい。大体、ネイレンが俺の休みを知らないわけがない。ネイレンは俺の休みをいつも把握して、暇さえあれば俺の元に遊びにくるのだから。
だがそんなことを俺が思っている内にシュリが声をかけた。
「あ、こんにちは。ネイレン、昨日ぶりだな」
シュリは挨拶したが、ネイレンはシュリの方には一切見向きもしない。だがシュリは全くネイレンの意を介さずに、聞こえなかったのか? とでもいうようにもう一度挨拶をした。
「ネイレン、こんにちは」
シュリが言うと、ようやくネイレンはシュリの方に忌々し気に視線を向けた。
そんなにシュリを敵視しなくてもいいのになぁ、と俺は思うのだが、ネイレンは俺とシュリが手を繋いでいるのに気が付いて、すぐさま手刀でしゅぱっと俺とシュリの手を外した。
「俺の兄さんと手を繋ぐなんて百年早い!」
ネイレンはむすっとしながらシュリに言った。でも能天気なシュリは首を傾げるだけだ。
「なんだ、ネイレンもアレクシスと手を繋ぎたいのか?」
「いや、シュリ、そういう事じゃないから」
俺は頭を抱えながら言ったが、横からネイレンが「勿論だ!」と余計な事を言うのでややこしい。
「ネイレン、お前はちょっと黙って」
「なんでですか! 俺だって兄さんと手を繋ぎたいですよ! 大体兄さん、俺と非番が合っても全然遊んでくれないのに、どうしてこの魔人と一緒に街歩きしてるんですか! 俺も歩きたいのに!」
ネイレンはむすっとしながら言うが、この年になって手を繋ぐ兄弟がどこにいる。
「お前は家族がいるだろ、休みの日ぐらいは家族サービスしろ」
「兄さんも家族です! サービスさせてください!」
この見事なまでのブラコン。一体どこで育て方を間違えた。
弟は好きだが、行き過ぎているネイレンに俺は頭を抱えながら断った。
「俺は大丈夫だ。俺よりもオリービエさんや子供達を優先させなさい」
「俺がいなくても父さんや母さんがいるから大丈夫ですよ!」
ああ言えばこう言い、俺は小さくため息を吐く。しかし、ネイレンが隊服だと思い返し俺は尋ねた。
「それよりネイレン。今日は出動日だろう、どうしてここにいるんだ」
俺が尋ねるとネイレンはちろっと目を逸らした。
「巡回です」
「一人でか? 巡回は二人体制で行うはずだ。それにお前は第二部隊の副隊長だろう。町の巡回警備の仕事は第四部隊の仕事だ。お前、仕事をサボってきたな。それと俺達がここにいると誰に聞いた?」
じろっと俺が見ると、ネイレンはますます目を逸らした。
「ロニーに。それと別にサボってはいませんよ。リーツ隊長には休憩に行ってくるって言いましたから」
ネイレンの言い訳に俺はため息を吐く。だが俺の隣で黙っていたシュリがネイレンに声をかけた。
「なんだ、休憩ならいいじゃないか。それよりネイレン、俺とアレクシスは今からアギレナ亭と言うところに昼食を食べに行くところなんだ。ネイレンも行かないか?」
「なんで、俺が! ……いや、俺も行く!」
ネイレンは一瞬断ろうとしたが俺とシュリを見て、ついていくことに変更した。きっと、俺とシュリが二人で昼食をとるのが嫌なんだろう。なんとわかりやすい弟だろう。
「なら、一緒に行こう。アギレナ亭っていうのはどっちなんだ?」
シュリが尋ねるとネイレンは「そんなことも知らないのか! こっちだ!」と案内していた。
「ほら、アレクシスも行こう」
シュリはネイレンの後を追いかけるように歩き、立ち止まる俺に振り返って言った。
「ああ」
俺はそう答えながら、何も起こらなければいいんだが。と思うが、ロニーの『街歩きも気を付けてくださいね』と不吉な予言が頭を掠めたのだった。
◇◇◇◇
王都インクラント、エルサル広場から伸びる飲食店街のアルドール通りにはいろんな食事処が集まっている。軽食店から飲み屋、他国の名物料理を出しているお店なども。
なので昼過ぎてもアルドール通りは賑わい、まだ明るいというのに外の席でお酒を飲んでいる者達も見受けられる。
そしてアギレナ亭と書かれた看板をかけたお店もそこに。鍋とお玉が書かれている看板が目印だ。
「ここだ」
ネイレンは腰に手を当ててシュリに言い、シュリはお店を見て「ここかぁ」と呟いた。
「ふふん、ここは料理も出しているがケーキが絶品で、この町一番の店だ」
ネイレンは俺の代わりにお店の事を説明し、店の前にある看板を見て「この料理は今だけの期間限定で、こっちの料理は店の定番料理だ。一度は食べておいて損はない」と指を差しながら教えている。そんなネイレンの説明をシュリは「うんうん、なるほど」と真剣に聞いてる。
俺は口下手だし、ネイレンはこの店の常連だから、ネイレンに説明を任せておけば間違いない。さっきまで敵視していたシュリにネイレンはなんだかんだで丁寧に教えている。ネイレンは俺さえ絡まなければ、優しいし、面倒見がいいのだ。そう俺さえ絡まなければ。
「ネイレンの説明は分かりやすいなー。俺、どれも食べてみたいよ!」
シュリが純粋に褒めると、ネイレンは少しむっとした顔をして「別に教えただけだ」と顔を背けた。
「大体、俺はお前に説明したんじゃない、兄さんに説明したんだ」
ネイレンは腕を組んでふんっと鼻を鳴らして言った。だが、どうみてもシュリに説明していたようにしか見えないし、その言い訳は通用しないんじゃないか? と思ったが、シュリはネイレンのそんな言い訳も鵜呑みにしたのか「そうか。でも俺は助かったから、ありがとう」とにこにこ笑顔でネイレンに言った。
そんなシュリにさすがのネイレンも毒気を抜かれたような顔を見せた。まさか笑顔で、お礼を言われると思っていなかったのだろう。
俺は久しぶりに見る、弟のうろたえた顔に思わずぷっと笑った。
「に、兄さん!」
「悪い」
顔を少し赤くするネイレンに謝り、俺はその肩をぽんっと叩いた。
「とりあえず、中に入ろう。今日はお前が料理を頼んでくれ」
俺が頼むとネイレンは嬉しそうな顔で「はい、兄さんッ!」と大きく返事をした。
これだから憎めない弟なのだ。
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