エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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37 大人なシュリ

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 それから俺達は揃ってアギレナ亭の店内に入り、俺とシュリは先に窓辺の席に着き、ネイレンは店のカウンターに料理の注文をしにいってくれた。俺では何がいいのかわからないから本当に助かる。

 だが常連のネイレンは店員の女の子と顔見知りなのか、和気あいあいと話しながら色々と料理を注文している。その内料理人まで出てきた。その様子を遠目で見て、俺の中に少しだけ苦い思いが流れる。

 ネイレンは昔から優秀で、人当たりもよく、母に似た見目の良さもあって誰からも好かれる存在だ。それが自慢でもあり、俺は時々羨ましくもあった。俺はどうしたってネイレンのようにはなれないから。

 ……俺もネイレンのようだったら。せめて人種寄りの姿だったら何か変わっていただろうか。

 そう思ってしまう。でもそんな俺の気持ちに気がついたかのようにシュリは何気なく俺に声をかけた。

「アレクシス? どうかしたか?」
「え、あ、いや、なんでもない」

 俺はシュリの呼びかけに答え、すぐに苦い思いを振り払う。

「ん、そうか? ……それにしてもネイレンは人気者だなぁ。みんなと楽しそうに話してる。料理の事も詳しかったし、もしかしてネイレンはここの常連なのか?」

 シュリの質問に、俺はネイレンとは反対側の窓の外を見ながら答えた。何となく、弟が人気者だという事を素直には言いたくなくて。

「ああ、ネイレンはここのケーキが好きで、よく来るんだ」
「そうなのか。ケーキもぜひ食べたいなぁ」
「そうだな、後で頼もう」

 俺は少々ぶっきらぼうに答えて、しまった、と後悔するが、そこへネイレンがトレーを持って戻ってきた。トレーには三つのグラスと果実水が入っている水差しが乗せられていた。

「お待たせしました。とりあえず色々と頼んでおきました、勿論兄さんが好きなパイも」

 ネイレンは言いながらグラスをテーブルに置き、水差しに入れられた果実水をそれぞれに入れてくれた。まあ、シュリにはいやいやながら渡していたが。

「そうか、ありがとう。ネイレン」
「いえ、兄さん」

 ネイレンはにっこりと笑って俺に言った。普通に接すれば、ネイレンはいい弟だ。
 だが、ネイレンがこちらの席に来れば、人の注目も集めてしまう。そして獣人の耳は自然と聞きたくもない他人の話を拾ってしまう。

「あそこにいるの、クウォール家の兄弟じゃないか?」
「先祖返りの狼騎士様が町に来るなんて珍しいな」
「でも、そう言えばクウォール家の次期当主って弟の方なんだろ?」
「ああ、弟にはもう子供もいるからってんで、譲ったらしいぞ。まあ、あのなりじゃ、女、いや誰も近寄らないよな」

 店の端のテーブルに座っている四人組の酔っぱらいの男たちが、俺達を見ながら笑いながら話していた。普通ならば聞こえないはずだ。でも聴覚がいい俺やネイレンの耳は男たちの話を漏らさず聞こえてしまう。

「あいつら!」

 ネイレンは怒気を含んだ声で小さく呟き、その場を立とうとした。俺はそんなネイレンの腕を取って、止める。

「ネイレン、止めなさい」

 静かな俺の声にネイレンは「でも!」と反論するが、俺は「気にするな」と笑って言った。
 そう気にすることの程でもない。昔から言われ続けていることなのだから。俺は自分自身にもそう言い聞かせる。

 そしてネイレンは俺が止めたことで、大人しく席に座ったがやはり不服そうだった。
 でも、そんな俺達のやり取りを見ていたシュリは訳が分からないようで「どうしたんだ? 二人とも」と首を傾げた。

「いや、なんでもない。シュリ」

 俺が誤魔化すとシュリは「そうか?」と首を傾げたが、俺の誤魔化しを見逃さなかった。
 静かに黙ったシュリに視線を向けると、エルフェニウムの瞳は淡く光り、四人組の男たちを見ていた。

「しっかし、すげーよな。あの毛深さ! それにあの口。がぶっと食われちまいそうだ」
「折角の名門クウォール家の出なのになぁ。本来なら女にもて放題だったろうに」

 などとまだ俺の話をしている。聞くに堪えない会話だ。
 けれどシュリは目を細めると「なるほどな」と小さく呟き、呆れた顔をした。その仕草はいつものお子様なシュリじゃない、まるで大人な仕草だった。

 だから俺が思わず「シュリ?」と尋ねると、シュリはふっと不敵な笑みを零して「見てろ」とさっきの男たちに視線を向けた。
 シュリの言葉に俺とネイレンは男達にちらりと視線を向ける。すると、シュリは右手をテーブルの上に置いたまま人差し指の指先だけを文字を書くようにひゅんひゅんっと軽く動かした。

 その途端、突然男たちが座っていた椅子の足がぐにゃっと柔らかくなり、男たちは「わぁっ!」と悲鳴をあげて、どたどたっと全員が椅子から転げ落ちた。

「お、お客さん! 大丈夫かい?!」

 突然、椅子から落ちた男たちに、お店の女の子たちが心配そうに駆けつける。けれど、男たちは何が起こったかわからない顔で呆然としていた。

「な、なんか今、椅子が柔らかく……!」

 そう一人が呟いて椅子を見たが、椅子は変わりなくちゃんと立っていた。それでも信じられないのか、男の一人が足をぐいぐいと引っ張っている。でも勿論、椅子は固いまま。男たちはまるで夢でも見たように不思議な顔をしながらも、ちょっとびくびくしながらまた椅子に座った。

 だが一連の流れを見た俺とネイレンは思わず顔を見合わせ、それからシュリに視線を向けた。しかしシュリは何食わぬ顔で果実水を飲み、俺とネイレンを見てふっと笑った。

「ちょっとしたイタズラだ」

 シュリはそう言うとグラスをテーブルに置き、飲み終わったグラスに新しい果実水を注ごうと水差しに手を伸ばした。
 けれどそんなシュリにネイレンは「お前がやったのか」と驚いた顔で聞いた。

 魔人の血を引く混血者が、魔術を使う時には魔術式を使うか口頭呪文を使わなければならない。それはルサカ隊長でもだ。
 けれどシュリは今、無魔術式、無詠唱で魔術を使った。医務室でシュリが急に消えた時と同じように。

「ん? 見ていただろ」

 シュリは事も何気に言うと水差しを手に取り、グラスに果実水を入れた。しかし、答えたシュリにネイレンは「見ていただろって」と驚いた顔のままだ。そんな弟に俺は静かに声をかける。

「ネイレン、シュリは魔人だ。常識で考えるな」

 俺はそうネイレンに告げた。でもまだ信じられないのか、驚いた顔のまんまだ。
 しかし、そのネイレンにシュリは何も言わず、俺の方にすっと視線を向けた。

「アレクシス」

 呼びかけられて見つめれば、エルフェニウムの瞳は揺るがなく真っすぐと俺を見つめていた。

「アレクシス、人の表面だけみる奴の言葉なんか気にするな。お前の事をちゃんとわかっている奴の言葉だけ大事にすればいい。他人の言葉なんて、いつも適当で無責任なんだから。……お前が傷つく必要なんてない。アレクシスはアレクシスのままでいい」

 シュリはしっかりとした口調で俺に言い、そこには大人のシュリがいた。

 見かけは子供で、俺の方が大人なのに。俺を子ども扱いするシュリに、さっきまで冷えていた俺の心は今はなんだかぽかぽかと温かくなった。

 だって、シュリが俺の為に魔術を使ってくれたのだと、改めてわかったから。

「ああ……ありがとう、シュリ」

 俺は思わず笑って、シュリにお礼を言った。でもシュリは「ん」と短い返事をしかしなかった。
 そんな姿に、やっぱりシュリは大人だな。と思う。

 しかし、ちょうどそこへ店員の女の子たちが出来立ての料理を運んできた。良い匂いが辺りに漂う。

「お待たせ! はい、うちの一番人気料理! サービスしておいたよ!」

 そう言いながら、テーブルに五品もの料理を置いた。サラダやスープ、肉や海鮮料理、そして俺の好きな色々な具が入ったパイがテーブルに所狭しと並んだ。

 シュリはそれを見て、目をキラキラと輝かせ、身を乗り出した。

「わー! すごいおいしそうだッ!」

 その姿はまさに子供っぽく。俺はなんだか可笑しくなって、声を出して笑ってしまった。

「ハハッ、全くお前ってやつは」
「アレクシス! 早く食べようっ!」
「ああ、わかった、わかった。今、取り分けてやるから、ちょっと落ち着け」

 俺はそう宥め、取り皿を手に料理を分け始める。

 そんな俺とシュリのやり取りを、ネイレンはまだ驚きながら見ていた。



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