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39 お宅訪問
しおりを挟む「ところで、あーちゃんはママに挨拶はなし?」
母さんに言われて挨拶をしていなかったことに気が付く。
「お久しぶりです、母さん」
「もー、母さんなんて固い言い方。ママって呼んでくれていいのに~」
「まだ十にも満たない時の話でしょう! ……今も呼んでいるような言い方をしないでください」
「あら、そうだったかしらね? それにしてもでもこうして会うのは半年ぶりね。あーちゃんってば、全然家に帰ってきてくれないんだから」
母さんはため息交じりに言った。毎回言われる小言だ。そして俺は毎回言う常套句を使う。
「すみません、仕事が忙しくて」
言い訳がましく言うと母さんはニッコリ笑顔で「あら、そうなの? いつも忙しいのね?」と何気なく俺を責める。この展開になると、俺はただ「すみません」と謝るしかない。これ以外の言葉がないのだ。
でもすみませんを繰り返す俺に母さんは小さくため息を吐いた。
「あーちゃん。毎回言うけど、ママは別に怒っているわけじゃないのよ? ただ、ちょっとでも顔を見せてくれればいいのに、って思ってるだけでね? たまには家に帰らないと、オリアナとネールに顔を忘れられちゃうわよ?」
母さんが言うとシュリが首を傾げた。
「オリアナとネール?」
「俺の姪と甥だ。ネイレンの子供達だよ」
俺が答えると、シュリは目をきらっと輝かせた。
「子供! ネイレンは子供がいるのかー。そうか、可愛いだろうなぁ!」
シュリは目を輝かせたまま言った。どうやらシュリは子供好きのようだ。
だがそんなことを思っていると母さんは両手をパンッと合わせた。
「そうだわ! 折角だから今日、家に寄っていきなさい。非番なんでしょう? ネイレンからそう聞いているわ」
母さんは、まるで名案だ、と言わんばかりに言った。けれど俺は断った。
「いえ、今日は遠慮しておきます。シュリもいますし」
「あら、そう?」
母さんは明らかに気落ちした声を出したが、シュリは俺の意に反して「え、なんで? 俺なら構わないぞ?」と答えた。おかげで母さんはすぐに笑顔を取り戻す。
「あらーほんと? あ、そうだわ。シュリ君、家には私が書いた本が他にもあるのだけれど、読む?」
母さんが甘い言葉で誘うと、シュリは俺の手をぎゅっと握って目を輝かせた。
「アレクシス、行こう!」
その目に帰るという選択肢はなかった。そして母さんは悪びれもなく、にこにこしている。
俺はやられた! と思いつつ、ため息をついて「わかったよ」と答えるしかなかった。
◇◇◇◇
アルドール通りを少し外れた場所に建つ屋敷。そこが俺の実家だ。
「うわぁ、でっかい家! アレクシスっていいところのお坊ちゃんだったんだな」
シュリは屋敷を見上げて言った。
緑の屋根に白の二階建ての建物。名門クウォール家の屋敷、そう町の人は呼ぶ。
「見かけだけだぞ、中は古いものだ」
俺はそう言いつつ、懐かしい我が家の門を通った。
こないだここに来たのは半年前。
母さんの誕生日祝って、家族や知り合いを呼んでパーティーをした時だ。
それ以来俺は帰っていなかった。もし今日母さんに捕まらなければ、もっと帰らなかっただろう。
「シュリ君、どうぞ」
母さんは玄関のドアを開けて言った。だが同時に、中から甲高い声が飛んでくる。
「ばぁばー! おかえりなさーい!」
「ばっちゃ」
玄関先に小さな子供たちが駆け寄ってきた。
二歳ぐらいの女の子と、弟であろう一歳ぐらいの男の子がよたよたっと歩いてきた。
しかし二人は玄関先に母さんだけじゃなく俺やシュリがいることに気が付き、驚いた顔をしてその場に立ち尽くした。
……半年見ない間に、また大きくなったな。この年頃の成長は本当に早いな。
俺がそんな事を思っていると、驚いた顔をした二人に母さんは笑顔で声をかけた。
「ただいま、二人とも」
そう声をかけたけれど、二人はやはりピクリともその場から動かない。そこへ廊下の向こうからパタパタと一人の女性が駆け走ってきた。
「二人とも、お母さんを置いていかないで」
その人は金髪に緑の瞳をした二人の母親だった。彼女は母さんや俺とシュリに気が付き「まぁ!」と少し驚いた声を上げた後、朗らかにほほ笑んだ。
「おかえりなさい、お母様。それにアレクシスさんも!」
「お久しぶりです。オリービエさん」
そう俺は挨拶をした。だが、そんな俺の手をシュリがくいくいっと引っ張った。
「なあ、誰?」
シュリは小声で聞き、俺も思わず小声で答えてしまう。
「ネイレンの奥さんの、オリービエさんだ」
俺が教えると俺達の会話が聞こえてきたのか、オリービエさんはにっこりとシュリに笑顔を見せた。
「初めまして……もしかして、お父様とネイレンさんがおっしゃっていた魔人、の方かしら?」
オリービエさんに問いかけられ、シュリは素直に頷いた。
「そうだ。俺はシュリ・アンバー。魔人だ」
「シュリさんって言われるのね。私はオリービエと申します。ほら、オリアナ、ネール、自己紹介して」
オリービエさんは自分の足元に寄ってきた子供たちに優しく言った。
「わたしはオリアナ、です。こっちはおとうとのネール」
「うっ」
二人はもじもじしながらシュリに挨拶をした。そしてオリービエさんは子供達の背を押して「ほら、アレクシス伯父様にもご挨拶」と促した。
子供たちはじっと俺を見た後、すぐにオリービエさんの後ろにひょいっと隠れて「お、おじさま、こんにちは」とオリアナが挨拶をした。
「こんにちは、オリアナ。ネール」
俺は一応、返事をする。けれど、子供達を怖がらせたくはないから自ら近寄ったりしない。子供達も俺には近づかない、それは生まれた時からずっとだ。
だがシュリは戸惑いも恐れもなく、ひょいっと子供たちの前に出た。
「こんにちは。俺はシュリ。よろしくな、オリアナ、ネール」
シュリが近づくと子供たちはびくっと驚いたが、怖がりながらもじっとシュリを見つめた。そしてシュリは「俺の事はシュリって呼んでくれ」と言って、帽子を脱いだ。
すると真っ白な髪がふんわりと流れるように落ち、それを見た子供たちは「わぁ」と声を上げた。
シュリほどの真っ白な長い髪を見るのは初めてだからだろう。その目はもうシュリに対して、興味津々の目になっている。
「けがまっ白!」
「まっしー」
オリアナとネールはオリービエさんの後ろから出てきて、シュリの髪をまじまじと見た。
「さわってもい?」
「あー、勿論いいぞ」
オリアナに聞かれたシュリは自分の長い髪を掴んで、オリアナとネールに見せた。
「こんなまっ白なけ、初めてみた!」
オリアナはシュリの髪をひとふさ掴んで言った。ネールはその横で目をまん丸くさせて見ている。
全く、本当にシュリは人の心を掴むのがうまい。もうオリアナとネールはシュリを怖がったりしていなかった。
「こんなところで立ち話もなんだし、部屋の中に移動してゆっくり喋りましょうか」
そう母さんは提案した。
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