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53 事件
しおりを挟むそれからしばらく経ち、パーティーはいよいよ終盤。
俺は懐中時計で時間を確認した。
「このまま無事に終わりそうですね」
時間を確認した俺に、隣に立つネイレンが言った。
すっかり眠ってしまったミクシオン王子を侍女達に預け、ネイレンはリーツ隊長の代わりに俺達と共に陛下の警護に当たっていた。
「ああ、そうだな。あとはメインの花火が上がれば」
「花火、楽しみだなー! 結構な数があがるんだろう?」
シュリはわくわくとした様子で言った。
「まあ、陛下の誕生日祝いだからな」
「あまり、はしゃぐなよ。ここには他国の賓客もいらっしゃっているんだ。兄さんの評判が悪くなるようなことは許さないからな」
俺が言った後に、ネイレンが釘を刺すように言った。でもシュリは「はーい」と能天気に返事をするだけで、ネイレンの嫌みも空振りしていた。
そんな二人のやり取りを他所に、俺はやれやれ、と思いながら窓の外に目を向ける。
……花火は予定では七時ちょうどに上がることになっている。あと十五分後だ。このまま無事に花火まで終われば、俺達の仕事も終わりだろう。今日は天候もいいし花火が綺麗に見えそうだ。
俺はそう思いながら窓の外を眺める。
だが不意に思いもよらぬものが飛んで来るのが見えて、俺はすぐに大きく叫んだ。
「みんな、端に寄れッ!」
俺の声は響き、咄嗟に陛下の前に出る。
なぜなら、夜空をきって飛んでくる拳大の石が俺の目に見えたからだ。石は会場の窓を派手に割り、大きな音が響く。そしてキャアァァッ! と叫ぶ令嬢の声と共に人々は逃げ惑った。
しかしその中で俺は、投げ入れられた石が逃げ遅れたイーゲルに落ちていくのがスローモーションのように見えた。だから考えるよりも先に俺は体を動かしていた。
「ネイレン! 陛下を頼む!」
早口で言い放ち、俺は鈍足になった足で掛け走って、イーゲルの背を伸ばした手で押し出した。そうすればイーゲルは前のめりに倒れ、石の軌道から逃れた。
……よしっ! これでイーゲルは安全だ。だがっ。
そう俺はホッとするが、今度はイーゲルの立ち位置に立った俺に石は向かってくる。
俺は何とか体を捻って避け、石は俺のこめかみを掠った。
「くっ!」
ピリッとした痛みが走るが、皮膚を掠る程度だけで石はそのまま床にドゴッ! と大きな音を立てて落ちた。まさに間一髪だった。
……はぁ、危なかった。
俺は気が抜けて、思わず床に片膝をつく。だが、すぐに顔を上げて被害がない事をすぐに確認する。
……良かった、誰も怪我人はいないな。
俺は周りを見回して息を吐く。そして投げ込まれた石を見れば、床が酷くへこんでいた。それは飛んできた時の威力を物語っている。俺はこの人種の体で受け止める事態にならなくて良かったと心の底から思った。
しかし、石をよく見れば紙が紐で巻き付けられていた。
……一体、何の紙だ?
そう思う俺の元にシュリが駆け寄ってきた。
「アレクシス! 大丈夫か!?」
シュリはやってきて心配そうに声をかけた。俺はゆっくりと立ち上がり「大丈夫だ」と答える。だが、俺の顔を見てシュリは顔を青くした。
「頭から血がっ!」
「かすり傷だ、心配するほどの物じゃない」
俺は心配そうに見るシュリを制しつつ、こめかみから流れた血を拭った。少し切れてしまったようだが、酷い傷じゃない。騎士として今までこれ以上の大怪我を負ったこともある。だから俺としては、こんなもの、唾でもつけておけば治るレベルだった。
でも、シュリは大げさだった。
「かすり傷でも怪我してる! ルクナに見てもらおう!」
シュリはそう言って俺の手を取って、万が一の時に備えて王城の別室で待機しているルクナ隊長の元に連れて行こうとした。
だが引っ張って連れて行こうとするシュリと、シュリに引っ張られていた俺を、イーゲルの一言が止めた。
「何のつもりだ!」
俺に押し倒され、床にみっともなく転げていたイーゲルは両手をついて立ち上がるなり、俺に吠えた。
「私を押し出して、怪我でもしたらどうしてくれる!」
鼻息を荒くして、イーゲルは忌々し気に俺に言った。
嫌っている俺に助けられたのがよほど嫌だったのだろう。その上、周囲の目がある中で無様に床に転がった事が、気位が高いイーゲルには許せなかったらしい。
顔を赤くして怒っている表情が全てを物語っている。
……俺は助けたはずなんだが。
そう思いつつも揉めるのも嫌で、俺はとりあえず謝った。
「すまない。手荒な真似をして」
だが謝罪してもイーゲルの怒りは収まらないようで、こちらを見ようともしない。
そして俺にだけ聞こえるようにイーゲルはぼそりと言った。
「私に触るなどっ。獣風情がッ!」
その心無い一言に、ぴきりっと俺の心にヒビが入る。
どれだけ言われ慣れていても、どれだけ親しくもない奴だったとしても、言われて傷つかないほど俺の心は強くない。
俺は言い返せもできずに、ただその場に立ち尽くす。胸がキリキリと痛い。
……なんで、そんなことを言われなきゃならないんだ。
心が切なく、悲しげに呟く。
でも何も言えない俺の代わりにシュリが声を上げた。
「アレクシスに謝れ、今すぐに!」
シュリは今まで聞いたことのないような低い、怒っている声で、真っすぐとイーゲルを見て言った。イーゲルはまさか宰相の息子である自分にそんな事をいる人物がいるとは思わなかったのか驚いた顔を見せる。
「なぜ私がっ!」
「お前は酷いことを言ったんだ。謝るのは当然だ。そもそも自分を助けてくれた者に礼も言えないのか?」
シュリは毅然とした態度でイーゲルに言い、イーゲルはますます動揺した。それを見て、俺はこのままじゃまずい、と止めに入る。周囲もざわりと俺達のやり取りを見て騒がしくなってきた。
「シュリ、いいから」
俺はシュリを後ろに追いやり、話を中断させようとした。だがシュリは引かなかった。
「アレクシス。駄目なことは駄目と教えてやるのが大人の責任だ」
まるでいつもとは違うシュリの声色に、この俺でさえ硬直してしまう。そして固まった俺を他所に、シュリはもう一度イーゲルの前に出た。
「まず、アレクシスに謝りなさい。その言い方はあんまりだ」
「私が?! こいつに?!」
イーゲルは鼻で笑うように言ったが、シュリは真剣だった。
「そうだ。ごめんなさいと、ありがとうはどんな立場の者でも言うものだ」
シュリが言うと、会場にいた者達もそうだ、と何人か小さく頷いた。助けた俺に対して、イーゲルの態度はあんまりだと思ったのだろう。じっと周囲の目がイーゲルに集まる。
そしてイーゲルは、その現状に気が付き、すぐに謝った。
「わかったよ。悪かった、助かったよ」
イーゲルは、この場を収拾させたかったのだろう。何せ、今日は陛下の誕生日で、今はパーティーの真っ最中だ。こんなことは陛下の顔に泥を塗るような行為だった。
だから本当は謝りたくないだろうが、適当でも俺に謝る事にした。だがそれが余計よくなかった。
適当に謝り、その場から逃げしようとしたイーゲルの腕をシュリは掴んで離さず、そしてシュリはついに怒った。
「そんな態度で、そんな言葉で、許されると思っているのか! ……お前は言っちゃいけないことを言ったんだぞッ!」
シュリは怒り、イーゲルに食らいつかんばかりの勢いで言った。そのシュリの怒りに、さすがのイーゲルも段々顔が引きつってきた。
「な、何がだ」
「お前は、アレクシスに獣風情と、罵ったんだ! それがどれだけアレクシスを傷つけるのかわかっているのか!」
シュリが言い始めると、カタカタッと物が揺れ始めた。ハッとしてシュリを見ると、涙を浮かべて、エルフェニウムの瞳がほのかに光り始めている。
「どうして外見だけで人の価値を決めつける! どうして中身を見ない! アレクシスがどんなにいい奴か知りもしないで!」
「お、おい、シュリ、もういい、落ち着け!」
俺はシュリの腕を取って言ったが、シュリは涙交じりに言い放った。
「アレクシスは獣人で見かけは怖いかもしれないけど、いつも真面目で、ちょっとシャイで、でも優しくて、誰よりもいい奴だ! お前は見かけは人種だけど、心は獣だッ!」
シュリがはっきり言うと次第にゴゴゴゴッと地鳴りがし、さっきまで小さかった揺れが大きくなり始めた。ガタガタっとテーブルや天井のシャンデリアは揺れ、賓客達は悲鳴を上げる。
そしてシュリの瞳の色が今までにないくらい光っていた。
だから俺の勘が、これは危険だ、と警告する。そして、俺はハッとシュリの言葉を思い出した。
『なんでも俺の魔力はエルサルよりも上だから、魔術を使いすぎて俺が暴走したら町ひとつが吹っ飛ぶからって』
その言葉が現実になるような気がした。
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