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55 ロニーのからかい
しおりを挟む誕生祭の翌日、清々しい午前中。
いつも通り俺は出仕し、隊長室で昨日の報告書などを作成していた。
そんな折、ロニーがそっとお茶を出してくれる。
「ありがとう、ロニー」
俺はお礼を言いつつも、カリカリと書類に文字を綴っていく。けれど目の前からロニーが動く気配がない。ぴたっと手を止め、ちらりと見上げるとロニーがニマニマした顔で俺を見ていた。
そのまま放置していたい気持ちもあるが、声をかけるまで動かなさそうなので俺は仕方なくロニーに声をかけた。
「……なんだ?」
俺の問いかけに、ロニーは口を開いた。
「ふふ、わかってるくせに~。隊長ってば、昨日はシュリさんと色々あったみたいですねー? でも、よかったですね、今日は第二部隊に魔術講師に行ってもらってて。……あれ? けど、いつもは一緒に行くのに、今日は一緒に行かなくてよかったんですか? あ、もしかして恥ずかしくて一緒にいられないとか?」
ロニーは楽しんでいるのか、ニマニマと笑いながら俺に言った。俺はちょっとイラっとしながらも報告書に視線を戻し、手を動かし始める。
「別に今日は第二部隊だったから俺は行かないだけだ。あそこにはネイレンがいるからな。それに、昨日のはちょっとした事故だ、事故! そこ、勘違いしないようにッ!」
俺は強調するように言い、さも何事もない顔で言った。
けど内心では『全然事故程度じゃなくて、大事故だけどなッ!』と叫ぶ。
「ふーん、まあ、そういうことにしておきましょう。しかし落ち着かせる為にキスするなんて、さすが騎士総長の血を受け継いでらっしゃいますね? 血は争えない、と言ったところでしょうか」
その口ぶりは『愛の魔法』を知っているようだった。でもあれは女性向けの本だったはず……。
「ロニー、どうして知っている?」
「勿論、知っていますよ。『愛の魔法』はベストセラー恋愛小説ですよ? 僕の母もよく読んでいました」
ロニーはふふふっと笑い、俺は無言になる。今はもう何を言ってもロニーに言い負かされる気がした。
「でも、効果は抜群だったみたいですね。シュリさん、すぐに泣き止んだとか。それとも隊長のキスが熱烈だったからなのかなー?」
「ロニー。これ以上、無駄話をするなら、今すぐこの部屋から追い出すぞ」
俺は我慢できずにむすっとした顔で言うと、さすがのロニーも「冗談ですよ、冗談」と笑って返した。
「隊長ってば、真面目なんだから。……でも隊長。この話どうやらもう町中で話題になっているみたいですよ。ますます町に下りられなくなりましたね」
笑って言うロニーに俺は思わず小声で「うるさい」と唸る。そんな俺を見てロニーは苦笑し、さすがにもうからかうことはしなかった。
「すみません、つい。……じゃあ、ここからは真面目な話をします。早速ですが、宰相閣下のご子息のイーゲル様の事でご報告が」
「イーゲル? ……何かあったのか? それとも昨日の件で謝罪をしろとでも?」
俺が尋ねると、ロニーは少し言いにくそうに答えた。
「いいえ、違います。……実は今回の件で、さすがの宰相閣下もお怒りになったようでして、今朝方イーゲル様を勘当され、家から出したようです」
「え、本当か?」
初耳の事に俺は軽く衝撃を受けたが、ロニーはしっかりと頷いた。
「ええ、亡き奥様の忘れ形見だからと今まで甘やかしすぎた事に、宰相閣下も気が付かれたようです。まあ、勘当して家を出すのは宰相閣下も苦渋の決断だったみたいですけどね。けど、どうやらシュリさんの言葉で決められたようですよ?」
「シュリの?」
「はい。昨晩のパーティーでシュリさんが言われていた言葉で目が覚めたとか、そう陛下に報告があったようです」
ロニーに言われて、俺は思い出す。
『アレクシス、駄目なことは駄目と教えてやるのが大人の責任だ』
毅然としたシュリが言い放った言葉。恐らく宰相閣下も聞いていたのだろう。
「宰相閣下は、国政の方では頭の切れる方ですが、一番下の子の子育てはどうもうまくなかったようですね」
「それはまあ仕方ないだろう、子育てに正解はないと言うからな……。それにイーゲルはもう大人だ。個人で責任を負うべきだ。……この事で目が覚めて、自分で道を切り拓いていけばいいが」
「そうなればいいですけど……イーゲル様にはいつも悪い噂が付いて回りますからねぇ」
ため息交じりに言うロニーの言葉に俺も考え込む。ロニーの言う通り、イーゲルにはいつも悪い噂があった。裏の売人ともつながりがあるとかないとか。だがイーゲルの性格からして、大層なことはできないと騎士団では判断していて、尚且つ宰相閣下の手前、その事は公にはしていなかった。
だが勘当されて自暴自棄になれば、豹変することもありうるかもしれない。
俺は万が一の事も考え、ちらりとロニーを見る。
「ロニー、一応、しばらくの間、イーゲルに監視をつけるよう手配しておいてくれ」
「はい、そうおっしゃられると思って、すでに一名つけております」
ロニーはにっこりと笑って言った。さすが仕事ができる補佐官様だ。
「あと。昨晩投げ込まれた石の件ですが、石は普通の石でした。投げ込まれたのはどうやらエルサル広場辺りからのようで、何かが飛んでいくのを見たと、夜目が利く夜行型の獣人種の方から証言が上がっています。また石には魔術をかけられた痕跡がありませんので、人力で投げ込まれたようです」
ロニーはファイルを開き、書類を見ながら俺に報告した。
「エルサル広場から人力で? 何か、器具を使ってか?」
「まあそうだと思います。かなりの飛距離ですからね。何を使ったのか……。今もエルサル広場で数名の騎士が聞き込みを行っています。ただ、昨日は祭りで人が多かったので、重要な目撃情報は得られないかもしれません」
「そうか。他には? 石には何か括りつけられていたようだが?」
「ええ、この一枚の紙が貼りつけられていました」
ロニーはくしゃくしゃの紙を伸ばした、クリアファイルに挟んだものを俺の前に差しだした。そしてそこには『モリー・コリウスを釈放しろ。でなければ、大事なものを頂く』と書かれていた。
「モリー・コリウス? どこかで……」
俺は呟いた後、ハッとした。
「もしかして、エルサードと一緒に捕まえたあの盗人か?」
俺が尋ねるとロニーは頷いた。
それはまだシュリがこちらに来る前、俺とエルサードで捕まえた兎の獣人種である盗人だ。
「あの盗人を? 仲間から、という事か」
「恐らくは。……兎の獣人種が集まって出来ている盗賊団の名を聞いたことがあります。きっとその一員か、関係者なのでしょう。盗賊団は親族で形成されているとのことでしたから。東の国では大分、大暴れしたみたいですよ。東の国では今も指名手配中です。なので、こちらにも捕縛要請が来ています」
「東の国で指名手配されたから、こちらに来た、というわけか」
俺はロニーが差し出した捕縛要請の書類を受け取る。そこには盗賊のボスからメンバーの名前がずらりと書かれてあった。結構な大きな盗賊団のようだ。もし捕縛することになったら一部隊では足りないかもしれないな、と俺の経験が囁く。
「そのようです。全く面倒ですね」
「まあ、仕方がない。これが俺達の仕事だ。……それにしても、ここが気になるな」
俺は伸ばした紙の一部分を指を差して言った。
「大事なものを頂く、ですか?」
「ああ、明確な詳細が書かれていない。一体、釈放しなかったら何を頂く気だ?」
俺は両手を顔の前で組み、眉間に皺を寄せて考えた。しかし、その答えは出ない。
「まあ、今は考えても答えは出ないでしょう。……全く、こんな抽象的なメッセージじゃなくて、はっきり書いてくれた方がわかりやすいんですけどね」
「……まあ、そうだな」
ロニーの物言いに俺は苦笑してしまう。
そして、ロニーもふっと笑い、手に持って開いていたファイルをぱふっと閉じた。
「ま、悪い話はここまでにして、ここからはいい話をしましょう。リーツ隊長がご懐妊だそうで、今日から急遽産休に入られるそうです。リーツ隊長は仕事もあるから出仕するとごねたそうですが、エルンスト副隊長が必死でお止めになったようで……。しばらくはネイレン副隊長が代理を務められるようです」
ロニーに言われ、止められているリーツ隊長を容易に想像する。エルンスト副隊長もそれはさぞ大変だっただろう。結構仕事人間なのだ、あの人は。
「しかし、やっぱりそうだったのか。めでたいな」
「ええ、ルクナ隊長も初孫に喜んでいるみたいですよ。まだ生まれてもないのに服などを買っているみたいです」
ロニーは笑っていい、俺も「そうか」とつられて笑った。
世の中、悪いことばかりではない。
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