エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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56 ミシャのアドバイス

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 それから昼も過ぎた頃。

 人目を気にした俺はロニーに昼食を運んでもらい隊長室で取っていた。
 しかし、そこへ突然の来客がやってきた。

「こんにちはー!」

 そう大きな声を上げて、部屋に入ってきたのはミシャだった。

「ミシャ」
「ああ、よかったー。まだ人種の姿で! 今の内にアレクシスの姿を目に焼き付けておこうと思ってきたのよ~!」

 ミシャは笑顔で言い、勝手にずかずかと俺の傍にやってきた。

「何しに来たんだ。服は頼んでないが?」

 俺はむすっとしながら、肉と野菜をじっくり煮込んだスープとパンの昼食を食べる。

「今日は他の子の隊服と修繕した服を配達に来たのよ。それよりシュリとロニーは?」

 ミシャはきょろきょろと辺りを見て尋ねた。隊長室には俺一人だ。

「二人は食堂だ。会いたかったら食堂に行け」

 俺は食べながらミシャに言った。俺に付き合うことはないと、俺がロニーにシュリを食堂に連れていくよう指示したのだ。だから二人は食堂に行っている。
 けれど俺の言葉に「あら、そうなの?」と言うだけで、ミシャは隊長室から出て行こうはしなかった。

「今日は何の用で来たんだ」
「あら、さっきも言ったでしょ? 今日はアレクシスに会いに来たのよ」
「俺に?」

 俺は手を止め、片眉を上げて尋ねた。

「そうよ。陛下の誕生パーティーでの話は聞いたわ。うちのママも、アレクシスもやるわねぇって驚いていたわよ」
「……それを言うだけに来たのか。さっさと帰れ」

 俺は顔を赤くしながら、むすっとして言った。でも、ミシャは首を横に振った。

「ううん、それだけじゃないわ。一言、アレクシスに言いに来ただけ」

 珍しく真面目に言うミシャに俺は「なんだ?」と首を傾げた。

「アレクシス、シュリの事、大事にしなよ」

 真面目な顔をしてミシャが言ったのはそんな事だった。

「なんだ、そんな事か。それを言う為にわざわざ来たのか?」

 俺がちょっと呆れて言うとミシャは首を横に振った。

「違うわよ、アレクシス。私が言いたいのはそういう意味じゃない。……シュリはきっとあなたにとって大事な人よ。だから大切にした方がいいって言ってるの」
「どうしてそんな事」

 真面目に言うミシャに俺は少々気圧されて、思わず尋ねた。すると、ミシャはふっと優しく笑った。

「シュリがパーティーで怒った話を聞いたわ。すごい啖呵を切ったそうね。外見だけで決めつけるな! って」
「それはそうだが」
「そこまでアレクシスを思って、怒ってくれる人なんていないと思ったのよ」
「そうか? ……シュリの性格なら、俺じゃなくても」

 俺は誤魔化すように言ったが、ミシャはもう俺の中の気持ちに気が付いていた。

「……アレクシス。アレクシスも、もう気が付いているんじゃないの? シュリが自分にとって特別だって」
「別に特別なんて」

 言い淀む俺にミシャの目はキラリと光る。

「嘘ね。……どうせ自分は獣人だから、とか。シュリは過去に帰ってしまうから、とか、面倒くさいこと考えているんでしょ?」

 まさに痛いところを吐かれて俺はうっと唸る。

「確かにシュリはいつまでいるのかわからない。でも今を逃したら、きっと後悔するわよ」

 ミシャの言葉はまるで予言のようだった。でも俺は何も言い返せなくて。そんな俺にミシャは言葉を続ける。

「アレクシス、この世に同じ人なんて一人もいないのよ?」

 ミシャの言葉にドキリとする。けれど、それ以上ミシャは何も言わなかった。

「とにかく、言いたいことはそれだけ! ちゃんと自分の気持ちと向き合いなさいよ?」

 ミシャはそれだけ言うと、言うだけ言って部屋を出て行った。
 取り残された俺は一人ぽつりと考える。

「自分の気持ちと向き合え、か」

 俺は小さく呟き、ため息を吐く。

 そう、ミシャの言う通り、俺は自分の中にあるシュリに対する気持ちが何なのかわかっていた。いや、わかっていた、というのはおこがましい。俺は今朝、気が付いたばかりだから……。

 それは今日の早朝、まだ空が白み始めた頃。

 俺は早く起き、シュリはいつものように俺の隣ですやすや寝ていた。
 起こすのも悪いか、と思い、昨晩の事を思い出しながら俺はその顔をただじっと眺めた。気持ちよさそうに、口を半開きにして、鼻を時々すぴすぴ動かして眠る姿。
 その姿を見て、ふと俺は思った。

 ……幸せそうに眠るシュリの顔をいつまでも見ていたい。ずっとこのまま、傍で。

 そう思い、その気持ちが好きだということであることに俺はハッと自覚したのだ。

 まさか! とも思ったが、シュリにキスして何の嫌悪感もない事、隣で寝ても嫌じゃない事は気持ちの裏付けのようだった。
 そして、ふっと“好き”という気持ちが明かりのように俺の中にポッとつくと、その明かりは消えなくなった。

 俺よりもずっと小さくて、長生きをしている魔人を誰よりも好きだと、心はハッキリと主張した。

 でもすぐに現実的な俺が否定的に呟いた。

『シュリは過去に帰る人間だぞ。好きになってどうする? つらい思いをするだけだぞ。大体シュリが優しいのは俺だけにじゃない。俺は好きでもシュリは違うだろう?』

 シュリがいつ帰るかなんて、わかりはしない。けれどいつかはきっと帰るのだ。それが明日か、一年後か。それにシュリだって向こうには慣れ親しんだ町があって、友達がいて、家族がいる。全てを捨て去ることは選択させられなかったし、エルサードの事もあった。

 エルサードはシュリの代わりに過去に行った。つまりエルサードが戻ってくる時がくれば、誰かが過去に戻らなければならない。魔術とはそういうものだ。何もないところからは何も生み出せない。
 そしてシュリの代わりに誰かを、なんて俺にはできない。

『なら、このままでいた方がいいだろう』

 そう現実的な俺は勝手に決めた。別れがつらくなるだけだから。

 ……でも共に生きられなくても、シュリは俺に誇りをくれた。このまま獣人であっても負けない誇りを。今ならシュリの友人であるウィリアの気持ちがわかる。きっと彼女も友人の誰かがわからせてくれたのだろう。人は外見ではなく、中身だと。

「シュリ」

 ……俺は今まで、人種寄りで生まれたらよかったと何度思っただろう。もしも人種であれば、こんなに苦しい思いをしなくてよかったのに、と。でも今ならハッキリとそれは間違いだと言える。
 
 シュリはその事を俺に教えてくれた。
 外見で人の価値が決まるわけじゃない。中身なのだと。
 どんなに周りに何を言われても、それは意味のない言葉で、堂々と生きていけばいいのだと。

 ……自分を想ってくれる人がいる。それだけで、こんなにも強くなれる。もう二度と迷わない。

 俺はあの言葉だけで、これからずっとどんな風に言われても背筋を伸ばして生きていける。もう今では、獣人の姿に戻る事の方が楽しみなくらいだ。

「……これが愛の魔法っていうやつなのかもな」

 俺は母さんが書いた本のタイトルを思い出して、フッと笑った。



 けれどこの時の俺は、この先待っている試練に何も気が付いていなかった――――。


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