エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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62 怒り

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 夜も訪れ、街の明かりがつく頃。
 俺は隊長室の執務机をダンッと叩いた。

「くそっ! どこに行ったんだ!」

 苛立ちが募った俺の声に、ロニーがびくっと肩を震わす。そして、そんな俺を諫めたのは父さんだった。

「落ち着きなさい、アレクシス。お前らしくないぞ」

 父さんに手厳しく言われ、俺はハッとし、何とか一呼吸おいて落ち着きを取り戻す。

 ……そうだ、今は冷静にならなければ。今は冷静に。

 自分の中で繰り返し言葉を唱えるが、苛立ちはやはり消せない。

「シュリ君はミシャと別れた後、消息を絶った、そうだな? ロニー」

 父さんは静かにロニーに尋ねた。

「はい、ミシャさんが言うにはこの部屋を出て行って、ちょっと話をした後、すぐに。という事ですので、恐らく三時半ぐらいかと」
「なるほど。だが出入口の門に立つ騎士たちはシュリ君の姿を見ていないのだろう?」
「はい、その通りです」
「ふむ、どこに行ってしまったのか」

 父さんは顎に手を当てて考え込むように言ったが、俺は誘拐以外のなにものでもないと確信していた。

 シュリは過去に一週間後に帰るとエルサルに言われていた。だから突然過去に帰ったわけではないだろう。まあ、もし過去に帰ったとしても、王城と騎士集舎を守るために配置されている魔術感知装置が動くはずだ。それにシュリが何も言わずに消えるわけがない。
 王城を何かの理由で出たとしても、各出入口の門には警備の騎士が配置されている。シュリの目撃情報が何一つないのはおかしい。

 となれば、残された答えは一つ。誘拐だ。

 なぜシュリを誘拐したのか理由はわからないが、優しいシュリの事だ。困ったフリをした犯人に誘われ、睡眠薬でもかがされて、そのまま連れ去られたのだろう。
 それなら魔力があるシュリでも簡単に捕まえることができる。

 だがそう考えると、余計に俺の中に苛立ちが募る。優しさにつけこんで、シュリを欺いた犯人に。

 けれど、そんな折。隊長室へ一人の足音が。
 足音に気が付き、ドアを見れば、部屋をノックせずに開けて入ってきたのはネイレンだった。

「兄さん、新しい情報が上がってきました! この騎士集舎から王城に向かう通路の近くで、妖し気な人影を見たとのことです」
「「人影?」」

 父さんとロニーの声が重なる。ネイレンはこくりと頷き、話を続けた。

「はい。王城に務めるメイドが見かけたそうで……怪しいと思って人影を追いかけたそうですが、途中で見失ったそうです。そこは行き止まりの道だったらしく、だから勘違いかと思ってこちらへの報告が遅れたと」

 ネイレンが呟くと父さんは腕を組み、顎を指先でさすった。

「行き止まりの道……もしかして、そこは西塔の赤い花が咲いている木がある場所じゃないか?」

 父さんが尋ねると、ネイレンは「そうです!」と驚いた顔で答えた。だが一方で父さんの顔が険しくなる。それを見て俺はようやく口を開いた。

「何を知っているんです?」

 俺が尋ねると父さんはうーん、と唸りつつも教えてくれた。

「これは極秘事項だから、他言無用だぞ。……実はあそこにはな。王族の方と宰相閣下、私にしか知らされていない秘密の通路がある」
「秘密の通路?」

 俺が尋ね、ネイレンやロニーの視線も父さんに向かう。

「ああ、そうだ。だいぶ昔のものだがな、もしも万が一、城が攻められた時、その当時の王族を逃がすように作られた町へと続く道だ。今も使えるとは思っていなかったが、あの場所で人が消えたとなれば、その道を使ったのだろう」

 そう父さんは教えてくれた。けれど疑問が残る。王族、宰相閣下、父さんしか知らない道をどうしてシュリを誘拐した何者かは知っているのか。

「一体誰が……」

 俺は呟いた後、たった一人、思い当たる人物がハッと頭に思い浮かんだ。そして、そこにタイミングよくドアがノックされる。

「入れ」

 俺が一言かけるとドアが開き、そこにいたのはある人物の監視を任していた騎士が立っていた。彼は手負いなのか、少し体を傾けてそこに立っていた。

「アレクシス隊長、すみません。奴に逃げられました」

 そう騎士は言い、俺はある人物がこの犯行に関わっている事に確信を持った。

「イーゲル・レスフォンス。あいつかっ」

 俺がその名を言うと、父さんはゆっくりと頷いた。

「ああ、恐らくそうだろう。俺も今、思い当たるのは彼しかいない。宰相閣下が話した、とは考えたくはないが、ぽろっと言った可能性もなくはないからな。あの通路を使ったとなれば、もうシュリ君は町へと出ているだろう。もしかしたら王都外に出ている可能性もある。警備の範囲を広げた方がいいかもしれん」

 険しい顔をして父さんは言った。けれど俺はどこか腑に落ちない気がした。

「しかし、イーゲルだけの犯行でしょうか。あまりに手際が良いような」

 イーゲルの犯行にしては、やけに手際がいいような気がした。シュリは魔人で魔力も強い、シュリが本気になれば人種のイーゲルなど簡単に倒してしまうだろう。
 なのに、今はシュリの痕跡すら掴めない。何か、嫌な予感がした。

 そこへまた別の駆け足が聞こえてきた。その足音は隊長室の前で止まると、ドアの傍で立つ監視役を務めていた騎士の隣から俺達へ声をかけた。

「アレクシス隊長、よろしいでしょうか! 隊長に至急のお手紙が届いております!」
「手紙? こちらへ」

 俺が命じると、若い騎士は「失礼します!」と声をかけ、中に入ってきた。
 そして俺の前までやってくると「隊長、こちらです」と手紙を差し出した。そこには俺の名が書かかれ、差出人を見ると『ラビト盗賊団』と書かれていた。

「これは……っ」

 俺は嫌な予感を感じつつ、白い手紙の中を開け、便箋を取り出す。

『明日の夜八時、リーカン橋でモリー・コリウスを解放せよ。でなければ人質のシュリ・アンバーの身の補償はない』

 便箋にはそう書かれていた。

 ラビト盗賊団は以前ロニーが言っていた、東の国で大暴れした、指名手配中の盗賊団の名前だ。
 きっとモリー・コリウスは仲間で、助けに来たのだろう。
 そしてイーゲルは仲間の釈放を訴えるラビト盗賊団と手を結び、王城までの道を教え、勘当された腹いせにシュリを捕まえた。そう容易に謎は一気に解けた。
 シュリを誘拐した理由も。

「ふざけた真似を。……こんな事をした後悔をさせてやる」

 俺は自分では気が付かなかったが、俺は今までにない怒りの形相で殺気を含んだ声で呟いていた。その俺を見て、ロニーやネイレン、父さんの瞳にまで、ちょっとした恐れが浮かんだ。









 その頃、人質として捕まえられたシュリと言えば……。

「ん……ここ?」

 ようやく目が覚めて辺りを見回す。真っ暗な部屋の中にぽつりと一本の蝋燭の光だけが明かりを灯している。そして気が付けば、椅子に座り、体を鎖で縛りつけられていた。

 ……どうして、こんな。なんでこんな鎖に縛り付けられているんだ?

 シュリは眉間に皺を寄せ、どうしてこんなことになったのか思い出す。

 ……確かアレクシスの為に約束した焼き菓子を作って。作り終わった後に持っていったらミシャとアレクシスが口論してて。ミシャを追いかけて、話した後……。そうだ! 道に迷っていた商人に声をかけられて、説明した後、急に後ろから羽交い絞めされて、何かをしみ込ませた布で口を塞がれたんだ! そしたら気が遠くなって、その後は。

 シュリはその先の事も思い出そうとしたが、何もわからなかった。気が遠くなった後、気が付いたらここにいた、という感じだからだ。気を失った後から、この椅子に縛られている間の事を一切思い出せない。ちょっと頭がぼんやりとしている。

 ……なんでだろう? 頭がはっきりしない。変な感じだ。……でも、とりあえず、ここから出よう。嫌な予感しかしない。

 シュリはぶるっと悪寒を感じ、魔術を使って、さっさとここから出て行こうとした。
 シュリの瞳が淡く光る。けれど、体から魔力が消えていく感じがした。

 ……魔術が使えない?

 シュリは眉間に皺を寄せ、もう一度魔術を使ってみた。けれど何度しても、ふっと体の中の魔力が消えてしまう。魔力が消えてしまえば、魔術が使えないのは当然だ。
 でも今まで魔力が消えることも、魔術が使えないこともなかった。このおかしな状態にシュリはただただ不安が募っていく。

「……なんで、魔術がっ」

 思わず困惑してシュリが呟くと、その時、部屋に一つしかないドアがガチャリと開いた。


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