エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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63 イーゲルと頭領

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「お前ッ!」

 シュリがドアに視線を向けると、そこにはパーティーで顔を合わせたイーゲルともう一人、シュリに商人と名乗った男がいた。

「目が覚めたみたいだな、魔人」

 イーゲルはシュリを見て、にやりと笑って言った。

「お前は……確か、パーティーの時の」
「ごきげんよう。そしてあの日以来だな」

 イーゲルは鷹揚に答え、シュリの前に立ち、見下すように視線を向けた。

「無様な姿だな? 魔人」
「お前、どうしてここに。ここはどこなんだ? どうして俺を捕まえてる」

 シュリは睨みつけるようにイーゲルを見つめた。でもイーゲルはシュリの睨みなんて、何のその。笑いながらシュリを見ていた。そしてイーゲルは何も答えなかった。
  その代わり、イーゲルは手を上げてシュリの頬を殴った。椅子に鎖で縛られてる無防備なシュリは逃げることも抵抗することもできず、イーゲルの拳をその頬で受け止める。
 ガツッと鈍い、人を殴る音が部屋に響く。

「ぅぅっ」

 殴られたシュリは痛みに小さく唸った。そんなシュリをイーゲルは楽し気に見つめた。

「これはあの晩、お前に恥を晒された礼だ、そして」

 イーゲルはそう言うと、殴ったのとは反対の頬をもう一発殴った。カシャンッとシュリの体に巻き付けた鎖が揺れる。シュリは痛みに歯を食いしばり、唇が切れ、血が滲んだ。

「これはお前のせいで家を出された礼だ。どうだ、痛いか? だが私が受けた待遇よりは、ずっとマシだろう」
「なんで……家を出された?」

 アレクシスから話を聞かされていなかったシュリはイーゲルが勘当された事なんて何も知らなかった。だから問いかけたのだが、それがまたイーゲルの怒りに油を注いだ。
 イーゲルは口の端に血を滲ませたシュリの顎をつかみ上げ、睨んだ。

「なんでだと? 全てお前のせいだ! お前があの晩、陛下や他の貴族の前で私に恥をかかせ、父は私を甘やかしすぎたと勘当した! おかげで私は家を出され、今ではただの庶民だ! 今まで私にこびへつらっていた奴らは手のひらを返したように私の元から去り、誰も寄り付かなくなった! 全て、全てお前のせいだ!」

 イーゲルは息を荒げて、殴られて両頬を赤く染めたシュリに言った。だが、シュリは今の内容で大体を把握した。

「なるほど、それで子供みたいに癇癪を起したというわけか」
「誰が子供だ! お前なんぞ、お前なんぞッ!」

 シュリの言い草にイーゲルはまた怒りを露わにし、シュリの顔を殴った。でも拳は止まらない。一発二発、三発と殴り、もう一度拳を振り下ろそうとしたイーゲルの腕を、イーゲルと一緒に入ってきた男がガシッと止めた。

「おい、もう止めておけ。こいつは今、魔術の使えないただのガキ同然なんだから。殺すのは許さん、俺達のポリシーに反する」

 男は言い、イーゲルははぁっはぁっと息を上げながら、ようやく拳を下ろした。殴られたシュリはぐったりとして頭を項垂れた。それでもイーゲルの傍に立つ男に視線だけを向けた。
 商人と名乗った男に。

「お前は……商人じゃなかったのか」

 シュリが尋ねると男はくっと笑った。

「悪いな、魔人。あれはお前を捕まえるための嘘だ。それより、あんまりこいつの神経を逆なでするようなことは言うな。無事に帰りたかったらな」
「何者、なんだ」

 シュリは殴られた痛みに耐えながら尋ね、男はにっと笑った。

「俺はラビト盗賊団の頭領だ。お前には色々エサになってもらうよ。それまで大人しくしてな。どんな魔人であっても、この魔力封じの鎖にはかなわねーんだから」
「魔力……封じ?」
「ああ、昔盗んだ骨董品だが、こんなところで使えるとはな。というわけで、いくら魔術を使っても無意味だ。まあ、明日の夜には解放してやるから大人しくしてな」
「明日?」
「そうだ、モリーとの引き渡しだ」
「どういうことだ……モリーって誰だ」
「ま、お前は大人しくしてろってことさ」
「な……んだと」

 シュリはそこまで言うとかくんっと頭を落とし、気を失った。

「あらら、お前が殴りすぎて気を失ったじゃないか」

 盗賊団頭領はそうイーゲルに言ったが、イーゲルはフンッと鼻を鳴らすだけだった。

「静かになっていいことだ」
「へっ、そうかよ。……しかしよ? 俺達がこいつを連れてきたんだから、明日の取り分は半々じゃなくて六・四にしろよ」
「私が抜け道を教えたから連れてこれたんだろう。それにこいつを連れ去る目的があったのはお前も同じだったはずだ」

 イーゲルが鋭い目で言うが、頭領も負けていない。

「こっちは騎士達がウロウロするところからこいつを連れてきたんだぜ? 割に合わないね。明日の件もあるしよ」

 頭領がじっと見て言うと、イーゲルはしばらく黙った後「……わかった、お前の言う通りにしよう」と答えた。頭領はニッと笑って「そうこなくっちゃよ。ところで明日の件だが」とシュリの前で、明日の作戦について話し始めた。







 あっという間に夜が明け、日もすっかり上がって昼に差し掛かる頃。
 俺の隊長室には、夜通し駆け回って情報を集めてきたロニーが報告に来ていた。

「総長、隊長、南区画の住民の話ですと、森の近くに古びれた小さな一軒家があるそうですが、長年使われていなかったのに、最近人の出入りがあったようです。恐らく、シュリさんはここに捕まっているのではないかと」

 ロニーが報告を聞き、俺は剣を持ってすぐに飛び出そうとする。だが、そんな俺を父さんが止めた。

「おい、アレクシス。ちょっと待て」

 そう言われて、足がピタッと止まる。長年の癖で父と言えど上官の命令に体は答える。それでもかろうじて「なぜですか」と問いかけた。

「おかしいと思わないか」
「なにがです?」
「リーカン橋を指定してきたこと、盗賊団が小さな一軒家にいることだ」

 父さんは腕を組んで言い、机に広げている地図を指さした。

「リーカン橋はここだ。森の中にある小さな橋。なぜ、ここを奴らは指定した? こんな囲まれたら逃げる場所もないところを」

 父さんに指摘され、確かにと俺は地図を見る。
 リーカン橋は古い橋で、周りに民家もなく森の中だ。しかも城下町からちょっと離れた場所にある。騎士団で周辺を囲めば、逃げ場はなくなるだろう。

「それに、だ。盗賊団は情報では二十人もいるのに、小さな一軒家を利用するか? どう考えたって手狭過ぎる。シュリ君はここに捕まっているかもしれないが、多くの盗賊達は別のところにいるのだろう。もしかしたら町の中で観光客や行商人を装って紛れているかもしれない」
「それなら、盗賊団の一味を捕まえて本当の居場所を吐き出させれば!」
「アレクシス。奴らを一網打尽にしなければ、また同じような事件が起こるだろう」

 父さんの言葉に俺は何も言い返せない。

「まあ、盗賊団の情報では人殺しをしないことをポリシーにしているようだから、シュリ君の身は安全だろうが……この事件に加担したイーゲルがいるとなると、話は変わってくる。彼はきっとシュリ君のせいで家を追い出されたと思っているだろうからな。今は復讐心で動いているはずだ。慎重に動いてイーゲルも盗賊団も一斉に捕まえなければ、シュリ君の命が危険だ」

 父さんははっきりと言い、俺は身が凍る思いがした。だがそんな俺に父さんは強い眼差しを向けた。

「アレクシス、絶対にシュリ君を助けるぞ」

 その言葉に後押しされて俺は「はい」と剣を力強く握って答えた。
 そんな俺達の部屋を、ノックする音が聞こえた。

「失礼していいかな」

 そう少し年老いた声が聞こえた。


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