エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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68 暴走

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「アレクシス、どうしたっ?!」

 身を屈めて、胸を抑える俺にシュリが声をかける。けれど俺は返事もできない。
 体中が熱くなって、ぞわっと肌が逆立つ。息が苦しくなって、冷や汗も湧き出てきた。体の自由が利かない。ただただ、息苦しい。

「うっ……ううっ!」

 俺は耐え切れずに、胸を抑えてその場に倒れこんだ。

「アレクシス? アレクシス、どうしたんだ!? ……まさか、人種化の薬が切れてッ?」

 シュリは叫んだが、俺はどうすることもできなかった。

 ……人種化の薬が切れた?

 俺は苦しさの中、ぼんやりとそんなことを思う。けれどそんな中、タイミング悪く気を失っていたイーゲルが目を覚ました。

「くっ……くそっ、私に、こんなことっ、許さない」

 イーゲルは頭を抱え、のっそりと体を起こして、怒りに震えた声を上げた。

「獣人の分際でッ!」

 イーゲルは唸ると、近くに落ちていた短剣を手に取り、苦しさにうずくまる俺に向かってきた。

「やめろっ! アレクシスに何もするな!」

 シュリは声を上げ、ガタガタと椅子を揺らしながら叫ぶ。けれどイーゲルの耳には届かない。

「許さないッ! お前から先に殺してやるッ!」

 イーゲルはそう言うと短剣を振りかざすと俺の背中に向かって短剣を勢いよく突き刺そうとした。
 俺は苦しさのあまり、逃げることもできず、ただその様子を眺めるしかできない。俺にできたのは、これから訪れるであろう痛みを待ち構えるだけ。
 だが、待ち構えた俺にイーゲルの短剣は届かなかった。

「止めろーーーーッ!」

 シュリが力の限り叫ぶと、同時に爆発のような爆風がおきた。
 パリ―ンッ! と勢いよく、建物の窓が全て割れる。そして風圧でシュリの鎖もはち切れて、イーゲルは再び壁の端まで吹き飛ばされた。
 ドガッと壁に思いっきり叩きつけられたイーゲルは、その衝撃で今度こそ完全に気を失い、その場に崩れる
。でも俺はイーゲルなんてどうでもよかった。

「シュリ……ッ!」

 俺は鎖から解放され、その場に立ち尽くすシュリを仰ぎ見つめた。シュリの瞳が今までにないくらい光っている。シュリの膨大な魔力が解放されたのだろう。その魔力は視認できるほどで、魔力が光となって建物全体を覆い、恐らく空にまで伸びているだろうことは魔力の大きさから見なくてもわかった。
 そしてその魔力に影響されてか、ゴゴゴッと地鳴りが鳴り響き、建物全体、いや地面がカタカタカタッと揺れた。
 
 俺の勘がこのままでは危険だと、警告音を発する。どうにかしなければっ、と思うのに今の俺にシュリは止められず、ドクリッと唸る心臓の苦しさに拳を握った。

「ぐぅぅっ」

 奥歯を噛み締め、体の異変に耐える。でもそれは異変ではなく、変化だった。
 体は服を破ってむくむくっと大きくなり、体毛がざわりと生えて、歯は尖って鼻先がにゅっと伸びた。体中、冷や汗を掻き、ポタリっと床に汗が落ちた瞬間、すっと息苦しさがなくなった。

「ぐっ、はぁっはぁっ……戻った?」

 息苦しさが消えた俺は、元に戻った自分の手を表裏ひっくり返して確認した。そして自分の体も触って確かめる。分厚くなった胸板に、筋肉隆々の太い腕。どっしりとした脚。何もかも元通りだ。
 さっきまで息苦しくて起き上がれもしなかったのに、今はむしろ体中の力がみなぎっているように感じる。

 けれど体が元に戻ったことによって、完全に獣人に戻った俺の服はちれぢれに破れて床に落ち、今はかろうじてズボンだけ履けている状態だ。靴も履けるがきつ過ぎて、履いていられない。
 俺はすぐさま放り投げ、上半身裸に素足の状態になる。だが、あとはどうでもいい。無様な格好だが、俺はシュリに視線を向けた。

「シュリ、落ち着け、もう大丈夫だ!」

 俺は呼びかけてみるが、シュリはトランス状態に陥ってしまったのか、俺を見ない。シュリの瞳は強く光ったままだ。そしてずっと魔力を放出し続けている。

「シュリ! シュリ!」

 何度も呼びかけてみる。でもシュリは俺を全く見ない。このままではシュリの魂まで、魔力と一緒にどこかに行ってしまいそうだった。

「シュリ! ……くそっ!」

 俺は悪態をつき、頭に唯一浮かんでいる方法を実行するしかなかった。こんな状況で? とも思うが、それ以外にシュリを元に戻す方法が思いつかない。だから、いつもの手を使った。

 俺はシュリを抱きしめ、片手をシュリの後頭部に当てると、シュリを逃がさないよう力強くその唇に口付けた。

 ……シュリ、落ち着け!

 そう願いながら俺は深いキスをする。でもシュリの口からは血の、鉄の味がした。口の中も切られているのだろう。そう思うと舐めて治るわけでもないのに、俺は無意識にその傷口を舌先で舐めていた。

「んっ……んんっ!?」

 驚く声と共に、パッとシュリの魔力が消えた。でも俺はまだキスをしていた。そんな俺に抗議するようにシュリは声を上げる。

「んっ、んんーーっ!」

 シュリはどんどんっと俺の胸を叩き、抗議されて俺はようやく体を離した。

「はぁはぁっ、あ、アレクシス……」

 シュリは息を上げ、俺を見つめた。濡れた唇が俺を誘う。こんな状況だというのに、またキスしたくなる。だが俺は理性をかき集めて、シュリに尋ねた。

「もう……大丈夫か?」
「あ、うん。ありがとう」

 これで三度目のキスだからか、シュリはすぐに俺がシュリを落ち着かせる為にキスをしたのだと理解したようだ。

「落ち着いたか? シュリ」

 俺が言うとシュリは「うん」と答えた。だが「ごめん、な……アレクシス」と呟くと、くらっと揺れてその場に崩れるように倒れた。俺はすぐにシュリを支え、抱きとめる。

「シュリ!?」

 呼びかけるもシュリはぐったりし、そして瞳を深く閉じた。

「シュリ?! シュリッ! シュリッ!!!」

 俺がどんなに呼びかけても、シュリは目を覚まさなかった。



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