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67 救出
しおりを挟むイーゲルが振りかぶったその瞬間、大きな音と共にドアが蹴破られた。
「やめろ! それまでだッ!!」
俺が叫んで入ると、そこには裸同然のシュリと短剣を持ったイーゲルがいた。短剣の切っ先はシュリに向かおうとし、俺は怒りで体が燃え上がった。
即座に飛び掛かるようイーゲルに殴りかかる。
「ぐはぁっ!」
鍛えてもいないイーゲルは全力で殴った俺の拳で壁際まで殴り飛ばされた。これがもし獣人の俺の拳なら、本当に頭が飛んでいたかもしれない。
だが人種の拳でもダメージを食らったイーゲルは壁に叩きつけられた後、その場に崩れた。
俺はそんなイーゲルの元まで歩き、項垂れている奴の胸倉を掴むと高く持ち上げた。軽く脳震盪を起こしているであろうイーゲルは大人しく俺に持ち上げられる。
「イーゲル! なぜ、こんなことをしたッ!」
俺はそう叫び、イーゲルを睨んだ。そしてその声に覚醒したイーゲルは、俺が目の前にいる事に驚き、目を見開いた。
リーカン橋と盗賊討伐に騎士全員が向かっているのだと思っていたのだろう。
「なんで、わかった!? ここにいると」
イーゲルは戸惑いながら言い、俺は胸倉を締め付けながら答えた。
「宰相閣下が力添えをしてくれた! 息子の愚行を止めて欲しいとな!」
俺は答えながらこのイーゲルの父親である宰相閣下がわざわざ隊長室まで来て、頭を下げ、詫びた姿を思い出す。
事件の一端を聞いたであろう宰相閣下は、自分の息子が起こそうとしている犯罪を止めて欲しいと、階級も爵位も低い俺に頭を下げて頼み込んできた。
そしてイーゲルの行動を先読みし、俺に宰相閣下の持ち家でもある館の存在を教えてくれた。
きっとあの子はここにいるだろう、と。そして、警告文はイーゲルが送ったものだろう、とも。
だから俺達は三つの部隊に分かれ、父さんは騎士数名を連れてリーカン橋へ。警告文の通り、ネイレンとロニーは盗賊団の捕縛に、そして俺は数十人の騎士を連れて、この館にやってきた。
館の外には騎士が取り囲み、ネズミ一匹逃れられないようになっている。
「父上が!? くそっ! 私を勘当しただけでは飽き足らないという事かっ!」
騎士団に自分を差し出した、とイーゲルは思っているのだろう。とんだ勘違いだ。
子を思えばこそ、これ以上間違ってほしくないという親心を全く理解していない。
「お前を思えばだろう! なぜ、わからないんだ!」
俺はイーゲルの理解のなさに怒り、宰相閣下を哀れに思った。でも父親の言葉も聞かなかった男だ。俺の言葉も届きはしなかった。
「くそっ! 放せ! 獣が!」
イーゲルはまだ観念できないのか、俺の手の内で暴れた。だが騎士の俺からすれば、子供が暴れているようなものだ。そもそも体格が違う。
イーゲルがどれほど暴れても、俺には何の苦にもならなかった。
そして、いつもの俺ならば、ここで捕縛して終わりだった。
けれどシュリの姿を見て、血の上った俺はいつもの俺ではなかった。
「お前は一体、シュリに何をしたッ!」
ぎゅぅっと首元を絞めて俺はイーゲルを吊るし上げた。さすがのイーゲルも苦し気だ。
「俺、は、何も、してない。そいつ、らが」
首元を絞められてイーゲルは息ができずに顔を赤くさせて、倒れている二人の男を指さした。
シュリにあんな格好をさせて何をしていたのか、想像するだけで俺の感情は怒りに支配されていく。
シュリの服は脱がされ、裸も同然だ。瞳は涙で濡れ、泣いていたことがわかる。鎖に縛られて、シュリはどんな侮辱を受けたのか。
そう考えただけでも、怒りがより込み上げ、イーゲルの首元をもっと強く絞めてしめた。いや、正直に言えばイーゲルの首をへし折りたいぐらいだった。
「うぅぅっ、くるしっ」
イーゲルは息ができないのか、首元を掻きむしった。
……このまま、首を絞めれば。
冷静さを欠き、俺の中にいる獰猛な獣が怒りに我を忘れる。でもそんな俺をシュリ自身が止めた。
「アレクシス、止めろ! もういいから! アレクシス、止めるんだッ!!」
シュリの必死の声に俺はハッとし、イーゲルからパッと手を離した。途端、イーゲルは首を絞め過ぎられて気を失ったまま床に崩れ落ち、俺の足元で転がる。
でもそんなことはどうでもいい。
「シュリッ」
俺はシュリの傍に寄り、すぐさま捲られた服とずり降ろされたズボンを着させる。
そしてシュリを改めて間近で見ると、その痛々し姿に俺は顔を歪めた。
両頬は腫れて唇は切れている。右頬は一直線に傷が入り、まだじわりと血が流れてる。
……どうしてもっと早くに助けに来れなかったんだ。どうして!
俺は自責の念にかられ、奥歯を噛み締める。でもそんな俺にシュリは優しく声をかけてくれた。
「俺は大丈夫だ」
シュリは腫れた顔でうまく笑えないのか、ははっと声を出して変な顔をした。
でもシュリに大丈夫だと言われても、到底思えなかった。
これのどこか大丈夫なのか。シュリが傷ついていることは明らかだし、その傷が心にまで達していることは容易に見てとれた。
そしてズボンを履かせたとき、俺はしっかりとシュリの股間にあるものを見た。
そこには以前にはなかったシュリの男が存在している。
「シュリ……どうして?」
俺がおずおずと尋ねると、シュリは悲し気に目を伏せた。
「……ちょっとな」
言いにくそうにシュリは呟き、痛々しい姿に胸が掻きむしられる。
……どうして俺はシュリを守れなかったのか。どうして、シュリがこんな目に!
悔しくて悲しくて俺はただシュリを抱きしめるしかできなかった。
「ごめん、シュリ」
泣きそうな声で言う俺にシュリは笑った。
「なんで、アレクシスが謝るんだ。助けに来てくれたのに。……俺はもう大丈夫だ。アレクシスが来てくれたから。もう大丈夫だよ」
シュリは頭だけを動かして、俺にすり寄った。俺はぎゅっとシュリを抱きしめ、そして体を離した。
「シュリ、ここから出よう」
俺は即座に言い、シュリの体に巻かれた鎖を外そうとする。
こんなところにシュリをいつまでもいさせたくなかった。早く治療をして、温かい風呂に入らせて服を着させ、とにかくゆっくりさせてやりたかった。
でも鎖を引きちぎろうとした時、ドクリッと鼓動が大きく鳴った。俺は膝を崩し、床に手をつく。
「アレク、シス……?」
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