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18 目が覚めたら
しおりを挟む固い地面、埃っぽさとちょっとした息苦しさにレイは目を覚ました。
頭がぼんやりとするが、すぐに何も見えない事に気が付く。レイは麻布の袋を頭から被せられてて、見えるのは微かに粗い縫い目から入ってくる光だけだった。
……どこだ? なんで、俺……こんなもの被せられてる?
布を取りたくて手を動かそうとするが、腕は後ろに縛られて、身動きができない。
……な、んで? 俺、縛られてる?!
段々と覚醒してきた頭は今の状況を理解し、レイは驚きのあまり声がでなかった。目が覚めたら突然縛り上げられて袋を被せられている訳の分からない現状に、レイは不安が胸に押し寄せ、ドッドッドッと動悸が早くなる。
呼吸は荒くなってパニックに陥りそうになるが、何とか自分自身に落ち着くように心の中で言い聞かせる。だが、すぐ傍で人の気配がして、レイは咄嗟に声を上げた。
「お、おい! 誰かいるのか!? 助けてくれっ!」
レイが声を上げると誰かが近寄ってくる。
助けてくれるのか? とレイは思ったが、その想いは無残に裏切られた。予告もなくドコッと腹を足で蹴られて、身構えていなかったレイはダメージをまともに食らった。
「かはっ! ……な、に」
するんだ、とまでレイは言えなかった。蹴られた腹が声も出ないほど痛かったから。でも痛む間もなく、レイは被せられた袋ごと頭を引っ張られ、無理やり持ち上げられた。
「うるさい、黙ってろっ!」
イラついた声で叫ばれた。それは男のもので、ダミ声の、粗野なものだった。
でもその声でレイは瞬時に相手が味方でないことを悟る。相手は自分を何とも思っておらず、傷つけることにも躊躇いがないことを。
相手も見えず、袋を被せられて、体の自由も利かない。どんな人間だって、平気ではいられない。レイもぞっとして恐怖に身を縮こませた。
……なんで俺、こんなことに? ……ルークが出ていった後、侍女の人が呼びに来て……それから?
レイはそこから記憶がなかった。覚えているのは目を覚ましてルークの唇を舐めた直後の事まで。服を着替え終わった所で部屋に来た侍女に連れ出され、物陰に引っ張られて布で口を塞がれた後……その後の記憶はなかった。
でも、動揺するレイに男は声をかけた。
「フンッ、お前も運が悪かったな。貴族様に目をつけられて」
至近距離で話しかけられ、男の臭い息が布越しにも匂ってきた。でも、レイは何とか声を出した。
「な、なんで、こんなことっ」
レイが怯えた声を出すと、布の向こうで笑った気配がした。布でわからないが、きっと醜悪な笑みだろう、とレイは思う。
「金で貴族様に頼まれたんだよ。城にいる人間を殺せってな。ヒヒッ」
「貴族、に?」
「冥土の土産に教えてやるよ。何も知らずに死ぬのも可哀そうだからな」
楽しそうに言う男にレイは終始、嫌悪を感じずにはいられなかった。でも男の話に耳を傾けた。
「お前を殺して、新しく現れた銀竜に狂ってもらうんだとよ。俺はそう依頼を受けた」
男の話にレイは血の気が下がる。
……俺を殺してルークを狂竜に?
レイはエルマンが言っていた王姉の夫を思い出す。狂って、そして殺された竜を。
「俺を殺しても、ルークは狂ったりしない」
レイは口の中が渇いていたが、はっきりと男に告げた。でも口からのでまかせだ。
ルークは俺が連れ去られたと知った時も、すごい殺気を放ってこの国に来た。俺が殺されたら、その怒りはどこへ向かう?
レイはそう考えると怖くなった。きっとルークの事だ、怒り狂ってこの国を滅ぼさんほど狂う事だろう。それぐらいルークは自分に執着している事をレイは知っている。
だが、そんなでまかせは当然男にも通用しなかった。
「そうかね? 数日前、俺は銀竜が空を飛び回ってるのを見たぜ。ありゃ、あんたを探してたんだろう? あんた、銀竜の宝なんだろう?」
男はレイに尋ねた。
竜の宝、それは竜が執着を見せるものに対する言葉だ。そしてそれを奪われた時、大事なものであればあるほどに、竜は怒り狂う。
「あの銀竜が、あそこまで執着するなんて……あんた、銀竜の女なんだろう?」
男の言葉が途端、ねちっこいものに変わった。布越しでもわかる、男が自分を品定めするように見ていることが。
「何を言って、ぅっ!」
言いかけている途中で男はレイの股間を無遠慮に掴んだ。
「やっぱり、あるか」
「や、やめろ! 俺に触るなっ!」
レイは見知らぬ男に触られる気持ち悪さに身を捩った。おかげで男の手からは逃れられたが、かえってそれは男の嗜虐心に火をつけることになった。
「へへっ、殺す前にちょっと味見してやるよ」
男はそう言うと、レイが身動きできないように馬乗りにのしかかると、持っていた小刀でレイの服を無残に引き裂いた。
「……っ!」
相手が何も見えない状態で、尚且つ刃物を持つ男にのしかかられた体勢では、さすがのレイも恐怖で身動きもできなかった。そもそも、男であるレイは今までこんな風に男にのしかかられる事なんてなかった。そして男が自分に何をしようとしているのか頭ではわかっていても、男の自分に? と戸惑いの方が先立った。
「へへっ、人間の体は男も女も具合がいいと聞くからな。殺す前にお前で試させてもらうぜ」
男は下卑た声で言いながら、レイの素肌をざらついた武骨な手でなぞった。ざらざらした手に胸を触られて、気持ち悪さと言いようもない悪寒、嗚咽感が喉に這い上がってくる。
「やっ、やだっ、やめろっ、俺に、触るなっ」
レイは声を何とか上げて、拒絶の意志を見せた。けれど言った途端、ぴたりっと首に小刀が突き付けられる。ひんやりとした刀の冷たさに、喉の奥に声が引っ込む。
「今すぐ殺されたくなきゃ、黙ってろ。……まあ、後で殺すけどな」
男は笑って言った。本当にこの状況を楽しんでいるようだった。その異常さにも恐ろしさを感じてレイは身を震わせる。そして恐怖に震えるレイをいたぶるかのように男はレイの胸をまさぐる。
……なんで、こんなこと……ルークッ!
レイは頭に被せられた袋の中で、涙がぽろぽろと零れていた。恐怖と不安、悔しさで涙が止まらない。そしてこんな状況下で救いのように思い出すのは、ルークの優しい手だった。
ルークが触れた時、それはいつも優しくて自分を気遣う手だった。レイは男の粗野で欲望のまま触る手を感じて、その事を痛烈に思い知る。
だが絶望はまだこれからだった。男はレイの首筋をべろりと舐めた。ぬめった舌に舐められてレイはぞわっと鳥肌を立てた。
心が叫ぶ言葉は、気持ち悪い、その一言だ。
「泣いちゃって可愛いねぇ。さ、こっちはどうかな?」
男は笑いながら言い、レイのズボンを脱がそうとする。これから何をされるのか、想像するだけで心臓がドクドクと不安げに鳴って、レイの身体が縮こまる。
「たっぷり楽しませてもらうぜ?」
男はレイの恐怖を煽るように呟いた。レイは血が滲むほど強く唇を噛み締め、恐怖を押し殺すようにぎゅっと目を閉じた。
……ルークッ!
そう心で叫んだ瞬間だった。
ゴンッ!! と鈍い音が響き、どさっと何かが近くに倒れた。でもレイはすぐにそれが自分を犯そうとしていた男だとわかる。
でも、一体何が起こったのか状況がわからず、レイは困惑した。そんなレイの体を柔らかくて、細い女の手が抱き起こした。そしてガバッと麻布の袋を頭から外されて、レイは一瞬の眩しさに目を細めたが、傍にいる人物をハッキリと見た。
「レイ、大丈夫?!」
レイに声をかけたのは、なんとニコラだった。
「ニコラッ!? どうしてこんなところにっ」
「それは後でっ! 早く逃げよう!」
ニコラは男が持っていた小刀で縛られていた腕の縄を解き、レイを立ち上がらせた。レイは自由になって手の甲でごしっと涙で濡れた目元を拭った。
袋を被せられてわからなかったが、どうやらここはどこかの山小屋のようだった。壁には獲った獣を捌く為に置かれているであろう、刃物がかけられている。もしかしたら自分も捌かれていたのかもしれないと思うとレイはぞっとし、それから床に転がる空の酒瓶の傍で気絶している男をちらりと見た。
ニコラはきっと酒瓶で男を気絶させたのだろう、そして寝転がっている五十過ぎの醜い男は舌を出して伸びていた。男はいかにも山男という風体で、ここで暮らしているのが窺えた。
こんな男に……っ。
そう思うが、ニコラが強く手を引き「早く行こう!」と言われて、レイは頷いてニコラと共に、山小屋を逃げ出した。
外に出ると、まだ明るく太陽は真上にあった。どこかの森の中のようで、道なき道を二人は駆け走る。天気がいいせいもあるが、すぐにレイの体から汗が湧き出た。
「レイ、もっと早くッ!」
「に、ニコラッ、待って!」
レイの手を引っ張るニコラはもっと走るようにレイに言うが、若いニコラの足について行くのはレイにとって大変だった。それでも足がもつれないように必死に走る。
「あいつが起きて、竜になったら僕たちにすぐ追いついちゃうっ! だから早くッ!」
ニコラは走りながらレイに言った。でもレイには疑問があった。だから息切れをしながらニコラに尋ねた。
「ニコラッ、ど、どうして、あそこにっ!?」
「朝ごはんの後、レイの具合が悪いって聞いて、お見舞いに行こうと部屋に行ったんだ。そしたら、レイがどこかに連れて行かれるのを見てっ。本当は誰かに報せたかったんだけど、時間がなくて。でも町を出る時に町の人に城に伝える様に言ったから、きっとエルマンが僕たちを探してると思う! みんなが来てくれるの、待とうと思ったけど、レイが危なかったからッ」
ニコラは走りながら、早口でレイに伝えた。
ニコラは一人で乗り込むのは危険だろうと応援を待ったが、レイが襲われそうになって咄嗟の判断で男を殴り、レイを救出したのだ。でも竜化できないニコラはレイと走って逃げるしかなかった。
「レイ、もっと早く!」
ニコラは急かすようにレイにもう一度言った。
けれど、そんな二人の頭上に大きな影が被さる。そしてニコラとレイが見上げた瞬間、木々の間に竜の姿が見えた。ニコラとレイは足を止め、すぐに物陰に隠れた。
竜は翼をはためかせながらドスンっと近くに降り立つと声を上げた。
『許さねぇ、俺を殴るなんてっ!』
くすんだ緑色の竜が鼻息を荒くしてあの男の声で呟いた。レイがちらりと見ると竜は血走った目をしていた。だがレイ達がどこに隠れているかはわかっていないようで、きょろきょろと辺りを見ている。
『あいつら、殺してやるっ!』
唸りながら竜化した男は言い、鼻をひくつかせながらクンクンっと匂いを嗅ぐ。竜は匂いにも敏感だ。ここで隠れていても、いずれ見つかってしまうだろう。
「レイ、どうしようっ」
不安そうなニコラが呟く。そんなニコラを見て、レイはぐっと覚悟を決める。
ニコラはこの国の王女で、ルークの唯一の血縁者だ。何より、まだ十五歳の女の子。自分の身を挺してでも守らなければ、とレイはすぐに思った。
だからレイはニコラの肩を掴んで、真っすぐに見た。
「ニコラ、俺が囮になる。ここでじっとしているんだ。あいつの殺しの対象は俺だった。俺が出れば俺に向かってくるだろう」
「でも、レイが!」
ニコラは引き留めるようにレイのボロボロの服を掴んで言ったが、レイはその手をそっと放した。
「助けてくれてありがとう、ニコラ。あいつが俺に向かったら、ニコラは町へ逃げろ。道はわかるな?」
「でもっ!」
ニコラは迷子になったような不安そうな顔をレイに向けたが、レイがニコラの手をぎゅっと握り「ニコラ、お願いだ」と告げると、レイの決意が伝わったのか、泣きそうな顔のままレイを見て、それからこくりと頷いた。
「いい子だ。……ルークによろしく」
レイは小さな子供にするようにニコラの頭を一撫でし、それから何か言いたげな顔のニコラを置いて、レイは物陰から木々の間に躍り出た。そして男に見つかるようにわざと木々の擦れる音を出しながら走り出した。
『見つけたぞっ!』
音を聞きつけた男は歓喜したような声で叫び、ドシンドシンッと大地を揺らしてレイに向かって走った。ニコラはそれを物陰から見送り、レイと男が去った後、ぎゅっと手を握り、恐怖から立ち上がって町へ走った。
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