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23 竜の習性
しおりを挟む「はぁー、お風呂、サイコー」
レイは風呂にとっぷりと浸かっていた。
助け出された後と事後の後、体をルークが濡れ布で拭いてくれたらしいが、さっぱりとしたくて、レイは昼間から入浴していた。
風呂場の天窓から太陽の光が零れ落ちている。
……昨日の事が嘘みたいだ。なんだか竜国に来てから色々と急展開だ。本屋でのんびり過ごしてたのが嘘みたい。けどこういう時、ほんと本屋でよかったよなぁ。本は腐る事ないから。……でもルークが、こっちに来てから報告のついでにファウント王国へ手紙を書いておいたって言うけど、お客さんには悪いことしたなぁ。リックとか待ってそうだなぁ。
レイは申し訳なく思いながら天を仰いだ。そして天窓からキラキラと零れてくる光をぼんやりと見つめる。
「ルーク、エルマンに話したのかな」
ぽつりと響いた小さな声は意外にお風呂場の中に響いた。朝食の後、ルークはエルマンを呼び止めて別室に入った。
ルークは決意した、この竜国に残って新王になる事を。そしてレイにファウント王国に戻るように言った。これからルークは王になる為の準備に入り、レイは早々に国に戻らないといけないだろう。そうなれば離れ離れだ。その近い未来を考えて、レイの胸は急激に冷え込み、そして思い知る。
ルークが離れる訳ないとレイは高を括っていたから、能天気に自分から離れることを提案できたのだと。ところが今はルークから離れることを提案され、心の奥底は酷く寂しがっていた。
ルークが王になる事は、理性で賛成でも感情は反対している。
キス一つで魔障の障害を取り除けるなら、傍にいても何の問題もないじゃないか! と心の奥でもう一人の自分が叫んでる。でもルークにとって自分は弱点で、もしも、また今回と同じようなことが起こって、その時に殺されでもしたらルークは狂ってしまうだろう。
だからといって、もう一緒にファウント王国に戻ろうとは口が裂けても言えなかった。この国にルークは必要であるし、これはルークの宿命だ。それを逃れたところで、また廻ってくるだろう。エルマンがルークを見つけたように。
……けど、この国を出た後、俺はもうきっとルークの傍にはいられないし、戻れないだろう。
これからルークが新王になれば、今まで以上に女性からの声が多くかかるだろう。そしてきっとルークの隣に望まれるのは女性だ。世継ぎの事もあるし、外聞もある。三十七歳の男を周りは認めてくれはしないだろう。王であるルークがどれほど望んでも。
それがルークの為でもあるとレイは思う。
そもそもルークには普通の家庭を築いて貰いたかったはずだ。自分のような男と一緒ではなく。そうレイは自分に言い聞かせるが、思えば思うほど胸が締め付けられるように痛い。
レイは何とも言い難い苦しい想いを吐き出す代わりにため息を吐いた。
……ちょっと前までなら、親離れか、って呑気に構えられたのに。ルークのせいだ。ルークがあんなに熱く俺を抱いたから。
レイはバスタブの縁に頭を預けて天を仰いだまま両手で顔を覆った。
『僕……まだ、レイにとって息子かな?』
ルークの声が脳裏に蘇る。
「ルーク、俺は……」
そこまで呟き、レイは疲れもあって風呂場でうとうととしてしまった。
◇◇
次にレイが目を開けた時、レイはいつの間にかベッドに横になり目の前には心配そうなルークがこちらを見ていた。
「……ルーク?」
「レイ、大丈夫?」
ルークは尋ねつつ、レイの額にひんやりとした濡れタオルを乗せた。その冷たさが火照った体には気持ち良かった。でも状況がわからないレイはぼんやりとした頭でルークを見詰めた。
「ルーク、なんで……俺、風呂に」
「お風呂でのぼせてたんだよ、レイ」
「風呂場で?」
記憶がないレイはルークに問いかけた。
「部屋に戻ってもレイの姿がなくて。風呂場だと思って声をかけたけど返事がなかったから、心配になって中を覗いたらお風呂の中でぐったりしてたんだよ? 長風呂もいいけど、そこそこにね。レイ」
ルークは叱るように言った。だが、説明を受けてレイはようやく状況を理解した。
……あのまま眠ってのぼせてしまったのか……。それでルークがベッドまで運んでくれたんだな。
「考え事してて……悪い。手間をかけさせたな」
「いいよ。それより考え事って?」
ルークに尋ねられて、レイは少しだけ嘘を吐いた。
「エルマンとの話はどうなったんだろうって考えてた」
レイの言葉にルークは疑わず、その答えを教えた。
「僕が話すとエルマンは喜んでいたよ。で、一週間後には戴冠式をすると言っていた。僕が王になる為のね。それで……レイには明後日、国に戻ってもらう事になった」
ルークは少し躊躇いながらも最後までレイに言った。
「明後日……急だな」
「僕はずっと傍にいて欲しいけど、まだ今じゃない。残念ながら、ファウント王国にいた方が安全だからね。だから、早い方がいいだろうってことで明後日に決まった」
ルークの言葉にレイは『もう少しぐらい竜国にいたい』と言いかけそうになったが、その言葉を何とか飲み込んだ。
「そうか、わかった」
「急で、ごめんね……」
「ここに来たのも急だ。だから構わないさ」
レイはなんでもない風に答え、ルークから目を逸らした。これ以上ルークの顔を見ていたら、何か言ってしまいそうになる。だからその想いを気が付かれないようにレイは素っ気ない声を出した。
「今日はベッドで寝てる。少し疲れた」
「……うん、わかった。色々とあったし。今日はゆっくり休んで」
レイが体を横にして背を向けると、ルークはそっと腰かけていたベッドから立ち上がった。少しだけベッドが揺れてレイは無性に寂しくなる。
傍にいろ、俺の傍に。今までと同じように。
そう喉の奥から声が出てしまいそうになる。でもぐっと口を閉じて我慢した。
「また後でくるね、レイ」
ルークはそう言うと部屋を出て行った。レイは引き留められず、パタンっと小さく閉まったドアの音を聞いて、何も言えない代わりにぎゅっとシーツを掴んだ。
寂しいという言葉を胸に抱えて。
だが一方で、出て行ったルークはドアの前で立ち、少し考えてから真剣な面持ちである場所へと向かった。
◇◇◇◇
それからあっという間に夕暮れ前。
眠っていたレイの元にエルマンがやってきた。
「レイ殿、いますか?」
ノックする音と共にエルマンの声が聞こえて、眠っていたレイはその声で目を覚ました。
「ん……エルマン? ちょ、ちょっと待って」
レイはさすがにベッドから起きて、声をかけた。そしてベッドから下りて、慌てて身だしなみを整える。そしてすぐに「どうぞっ」と声をかけた。ちらっと時刻を見るともう夕刻だ。
うっかり寝てしまったらしい、とレイは今更気が付いた。
「失礼しますよ」
エルマンはそう言って部屋に入ってきた。
そしてレイを見て「お休みのところでしたか?」と尋ねた。慌てて身だしなみを整えても、寝ていた雰囲気を見抜いたのだろう。レイはちょっと恥ずかしく思いながら「まあ」と頭を掻きながら答えた。
「体調が優れないようでしたら、また後で来ますが……」
「いや、ただ寝ていただけで。それより俺に用でも?」
レイが尋ねるとエルマンは「ええ」とにこやかに笑った。
「少し、レイ殿と二人でお話がしたくて」
「俺と……」
何の話だろうか? と思いながらレイは「とりあえず、どうぞ」と部屋に招き入れた。そして二人は部屋に据え置きされているソファに向き合って座った。
「話って言うのは?」
「ルーク殿の事です」
エルマンに言われてレイはぎくりとした。ルークの話と言えば今後の事だろう。ルークのこれからの身の振り方、今後、国に戻った後のルークに対するレイの関わり方。他にはルークの未来の伴侶の事だったり、だろう。
そう考えるとレイはエルマンの話を聞くのが、憂鬱になった。でもそんなレイの心を読んだようにエルマンは「何か言いたそうですね」と困ったように笑った。
レイは苦し紛れに「いや、別に」と答えたが、さすがに『話を聞きたくはない』とは言えなかった。
「ルークから話は聞いたよ。一週間後に戴冠式をやるんだろう?」
「はい、こういうのは早い方がいいですからね。レイ殿には、明後日帰っていただくことになってしまいましたが」
エルマンは申し訳なさそうに謝った。
「いや、別に構わない。それより……エルマン」
「はい?」
「ルークの事をこれからよろしく頼む。あいつはよくできた子だが、この国の事に関してはまだ知らない事ばかりだ。大変な事もあるだろう。どうか力を貸してやって欲しい」
レイは頭を下げてエルマンに告げた。こうして二人きりで話す機会ももうないかもしれない、と思っての言葉だった。そしてレイの頼みにエルマンはしっかりとした声で答えた。
「はい、勿論です。こちらが無理にお呼び立てしたのですから、できる限り助力させていただきます」
はっきりと言い切ったエルマンにレイはほっと安堵を吐く。これからルークに助けが必要になってもレイがすぐに助けに行くことは叶わないのだから。
……とはいっても、助けがいつも必要だったのは俺の方だけどな。
レイはそんな事を思い出しながら、この十三年を思い返す。
最初面倒を見ていたのはレイの方だった。だが、いつの間にかその関係は逆転しルークがレイの面倒を見る事の方が多くなっていった。
風邪を引いた時や、フェインと一緒に飲み過ぎた時はルークが介抱してくれた。それに、いつもご飯以外の家事はほとんどしてくれた。洗濯や掃除、買い出しだって。
雨漏りがした時も屋根に登って修理してくれたのはルークだ。いつも『僕がやるよ』とすぐに手伝ってくれた。
でも、これからはそうはいかないのだ。明後日、国に戻ればそこにはルークはいない。一人だ。
そうしてルークは竜国で過ごしていけば、自分みたいなおっさんの事なんか、なんとも思わなくなるだろう。俺の事なんか……忘れる。今はあんなに愛してくれてても。
「レイ殿」
エルマンに声をかけられて、レイははっと顔を上げた。そんなレイにエルマンは優しく微笑みかけた。
「随分と深刻な顔をされていますよ」
「あ、いや」
「ルーク殿がこちらに住めば、自分との関りはなくなり、愛想をつかされてしまうと思いましたか?」
図星を突かれて、レイは言葉を失う。
「あ、いや……」
かろうじて出てきたのは言葉を濁すような相槌だけで、そんなレイを見てエルマンはにっこりと笑った。
「心配せずとも、そんな事はありませんよ。……実はその事を伝えに来たのですよ」
微笑んで言うエルマンにレイは思わず「え?」と問い返した。
「レイ殿はまだ我ら竜の習性をよくご存じない」
「竜の……習性? もしかして、竜人は昔から一度気に入ったものは離さないってやつ?」
「そうです。レイ殿はルーク殿の執着心を甘く見ている」
「別にそんな事は」
「あるのですよ。人が思うよりも竜は自分の宝と決めたモノは絶対に離さないし、何が何でも守り通す。例え、離れ離れになってもね。それは力が強い竜ほど顕著だ」
エルマンの戸惑いのない声にレイの方が戸惑った。
だって、これからきっと何年も離れることになるのだ。そして王となったルークの隣に望まれるのは自分ではない。レイは夢見れるほど若くはなかった。
だからこそ、明後日まででルークとの別れに気持ちに整理をつけないといけないのに。
エルマンの言葉は容易にレイの心を揺るがした。
「レイ殿、ルーク殿を信じてはもらえませんか?」
エルマンの問いにレイは答えられなかった。『はい』とも『いいえ』とも。そしてそんなレイにエルマンもそれ以上は聞かなかった。ただ笑ってソファから立ち上がった。
「さて、お休みのところ失礼しました。私がお話したかったのはそれだけですので、これで失礼しますよ。明日の墓参りには私はいけませんので、二コラ様がご案内します」
エルマンはそう言って、部屋を出て行こうとした。だが出て行く前に一言だけレイに伝えた。
「あ、そうそう。ルーク殿ですが、今日は遅くに戻られるそうです」
エルマンに言われてレイはやっと口を開いた。
「遅くに?」
どこかに行ってるのか? とレイは思い、エルマンに視線で投げかけたが、エルマンは答えなかった。
「ええ。では、お伝えしましたので。これで」
エルマンは言うだけ言うと、あっさりと部屋を出て行った。それを見送り、レイは顎に手を当てた。
……どこに行ってるんだ? ルークの奴。
レイは頭を捻ったがわからなかった。結局、レイはこの日中にルークと会う事はなかった。
そして、レイがルークがどこに行っていたのか知るのは、翌日の事だった。
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