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天狗攫い
四、
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万里は袖から巾着を取り出した。口を縛っていた紐を緩め、掌の上でさかさまに転がす。白い柔らかそうな肌の上で、透き通る玉が3つほど転がった。繋ぎ合わせれば数珠になりそうだが、玉に穴は空いていなかった。
「これが、びいどろ」
万里はびいどろを指でつまむと、菊と須磨にひとつずつ渡した。
「きれぇい……」
於菊は日の光に掲げながら、びいどろを見た。こんな美しいものが存在するだなんて、はじめて知った。
「あら、自分じゃ分からないのね」
万里は右手を伸ばし、於菊の前髪を払った。
「於菊の瞳も、綺麗よ」
「そ、そうですか?」
「ええ。まるで、びいどろみたいだわ」
「そ、そうかな……。だ、だって、あたし……髪だってこんなだし……綺麗なんて、その……」
「大丈夫。好いた殿方でもできたら、おのずと磨かれるわよ」
万里はにこにこと笑った。活けた花より、万里の笑顔の方がよほど華やかに見えた。
「びいどろと同じ――於菊の目は、異国を知っているのかしら」
於菊は眩しくて目を細めた。於菊の目がびいどろなら、万里の双眸は宝玉だ(本物の宝玉など生まれてこの方見たことはないが)。
「叶うなら――わたしも南蛮を、もっと知りたい」万里の睫毛が伏せられた。「もっとも、叶わぬ夢物語。考えることさえ、愚かなものだけど」
「そんな――」於菊は困惑した。
美濃一の豪商のひとり娘。城主の猶子として迎えられ、城主の弟の妻に迎えられることが約束されている。
きっと若い娘なら、一度は思い浮かべる絵草子のような物語のような、夢である。それを万里は、実際に手にしているのだ。
なんの不満があるのだろう――と、考え、於菊はうなだれた。
(そっか……確かに、すごくおめでたいって言われることだけど……)
商人が武家に通じ、銭を出すのは、戦で勝てば儲けるからだ。そして、負け戦に対して、商人は領主であっても金を出すほど愚かではない。しかし、一人娘を質に取られている以上、松野屋は負け戦であろうと、長可に命じられれば銭を出さなければならない。嘉之助が出し渋れば、万里は殺される羽目になる。
(姫さまは、体のいい人質なんだ……)
於菊は芽生えた考えから目を反らすように、すっかり冷めた薄茶に手を伸ばした。
「お茶、冷めてしまいましたねっ、淹れなおしてきますっ」
すると、勢い余って茶碗が倒れ――拾い上げようと手を伸ばしたのがまずかった――慌てた拍子に於菊は手で茶碗を弾き飛ばしてしまい、万里の薄紅藤の小袖を濡らしてしまった。
「す、すみませんっ、今、片付けをっ、ってきゃー!」
今度は濡れた床で於菊が滑った。
「於菊、暴れないで! 今、なにか拭くものをもらってくるゆえ」
於菊と須磨が大騒ぎしている傍ら、万里は濡れた衣をじっと見つめた。柔らかく細められていた黒い瞳は少しずつ据わり、顔からは血の気が引いていく。そして程なくして――弥の言うとおり――「鬼の縁者」にふさわしい人柄を披露することとなった。
「これが、びいどろ」
万里はびいどろを指でつまむと、菊と須磨にひとつずつ渡した。
「きれぇい……」
於菊は日の光に掲げながら、びいどろを見た。こんな美しいものが存在するだなんて、はじめて知った。
「あら、自分じゃ分からないのね」
万里は右手を伸ばし、於菊の前髪を払った。
「於菊の瞳も、綺麗よ」
「そ、そうですか?」
「ええ。まるで、びいどろみたいだわ」
「そ、そうかな……。だ、だって、あたし……髪だってこんなだし……綺麗なんて、その……」
「大丈夫。好いた殿方でもできたら、おのずと磨かれるわよ」
万里はにこにこと笑った。活けた花より、万里の笑顔の方がよほど華やかに見えた。
「びいどろと同じ――於菊の目は、異国を知っているのかしら」
於菊は眩しくて目を細めた。於菊の目がびいどろなら、万里の双眸は宝玉だ(本物の宝玉など生まれてこの方見たことはないが)。
「叶うなら――わたしも南蛮を、もっと知りたい」万里の睫毛が伏せられた。「もっとも、叶わぬ夢物語。考えることさえ、愚かなものだけど」
「そんな――」於菊は困惑した。
美濃一の豪商のひとり娘。城主の猶子として迎えられ、城主の弟の妻に迎えられることが約束されている。
きっと若い娘なら、一度は思い浮かべる絵草子のような物語のような、夢である。それを万里は、実際に手にしているのだ。
なんの不満があるのだろう――と、考え、於菊はうなだれた。
(そっか……確かに、すごくおめでたいって言われることだけど……)
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(姫さまは、体のいい人質なんだ……)
於菊は芽生えた考えから目を反らすように、すっかり冷めた薄茶に手を伸ばした。
「お茶、冷めてしまいましたねっ、淹れなおしてきますっ」
すると、勢い余って茶碗が倒れ――拾い上げようと手を伸ばしたのがまずかった――慌てた拍子に於菊は手で茶碗を弾き飛ばしてしまい、万里の薄紅藤の小袖を濡らしてしまった。
「す、すみませんっ、今、片付けをっ、ってきゃー!」
今度は濡れた床で於菊が滑った。
「於菊、暴れないで! 今、なにか拭くものをもらってくるゆえ」
於菊と須磨が大騒ぎしている傍ら、万里は濡れた衣をじっと見つめた。柔らかく細められていた黒い瞳は少しずつ据わり、顔からは血の気が引いていく。そして程なくして――弥の言うとおり――「鬼の縁者」にふさわしい人柄を披露することとなった。
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