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十四、
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重なり合う甲高い声に、信長は眉をひそめた。方角からして――奇妙丸の部屋からだった。
夫の視線に気づいた帰蝶は、止めに行かせようと侍女に合図を送った。
「よい」
しかし、信長がそれを制した。
「童は騒がしくて当たり前じゃ。この程度で腹を立てはせぬ」
「左様でございますか」
「むしろ、うるさいくらいがちょうどいい」
ならばよいのだと、帰蝶は胸を撫で下ろした。
短気なのか、懐が広いのか。夫に関しては、いまだに分からないことの方が多い。
しかし、癇に障ったわけではないなら、それでいい。とはいえ、奇妙丸には次からはもう少し静かにするよう言いつけておいた方がいいかもしれない。
「奇妙のもとには、誰が来ておる。勝九朗か? 勝蔵あたりか」
「いえ……」
侍女を下がらせながら、倒れ込んできた夫を膝の上に受け止める。
「池田家の一の姫にございます」
「池田家の一の姫というと、勝三のか? たしか、鮎と言うたかの」
「それは、二の姫にございましょう」
数年前、恒興が娘が生まれたと報告して来た。ちょうど、蛍が飛び交う夏の頃。夕餉に鮎の塩焼きが乗っていたから、信長が勝手に命名してしまったのである。
「勝三殿の一の姫は、於泉殿ですよ」
「おせん? ……ああ、そうであったか」
「……殿」
帰蝶は信長を軽くにらみつけた。また何か、よからぬことを考えているのだろうか。
「奇妙丸は、わらわの大切な我が子。不用意に傷つける真似は許しませぬぞ」
信長は返事をしない。帰蝶の言葉など、まるで届いていないかのように。
「一時現れなくなったが……また来ておるのか?」
「ええ。上洛前に一目会いたいと、勝九朗に連れて来させたようです」
「まさかと思うが――奇妙はあの小娘に惚れておるのか」
「いくら臣下といえども、他家の姫を小娘呼ばわりするのはおやめなされ。さあ――好いた惚れたの間にまで至っておるかはわかりかねます。そもそも奇妙殿にとっては、身近に年の近い娘もおりませぬし、まだ2人とも幼うございますから、本人達も分かっておりますまい」
少なくとも帰蝶から見れば、仲のいい友人同士に見える。長じてからは関係性が変わるかもしれないが、恒興が意図的に娘を奇妙丸に近づけたとも思えない。
「なんじゃ、好いた惚れたではないか。つまらぬ」
「殿ったら」
「まあ、あの小娘を奇妙の側女に迎えるなど、ありえぬか。――ゾッとする」
信長の燃えるような冷たい目に、帰蝶も背筋を凍らせた。
(於泉を呼べと言い始めたのは、ご自分のくせに――)
荒尾に預けられていた於泉を呼び戻させたのは、ほかでもない信長だ。その上、奇妙丸と引き合わせたのも。
しかし、奇妙丸が於泉を可愛がり、於泉が奇妙丸を慕っていることも、信長には癇に障るらしい。
(まこと、読めぬお方じゃ)
帰蝶は柳眉を顰めながら、そっと夫の頭を撫でる。子猫のように目を細める夫に対し、愛しさと同じ分だけの恐怖を覚えた。
夫の視線に気づいた帰蝶は、止めに行かせようと侍女に合図を送った。
「よい」
しかし、信長がそれを制した。
「童は騒がしくて当たり前じゃ。この程度で腹を立てはせぬ」
「左様でございますか」
「むしろ、うるさいくらいがちょうどいい」
ならばよいのだと、帰蝶は胸を撫で下ろした。
短気なのか、懐が広いのか。夫に関しては、いまだに分からないことの方が多い。
しかし、癇に障ったわけではないなら、それでいい。とはいえ、奇妙丸には次からはもう少し静かにするよう言いつけておいた方がいいかもしれない。
「奇妙のもとには、誰が来ておる。勝九朗か? 勝蔵あたりか」
「いえ……」
侍女を下がらせながら、倒れ込んできた夫を膝の上に受け止める。
「池田家の一の姫にございます」
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「それは、二の姫にございましょう」
数年前、恒興が娘が生まれたと報告して来た。ちょうど、蛍が飛び交う夏の頃。夕餉に鮎の塩焼きが乗っていたから、信長が勝手に命名してしまったのである。
「勝三殿の一の姫は、於泉殿ですよ」
「おせん? ……ああ、そうであったか」
「……殿」
帰蝶は信長を軽くにらみつけた。また何か、よからぬことを考えているのだろうか。
「奇妙丸は、わらわの大切な我が子。不用意に傷つける真似は許しませぬぞ」
信長は返事をしない。帰蝶の言葉など、まるで届いていないかのように。
「一時現れなくなったが……また来ておるのか?」
「ええ。上洛前に一目会いたいと、勝九朗に連れて来させたようです」
「まさかと思うが――奇妙はあの小娘に惚れておるのか」
「いくら臣下といえども、他家の姫を小娘呼ばわりするのはおやめなされ。さあ――好いた惚れたの間にまで至っておるかはわかりかねます。そもそも奇妙殿にとっては、身近に年の近い娘もおりませぬし、まだ2人とも幼うございますから、本人達も分かっておりますまい」
少なくとも帰蝶から見れば、仲のいい友人同士に見える。長じてからは関係性が変わるかもしれないが、恒興が意図的に娘を奇妙丸に近づけたとも思えない。
「なんじゃ、好いた惚れたではないか。つまらぬ」
「殿ったら」
「まあ、あの小娘を奇妙の側女に迎えるなど、ありえぬか。――ゾッとする」
信長の燃えるような冷たい目に、帰蝶も背筋を凍らせた。
(於泉を呼べと言い始めたのは、ご自分のくせに――)
荒尾に預けられていた於泉を呼び戻させたのは、ほかでもない信長だ。その上、奇妙丸と引き合わせたのも。
しかし、奇妙丸が於泉を可愛がり、於泉が奇妙丸を慕っていることも、信長には癇に障るらしい。
(まこと、読めぬお方じゃ)
帰蝶は柳眉を顰めながら、そっと夫の頭を撫でる。子猫のように目を細める夫に対し、愛しさと同じ分だけの恐怖を覚えた。
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