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第四十三話 リカオンがわからない

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「少し孤児院から離れて、気晴らしをしたかったのです」

 アルメリアは納得した。なれないことをしているのだから疲れてもしょうがないだろう。

「今日は付き合わせてしまってごめんなさいね」

 謝るアルメリアに首を振ると、リカオンはアルメリアをじっと見つめた。

「先ほどお嬢様は、子どもたちに色々な物語を話して聞かせていましたね。最後にお話になった人魚姫の話。あの悲恋は、子どもたちは寝てしまって最後まで聞いていませんでしたけれど、僕は最後まで拝聴させていただきました」

「あの話を聞いてましたの? あれは女の子向けのお話でしたから、リカオンにはつまらなかったでしょう?」

「いいえ、そんなことはありません。初めて聞く話ばかりだったので楽しく聞かせてもらいました。ところで、もしもお嬢様が人魚姫の立場ならどうされますか?」

 変わった質問だし、答えにくい質問だったのでアルメリアは笑ってごまかそうとした。だが、リカオンを見ると、とても真剣な眼差しでこちらの返答を待っている。そうして真剣に質問しているリカオンに対して、こちらも真面目に答えなければならないと思い直し、しばらく考える。

 改めて考えてみると、もしもこの世界でダチュラがなにか考えがあって教皇と接触しているなら、無事にこの国の腐敗を正し救国してお妃に収まるだろう。
 そうなればアルメリアは喜んで身を引こうと思っていた。そこは人魚姫と同じかもしれない。
 だが、ひとつ違うところがある。人魚姫は王子を思い人間となった。だが自分が人魚姫なら、どう考えても王子と自分ではお互いに不幸になるのがわかっているので、王子のことなどさっぱり忘れて人魚姫として楽しく生きて行くだろう。

 そう考えがまとまったところで口を開く。

わたくしは……」

「あっ、なんか僕わかりました。答えなくていいです。身を引くんでしょう? こんな質問お嬢様にした僕が馬鹿でした。お嬢様は人が良すぎるんです」

 そう言うと、ポケットから懐中時計を取り出し時間を確認する。

「戻りましょう。休憩時間は終わりです」

 そう言って踵を返した。アルメリアは話を遮られ、勝手に納得しているリカオンを不満に思ったが、それを顔に出さずにリカオンの後ろを歩いた。
 数歩進んだところで、リカオンは突然立ち止まると振り向き、アルメリアの手を取った。

「はぐれたら困りますから」

 アルメリアはリカオンの背中を見つめ、貴男の考えていることがさっぱりわからないんですけど? と、心の中で呟いた。

 孤児院へ戻ると、まだ子どもたちは寝ていた。アルメリアたちは洗濯場に回り、お昼寝を必要としない起きている子どもたちと洗濯物を取り入れ、たたみながらおしゃべりをして過ごした。

 お昼寝組がちらほら起き出してきた頃、気づけばもう帰る予定の時間になっていた。アルメリアも子どもたちも別れを惜しんだが、また必ず来ると約束しソフィアやルーファスに挨拶を済ませて、孤児院を出た。

「アンジーお姉ちゃんまたね!」

「絶対にまた来てね!」

 お見送りをしてくれる子たちにアルメリアは思い切り手を振って答えた。
 馬車までの道のりを歩きながら、リカオンの疲れた背中に話しかける。

「楽しかったですわ。でも、リカオンは疲れてしまったでしょう? わたくしの護衛ならきっと、ペルシックがどこかでちゃんと見てますから、大丈夫ですわ。次に来るときにはお休みしてかまいませんわよ?」

 リカオンは少し考えると立ち止まりアルメリアに向き直った。

「いいえ、今日は僕が考えていたよりもとても実りのある一日だったんです。次に来るときもご一緒させていただきます」

 実はリカオンは子どもが好きなのだろうか? アルメリアはそう思いながら頷いた。

「貴男が来たら子どもたちもきっと喜びますわね」

 アルメリアは微笑んで歩き始めた。リカオンは無言でそれに続いた。
 道なりに歩いていると、朝馬車を降りた場所に二台の馬車が止まっている。アルメリアは立ち止まってリカオンに微笑む。

「リカオン、また明日会いましょう」

「はいはい、お疲れ様でしたお嬢様。また明日お会いしましょう」

 リカオンは心底疲れたといわんばかりの顔で馬車に乗り込んだ。アルメリアはいつものリカオンに戻った気がして少しほっとしながら自分の馬車に乗り込んだ。
 アルメリアが屋敷に戻ると、なぜか若干日焼けしたペルシックがアルメリアを迎えた。

 孤児院に行くのは今もちろん今回だけにするつもりはなく、もう少し通いルーファスとも仲良くなる必要があると感じていた。
 ルーファスと仲良くしていれば、そのうち司教とも話す機会があるかもしれないし、もっと裏事情が聞けるかもしれない。

 それになんと言っても、子どもたちとまた来ると約束をしていたからだ。それに、今回の訪問はアルメリアにとって良い息抜きになった。そう思っているところに、メイドのサラがドレスを持ってきた。

「お嬢様、お茶会のドレスをデザイナーより預かっております。ご試着なさいますか?」

 その報告でアルメリアは、王室主催のお茶会に出席せねばならないという現実を思い出した。
 元々そういった催しは好きではないアルメリアは、沈んでいく気持ちを悟られないように、勤めて笑顔で答える。

「そうね、一度袖を通さなくてはいけないわね」

そう言って返した。

 今回のお茶会は王室主催となっているが、主にホストは王妃である。おそらく令嬢ばかり集め、王太子殿下の婚約者候補や側室を選定する目的もあるのだろう。
 この世界の婚姻は、いわば企業同士の契約のようなものだ。
 お妃には、家柄はもちろん品位を欠くような人物はなれない。国の象徴ともなるため、それ相応の知性や気品も求められる。だが、それらを備えていても王妃にアピールし、目に止まるようにしなければ意味がない。
 ゲームの中のアルメリアは、見た目上それらを兼ね備えていたのだろう。ゲームの中でも煌びやかなドレスを着て、自己アピールに余念がなかったのを覚えている。
 もしもお茶会などで粗相をし、品位を欠くようなことをすれば、家柄がよくとも、国王陛下が気に入っていようとも、王室側がお妃にしようなどとは考えないのではないか、アルメリアはそう思った。 
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