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第四十四話 素早く退散したい

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 お茶会当日、アルメリアは新調したドレスに袖を通すとわざと時間より遅れて宮廷に向かった。王妃に嫌われるためだ。

 会場に着くと、招待された令嬢たちがもう席に着いていた。アルメリアは堂々と笑顔で会場に入る。

「あら、もう始まってましたのね、みなさんお集まりが早いこと」

 そう言いながら空いている席を探す。遅れてきたこともあって、空いている席は末席だけだった。その席にエスコートされ座る。
 ホストのカリーナローズ・フォン・スカビオサ王妃殿下は眉ひとつ動かさず笑顔でアルメリアを迎える。

「クンシラン公爵令嬢、待ってましたのよ? 久しぶりですわね」

「お久しぶりです。遅れてしまい大変い申し訳ありませんでした」

 作戦とはいえ、王妃に迷惑をかけたことをアルメリアは申し訳なく思った。王妃は嫌な顔ひとつせずに答える。

「べつにかまいません。貴女のことだもの、なにか理由があるのでしょう?」

 そう言ってにっこりと微笑んだ。

「ではみなさんがお集まりになったことですし、始めましょうか」

 王妃は令嬢一人一人の顔をを見回す。

「そうそう、のちほど王子も呼ぶ予定です。しっかりおもてなしをさせますわ」

 そう言うと、意味ありげに微笑んだ。アルメリアは思った通りだと思った。王太子殿下を呼び、王妃のお目がねに叶った令嬢を近くに座らせ、令嬢たちを物色させる腹積もりなのだろう。
 それをわかっているその場にいた令嬢たちは、目を輝かせそわそわし始めた。

 末席に座り、王妃からも近くの席に座るように呼ばれなかった時点で、アルメリアは王妃のお気に入り枠から外れたことを悟り安堵した。だが、更に念には念を入れ備える。お茶をこぼして自分のドレスにぶちまけ、この場から去ろうと画策していたのだ。アルメリアはそのためにも今日着てくるドレスを、わざわざ茶色のものにしたぐらいだ。
 せっかく新調するのだから、今後も着る予定だった。シミが残っては困る。
 アルメリアの年頃の令嬢が着る色合いのドレスではなかったがどうせすぐに帰るのだし、結婚を目的としていないアルメリアにとっては色は問題なかった。

 王室の主催と言っても、王妃自らお茶を入れて回ることはなく、メイドたちがゆっくりお茶を入れて回った。
 アルメリアのティーカップにもお茶が注がれ、お茶の香りを楽しもうとした瞬間、隣に座っているテイラー侯爵令嬢と、お茶を注いでいたメイドが思い切りアルメリアのドレスにお茶をかけた。同時だったので二人が示し会わせて行ったのかと疑ったが、二人を見ると、二人ともお互いの顔を見て驚いている。

 テイラー侯爵令嬢は、真っ青な顔でアルメリアの顔とドレスを見ると、手を小刻みに震わせながら小さな声で呟く。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 その様子を見て、この気の小さそうな令嬢が、大胆にもアルメリアのドレスにお茶をかけたのは、誰かに命令されてやったのかもしれない。そんなことを思った。
 メイドの方はどういう意図があったのかさっぱりわからなかった。面識もなにもないメイドであったし、王室のお抱えメイドに恨まれるような覚えもなかった。だが、明らかにわざとアルメリアのドレスに狙ってお茶をかけたのだけは確かだ。

 アルメリアは混乱していたが、なんとか自分を落ち着かせ考えを巡らせる。そうして状況判断に努めると、口を開いた。

「まぁ、なんということかしら。わたくしってばお茶をこぼしてしまいましたわ!」

 お茶をかけた令嬢とメイドが驚いてアルメリアを凝視する。そんな二人に笑顔を向けるとアルメリアは立ち上がり、王妃に一礼する。

「大事なお茶会の席で、こんな粗相をしてしまい大変申し訳ありませんでした。こんなことをしては、わたくしはお茶会に参加するに値しませんので、今日は御前を失礼致します」

 そう言って振り返ったところで、誰かにぶつかる。

「申し訳ありません」

 その人物を見上げ顔を確認すると、そこにはムスカリの無表情な顔があった。アルメリアは、とんでもないことをしてしまったと悟った。

「大変失礼いたしました。お許しください」

 慌てて頭を下げる。こんなに失礼なことをしてしまったのだから、これで王太子殿下との婚約の話はなくなるだろう。そう思いながら、頭を下上げずにいると、ムスカリは優しくアルメリアに言った。

「なぜ君が謝る? 私は見ていた。お茶をこぼしたのはテイラー侯爵令嬢だった。それもただこぼしただけじゃない、故意にかけていた。謝るのは彼女の方なのでは?」

 テイラー侯爵令嬢はムスカリに射貫かれたように見つめられると、がたがたと震えだし絞り出すように謝罪した。

「も、申し訳ありません」

 アルメリアは慌ててテイラー侯爵令嬢をかばった。

「違うんですの、実はわたくしの肘が隣にいたテイラー侯爵令嬢にぶつかってしまって、そのせいでテイラー侯爵令嬢のお茶がわたくしのドレスにかかってしまったんですの。だからテイラー侯爵令嬢はなにも悪くはありませんわ」

 ムスカリはアルメリアに優しい視線を向ける。

「君は本当に優しいね。まぁ、君がそういうことにしたいならそれでもいいが。それにしても私たちの主催したお茶会で、君には気分が悪い思いをさせてしまったのに変わりない」

「とんでもないことですわ、殿下はなにも悪くありません。そもそもわたくしは時間に遅れてしまいましたし、こんな問題を起こしたりと、この場に相応しくない行動を取りました」

 そう言うと王妃へ向き直る。

「王妃殿下、気分を害するような行いをして大変失礼いたしました」

 ゆっくり頭を下げその場を去ろうと踵を返す。するとムスカリに腕を掴まれる。

「いや、アルメリア。私も王妃も君に下がれとは言ってない。それに、このまま恥をかかせて帰らせる訳にはいかない」

 ムスカリはメイドに目配せした。するとメイドたちはアルメリアを逃がさんとばかりにとり囲む。

「クンシラン公爵令嬢こちらです」

 戸惑っているアルメリアに拒否する間も与えず、メイドたちはある部屋の前まで連れていく。ドアが開きアルメリアが恐る恐る中を覗くと、そこにはドレスを着たトルソーが置いてあった。

 そのドレスは桜色のドレスで豪華な刺繍と、レースがふんだんに使用されていた。それらはとても素晴らしい出来映えで、一目で腕の立つ職人のものとわかった。

「まさか、これ……」

 アルメリアがそう呟き部屋の中で呆気にとられながら、そのドレスを見つめていると、メイドたちが笑顔で答える。

「はい、もちろん王太子殿下からクンシラン公爵令嬢へのプレゼントでございます。可愛らしくも美しいクンシラン公爵令嬢には、とてもお似合いになるに違いありません。さぁ、汚れてしまったドレスはこちらでお預かりしましょう。綺麗に洗ってお返しいたしますから」

 そう言われてすぐに着替えさせられ身支度を整えさせられると、会場に戻った。するとアルメリアの姿を見つけた王太子殿下が素早く立ち上がり、アルメリアの元へ駆け寄る。

「思った通り似合っている。さあ、こちらに座るといい」
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