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 アドリエンヌは気持ちが表情にでないよう注意しながら微笑むと答える。

「そんな必要はありませんわ。婚約者だからといって、いつも行動を共にすることはありませんもの。それに……」

「それに?」

 アドリエンヌは一息置くと、思いきって婚約の話を切り出す。

「それに、もしいつも王太子殿下のおそばにいないようなわたくしが王太子殿下に相応しくないとお考えなら、今のうちに穏便に婚約を解消してしまうのもよろしいかと思いますの」

 アレクシはしばらく無言になった。アドリエンヌはもしかしてアレクシも婚約破棄を考えていてくれたのかもと少し期待した。

 しばらく返事を待っていると、アレクシは渋い顔をしながら言った。

「君は私と婚約を解消したいと?」

 まさかそんな反応をされるとは思ってもいなかったので、少し驚きながら答える。

「はい、そうですわ。今、王太子殿下のそばにはシャウラ様がいらっしゃいます。民衆や市民たちからも、シャウラ様が婚約者に相応しいと声が上がっていると聞いておりますし、一考するのもよろしいかと」

 するとアレクシはしばらく考えている様子を見せたあと、作り笑顔を見せた。

「そうか、君がそう考えてしまっているということについて、一考する必要があるということはわかった。婚約について少し考えよう」

 アドリエンヌは内心喜んだ。これで婚約を解消してもらえるかもしれない。思わずとびきりの笑顔で答える。

「それは本当ですか?! ありがとうございます。とても嬉しいです」

 するとアレクシは少し困惑した顔をした。

「君にこんなことでそんなに喜んでもらえるとはね」

「はい、今日は素晴らしい日になりましたわ。では、わたくしこれから本の片付けをしなければなりませんので」

 そう言って、床に散らばった本を片付け始めた。その後ろ姿をしばらく眺めたあと、アレクシは言った。

「そうか、わかった。手伝いが欲しければ声をかけてほしい。いつでも手伝うよ」

「はい、ありがとうございます。お気持ちだけで結構ですわ」

 アドリエンヌにそう言われるとアレクシは書斎を出ていった。アレクシの表情からは、婚約破棄についてどれぐらい考えてくれるのかまったく読み取れなかったが、約束を違えるような人物ではないので期待できると思った。

 二人の様子をずっと黙って見ていたリオンが、アレクシが去ったのを確認するとアドリエンヌの肩に飛び乗り小声で言った。

「お前、王子にあんなことを言っていいのか?」

「大丈夫ですわ。王太子殿下は怒っていらっしゃらなかったし、それに婚約解消を考えてくださるって仰ったじゃない」

 するとリオンは今度は目の前の本棚に飛び移ると、正面からアドリエンヌを見据えて言った。

「おい、王子は婚約解消を考えるなんて言ってなかったぞ?!」

「あら、でも婚約について考えてくださると言ってましたわ。これで一歩前進ですわね」

 するとリオンは大きくため息をついた。

「少し楽観的過ぎだぞ?」

「リオンは逆に気にしすぎなんですわ」

 そう言うと、今度は後ろに誰もいないことを確認し本の整理を再開した。

 書斎の整理が終わり、アドリエンヌは普段なら読めない書物を読むことができたし、王太子殿下との婚約破棄の話しも進み上機嫌で屋敷へ帰った。





 次の日森への立ち入り禁止が解除され、課題を行っていない者と途中だったグループはこの日に行うことになった。

 課題を終えた者たちについては合格発表があり、アドリエンヌたちは途中だったが合格を言い渡された。

 特定の条件をクリアできていたことや、成績がよかったことも考慮されたとのことだった。

 そうして合格者たちは先に次の課題へ進むことになった。

 次の課題は『森に生息しているエアーバードを傷つけることなく捕獲する事』だった。

 この課題はエアーバードの生息範囲を調べ、地形や魔法を駆使して捕獲し傷ひとつ付けずに教師の前に連れていかなければならない。

 一番の問題は、エアーバードがとてもすばしっこい鳥だということと、森での練習は許されていないのでぶっつけ本番の一本勝負となることだった。

 チーム編成の最大人数は五人で、チームメンバーの入れ替えは許されていた。だが、アドリエンヌたちは前回と同じく四人で組むことにした。

 特に課題事態に問題はないが、アドリエンヌは懸念していたことがあった。それは、時間を遡る前にこの課題の時に突然森に狂暴なモンスターが大量発生したことだった。

 その時はシャウラが大活躍し、死者はなかったが数名の怪我人が出た。できれば今回はあのような事態にならないよう原因を特定して、事前に防ぎたいと考えていた。

 それともうひとつ懸念事項があった。それはアドリエンヌが本気を出してしまうと、課題事態を一秒でクリアできてしまうことだった。

 そこで、課題の訓練を始める前にみんなに力を隠すことを協力してもらう必要があった。

「ひとつだけみんなにお願いがありますの」

 課題の作戦を考える前にアドリエンヌがそう言うと、アトラスが素早く反応した。

「なんでしょうか?」

 そんなアトラスに苦笑しながらアドリエンヌは言った。

「力を隠すために、今回の課題でわたくしは治癒魔法のみ使用しようと思ってますの。でもだからといって、みんなを見下しているとかではありませんわ。それでも、許してくださるかしら」

 ルシールが笑顔で答える。

「かまわないわ、今までどおりにしましょう! それに私、この前の課題をやったときに、みんなで計画してチームで組んでやるのがすごく楽しかったの」

 それを聞いてエメも笑顔になると言った。

「僕もこの前とても楽しく課題に取り組むことができました。だからその意見には賛成ですね」

 そう言ってアトラスの方を見た。

「アトラスは? って、聞くまでもないな」

「当然だ。私はアドリエンヌに従う」

 この時アドリエンヌは、しみじみこのメンバーで本当によかったと思った。

 こうして課題へ向けて森の下調べや、エアーバードの特徴を調べ作戦を考えて特訓する日々が始まった。

 チームであれやこれや意見を言い合ったり、作戦の特訓など大変ではあるがある程度平和な日常が続いた。

 そんなある日、いつものようにララの店に寄り道をし、お茶を楽しんでいるとエメが不穏なことを言った。

「西の渓谷に、今までよりも凶悪なモンスターが出現するようになったと市井で囁かれているみたいなんですけれど、みんなは知っていましたか?」

「知りませんでしたわ。それってあまりよろしくないことですわよね」

 すると、ルシールが不思議そうな顔でエメに質問する。

「でも、モンスターにはカミーユ魔法騎士団が対応してくれているはずでしょう? その対応が追い付いていないということ?」

 エメはその問いに大きく頷くと答える。

「そうなんです。この前の課題でデビルドラゴンが現れたのも含めて、なにか起きてるような気がするのです」

 そこまで話すと、なにかを思い出したかのようにアトラスに質問する。

「そういえば、アトラスの親父はカミーユ魔法騎士団の団長を勤めているだろう? なにか聞いてないか?」

「いや、なにも。それ以前に親父は最近屋敷へ戻ってこない」
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