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 しばらく会場内で挨拶をして回っていたが、アレクシは突然はっとする。

「すまない、少し外すが直ぐに戻る」

 そう言うと、背後にいるルシールたちにアドリエンヌを預けた。

 アレクシの今日の行動によっては二人の関係が変わってしまうのではないかと緊張していたアドリエンヌは、ホッと胸を撫で下ろした。

 その反面、アレクシに早く戻って来てほしいような気持ちになっていることに気づく。

 その時だった。シャウラが挨拶をしにやってきた。

「アドリエンヌ様、こんばんは。挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。今来たところですの。あら? アレクシ殿下はご一緒じゃありませんの?」

 そう言って周囲を見渡す。

「殿下は今、用事があってここにはおりませんの」

「そうなんですの。残念ですわ」

 そう言うと、シャウラはアドリエンヌの耳元に顔を寄せた。

「婚約者ですもの、アレクシ殿下も仕方なくあなたと参加されたんですわね。ご迷惑をかけないようにしないといけませんわ」

 そう言うと、アドリエンヌから体を離し扇子で口元を隠しながらアドリエンヌを上から下までまじまじと見つめた。

「あら、ドレスは素敵ですこと。プレゼントしてもらえないんですもの。これぐらいは見栄を張りたいですわよね~」

 アドリエンヌは満面の笑みでそれに答える。

「大きなお世話ですわ。それにしてもあなた、礼儀がなっていないのではなくて? 学園内では地位は関係ありませんけれど、ここは社交の場ですわよ?」

 すると、シャウラはにっこりと微笑んだ。

「まぁ、怖い!」

 その瞬間、アドリエンヌたちの後ろにいたファニーが二人の間に飛び出した。

「このドレス良いでしょ~!! 腹黒王子に依頼されてさぁ~。僕がデザインしたんだよ~」

 するとそれまで笑顔だったシャウラが、鬼のような形相に変わり扇子を持つ手をぷるぷると震わせながら、ゆっくり低い声で言った。

「あなた、アドリエンヌのドレスはデザインしたということですの?」

「そうだよ~! それとハニーの親友のマーガレットのドレスもね!」

 それを聞いたシャウラは、アドリエンヌの後ろに立っているルシールを見ると、ファニーを睨み付けた。

 そこへアレクシが戻ってきた。

「アドリエンヌ!」

 そう名を呼ぶとアレクシは脇目も振らずまっすぐにアドリエンヌの元へ行き抱き寄せ微笑む。

「アドリエンヌ、一人にしてすまなかった」

 アドリエンヌは戸惑いシャウラを見つめた。

 アレクシはアドリエンヌの視線の先に立っているシャウラに目を止めると、無表情になった。

「君、いたのか」

 シャウラは唖然としながらアレクシを上から下まで見ると、アドリエンヌとアレクシがお揃いのものを着ていることに気づいたようだった。

「アレクシ殿下、こんばんは。ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。お二人は揃いのものを着てらして、とっても素敵ですわ。それにしても、これで納得しましたわ。そのデザイナーは、アレクシ殿下に依頼されたからわたくしの依頼を断ったんですのね」

 それを聞いてアレクシはなんの話をしているのかわからず、困惑した顔をしているとその横からファニーが口を挟む。

「あはははは~。ウケる~! そっか、君としてはそう言うことにしたいよね! でもさ、腹黒から依頼されたの、君の依頼を断った後ですよ~ん」

 それを聞いてシャウラはまた鬼のような形相に戻ると、無言で立ち去って行った。

「なんだ? また絡まれたのか?」

 アレクシが心配そうにアドリエンヌの顔を見つめると、その横でファニーが笑いだす。

「なんかあの変な令嬢がハニーにいちゃもんつけてきたから、僕がハニーを守ったよ!」

 それを聞いてエメが申し訳なさそうに言った。

「すみません。僕たちは見ているだけで、アドリエンヌを守れませんでした」

 するとファニーが答える。

「いやいや~、あの令嬢めちゃくちゃヤバいと思うもん。関わらない方が良いって! 僕は恨まれようとなんだろうと、ただのデザイナーだしね! 怖いものなしだから~。あはははは!」

 アレクシは深くため息をついた。

「本当に油断も隙もないな。アドリエンヌ、大丈夫か?」

 そう言ってアドリエンヌの顔を覗き込む。

「だ、大丈夫ですわ。それより、殿下、あの、離して下さい……」

「あぁ、すまない」

 アレクシはアドリエンヌを解放した。そして、エメに向き直る。

「君たちばかりを責められない。アドリエンヌのそばから離れたのは私なのだから」

 そう言って苦笑した。

「いいえ、僕たちは任されていたのに」

 そこでアドリエンヌは言った。

「もうこの話しはおしまいにしましょう。それにせっかく楽しい時間なんですもの、それを台無しにしたくありませんわ」

 するとアレクシはアドリエンヌに優しく微笑んだ。

「そうだな、君がそう言ってくれるのなら」

 こうして事態が落ち着いたと思った瞬間だった。アレクシはアドリエンヌの背後を見ると、突然アドリエンヌを抱き締め床に転がった。

 そして、周囲から悲鳴が上がりなにかが破壊されるような音がすると獣の咆哮が轟いた。

 恐怖に襲われ、アドリエンヌはしばらくアレクシにしがみつくと胸の中で目を固く閉じていたが、アレクシの唸り声でアドリエンヌは慌てて目を開け顔を見上げる。

「アレクシ殿下! 大丈夫ですか?!」

 するとアレクシは少しつらそうに微笑んだ。

「大丈夫だ、君は?」

わたくしも大丈夫ですわ。それより一体なんですの?  他のみんなは?!」

 アレクシはその質問に答えようと、上半身を起こし周囲を確認する。だが、建物が一部破壊されているのか土煙で周囲の視界が遮られていた。

「良くわからないが突然壁が崩れた。土埃でなにも見えないな、とりあえずここを出た方が良さそうだ」

 そう言って、アドリエンヌに手を貸して立つのを手伝うと、そのまま手を引いて歩きだした。だが、アドリエンヌはその手を引き留める。

わたくしにならなんとかできるかもしれませんのに、この場を離れるなんてできませんわ!」

 するとアレクシは立ち止まる。

「わかった。だが、君が危険だと判断したら私は迷わず君をここから連れ出す。いいね?」

 アドリエンヌが頷くと、二人とも土埃が上がっている方向を見た。そこからは血を流し逃げ惑う者たちや、助けを呼ぶ声もあった。

 アドリエンヌは怪我人に治癒魔法をかけながら、瓦礫に埋もれる者や周囲の者を安全な場所へ瞬間移動させると、獣の咆哮がする方へ向かって歩き始めた。
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