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 するとシメオンはアメリの頬を撫でた。

「私の出会いとは、テランスのことだ。テランスは君が自分の娘だと断言してくれた。そのお陰で君が気にしている『地位』という障害が取り除かれるのだからね。本当に嬉しかった。まぁ、君の出自など関係なく私は君と婚姻すると決めていたけれど」

 シメオンのその返答に、アメリは顔を赤くしながら答える。

「そ、そうなのですね。では、屋敷で聞いたシメオン様の婚約の噂話は一体どこから?」

「屋敷に押し掛けて来たブランデ侯爵令嬢が、自分が婚約者だと周囲に勝手に触れ回っていたようだ。私には君しかいないと屋敷の者はみんな知っているはずだから、さぞ困惑しただろうね」

 それを聞いて、アメリは恥ずかしくて俯いた。それを見てシメオンは嬉しそうに話を続ける。

「アメリ、君の体調が回復したら直ぐにでも婚姻の契約をしよう。そうすればやっと君は私のものになる。君の気持ちを知った今、一秒でも待っていられない。私はもう二度と君を手放さないよ」

 アメリはそう言われ、少し恥じらい、少し躊躇しながら答える。

「はい……。私もずっとシメオン様のおそばにいます」

 それを聞くとシメオンは満面の笑みを見せ、もう一度アメリに口づけた。


  

 アメリたちが滞在している屋敷は、バロー家の別荘だったのでアメリの体力が回復するまでの二週間、二人はのびのびと過ごした。

 その間にアメリは、世話になった保護施設に十分なお礼をしたいとシメオンにお願いした。

「わかっている。もちろん、十分にお礼をしてある。落ち着いたら君も手紙を書くといい。それにしても初めてのおねだりがそんな内容とはね。君はもう少し我が儘になってもいいんだよ? これから辺境伯夫人になるのだからね。他にもなにかお願いやおねだりはないのか?」

 すると、アメリは顔を赤くして消え入るような声で答える。

「で、ではシメオン様。もう二度と離れたくありません……」

 それを聞くとシメオンはアメリを抱きしめ、そのまま抱きかかえて過ごし、片時も離れることがなかった。

 それを見ていたテランスに窘められると、シメオンはこう答えた。

「ここに居ることは、ブランデ侯爵令嬢には知られてはいないと思うが、アメリが危険なことには変わりないから仕方のないことなんだ」

「そんなことを言っているが、娘と離れたくないだけなのだろう? なんと言ってもアメリはこの美しさだ。私もこんなにも素晴らしい娘が持てるなんて、これ以上に幸運なことはないと思っているぐらいだ」

「確かに、その通りだ。これから社交界デビューしてしまったら、きっと注目の的になる。できれば誰の目にも触れさせたくない」

 アメリはそんなことを言う二人に戸惑い、いつまでも慣れることができずに、恥ずかしさで心臓がもたないのではないかと思うほどだった。

 そうして二人に甘やかされゆっくり静養し、アメリの体力はみるみる回復していった。

 体力が回復してすぐに、シメオンの希望で婚姻の契約魔法をかけることになった。

「父や母には許可を得ている。もちろん君のお父様にもね。本当はこんなに焦ってするものではないが、こうでもしないと私は気が気じゃないんだ」

 そう言ってシメオンははにかんだ。

 アメリは貴族の婚姻の契約魔法がどんなものか知らなかったので、とても緊張しながらその時を迎えた。

 儀式そのものはさして重要ではない。なのでお互いに向き合い手を合わせ『互いの血と肉を互いの半身とする』と言ったあと額を合わせるだけの簡略化した儀式が執り行われた。

 契約魔法はここからだった。

 額を合わせるとシメオンが婚姻契約の魔法を使い始めた。すると互いの気が、合わせた手から互いの体に流れ込み溶け込み合った。

 こうすることによって今までは個々に流れていた気が、どんなに離れていても互いの体の中を循環するようになるのだ。

 アメリはシメオンの気が体内を循環すると、暖かい物が体を巡りとても満たされた気持ちになった。

 こうして文字通り互いが半身となる。

 婚姻契約をすると互いの左手の薬指に、タトゥのような紋様が刻まれる。これは契約をしている間は消えることがない。

 アメリはシメオンの半身となったことで、今までにない充足感を覚えると、薬指に刻まれた紋様を見つめた。

「こんなにも満ち足りた気持ちになるなんて……」

「私もだよアメリ。こんな素晴らしい経験をさせてくれた君に感謝したい」

 そう言ってアメリを抱きしめた。

 二人の婚姻契約の儀式に立ち会ったテランスは、とても喜んでいた。

「アメリ、おめでとう。ステラはアメリが立派に成長してくれて、今とても誇らしく思っているだろう」

 そう言って、二人を祝福した。

 もちろん、結婚式は後日行うことになっていた。その前にアメリたちには片付けなければならないことがあったからだ。

 アメリはシメオンがついてくれていると思うと、リディに対峙するのも恐くないと思うようになり、覚悟を決めた。





 そこから馬車でバロー家までは十日ほどの距離だった。屋敷に戻ると、少し離れていただけなのにとても懐かしく思った。

 それにもう二度と戻ってはこれないと思ってたので、戻ってこれたことが嬉しくて涙がこぼれた。

 シメオンはそんなアメリを抱きしめて背中を擦った。

「みんな君の帰りを待ってる。さぁ、入ろう」

 そう言って中に入るように促した。一歩中へ入ると、シメオンの言っていた通りエントランスで使用人たちが勢揃いでアメリを出迎えた。

「シメオン様、アメリ様、おかえりなさいませ」

 アメリが驚いていると、続けて声を揃えて言った。

「婚姻、おめでとうございます!!」

 それに反応してアメリは顔を赤くすると、恥ずかしくてシメオンの後ろに隠れた。シメオンは余裕の表情で答える。

「みんな、ありがとう。アメリはまだ若くて経験も浅い。これから貴族として学ぶことも多いと思う。みんなで支えてやって欲しい」

 そして、テランスも口を開いた。

「至らないこともあると思うが、私からも娘のことをよろしく頼む」

 すると使用人たちはそれぞれが大きく頷き、「もちろんです!!」「お任せください!」と返事した。
 アメリはなんとか気持ちを落ち着かせると、シメオンの背後から姿を現して言った。

「わた、わたくしからも、よろしくお願いします」

 そうして屋敷の者たちに優しく迎え入れられると、アメリたちはエステルのところへ向かった。部屋に入るとエステルは直ぐにアメリに駆け寄ると、手を取り上から下まで見た。

「アメリ、心配したのよ? 体調はどう?」

「ご心配お掛けしまして、申し訳ありませんでした」

 そう言って頭を下げようとするアメリをエステルは抱きしめた。

「アメリ、わたくしが貴女にちゃんと説明しなかったせいで、つらい思いをさせてしまってごめんなさいね」

 そう言ってから、体を少し離すとアメリの顔を見つめる。

「それに貴女はわたくしの娘になるのだから、そんなにかしこまらなくて良いのよ?」

 アメリが目に涙を浮かべると、エステルはそんなアメリをじっと見つめた後でもう一度抱きしめた。

「本当に無事で良かった」

「はい」

 アメリはずっと自分のことを心配し、見守ってくれていた人たちがいたことに心から感謝した。こうして久々の再会を喜ぶと、テランスも含めしばらく楽しい時間を過ごした。

 シメオンの父であるコームは、しばらく戻ってこられないとのことだったが、手紙で二人の婚姻について喜こびと祝福の言葉を寄越し、二人の結婚式には戻ってくると約束してくれた。

 シメオンとはこれからのことも話し合った。準備期間は必要だが、シメオンがそんなに長く待つつもりはないと言い張った。
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