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『童話のような物①』
『飴玉の恋』
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白い煉瓦で出来た街並みに、赤い屋根が連なる美しい街並み。
しかし、綺麗な街と裏腹に、人々は貧しかった。
乞食や捨てられた子供が徘徊する街は、強盗や殺人など日常茶飯事だった。その中を、子供たちが物乞いをしてみたり、拾ったものを売ったりして生活している。
そして、クレールもそうだった。
親が貧困のせいで、手放された子供だ。いつもと同じように、親を見送り、帰りをずっと待っていたクレール。しかし、親が彼女を迎えに来ることは一度だって無かった。
家を追い出され、半年間替えられていない服に、ぼろぼろの金髪の髪。七歳の少女は、捨てられたという自覚が最初こそ無かった。
数週間後、捨てられたと解り、泣きながら親を探した。だが、すでに街を出た親たちが見つかる事はなかった。
後日、彼女はとある女に拾われ、花売りを始めた。
紳士服の男が、クレールのいる公園の噴水にやって来た。晴れた肌寒い朝の事だ。
彼女はその辺で拾った花を売っては、コインを貰っていた。いつもと同じように、彼女は花を男に渡そうとした時だ。
男は、野生の薔薇を手渡され、一瞬きょとんとした。しかし、小さく笑むとポケットからコインを取り出し、彼女に手渡す。
「綺麗な野生薔薇だな」
男はふっと笑む。そして、彼女に赤い飴玉を一つ渡すと、颯爽とその場を立ち去った。
それからだろうか。男は三日に一度決まった時間になると、この噴水にやってきた。
そして、野生の薔薇を一つ買うと、コインと飴玉を手渡してくる。クレールはそれが嬉しくて、花が咲くように笑んだ。
雨の日も、晴れの日も、クレールは花を様々な人に売る。決して、可愛いとは言えないクレールのそばかすだらけの顏。
それでも、奇特な人には受けたようだった。
しかし、子供が道端のものを売って生活しているのは、この街では当たり前の光景だ。だが、クレールだけは違った。街の人々が暖かな表情で、薔薇の花を受け取り、コインを渡す。
そして、三日経った。あの男だ。
「よぉ、綺麗な薔薇だな。一つおくれよ」
クレールは笑顔で男に薔薇を差し出す。渡されるのはコインと緑色の飴玉。交渉成立だ。すると、彼は顔を綻ばせた。彼女もまた楽しそうに微笑む。いつしか、男は三日に一回だったのを、二日に一回に変えた。
「また来た。いつものを一つ頼む」
クレールは笑顔で薔薇を差し出す。そして、コインと青い飴玉を一つ渡す。彼女は嬉しそうに飴玉を口に含めて、声もなく笑った。
男は数か月経ったある日、毎日訪れるようになった。ただ、買う側と薔薇を買ってもらうだけの関係。
一年、三年……月日は巡る。増える色とりどりの飴玉。
しかし、四年経ったある日、男は訪れなくなった。一日、二日。クレールはまた来るだろうと考える。
しかし、男は一週間経っても訪れなかった。彼女の薔薇を買うのは、あの男だけではない。それを知ってか、買う側の人々は現れない男の事が不思議だったようだ。
「どうしたんだろうねぇ。毎日、ここに来ていたのに」
老婆が言った。
「あんなに、クレールといっつもいたのにね」
物腰の柔らかそうな女性だ。
薔薇を買うさまざまな人たち。薔薇を買いに来た若い少年も、首を傾げながら言った。
「あのお兄ちゃん、どこにいったんだろうね」
「すぐに戻ってくるわい」
「そういえば、あの男の名前はギュスターヴって言うそうだね」
老人と男性だ。いろんな人の声を聴きながら、クレールは少しだけ寂しそうに笑う。増える飴玉はもうない。
ある日、クレールは決心したかのように街を走っていた。美しい街並みを全力で走るのは、二回目だ。
一回目は、親を探す時。二回目はあの男――ギュスターヴを探すため。
――しかし、見つからなかった。
朝から晩まで探したが、彼の噂すら見つからない。クレールは唇をぎゅっと噛みしめる。
ついには、涙がぼろぼろと零れ落ちた。ぼろぼろの袖で、涙を拭いて、彼女が住処としている駅の裏へ向かった。
駅の裏の一部が破損しており、彼女はそこを潜り込む。機械を動かしているのであろう。人が二人寝ころべるぐらいの部屋は、とても暖かい。
ほうっと深いため息を吐く。そして、機械の上に寝そべった。そこには、空き缶が二つ置かれている。コインがぎっしりと詰まっていた。。
じっとそれを眺めていたクレールだったが、何を思ったのか、コインを三つ掴んだ。
そして、壁にこんこんとノックする。
「どうしたのさ?」
若い女の声だった。煉瓦がこつりこつりと音を響かせ、抜け落ちた。そこから女が顔を出す。クレールは懐から紙と木炭を取り出すと、文字を書きだす。そして、若い女にコインとその紙を三つ渡す。
「ギュスターヴって男の行方を捜してほしいのね?」
クレールはこくりと頷く。若い女はコインを三つ懐に入れて、にっと笑顔を作った。
「解ったよ。まいどあり~」
女は再び煉瓦を戻し、その体をその向こうへ隠した。おそらく、この駅には様々な穴があり、そこから人が入り込むのであろう。
この女性もまた、クレールと同じ乞食の部類に入るのかもしれない。ほうっと安心のせいか、ため息を吐いたクレール。
彼女は何かを祈るように胸元で両手を絡め、ぎゅっと目を瞑った。
女から連絡が来たのは三日目の事だった。ギュスターヴという男についての話だ。
「彼、刑務所にいるわ」
クレールは驚いた顔をしてみせた。
「ギュスターヴって、有名な怪盗だったみたいなの。あらゆる芸術品を盗んでは売っていたみたい。会えるけれど、行く?」
女の言葉に、クレールは何度も頷いて見せる。
「そう……でも、首都だから、その恰好ではいけないわよ?」
クレールは少し考えた後、空き缶を手に持つ。それは、今まで彼女が薔薇を売って稼いだお金だった。
「使っちゃうの……? まあ、あなたは固定のお客さんがいるから。でも、もったいないわよ」
女の言葉にクレールは首を横に振る。
「そう。まあ、いいわ。行くなら、早い方がいいわよ」
クレールは服を購入し、髪を整えた。汚らしい街で育ったとは思えない子供に変わる。周りの人々は驚いたように、彼女に頑張っておいでと声をかけた。
笑顔で頷く彼女は綺麗なドレスを揺らしながら、町を全力で駆けた。街を駆けたのは、三回目だった。
首都は一つ駅の向こうだった。慣れない汽車に揺られ、落ち着かないながらも十分で汽車を降りる。
切符は世話好きな老婆から貰ったものだった。同じ条件下で暮らしていた人々から貰った物はたくさんだった。
靴に、往復の切符。髪飾り。これらは、全て彼ら彼女らが大事にしていたもの。それを噛みしめ、クレールは走る。
ようやくたどり着いたのは、刑務所だった。衛生的とは呼べないその場所に、彼はいた。
案内の男は少しだけ驚いた顔をしていたが、何事もなかったように、クレールを彼の元に連れて行く。
汚い牢屋の向こうに見慣れた男が途方もなく、壁を見つめていた。クレールがわざとらしく音をたてれば、視線は彼女に向く。
「あれ……もしかして、君は」
クレールはふわっと微笑んだ。鉄格子から伸びたギュスターヴの手を、クレールはぎゅっと握りしめる。
別れたのは十一の時。クレールはすでに十五になっていた。自分が解ってくれた事が嬉しいのか、彼女は泣きそうになって微笑んでいた。
「そういえば、俺は君の名前も知らなかったんだな。俺はギュスターヴ・マルタン」
苦笑するギュスターヴは、依然と何ら変わりなかった。彼女はふっと微笑んで、手紙を彼に手渡す。
「どれどれ……」
手紙を取り出して、文字を目で追う男。彼はすぐに手紙を読み終えて、小さな笑顔を作り出した。
「君はクレールって言うのか」
嬉しそうに微笑むクレール。男もつられて笑顔になった。
「良い名前だ。それにしても、綺麗になったなぁ……」
照れる彼女に、男は小さく笑いを零す。
「ここにいるって事は、俺の事は知っているんだろう? 一つだけ、言いたいことがあったんだ」
不思議そうに首をかしげるクレール。
「飴玉、今は手合わせてないんだよなぁ」
小さく肩を震わせて笑い出した彼女に、男は照れたように頭をかいた。優しい時間が過ぎていく。今まで売り手と買い手だけだった二人の距離が、そっと近づいていくのが解る。
数年後、首都の一角にある一件の家。窓辺に瓶詰にされた飴玉たちが、太陽の光によって、輝いていた。
その光の中。寄り添う二人の姿がいつまでも、映し出されていた。
いつまでも……。
終
※かなり昔の小説をそのままの形で投稿しています。
しかし、綺麗な街と裏腹に、人々は貧しかった。
乞食や捨てられた子供が徘徊する街は、強盗や殺人など日常茶飯事だった。その中を、子供たちが物乞いをしてみたり、拾ったものを売ったりして生活している。
そして、クレールもそうだった。
親が貧困のせいで、手放された子供だ。いつもと同じように、親を見送り、帰りをずっと待っていたクレール。しかし、親が彼女を迎えに来ることは一度だって無かった。
家を追い出され、半年間替えられていない服に、ぼろぼろの金髪の髪。七歳の少女は、捨てられたという自覚が最初こそ無かった。
数週間後、捨てられたと解り、泣きながら親を探した。だが、すでに街を出た親たちが見つかる事はなかった。
後日、彼女はとある女に拾われ、花売りを始めた。
紳士服の男が、クレールのいる公園の噴水にやって来た。晴れた肌寒い朝の事だ。
彼女はその辺で拾った花を売っては、コインを貰っていた。いつもと同じように、彼女は花を男に渡そうとした時だ。
男は、野生の薔薇を手渡され、一瞬きょとんとした。しかし、小さく笑むとポケットからコインを取り出し、彼女に手渡す。
「綺麗な野生薔薇だな」
男はふっと笑む。そして、彼女に赤い飴玉を一つ渡すと、颯爽とその場を立ち去った。
それからだろうか。男は三日に一度決まった時間になると、この噴水にやってきた。
そして、野生の薔薇を一つ買うと、コインと飴玉を手渡してくる。クレールはそれが嬉しくて、花が咲くように笑んだ。
雨の日も、晴れの日も、クレールは花を様々な人に売る。決して、可愛いとは言えないクレールのそばかすだらけの顏。
それでも、奇特な人には受けたようだった。
しかし、子供が道端のものを売って生活しているのは、この街では当たり前の光景だ。だが、クレールだけは違った。街の人々が暖かな表情で、薔薇の花を受け取り、コインを渡す。
そして、三日経った。あの男だ。
「よぉ、綺麗な薔薇だな。一つおくれよ」
クレールは笑顔で男に薔薇を差し出す。渡されるのはコインと緑色の飴玉。交渉成立だ。すると、彼は顔を綻ばせた。彼女もまた楽しそうに微笑む。いつしか、男は三日に一回だったのを、二日に一回に変えた。
「また来た。いつものを一つ頼む」
クレールは笑顔で薔薇を差し出す。そして、コインと青い飴玉を一つ渡す。彼女は嬉しそうに飴玉を口に含めて、声もなく笑った。
男は数か月経ったある日、毎日訪れるようになった。ただ、買う側と薔薇を買ってもらうだけの関係。
一年、三年……月日は巡る。増える色とりどりの飴玉。
しかし、四年経ったある日、男は訪れなくなった。一日、二日。クレールはまた来るだろうと考える。
しかし、男は一週間経っても訪れなかった。彼女の薔薇を買うのは、あの男だけではない。それを知ってか、買う側の人々は現れない男の事が不思議だったようだ。
「どうしたんだろうねぇ。毎日、ここに来ていたのに」
老婆が言った。
「あんなに、クレールといっつもいたのにね」
物腰の柔らかそうな女性だ。
薔薇を買うさまざまな人たち。薔薇を買いに来た若い少年も、首を傾げながら言った。
「あのお兄ちゃん、どこにいったんだろうね」
「すぐに戻ってくるわい」
「そういえば、あの男の名前はギュスターヴって言うそうだね」
老人と男性だ。いろんな人の声を聴きながら、クレールは少しだけ寂しそうに笑う。増える飴玉はもうない。
ある日、クレールは決心したかのように街を走っていた。美しい街並みを全力で走るのは、二回目だ。
一回目は、親を探す時。二回目はあの男――ギュスターヴを探すため。
――しかし、見つからなかった。
朝から晩まで探したが、彼の噂すら見つからない。クレールは唇をぎゅっと噛みしめる。
ついには、涙がぼろぼろと零れ落ちた。ぼろぼろの袖で、涙を拭いて、彼女が住処としている駅の裏へ向かった。
駅の裏の一部が破損しており、彼女はそこを潜り込む。機械を動かしているのであろう。人が二人寝ころべるぐらいの部屋は、とても暖かい。
ほうっと深いため息を吐く。そして、機械の上に寝そべった。そこには、空き缶が二つ置かれている。コインがぎっしりと詰まっていた。。
じっとそれを眺めていたクレールだったが、何を思ったのか、コインを三つ掴んだ。
そして、壁にこんこんとノックする。
「どうしたのさ?」
若い女の声だった。煉瓦がこつりこつりと音を響かせ、抜け落ちた。そこから女が顔を出す。クレールは懐から紙と木炭を取り出すと、文字を書きだす。そして、若い女にコインとその紙を三つ渡す。
「ギュスターヴって男の行方を捜してほしいのね?」
クレールはこくりと頷く。若い女はコインを三つ懐に入れて、にっと笑顔を作った。
「解ったよ。まいどあり~」
女は再び煉瓦を戻し、その体をその向こうへ隠した。おそらく、この駅には様々な穴があり、そこから人が入り込むのであろう。
この女性もまた、クレールと同じ乞食の部類に入るのかもしれない。ほうっと安心のせいか、ため息を吐いたクレール。
彼女は何かを祈るように胸元で両手を絡め、ぎゅっと目を瞑った。
女から連絡が来たのは三日目の事だった。ギュスターヴという男についての話だ。
「彼、刑務所にいるわ」
クレールは驚いた顔をしてみせた。
「ギュスターヴって、有名な怪盗だったみたいなの。あらゆる芸術品を盗んでは売っていたみたい。会えるけれど、行く?」
女の言葉に、クレールは何度も頷いて見せる。
「そう……でも、首都だから、その恰好ではいけないわよ?」
クレールは少し考えた後、空き缶を手に持つ。それは、今まで彼女が薔薇を売って稼いだお金だった。
「使っちゃうの……? まあ、あなたは固定のお客さんがいるから。でも、もったいないわよ」
女の言葉にクレールは首を横に振る。
「そう。まあ、いいわ。行くなら、早い方がいいわよ」
クレールは服を購入し、髪を整えた。汚らしい街で育ったとは思えない子供に変わる。周りの人々は驚いたように、彼女に頑張っておいでと声をかけた。
笑顔で頷く彼女は綺麗なドレスを揺らしながら、町を全力で駆けた。街を駆けたのは、三回目だった。
首都は一つ駅の向こうだった。慣れない汽車に揺られ、落ち着かないながらも十分で汽車を降りる。
切符は世話好きな老婆から貰ったものだった。同じ条件下で暮らしていた人々から貰った物はたくさんだった。
靴に、往復の切符。髪飾り。これらは、全て彼ら彼女らが大事にしていたもの。それを噛みしめ、クレールは走る。
ようやくたどり着いたのは、刑務所だった。衛生的とは呼べないその場所に、彼はいた。
案内の男は少しだけ驚いた顔をしていたが、何事もなかったように、クレールを彼の元に連れて行く。
汚い牢屋の向こうに見慣れた男が途方もなく、壁を見つめていた。クレールがわざとらしく音をたてれば、視線は彼女に向く。
「あれ……もしかして、君は」
クレールはふわっと微笑んだ。鉄格子から伸びたギュスターヴの手を、クレールはぎゅっと握りしめる。
別れたのは十一の時。クレールはすでに十五になっていた。自分が解ってくれた事が嬉しいのか、彼女は泣きそうになって微笑んでいた。
「そういえば、俺は君の名前も知らなかったんだな。俺はギュスターヴ・マルタン」
苦笑するギュスターヴは、依然と何ら変わりなかった。彼女はふっと微笑んで、手紙を彼に手渡す。
「どれどれ……」
手紙を取り出して、文字を目で追う男。彼はすぐに手紙を読み終えて、小さな笑顔を作り出した。
「君はクレールって言うのか」
嬉しそうに微笑むクレール。男もつられて笑顔になった。
「良い名前だ。それにしても、綺麗になったなぁ……」
照れる彼女に、男は小さく笑いを零す。
「ここにいるって事は、俺の事は知っているんだろう? 一つだけ、言いたいことがあったんだ」
不思議そうに首をかしげるクレール。
「飴玉、今は手合わせてないんだよなぁ」
小さく肩を震わせて笑い出した彼女に、男は照れたように頭をかいた。優しい時間が過ぎていく。今まで売り手と買い手だけだった二人の距離が、そっと近づいていくのが解る。
数年後、首都の一角にある一件の家。窓辺に瓶詰にされた飴玉たちが、太陽の光によって、輝いていた。
その光の中。寄り添う二人の姿がいつまでも、映し出されていた。
いつまでも……。
終
※かなり昔の小説をそのままの形で投稿しています。
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