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断章 2
断章: 記憶の中で
しおりを挟む冷たい石だか土だかわからない床。 薄暗い…… 鉄格子が斜めに見える…… ボンヤリとその様子を眺めていた…… 身体の節々は悲鳴を上げているんだけど、もうその感覚も曖昧なの。 腰から下は…… すでに何の感覚も無い…… だらりと投げ出されている足は、かつての様な綺麗な肌でなく…… あちこちに擦り傷やら、引っ掻き傷が付いている。
もう力も入らないね……
口からは、看守兵に流し込まれた、食べ物らしきモノの残滓が零れ落ちている。 鉄格子の嵌った窓から見える空は、黎明の重く暗い蒼い空……
今日は良い天気になりそうね。
殴られて蹴られ、そして、掻き毟られ…… 輝くような肌は、もうどこにもない。 もうどこにも乙女と言われるような場所は無い。 髪はこの土牢に入れられる前に、残々に切られ僅かにしか残っていない……
自慢の銀灰色の長い髪だったのにね……
何が気に入らなかったのか……左目は一人の重罪人によって抉られた。 誇らしかった群青色の双眸は、今は一つしかない上、残った片方も赤く染まっている。 血でね……
そうか…… 処刑当日なんだ…… うっすらと聞こえて来る大恩赦の勅命。 それでか…… 犯罪者共が、私を凌辱しに来ないのは…… 土牢から出て、王都から追放になる事が決まった連中は、歓喜の声を上げて、一人一人土牢から出て行ったんだっけね…… そうか…… もう、ココでの私の役割は……
終わったんだ……
全てが終わったんだ……
えっと、この後は……
なんだっけ?
あぁ、そうか…… 処刑場に引き出されて、「牛曳きの刑」が、有るんだった…… そこで、あの蒼い空を見上げて…… 執着した自分に呆れ果て、自身の矮小さを見せつけられ、そして、私の心の一部が霧散したんだっけ……
恋しいと思う気持ち。 何よりも大切な貴方への気持ち……
貴方への執着……
マクシミリアン殿下……
僅かに残る ” 正気 ” の部分が、私の心に痛みを与えて来たのよ。 こと、ココに至っても、まだ、私は、あの人への想いを強く残してたんだっけ……
あの霧散したあの人への執着…… どうなったんだろ…… あの蒼い空の下、執着が無くなって、心は穏やかになれた。 でも、あの霧散した私の心は…… 恨み、怒り、嫉み…… 黒々とした感情の全ては…… 何処に行ったのだろう……
” 置き去りにされたのよ ”
” ? ”
” 貴女にね ”
” ? だ……だれ? ”
” 個にして全。 全にして個。 一部にして、全て。 全てにして、一部 ”
” ……あなたは ……私? ”
” やっと、認識出来たのね、エスカリーナ。 今はリーナでしょうけれど ”
” そう、あなたなの…… 私の霧散したモノは…… でも、この情景を思い出したくなかった…… ”
” でしょうね。 もっと早く、気が付いてくれていれば、何度もこんな酷い記憶を呼び覚まさずに済んだのだけれど。 貴女は記憶に蓋をした。 そして、忘れようとした。 ……わたくしを置き去りにしたままね ”
” 執着は……要らないわ だって、その為に酷い目に合ったのですもの ”
” リーナは必要がないモノでも、エスカリーナには、必要なモノよ。 貴女は不完全だから、生まれ直してしまったのだもの。 わたくしを置き去りにしたが故にね ”
” ……あなたを置き去りにしたから、生まれ直したの? ”
” ええ、そうよ、エスカリーナ。 本来なら、無限の闇の中に永劫の時を刻む筈だったもの。 「闇の精霊」ノクターナル様の優しき腕に抱かれてね…… でも、出来なかった。 ノクターナル様の願いにより、全能なる神が、時を戻したの。 時を戻し、やり直しを命じられたの。 貴女の為にね、エスカリーナ ”
” なぜ? 置き去りにしたエスカリーナを迎える為に? もう一度、” 執着 ” を、得る為に? そして、また酷い目に合うの? その為に、時が戻されたの? ”
” 人を恋しく想い、その人と未来を紡ぐ…… そんな単純な事が、エスカリーナにはとても難しい事なのよ。 でも、その想いは、魂にとって、無くしては成らない物。 魂の一部。 エスカリーナの一部。 不完全な魂は、神の御許へは行けないの。 ノクターナル様は、惜しまれた。 純粋に過ぎる想いを秘めた貴女の事を。 あの蒼い空の下……あなたから切り離され、虚空に霧散した ” もの ” …… それが、わたくし ”
” 必要ないわ…… 人を想い、恋する事は、もうしないと、誓ったもの ”
” でも、愛する事は止められない…… 利用されるだけよ、判っているのでしょ ”
” ……それが、リーナよ。 いけないとでも云うの? ”
” いけないのよ、それでは。 ノクターナル様は、貴女が完全な魂を持つ事を望まれているわ。 生を謳歌し、喜び、助け合い、歳を取り、ノクターナル様の腕に抱かれる時に、生まれて来て良かったと思えるようにと、そう望まれているの。 だから、霧散した、私は集められた ”
” どういう意味? ”
” ノクターナル様の 「愛し子」である、貴女が完全な魂を持ち、生を全うする事が、ノクターナル様の御心に叶う事。 巡り合わせ、”縁”、全てが悪い方向に向かい、” エスカリーナ ” を破滅させてしまった事への、救済…… ”
” ……そう でも、あなたと共に在ろうとすると…… ”
” 大丈夫よ。 わたくしも、あなたも、共にエスカリーナ。 でも、今の貴女はリーナでもあるのでしょ? 魂の欠けたる貴女は、私を取り込み、完全なる魂を得るの。 怖がるのも無理はないわ。 でも、心配しないで、貴女が厭う、 ” 忌まわしの記憶 ” は、私が全て引き受けてあげるわ。 必要な時に必要な事だけを、思い出せるようにして上げられるわ。 もう、あなたを苛む様な事には成らない。 誓うわ ”
” ……それが、あなたの贖罪? ”
” 贖罪…… そうね。 恋をした事に後悔はしていないわ。 でも、その事だけに執着した事には後悔している。 だから、今度はより良きやり方で、人を恋しく思えるようになるわ。 きっとね。 エスカリーナの、エスカリーナだけの幸せを追い求められる筈 ”
” そう…… そうね。 欠けたる魂では…… いけないものね ”
” ええ、そうよ…… エスカリーナ。 貴女は、わたくし。 わたくしは、貴女。 そうでしょ? ”
” 記憶に目を背け、あなたを置き去りにした わたくしを、許してくれる? ”
” 十年……待ったわ。 だから、十年分、愚痴を言うわ。 それで、許してあげる。 でもエスカリーナもリーナも苛んだりしないわ。 わたくし自身なのですもの ”
身体の中にスッと入る何か…… 見えている景色がボンヤリと、まるで他人事のようになったわ。 記憶は、ハッキリとしてるけれど、心を締め付ける痛みはもう…… 感じない…… 辺りに霧の様な靄が立ち込め、私は真っ白な空間に居た。
何度も、わたくしを苛んだ、前世の記憶の意味が―――
理解出来た。
” もう、お喋りは出来なくなるわ。 貴女の魂と、霧散した欠けたるモノが融合するもの…… ずっと一緒よ、もう離さないから ”
” ええ、私の半身、エスカリーナ。 溶け合って、一つに成るのね。 わかったわ…… ”
徐々に辺りは暗くなり、私の意識が浮かび上がるの。 もう…… あの記憶に苛まれる事は無い。 そう確信できた。 理由は判らないけれど……
わたくしは、わたくし……
エスカリーナ
何度も、わたくしを苛んだ、前世の記憶が、どんな意味を持っていたのかが……
判ったような気がするの……
ゆっくりと、覚醒が始まる。
周囲の音が…… 戻り始めたわ……
*******************************
覚醒し始めたのは、「百花繚乱」の中。 それは、強く香る薬草の香りで分かったの。
「お前達が付いていながら、何をやっていたんだい!!!」
「「申し訳ございません!!」」
「大切な弟子のリーナの心を焼き切るつもりだったのかい!! この薄ら馬鹿どもめ!!!」
「誠に……誠に……」
「お前達には、任せてられない! リーナは暫く預かる。 いいね、ハンナ。 判ったかいルーケル!!」
「お、仰せのままに……」
「御意に……」
おばば様の怒声が聞こえる。 とても、強く怒ってらっしゃるわ…… 謝んなくちゃ…… 無茶したのは私…… 私の意思で、仕出かした事なんだものね。
おばば様……
ごめんなさい……
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