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出会いと、お別れの日々 (2)
薬師リーナの御仕事
しおりを挟むおばば様の「百花繚乱」と、ダクレールの御邸。
リーナと、エスカリーナ。
そんな奇妙な二重生活を贈る事、三ヶ月。 もうすっかり慣れて、馬車の中でも、変身にも気を張る必要が無くなった頃。 おばば様に、服を贈って貰ったの。
今までの青いオーバーオールと、リネンの白いシャツじゃぁ、錬金術師らしくないって事からね。 おばば様が用意してくださったのは、錬金術師のローブの下に着るもの。 黒のスラックスに、コットンの白シャツ。 ちょっと厚手。
暑そうなんだけれども、其処は普通のモノじゃ無かった。
黒のスラックスは、私の身体の成長と共に大きくなるし、【自動修復】、【自動清浄】の機能付き。 コットンシャツも御同様。 その上、耐火、耐水、耐雷、耐氷の符呪付きなんだよ…… 一体、いくらするのかしらって、思ってたら、おばば様が言われたの。
「コレは、私が若い頃に着ていたもんさね。 ちょうど、あんたくらいの歳にね。 色々な訓練を受ける時にさね。 先々代の国王陛下から贈られたんだよ。 これが、ボロボロになるまで訓練しろってね。 ほんと、無茶言うおっさんだったわ」
はにかむ様な笑顔と共に、私に下さったそれは…… うっすらとだけど、おばば様の香りがしたんだ。 それともう一つ。 薬師になるんだったらと仰ってね、一つのポーチを下さったの。
腰につけるポーチなんだけど…… その容量たるや、ほぼ「百花繚乱」の作業場に置いてある薬草類を全て収納できるくらいなのよ。 その他機能として、保存、保温、耐衝撃、耐振動…… とまぁ、大手の商会の荷馬車に掛かっていると思われる「符呪」がてんこ盛り。
「それは、先代陛下が下さったものだよ。 薬師院にいたろ。 その時さね。 作った薬とか、ポーションを持ち運ぶ時に便利だろうからってね。 王家の御宝の一つさね」
「そんな貴重なモノを、わたくしが使っても、宜しいのでしょうか?」
「勿論さ。 リーナは私の弟子だよ。 私の持ち物は、あんたのもんだ。 遠慮なく使うがいいよ。 それを使って、大勢の人々を助ける事ができるのなら、そのポーチも仕事が出来て喜ぶんじゃないかい?」
「死蔵されるよりも…… ですか?」
「そうさね。 道具は使ってこその道具。 人とは違うんだよ。 ……人は道具には成りえないし、また、なっちゃいけないんだよ。 道具に成り下がるぐらいなら、飛び出して構わないんだよ」
「おばば様……」
薬師錬金術士のリーナの姿がコレで固まったの。 黒髪に二房の紅い髪。 紅い縁取りの漆黒の瞳。 純白のコットンシャツに、黒いスラックス。 そして、腰にはポーチと山刀。 魔術師のローブを着たら、それが、私。
エスカリーナとは全然別人になっちゃったよね。
でね、週に四日、おばば様の「百花繚乱」に詰めるの。 ダクレールの御邸には帰らないでね。 色々なお薬の調合、おばば様のお手伝い、おばば様の代わりに相手先に出向いての出張調合。 色々と、やらせて貰らったの。
*******************************
そんな「百花繚乱」での毎日だったの。 勉強する事は山ほどあるし、お得意様も出来た。 おばば様には色んな制約が掛かっていて、出来ない事もいっぱいあったんだけど、私にはないものね。
往診もその一つ。
沿岸警備隊の治療院への往診は、私の役目になったんだ。 ルーケルさんに馬車で送って貰って、往診するの。 と云うのも、やっぱり、あの「海運商会暁の水平線」 の機関魔術師のちょっとお年を召した方。 色々と問題があったんだ。
航海病は、どうにかなったし、魔力回復回路は予備的なモノに引き継いだから良いんだけど、長年の無理がたたって、色んな所が痛んでいたの。 ちょっと、根気がいる治療が必要だったのね。 長期療養が必要な人が入る病室に移されて、其処に私が往診に行くって事になったの。
治療院の治癒士様もいらっしゃるけど、なんか、成り行きでね。
その方…… なぜか、私の事をとても信頼してくださったの。 信には信を。 私も出来る限りの手段を持って、その方の治療に専念したわ。
その方、快速魔法動力帆船「テーベル」の魔法動力機関長さんで、御名前はジェイ=ザウール=ゴメスティアン様って仰るの。 「海運商会暁の水平線」の中でも、相当重要な方らしくて、とても丁重に扱われていらしたわ。
今日も頑張って治療をしてたの。 真剣に症状を探って居る私に、まぁちょっと休憩しなさいとばかりに、ジェイ様が話しかけてきたのよ……
「薬師リーナは、錬金術師かね」
「はい、薬師錬金術士に御座います」
「だから、俺の魔力回復回路がイカれてるのに、気が付いたんだね」
「ええ、まぁ。 体力回復薬の効果が思ったほど出なかった所からでしたかしら」
「よく、人を見ているんだな」
「それが、わたくしの職業ですから」
「なんとも、頼もしいな。 ところで、コレ、判るか?」
そう言って、手に紡ぎ出したのは、一片の魔方陣。 薄い青色の魔力だったわ。 良く見てみるの。 結構複雑ね。 でも、これだけじゃ、判りっこないわ。 だって、何か大きな術式の一部なんだもの。 入力線と出力線を辿る所から、見てみたのよ。 こんなの初めて見たんだけど、制限回路が幾重にも張り巡らされた、複雑なモノだったわ。
なんだか、敢えて複雑にしている様にも見えるの。
えっと…… 此処と、此処が出入り口だから、途中に四か所の制限回路。 制限信号は、それぞれ五本づつね。 で、制限信号の回路も二つくらいの制限回路が噛まされているの。 量と質? 暴走を抑える為? そんな感じね。
「何かとても大きな力を制御する為の術式に見えます。 主回路に二十項目の制限がかかって、それにもまた、制限が掛かっている。 まるで、蜘蛛の巣の様ですわね」
「なかなかに良く見える眼をお持ちだ。 では、緊急時に、必要な線は判るかね?」
「ええ、 危急の場合、入口と出口を繋ぐだけですから。 ただ、その場合、出力を抑えるために、主回路の、この制限回路を残しておくべきですわね。 あとは…… 全てを切断しても、この制限信号を見ているだけで、大まかには制御出来る筈ですわ」
「そうだね…… 魔法術式を良く勉強されているね。 錬金魔法だけじゃない、多分…… 符呪魔方陣も相当にね」
「……あまり、その事は……」
「判っているさ。 君にしか言わないし、上司にも言うつもりは無い。 ―――君があの時、あの場所に居て呉れたら、もっとうまく立ち回れたと思っただけだよ」
「???」
「「テーベル」な難破した原因。 私掠船団の罠を喰い破って脱出したのはいいんだが、機関に過負荷が掛かって、動作不良を起こしてしまったんだ。 配下の者は、なまじっか機関を良く知っている。 いや、知り過ぎているから、枝葉末節に拘って、結局は機関本体に過負荷を掛けてしまったんだよ。 いまリーナ嬢が言ったように、細かい制限回路を切り離して、大きく動力機関の出力だけを制御出来ていれば、ああも壊れたりしなかったと、そう思えるんだ」
ベッドに座って、腕を組んだ、浅黒い肌のおじ様。 精悍な顔つきに苦悶の表情が浮かぶの。余程御辛かったのかね。
「あの機関は第四世代機なんだ。 まだ十分な運転資料も出来上がっていない。 試作品の様なものなんだ。 高出力を誇るんだが…… いかんせん扱いがね」
「……強靭な肉体に、幾重にも【身体強化】を掛けて、卵を摘まみ上げる様な?」
「まさしくな! はっはっはっ! お嬢さんの例えは的を得ているよ。 配下の者達は、機関は知っていても、その全体の動きについては、どうも怪しい…… いや、まったく、あの時にお嬢さんが居て呉れたら…… なんて思うな」
「買被りですわよ。 さぁ、横になって下さい。 まだ、ジェイ様は治療途中です。 私の御仕事をさせて下さいね」
「そうだな…… いや、すまない。 君の治療があまりに心地よく…… 良く勉強されていると思ってね。 悪かったよ。 こんど、一度、「テーベル」にご招待しよう。 あぁ、私が ” 良くなって ” からね」
「それは、楽しみで御座いますわね。 その時は宜しくお願いしますわ」
話は半分以下に聞いておくね。 だって、機密事項の塊みたいな、動力帆船の主動力でしょ? まぁ、行く事は無いでしょうね。 社交辞令として取っておくわ。 さぁ、お仕事お仕事!!
そんな、世間話的な事をお喋りしながらも、ジェイ様のお身体を探るの。 ほんと、長年の無茶がたたって、内臓系とか、代謝系とか、ボロボロなんだもの。 身体の調子を見ながら、錬金魔方陣を紡ぎ出して、お薬を調合していくの。 片手に錬金魔方陣、もう片手は、ジェイ様のお腹に手を当ててね。
お手伝いはレディッシュさん。
小さい体でも、とても良く動いて下さるの。 感謝の極みね。 思い浮かべるだけで、ポーチの中から必要な薬草を出して、錬金魔方陣に放り込んでくれるのよ。 下から出て来た粉薬もちゃんと回収してくれる。 ほんと助かるわ。
錬金し調合したお薬を、飲んでもらうの。
そして、調子を見る。 古い内臓系の傷とか、落っこちてる代謝とかが、徐々に治って行くのが判る。 早くと思うのだけど、そこはグッと我慢。 あまりに早い変化は、心臓にとても大きな負担を掛けるから。
だからゆっくり確実に。
そんな治療だったの。
*******************************
「やぁ、薬師リーナ殿。 我が『暁の水平線』の至宝の様子は如何だい?」
とても陽気に、そして、心配そうな光を瞳に宿したルフーラ殿下のお出ましだったの。 こうやって、沿岸警備隊の治療院への往診に伺い始めて、二回目にお会いしたわ。 バッチリと、私を薬師リーナとして認識されているの。 そこには、エスカリーナと同一人物とは、毛筋程も思っていらっしゃらないのは、紡ぎ出されるお言葉で良く判るわ。
「うちの機関長が、済まないね。 長年の無理がここにきて一気に出てきているようだ」
「無理をさせていたのは、どなたでしょうか? 部下を労わるのは、上司の務めでは?」
「いや、全くその通りだよ、薬師リーナ。 恥ずべきことだね。 で、どうなんだい?」
「大分良く成りました。 この分ならば…… そうですね、あと一週間もすれば、ベッドから出られると思いますわ。 でも、無理は禁物です。 特にジェイ様は、本来の魔力回復回路が使えません。 常に気を配って下さい。 もう……… 以前の様には…………」
「判っている。 ゴメスティアン機関長。 これからは後進の指導を宜しく頼みたい。 貴方には、本当に感謝している」
「勿体なく……」
「だいぶ顔色も良くなって来たな。 そろそろ、酒と女が恋しいか?」
「殿下!」
「いや、悪い。 冗談だ」
ほら、ジェイ様。 云っちゃってるよ? 殿下って。 ジェイ様と、ルーフラ殿下がシマッタって顔されているよね。 私は…… 気が付かないふりしておくね。 ルフーラ様は、あくまでも商会の会頭。 だから、殿下って云うのは、愛称みたいなモノって事に…… しておくね。
さぁ、今日の治療も終わり。
「百花繚乱」に帰ろうかな。
御二人はきっと、色んなお話があるんだろうし、
部外者な私が居ても、良い事無いし……
「では、御二方、また参ります」
ご挨拶して、立ち上がる。 軽くルーフラ様が頭を下げられる。
王族が、そんなに簡単に頭を下げるなんてね。
知っているからこそ……
なんか、こそば痒いね……
じゃぁ、また!
「お大事に!」
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